二章:レイヴリーヒ、反逆する者の名を
二章01:復讐は、この道の最果てで
幸せな日々の終わり。
そして長い長い悪夢の果て。
魔の潜む地、コキュートス。
その最奥、マニュフェス・ゲヘナへ続く道中。
僕は不死鳥の羽根でエメリアたちを死の淵から救い、シンシアがそれを治癒して回る。
どうやらこの身体は、唯一回復の魔法だけが使えないらしい。
補助魔法や、敵の攻撃を防ぐ結界、また僕自身の身体を自己修復する事は出来る様だが……完全に戦闘に特化した力と推し量るべきだろう。
周囲に一つずつ声の数が増えていく中、僕は目を瞑りこれからの事を考えていた。索敵の結果、マニュフェス・ゲヘナまでは、ここからさらに約200キロ。
僕一人ならば、或いは特攻を仕掛ける事も可能かも知れない。だがこちらには負傷したエメリアたちがいる。雑魚は兎も角、魔王そのものの戦力が分からない状態で、彼女らを放置して行くのは危険に思えた。
そうなると残された手段は、一時的な撤退しかなくなるが、では
「こ、これはどういう事だ。おいララト。一体何があった!?」
蘇生した
ゼネラル・ディジョン。――風の
赤い鉢巻を巻く優男。前衛と後衛を過不足無くこなす計算高い
「どうもこうも無い。俺が消した。それだけだ」
僕は自分の事を俺と呼びながらディジョンに返す。先刻まとった黒い甲冑はそのままで、刺々しい外貌は或いは魔王でもあるかの様に、
「俺? どうしちまったんだ? ヘタレのララトが?」
次には隆々の筋肉を露出させ威張り散らす巨漢、地の
「試すか? 来いよ」
そう言って僕がせせら笑った瞬間だった。額に血管を浮き上がらせたサルバシオンと、無言のまま抜刀したバートレットの攻撃が同時に飛んできたのは。
「これが本気か――?」
僕は右手でバートレットの刀を摘み、左手でサルバシオンの拳を受け止めた。二人の勇者は元より背後に立つディジョンと、水の勇者ユークトバニアも慄いた表情で僕を見つめる。僕は軽く力を加えバートレットの獲物を折ると、サルバシオンの利き手を破壊した。
「うぐああああああ!!!!!」
サルバシオンの悲鳴が洞窟に木霊し、血の気を失った火の
「――本当に、ララト……なの?」
破れたローブを手で抑えながら震えるエメリアは、幾分かの不安を顔に湛えながら僕に語りかけた。
「ごめんエメリア。それから皆。今まで守ってあげられなくて」
僕はいつもの口調で四人を見渡す。
「おにい……ちゃん?」
割れた眼鏡を指でくいと上げ、妹のフィオナが呆然としながらも弛緩した笑顔を向ける。
「フィオ。ああお兄ちゃんだ。頼りなくてすまなかった。もう二度とお前を泣かせたりしない」
妹に向かって歩いて行く僕の道を、譲る様に勇者たちが空けた。
「ケイも、辛かったな」
頭を撫でる僕に「センパイ……ボク」と、ケイは涙目を滲ませながら抱きついてきた。
左手にフィオナ、右手にケイを宥めながら、僕は残されたシスターに語りかける。「シンシア……ごめん。これからは絶対に僕が皆を守る」と。――ただ一人、いつも通り微笑むシンシアに、僕もまた無言で頷いて返した。
「――で、だ。
また僕は口調を変えると、そのまま勇者たちに身体を向ける。びくりと彼らが後ずさるのが分かった。
「君らには選択肢を与える。俺に従うか、それとも今ここで死ぬかの二択をな」
「ちっ……」
頭目のディジョンが微かに歯噛みし、ユークトバニアが不安げな眼差しで周囲の空気を伺っている。バートレットは折れた刀を手に、戦意喪失と言った所だろうか。だがサルバシオン。地の勇者だけが怒りを露わにもう一度立ち上がった。
「ふざけるなよモヤシ野郎の分際で!!! ふぬうううううううう!!!!!」
大地のエネルギーを吸収し纏い、己の筋肉を数倍に膨れ上がらせる爆肉の術。その加護はたった今破壊した利き手の傷すらも修復し、さらに魔力を蓄えた双腕は一撃必殺の拳撃の構えを取る。
単純な力比べではディジョンですら歯がたたないサルバシオンのオーラに、周囲の石礫が呼応して弾け飛ぶ。しがみつくフィオナとケイが、僕の外套に力を込めた。
