三章:ヴェンデッタ、魂を喰らう代償の名を
三章01:帝国は、我が軍門に朱に下り
オペレーション
あの日。
その背景には、
事実
* *
斯くて内政をどうすべきか――。そう僕が一人考え込んでいると、扉のノックに続き、幼くも冷淡な声が聞こえた。
「陛下、よろしいでしょうか?」
「構わん、入れ」
既に皇帝として振る舞う僕は、当然ながら一人称は「私」で、黒い甲冑に仮面を身につけたまま周囲に応じている。素顔を知る者はエメリアたちの他には、ベルリオーズ家の二人、すなわちレオハルトとユーティラを除き居ない。
「失礼致します」
そう告げて入室したのは白銀の髪をショートカットに切った、褐色の肌の少女だった。
――ルドミラ・トーシャ・シャムロック。
身長はケイと同程度だろうか。ただし胸ばかりはやや大きく、瞳には燃える様な赤色を宿している。喪服を思わせる黒のミリタリーワンピースに、感情を押し隠した冷たい口調が印象を残す。
「どうした、ルドミラ?」
問いかける僕に「
彼女の家はシャムロック――、つまりはベルリオーズとは対を成す、エスベルカの内政に通じた家系で、家長はかつて宰相を任じていたらしい。だがディジョンの即位で解任、さらには娘の一人が奪われたとあって、心労から今は病の床に臥せっていると聞く。
なおルドミラは、その父の代行たるべく僕の即位の翌日に送り込まれ、それから手足として働いて貰っている、トーシャの次女だ。
「帝都の
ルドミラは粛清を終えた人物のリストと、
「よくやってくれた。この三日ほとんど寝ていないだろう。少しは休め」
「いいえ。まだ各部署の引き継ぎが終わっていません。あと二日ほどお時間を頂ければ」
僕の労いを遮ってルドミラは言った。
父の職責を引き継いだ思いもあるのだろうが、ユーティラといい彼女と言い、ベルカの矜持には頭が下がる。
「そうは言うが、ここで君に倒れられては私が困るのだ。皇帝として命令する。今日は休め」
「陛下がそう仰るなら。午後はユリシーズ卿の結団式がありますから、そちらに出席してからお
どうもこの少女には権力に類いする私欲だけが欠乏しているらしく、その実務能力の高さも相まって、高官の中では最も信頼が置ける人間と僕は判断していた。命令でも何でも、大事をとって休んで貰わなければなるまい。
「父上の所へも顔を出してはいないのだろう。書状だ。君の働きには――、シャムロックの功績には感謝していると伝えてくれ」
僕は自ら
「痛み入ります。父も喜ぶでしょう」そうもう一度一礼するルドミラに、僕は続けた。
「もう一つだ。言いそびれていたが、これを」
僕はナヴィクで拾った
「それは――、陛下」
ボロボロに擦り切れたペンダントは、マティルダ――、つまりはシャムロックの三女が身につけていた遺品だった。
「レオハルトから聞いた。君の妹――、だったか。勇敢な、死に際だった」
「そう……でしたか」
覚悟をしていた様に頷いたルドミラだったが、遺品が手元に届く事までは想定していなかったのだろう。震える手でペンダントを受け取ると、その頃にはもういつもの冷徹な表情に戻っていた。
「ご配慮、痛み入ります。マティルダも帝国の為に散れたのであれば本望でしょう」
最後に深々と一礼し踵を返すルドミラを、僕は止める事も出来ずに無言で見送った。シャムロックの家とは、肉親の死にここまで冷静で居られる家柄なのかと。
それは非難と言うより、畏れに近い敬意と呼ぶべき感情だった。自分が同じ立場なら、果たしてここまでの平静を貫き通せただろうか。
やがて観音開きの扉が閉まり、室内に
「ふいー、行った、行った」
――ケイ・ナガセ。
僕の護衛役に収まった彼女には、こうして平時から側に居て貰っている。
「あー、何だかボク、あいつ苦手なんだよなぁ。いっつもツンツンしてるし」
背伸びをして見せたケイは、とてとてと僕の側に寄ってきてぶーたれる「ちょっとボクと見た目被ってるし。なのに胸大きいし」と。
「それは関係無いだろう。あの年でよくやってくれてるよ、ルドミラは」
擁護する僕に機嫌を損ねたのか「ちぇっ、センパイがボクに冷たいや」とふてくされ、ぷいとそっぽを向いた。
「全く。嫌ならお前を護衛に置くか」
僕も僕で愚痴を零しながら、椅子を立つとケイを抱きしめる。
「あっ、センパイ――、こんな所で……」
その癖期待たっぷりに頬を染めるケイは、先刻のルドミラとは対照的に熱に満ちていた。
「今日もまた訓練だろう? そう焦るな」
耳元で囁いた僕に「うん、知ってる」とケイも微笑んで、二人の影は一度離れる。
今現在、僕の魔力で強化しているのはエメリアとケイの二人。
エメリアは対
地の
「そろそろケイの服も出来上がっている頃だろう、取りに行くといい。僕はエメリアの訓練に付き合ってくる」
あからさまな護衛という立場は来客の面会時にも好ましくなく、ケイには普段はメイドとして付き添って貰う事になっていた。初日に採寸を合わせた彼女の服は、今日の午前中には仕立てが終わる予定だ。
「うん分かった。えへへ……これでボクがセンパイ専属のメイドさんだね!」
跳びはねる様にステップを踏むケイは「それじゃ行ってきます」と勢い良く部屋を出て行った。
「メイド……か」
可愛い後輩のボーイッシュなメイド姿を脳裏に浮かべた僕は、なるほどそれも悪くないなと改めて思い立ち、彼女の後を追って部屋を後にした。
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