二章05:義妹は、約束を果たす為に

 その日僕は夢を見た。

 朧げな記憶の中には、僕とフィオナの二人の姿が映っている。




「お兄ちゃん……こんな妹でごめんね」

「馬鹿。謝るな」


「お父さんたちも、アタシが居るから出てったんだよ……だってアタシ、カナヅチ・・・・だもん」

「そんな訳あるか。僕だって大して使えないんだ。魔法なんて、無くたって生きていける」


「……この街じゃ、生きていけないよ」

「だったら僕がフィオを守ってやる。二度とお前を泣かせやしない」


「……ひっく……うっ……ありがとう。お兄ちゃん、ありがとう」


 いつの記憶だろう。

 義父とうさんと母さんが家を出て行った直後だろうか。


 あの日のフィオナは、今よりもとてもとても小さくか細くて、僕は絶対にこいつだけは守ってやるって、そう誓った事だけは覚えている。




 ――フィオナ・ヴァシリーヴナ・オベルタス。

 ノーデンナヴィクの隣国、グリスウォール連邦からやってきた義父の連れ子。それが義理の妹のフィオナだ。


 街の守備隊だった父が、魔族との戦闘で命を落として一年。

 家計のため娼館で勤めだした母が、新しく見つけてきたのが義父だった。


 ただ義父に家族を養うという発想は無かったらしく、彼の放蕩に引きずられ、やがて母も家事を放棄――、そんなぎくしゃくした関係も、両親の失踪という形で突然に幕を閉じる。


 最初は原因が何か分からず、人づてに噂の類いを伝え聞くのみだったが、ある日やって来た男たちの怒声が、事の真相を暗黙のまま教えてくれた。




 ――借金。

 その抵当に入れられていた自宅は当然の如く没収され、路頭に迷った僕たちは、シンシアの孤児院に拾われた。


 魔法が使える者には成功が約束された地、ノーデンナヴィク。しかしそれは逆に言えば、魔法が使えない者の生きる術は絶無に等しいという事でもある。

 僕の妹フィオナは正に「カナヅチ」――魔法の素養が一切無い少女だった。


 だが彼女はそんなハンディに屈する事無く、自らの努力でナヴィクでの活路を開いてみせた。日銭を得るため働いていた雑貨屋の、その地下で工学を学んで。




 ――魔法銃クアトラビナ

 名だたる発明家、工業都市の大企業でさえ成し得なかった偉業を、一人の、それも魔法を扱えない少女が成した事実は、軍門を司る各国の要職者たちの耳目を集めた。

 

 しかもその少女の、祖国でのカナヅチゆえの冷遇を知るや、より厚遇での引き抜きを画策し、各国各社は引く手の数多となってフィオナにラブコールを送り続けたのだ。


 フィオナがアカデミアへの進学を果たしたのは翌年。異例の理事会で即断された破格の条件は、学費の免除と上限を問わない研究費の支給、それから私生活の永久保証だった。




「お兄ちゃん。これでアタシ、お兄ちゃんの妹って胸が張れるよ」

 苦学によって視力の多くを失ってしまったフィオナは、赤縁の丸眼鏡をくいとさせ、アカデミア合格の当日に僕に言った。


「馬鹿。もうフィオのほうがずっとずっと立派なんだ。これからは自分の好きな事をどんどんしろ。お兄ちゃんは守備隊に入ってお前を守ってやるから」


 今も昔も、相変わらず張る程の胸も無いフィオナに、僕は笑いながら返した。妹の努力は僕が一番知っている。その努力が実を結んで、フィオナが真っ当に評価されている事が嬉しくてしょうがなかった。


「へへへ……ねえお兄ちゃん」

「なんだ?」

 藍色の髪をおでこで揃え、それよりも少し薄い青の制服で身を包んだフィオナが微笑む。本当に、よくこんな小さな身体で頑張ったと思う。


「アタシがもしさ。お兄ちゃんの妹じゃなかったら、お兄ちゃんはアタシの事、好きになってくれた?」


「なんだよそれ。考えた事もないぞ」

 僕の答えに、フィオナは丸い眼鏡の奥で目を細める。


「ううんなんでもない……アタシにはきっとこれしか取り柄がないからさ。もっともっと頑張ってお金稼いで、そしたら将来は、二人でおっきなお家に住もうね?」

「僕と、か?」


「そうだよ。お兄ちゃんとだよ」

「まぁ、そうだな。そうしようか」


「約束だね」

「ああ」


 僕の腹までしか無い背丈の少女に、僕は屈むと右手を差し出し、僕の小指の半分しかないか細い指に、僕の小指を絡めて約束を呟いた。




 ――そうだ、約束。

 僕は誓ったんだ。妹を守るって。絶対に守ってやるって。


 だけれど懐かしい記憶に忍び寄る黒い闇が、お前にはそれが出来なかったんだと耳元で囁き始める。

 

 違う、今ならば守れる。

 今の僕ならば。この力を手にした僕ならば。


 足掻く様に意志の底で身悶えて、甲冑の下に酷い汗をかきながら僕は目覚めた。

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