「さっきはちっと手加減しちまってよ。次は本気だ。120%の力でてめえを叩き潰す」
「御託は良い。さっさと来い」
「ぬおあああああああああ!!!!!!!」
尚悠然と待ち構える僕にブチ切れたのか、岩窟を震撼させる雄叫びと共にサルバシオンの鉄拳が迫り来る。まともに受ければ城壁を穿ち、その衝撃派で市街も半分は消し飛ぶだろう。だが――。
「な……」
一本だけ突き立てた僕の人差し指に阻まれ、サルバシオンの巨躯はもう一歩も動かない。凄まじい風圧だけが辺りを散らし、エメリアたちは服を握りしめ耐える。
「どうした?」
「ば、馬鹿な……」
「120%、じゃなかったのか」
「て、てめえ……一体……」
「なあサルバシオン。お前は俺の後輩に酷い事をしてくれたな」
身動きの取れないサルバシオンの額に、じわりと脂汗が滲む。僕にしがみついたままのケイが、悔しそうに俯いた。
「分かるか? お前の体内からじわじわと死の沸騰が近づいてくるのが」
僕の一言に、みるみる地の
「た、頼む……冗談だ……ゆ、ゆるし……」
「――死ね」
僕がそう言って指を押すと、ボールの様に飛んだサルバシオンは、勇者たちの真ん中で爆ぜ肉片に変わった。薄汚い花火が散ってべちゃべちゃと音を立てて降り、隣に立つ火の
「こ……こいつマジでやりやがった」
バートレットが腰を砕く様に地面に座り込む。涙の代わりに、地の勇者の肉片が頬を伝う。
「お、俺はアンタに付くぜ。シンシア……さん。すまなかった。謝る。頼む、許してくれ」
即座に白旗を上げた火の
「だ、そうだ。どうするシンシア?」
僕が横目でシンシアを見やると、怖いくらいに至って平静な彼女は「ふふふ……神に仕える者が、命を奪う進言は出来ませんねえ」とだけ返す。
「良かったなバートレット。シンシアが優しくて」
安堵の表情を浮かべるバートレットは、そのまま呆けて空を見上げた。
「――次、死ぬ前に何か言い残す事がある者は」
僕の視線が水の勇者、ユークトバニアに向かう。
青い長髪を風になびかせる賢者は、縋る様にフィオナの目に救いを求めた。それは或いはさっきの僕だ。股間から滲む染みが傍目に分かる。
「うーん」
而して腕を組んでフィオナは悩む素振りをする「この人には色々な事をされたからなぁ」と独り言ちて。
「うん。アタシの奴隷になってくれるなら。お兄ちゃん。この人を生かしておいてくれてもいいよ。少し実験に使いたいんだ」
屈託ない笑みで僕に答えるフィオナは、確かに利発な点でフィオナだった。
その因果応報を脳裏に描いたであろう賢者は、力無く項垂れて壁に寄りかかった。水の
「さて――」
残されたのは一団の頭目、風の
「ははは……何の冗談だララト。エ、エメリア……た、助けてくれ」
焦った様に手のひらを返し躙り寄るディジョンを、エメリアは睨みつけて返した。
「殺してもいいと思ってるわ。でもあなたの力は世界の為にまだ役立つ筈。だから私の一存で殺せと言わない」
流石に理性を失わないのはエメリアと言った所か「エ、エメリア……」と引きつった口角を緩ませて笑うディジョンに、憎しみのバトンを引き継いで僕が続ける。
「だが俺はお前を殺したいな。なに、俺がもう一人分働けば済む話だ。違うか?」
もちろん冗談だ。冗談だが、しかし冗談になり得ない事実は、たった今生け贄のサルバシオンが証明したばかりだ。そしてその恐れから来る彼の恭順こそが、僕の思い描いた、正に理想の展開だった。
「ひっ……ララト……た、頼む」
「まぁ……お前が俺の言うことを一つ聞いてくれるなら生かしてやっても良いが」
「な、なんだ……それは」
案の定、リアリストであるからこそディジョンは乗った。
「そうだな……先ずは王にでもなろうか。お前らの様な
魔の気配が微塵も無くなった洞窟の中に、僕の冷たい笑い声だけが響き渡る。
そうだ。連中にはここで死んで貰う訳には行かない。もっと相応しい舞台で惨めに倒れて貰わなければ。
僕の計略は、既に
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます