五章02:人形は、意志を持ち我らを迎え

「……へえ、これが機械人形テルミドールとはねえ」

 およそ造り物とは思えない眼前の器をまじまじと見るフィオナに、自信たっぷりのアンサングが講釈を垂れる。


「そうじゃろう、そうじゃろう。これが機械人形テルミドールだとは誰も思わんじゃろう」


 セーラー服の裾を捲り、少女と遜色ない腰のくびれを披露しながら、ぱたぱたとアンサングは先を急ぐ。一方のエメリアとケイはと言うと、本当に心から興味が無いとばかりに僕の後を付いてきている。




「外の連中にこの姿を見せるのは、お主らが初めてじゃ。ふっふっふ、まあ国家機密じゃからな」


 さも得意げなアンサングは、市街を抜け雑居ビルの地階に降りると、幾つかの認証を経てエレベーターのドアを開けた。ナヴィクと違い蒸気で動くマクミランの機械は、白い湯気を辺りに巻きながらゆっくりと滑り出す。


「まったく、うちにもナヴィクばりの魔蓄機オーメルがあればのう」

 いかに機械が一級でも、それを動かすのはいつだって動力だ。魔力というエネルギーに乏しいマクミランが、文明で一歩ナヴィクに劣るのにはそういう理由があった。


「それについては私に任せておけ。同盟の土産はちゃんと用意してある」

 皇帝の声色で背後から告げる僕に、アンサングのリボンがぴくりと耳の様に動く。


「ふっふっふ、期待しておるぞい。レイヴリーヒ皇帝陛下・・・・



 

*          *




 やがてエレベーターが停止すると、視界の先には数百体に及ぶ機械人形テルミドールの群れが姿を現した。


 自動人形テルミドールとはマクミランが誇る兵器群の一つで、戦闘を好まない自国民の盾となって国を守っている。基本は「マスター」と呼ばれる使い手が、魔力を通した糸で以て数体を操る訳だが、これは魔力それ自体が貴重である都市国家の、選びに選び抜いた戦略の結実とも言えた。


「ふええ〜!」

 もうここに来ると、感嘆の声を上げているのはフィオナだけだった。剣技や魔術に類するものならば兎も角、機械仕掛けの人形が何であろうと、ケイにもエメリアにも関係が無かったからだ。




「オープニング! 客人じゃ、もてなすのじゃ!」

 すると俄に声を上げたアンサングに反応する様に、奥の暗がりから今度は一目で分かる機械人形テルミドールが、無表情のままつかつかと歩み出た。


「おかえりなさいませ、マスター」

 しかし機械人形テルミドールとは、本来誰かの手によってこそ動くものだ。そして声も無ければ、無論のこと意志だって存在しない。だが見たところ繰糸くりいとの影も見当たらないオープニングと呼ばれた機械人形テルミドールは、メイド服の裾を摘むと恭しくこうべを垂れた。


「あっ、綺麗……」

 ここでケイがやっと反応したのを、僕は見逃さなかった。動きやすさを重視した後輩のそれと違い、オープニングの纏うメイド服は、クラシカルに編まれ優雅さを湛えていた。あまつさえ機械の女性に色香で遅れをとるケイは、自身のさして膨らみの無い胸に目を落とすと「はぁ」と溜息を溢す。




「うむ。茶もある、菓子もある。よいぞ。流石じゃオープニング。そして、わし!」

 上機嫌なままのアンサングは、ぺたとオープニングの肩に手を置くと、彼女のおかっぱのボブカットを指で絡めて振り向き言った。


「これはオープニング。わしの秘書じゃ。古代遺跡から引っ張りだした、人工知能AIとやらを埋め込ませて貰っておる。中身に脳みそは無いが、こうしていっぱしに人以上の仕事をこなせる。凄いじゃろう」

 

 そう笑うアンサングを他所に歓待の命令を優先したのか、オープニングは僕たちに茶菓子を配って回る。成る程、ユーティラがれたのと差異が無い程度には香り立つそれらは、少なくともこと料理に関して言えば――、この機械人形テルミドールは、僕の背後に立つエメリア以上に優れていると言う訳だ。


「おいしい……」

 差し出された紅茶にやっとのこと機嫌を直したのか、我が騎士団長のエメリアは、ほっこりした表情で菓子をつまむ。確かアイスクリームだったか。ケーキやパイともひと味違うマクミランの涼味りょうみは、どうやら随分と彼女の溜飲りゅういんを下げたらしい。ぺろぺろと周囲に気取られぬ様に、唇についたクリームの残りを、舐めては胃に流し込む姿を、やはり僕の目は見届けていた。




「ふむ。遠路はるばるでさしたる迎えも出来ず申し訳ないの。じゃが本題は本題じゃ。もう暫し付いてきてくれ」


 仮面を付けた僕のアイスをケイが横取りし、その様を恨めしくエメリアが見つめる中、アンサングは踵を返すと前方に歩き出す。機械人形テルミドールの群れを50メートルも進むと、今度は遠くから剣と剣の鍔迫り合う音が響いてくる。


「さて、先ずはエスベルカの皆に会わせねばならぬ者がおる。扉の先じゃ、オープニング」

 ここで一礼したオープニングが、仰々しいゲートの端の、赤い大きなボタンをポチと指で押すと、ギイと音を立て鉄の扉は観音開きに開いていく。




「アマジーグ・M・シリウス・ヴェニデ。こっちに飛ばされた将軍たちドゥーチェスの一人じゃ」

 

 ――そこで繰り広げられていたのは、右腕を機械で覆う隻眼の騎士が、防毒面ガスマスクを被った機械人形テルミドールと激しく撃ちあう光景だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る