五章03:隻眼は、在りし日の反旗の代償

「やあ、アンタがウチの新しい大将か。――悪いな、こんな不格好なナリで」


 そう笑った隻眼の偉丈夫いじょうふは、バツが悪そうに頭を掻いた。――アマジーグ・M・シリウス・ヴェニデ。右腕を丸ごと半義骸ヘミドールで覆う将軍たちドゥーチェスの一人は、人知れずマクミランの地下に居たのだった。




*          *



 

 さかのぼること数分前。

 その時広間では、キン、キンと刃同士が触れ合う音に混じり、二つの影が飛び交っていた。


 片や鎧を身に纏う褐色の肌の大男。片や防毒面ガスマスクの小柄な少女。前者がアマジーグである事は推し量れたが、後者の機械人形テルミドールについては、皆目の検討も付かなかった。


 


「これが半義骸ヘミドール機械人形テルミドールじゃな。アマジーグは眼と右腕。娘っ子のほうはほぼ全身。血肉の代わりに鉄と歯車が意志と繋がっておる」


 遠い目で語るアンサングは「どちらもわしが直したのじゃ。あの娘っ子はそうじゃのう……レストインピースとでも呼んでくれんか」と続けた。


 RIPレストインピースとは「安らかに眠れ」と言った意味合いの、言わば弔辞ちょうじの一つだ。つまるところ彼女は僕と同じ、公的には死んだ人間なのだろうか。


 見ればレストインピースと呼ばれた少女は、アマジーグの剣撃を紙一重でかわすと、防毒面ガスマスクから溢れる銀のツインテールを靡かせながら、右腕からナイフを取り出し反撃に移っている。




「これは何の余興だ? 或いは演習か?」

 しかし過る疑問をおくびにも出さず問う僕に、アンサングが答える「調整じゃよ。アマジーグの半義骸ヘミドールのな」と。


 アンサングが語る間にも二人の戦闘は続く。アマジーグは少女の刃を半義骸ヘミドールの鉤爪で受け、身を捻った所でもう一度剣撃を叩き込む。だがレストインピースも流石なもので、今度は脚部のバーニアを放ち距離を取った。戦況は一進一退の様相を呈していた。


「――彼奴きゃつがマクミランに流れ着いた時には、戦士としてはもう再起出来んほどにボロボロの有様じゃった」


 そう感慨深げに頷くアンサングによれば、アマジーグは勇者エイセス

に叛逆した際、見せしめとして眼と右腕を奪われたらしい。レオハルト去りし後の帝都は完全にディジョンらの独壇場で、そのまま西に追われたアマジーグを、匿って直したのがアンサングだと言う。


 


 そして暗い暗い物語に、過去を思い出したのかエメリアたちが眉をひそめる頃、二人の勝負にも差し当たっての決着が付いた。


 距離を取るレストインピースを追撃するアマジーグの背後に回ったのは、ワイヤーによって伸びた彼女の右腕。左手に仕込まれた散弾銃の連射にアマジーグが気取られている最中、死角から飛んだ刃が半義骸ヘミドール駆動体くどうたいを断ったのだ。


 そのまま膝をつくアマジーグに「勝負ありじゃな」と告げたアンサングが、ここでつかつかと中央に歩み出る。一礼するオープニングがそれに続き、僕たちもそれに倣った。




「痛てて……今度は行けると思ったんだがなぁ」

 短く刈り上げた頭を掻くアマジーグは、褐色の肌に白い歯を輝かせながら笑う。一方のレストインピースは、そんなアマジーグを見下ろしながら「大分マシにはなった。初めの頃よりはな」と語尾をピクリともさせずに言い放った。


 橙色の、動きやすいライトメイルに身を包むアマジーグに対し、レストインピースはボロボロのマントを羽織っている。時折ちらりと見える健脚が、内にスカートを履く事実だけを物語るが、使い古されたミリタリーブーツを見るにつけ、色香のそれとは程遠い。


「まったく……新しい大将がやってくるってのに、こんなザマじゃあ将軍たちドゥーチェスの名が泣くぜ」

 そうしてのっそりと立ち上がったアマジーグの言葉が、冒頭のそれという訳だ。




*          *




「……ふむ。では陛下と配下の顔合わせが終わった所で本題に入ろるかの」

 するともはや挨拶すら邪魔だと言わんばかりに、巨大な広間の奥にある椅子に腰掛けたアンサングは、わざとらしく足を組むとそう口元を歪ませた。セーラー服のスカートの、水色ボーダーのショーツがこれみよがしに映る。


「おいおい、まだ俺っちはろくに喋れてねえぜ」

 食い下がるアマジーグの口元に向け「しっ」と合図したアンサングは「積もる話なら帰りの車中ででもするのじゃな」と笑いながら、僕に視線を移し本題を告げた。――心なしかアマジーグの赤面が哀しい。彼はアンサングの中身が只のじいさんである事実を知っているのだろうか……




「ヴリーヒ殿。わしらが同盟に参加する条件は一つ。魔窟と化した地下迷宮の深奥を制圧、LE級レジェンダリーアーティファクトの回収を行って欲しい。ただそれだけじゃ」

 

 少女の身なりをした「彼」の願い。僕は「分かった」と頷き、マクミランを率いるギルドの長、アンサングの瞳を見つめ返した。眼前には黒いリボンを耳の様に動かす少女の金眼が、野心をたぎらす様に爛々と輝いている。その風貌からは中身が老人である事も、器が人形である事も、何れすらも感じ取る事は出来なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る