三章02:敗北は、次なる君の成長の為

 ケイと別れた僕は、エメリアが居るであろう訓練所へ足を運んだ。

 文より武を重んじるエスベルカの城は、兵士の鍛錬場だけでも優に三つを有している。


 一つは地階のホール。もう一つは二階から伸びるバルコニー状の決闘場。最後に城の中庭に至っては、その全てが闘技場に転用出来る様に設えられていた。


 そして僕が向かうのは二階の決闘場。

 遠くからでも分かる剣の響きは、重々しい大剣と軽やかな細剣スフィルナ。レオハルトとエメリアの打ち合いだった。




 速さで幾分か勝るエメリアの斬撃だが、大剣とブロードソードの二刀で臨むレオハルトの前に、尽く躱されてしまう。


 ブロードソードを九本は束ねたであろう大剣すら片手で操るレオハルトは、並の兵士からすれば伝説級の化物に等しかった。




 ――ナインブレイカー。

 彼の振るう大剣の名を、その長尺と重量から人は呼ぶ。


 地の剣気を纏い、戦闘時にはさらなる質量を持つレオハルトの大剣は、一振りで城壁すら両断すると謳われている。勇者エイセスを除きそれだけの剣撃を放てる者は、大陸でもそうは居ないだろう。


 やがて攻勢はレオハルトの優位に傾き、エメリアのスフィルナは弾かれて飛び、僕の眼前に突き刺さった。


 火の魔力が通った魔法剣エンチャントが床を溶かし「じゅっ」という音と共に白い湯気が立ち上る。


 


「――参りました、ベルリオーズ卿」

 一礼したエメリアは、背後の剣を取る為に踵を返した所で、場に着いた僕と目が合う。バツが悪そうに目を伏せた彼女は「陛下」ともう一度礼をすると、そのまま僕の側まで歩いてきた。


「エメリア、それからレオハルトもご苦労」

 僕の一言にレオハルトが剣を納め、観戦していたユーティラもこうべを垂れる。


「うちのエメリアはどうだ?」

 エメリアの肩をぽんと叩きながら、僕は彼女の横を抜けレオハルトに歩を進めた。白銀のウェーブを揺らす大鎧の老騎士は、快活に笑って答える「いやはや陛下。末恐ろしい才能です」と。


将軍たちドゥーチェスの末席に立ってもおかしく無い腕ですな。事実豚児とんじでは相手にすらなりませんでした」


 視線を向けられたユーティラは肩をすくめると「はあ。わたくしとてそこらの騎士には遅れを取りませんのに」と項垂うなだれた。


 現況を鑑みるに、レオハルトのレベル60に対し、エメリアが40の終わり。一週間以内に将軍たちドゥーチェスの壁を乗り越えるのが、目下の目標となるだろうか。


「そうか。忙しい所ありがとう。なんとか私のほうでエメリアを育ててみせよう」

 感謝の言葉を述べる僕に、レオハルトも会釈を返す。


「ええ……わたくしも陛下と同席させて頂きたいですのに……」

 そう駄々を捏ねるユーティラを、横に立つレオハルトが小突いて制す「お前では足を引っ張るだけだ。将軍たちドゥーチェスと張り合えるぐらいには精進しろ」と。


「はい……お父様」

 しゅんとするユーティラに、僕は「いやいや、ユーティにも期待しているさ私は。今度共に剣を交えよう。君ももっと強くなれる」とフォローを向ける。


「本当ですか……陛下!」

 俄に顔をぱっとさせるユーティラに頷いた僕は踵を返すと、背後で待つエメリアの元に向かった。




「ごめんねララト。私まだ……弱いみたい」

 ブロンドの毛先を指で巻き、視線を逸らしながらエメリアは詫た「でもきっと強くなるから……」と付け加えて。


「知ってるさ。大丈夫、エメリアなら」

 僕は仮面を取って微笑むと、エメリアの手を取って歩き出す。


「さあ行こうか。午後からは君が指揮を執る、親衛隊の発足式だ」

 コロッセオを見下ろす二階のバルコニーに、僕の黒い具足と、エメリアの白い軍靴の音だけが響いた。

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