三章03:団長は、乙女を連れし幼馴染
城の二階から伸びるバルコニーの上、先刻まで訓練に使われていた場所には騎士や高官が集まり、その中央でエメリアが宣誓の姿勢を取っている。
聖グレースメリア近衛騎士団。ディジョンによって解体された主要騎士団の、臨時の代役足るべく発足した、皇帝直属の親衛隊。その団長が僕の幼なじみ、エメリア・アウレリウス・ユリシーズという訳だ。
故あって女性ばかり十二名を集めて作られた異色の団は、さながら戦乙女の戦列の様に神々しい。
「壮観じゃないか、ルドミラ」
僕は隣に立つ宰相代行、褐色の肌のルドミラに耳打ちする。
「確かに。ですが羽目を外しすぎれば、先帝の様に品性を疑われる事になりますよ」
同意を示しながらも僕が鼻の下を伸ばしているとでも取られたのか、ルドミラはディジョンを引き合いに出しながら釘を刺す。
「手厳しいが、まあ私なりの配慮だよ。――見るがいい。黒の甲冑に身を包み、
相変わらず鎧は取れないままだったから、やや自嘲気味に僕は説明を織り交ぜる。
要するに黒尽くめの甲冑で威圧感しかない皇帝の、印象を緩和する為の戦うアイドルとでも思って貰えば良い。――聖グレースメリアの面々は。
「私じゃ花にはならないと言いたげですね。ま、理解はしていますが」
むすっとした表情で返すルドミラは、視線をエメリアたちに戻すと、喪服じみたファッションの自身の胸に手を置く。
ルドミラの膨らみかけの二つの果実は、眼前のエメリアよりまだ小さい。
――最もお前の場合は花は花でも、棘のある黒薔薇だろうと言いかけて、僕は口をつぐんだ。
「ルドミラは私の側で咲いていてくれればいい。他の者の機嫌など伺わずにな」
適当な返事のつもりだったが、仏頂面のルドミラの頬は些かに赤みがさして「そうやってあの女性たちも口説いたのでしょう。分かっています」とさらに火に油を注ぐ結果になってしまった。
困り切った僕も仕方無くルドミラと同じ方向に視線を向けると、アスタリスクを描く隊旗を掲げ進むエメリアに、二名の副団長が続く。
――ユーティラ・E・ベルリオーズ。レオハルトの愛娘も志願してこの隊に参じてくれた。父同様「地の剣」を操る彼女は、帝都の事情に疎いエメリアの、良い右腕になってくれるだろう。
真紅のライトメイルに身を包んだ彼女が、一瞬だけこちらを見て微笑む。
薄紫のウェーブがかったボブカットが、その瞬間ふわりと揺れる。
その背後に続くのはブリジット・S・フィッツジェラルド。
淡い青のショートカットの、後ろだけを三つ編みに結わえた彼女は、ルドミラの話によれば平民出の騎士だった。
ディジョンによる姫幽閉の際、一人反対し謀反の咎で囚えられたブリジットは、僕の即位に伴い晴れて釈放、主君への忠義は他の諸侯の覚えも目出度く、本人の要望もあっての登用と相成った。
ユーティラとは対をなす蒼銀のライトメイルに身を包む彼女は、薄緑のスカートを靡かせて堂々と闊歩する。身長はユーティラと差異は無いが、各部の発育だけは幾分か良いようだ。
エメリアとは対を成す氷剣と、ユーティラの知らない帝都に明るいブリジットは、二人にとって良い刺激になるだろう。
やがて皇帝の眼前に居並ぶ戦乙女たちは、それぞれが燃える正義を瞳に宿して僕を見る。
僕は隣に立つルドミラに合図を出すと、彼女は一礼し奥へ下がる。
そのタイミングに合わせて、隊旗を掲げたエメリアが僕の前に歩み出た。
「エメリア・アウレリウス・ユリシーズ。本日を以て聖グレースメリア近衛騎士団の団長に着任致しました。陛下と帝国の為、この身を削り
血の様に赤いラインが散りばめられた白の法衣を晴天にはためかせ、エメリアは宣誓を締める。
僕は鞘から抜き出した剣で、跪くエメリアの両肩を軽く叩き、栄えある彼女の団長就任を祝った。
「エメリア・アウレリウス・ユリシーズ。ナヴィクにて
私の言葉を切欠にレオハルトが拍手を始め、その輪は徐々にバルコニーを埋め尽くす。
* *
やがて式典も終わり戦乙女たちが舞台を去ると、午後から休暇を取っていたルドミラもバルコニーを出て行く。
連れ合いを失った僕の元に、失敗したといった表情で慌ててやって来たのは、メイド服に着替え終えたケイだった。
「ご、ごめんなさいセンパ……陛下!」
急ぎ口調をごまかしたケイは、僕の耳元に口を近づけると、ごにょごにょと囁いた。
曰く、着付けをしていたら存外に時間が過ぎ、拍手と歓声を聞いて急いで走ってきたらしい。
恥ずかしそうに日に焼けた肌の、その頬を染めるケイは「似合っていますでしょうか?」と上目遣いの敬語で僕に告げた。
動きやすさを重視し短めに設えられたスカートは、然してスパッツで下着が見えない様に配慮がなされている。
過度に風紀を乱す装飾は見当たらないが、シンプルなおかげでケイのボーイッシュを引き立てるデザインは、僕の目には中々魅力的に映った。
「なかなか可愛いぞ、ケイ」
顔を近づけ、周囲にばれない様にマスクを上げた僕は、悪戯げにそう囁く。
「あっ、ありがとう……ございます」
慇懃に俯くケイは、場に配慮してかやはり丁寧な口調で照れながら答える。
――成る程これも、悪くない。
こうしてエメリアの勇姿を見届けた僕は、ケイを引き連れてバルコニーを後にした。今日の公務はこれで終わりだが、まだ幾つかの私用が残っていたからだ。
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