第37話 半獣連続失踪事件・解決編(中)

 事の発端は、港町で半獣ネロッドが消えるという不可解な事件だった。

 人さらいは偶にある事案だが、短期間に立て続けに発生することは珍しい。しかも、被害者は魔戦士タクシディードの子供に小教会の連絡員、市井の半獣――神獣の血を引くものにばかりだった。

 特に、魔戦士として立場を公表したものであるならばともかく、ひっそりと神性を受け継いでいる半獣すら標的にされているのは異様だった。少なくともヒトには、半獣かそうでないかを正確に識別する術はないのだ。


 外部から半獣もしくは純血の神獣が干渉しているのは明らかだった。目撃情報が殆どなく、遺体も痕跡も全くないことから組織による計画的な犯行であることも確定的である。

 敬狼会ガルマエラは町の一統治組織として事態を重く判断し、外部から実働部隊を招致することにした。おそらく彼らの保有する戦力は既に把握されており、拠点に踏み込んだとしても逃げられてしまうことを見越しての対応だった。


 なにより、敬狼会の抱える武力はほぼ真太まひろ族の半獣で情報収集や工作活動は得意であれど、暴力で圧倒することには比較的向いていない。人狼の身体能力は驚異的だが、より戦闘に適した種族はいくらでもいるのだ。

 例えば、南部の空を我が物顔で飛び回り、灼熱で全てを焼き尽くす争炎そうえん族や、鈍重だが半獣でも身の丈の岩を動かす磊鐘らいしょう族が武闘派として有名である。


 だが、かといって異種族の傭兵を内側に招き入れることは弱みを晒すことになるうえに、風習の違いで現場にて衝突が発生することは容易に想像がついた。


 そこで白羽の矢が立ったのが、近くの小都市に拠点を構えていたリーフたちだった。

 竜王との一件以降、リーフたちは当初の予定通りに南部で潜伏していた。敬狼会との専属契約は破棄し、宗教の垣根を越えてフリーで活動する腕利きとして、南部の東方面では噂になりつつあった。


 専属契約ではなくなったというだけで、敬狼会に全く出入りしなくなったというわけではない。特別な指名依頼として、敬狼会はリーフたちの参戦を打診した。

 一行の狙撃手は真太族であるし、何なら彼らは王とも面識がある。そこらへんの異種族よりも足並みを揃えて行動しやすいことは確かだった。


 リーフはこれを、通常の五倍の報酬で承諾した。半年前、間接的に竜王へとけしかけられた件について、敬狼会をまだ完全に許すつもりはなかった。


 そして、結成された半獣連続失踪事件対策チームは度重なる調査の末に、カンビス雑貨店が誘拐グループの表の顔であり、通常の商品取引に隠蔽して拉致を繰り返していたことが分かった。

 正体さえ明らかになれば、後の処理は迅速だった。


 真太族の工作員が周辺の人払いを行い、その間にリーフたちが突入し制圧する。

 拠点にいたメンバーは一名を除いて殲滅、『出荷』される前の『商品』も無事に保護することができた。


 さらわれた人々が何処に行ったのかは、追加の調査で明らかになるだろう。少なくとも、港を介して外へと運ばれていることは確からしい。

 またリーフたちに招集がかかるかは相手の規模によるが、ひとまず依頼は果たされてお役御免になる――筈だった。


「君が見つけたこれが、魔王の印であるというのは確かなのかい」


 リーフが紙きれをひらひらと振ってテーブルの上に置いた。

 紙きれには、ギルが隠し部屋で見つけた本の表紙が描き写されていた。原本は証拠品として敬狼会が押収している。


 ギルは深く頷いた。


「最後に見たのはもう千年前だけどな、見間違えるわけねぇよ。この印は我らが真の王への新たな忠誠を形にしたものだからな。ちょっと変わってるとこあるけど」

「我らが真の王?」


 耳慣れない言い回しに、リーフは復唱した。『我らが王』という言葉は純血の神獣と対話していると時々出てくるが、『我らが真の王』というのは初耳だった。

 『我らが王』は、神獣が彼らの王を呼称する際に使うものだ――神獣にとって王が唯一絶対の存在であり、それ以外は奉仕あるいは代替品でしかないという価値観を強く表している。


「俺ら月喰族は他の血族とはちょっと変わってて、玉座が二つあんだよ。一つは、我らが王である崩王のためのもの、もう一つは世界を終わらせる最後の王、魔王のためのものだ」


「世界を終わらせる、王?……それって、宗教やおとぎばなしの中でのことじゃなくて?」


 リンが口を挟んだ。


「事実だ。世界の天秤が大きく揺らいだときに魔王――我らが真の王は現れ、天秤がひっくり返る前に全てを平等に奪い、ならし、次の世界をよりよく創る」

「創世崩壊論……世界は三度崩れたのが事実というわけか」


 リーフは腕を組んで壁にもたれかかった。

 リーフの信仰する敬月教ロエールには創世崩壊論という考えがある。世界は既に幾度も滅び、再生してきたというものだ。敬月教は神獣がヒト向けに作った宗教であるため、そこに彼らの信仰が織り込まれていてもなんら不思議ではなかった。


「それを、君たちはどうやって知ったのだい」

「そんなん生まれたときからに決まってんだろ。半獣だと分かんねぇみてぇだが、俺らは最初から知ってんだよ」


 傲慢な物言いだったが、リーフの表情は変わらなかった。だが、リンは明らかにむっとしていた。

 リンは立てかけていた銃ケースの縁を軽く叩いた。


「ちょっとイーハン、今の、ホント?」

――あっ、はい。確かにそうです。逆に、ヒトってそういうのないんですか?


 リンの問いかけに対して、ケースの中の魔剣――イーハンがおそるおそる答えた。


「ないない、言葉も宗教も、教えられないと分かんないし、分かってないやつもたくさんいるし」

「テメェが生きてる世界のことも知らねぇのかよ。これだからヒトは」

「はーーーー、普段バカ丸出しのくせして粋がってんじゃないわよバカ魔剣のアホ悪魔」

「二人とも」


 過熱し始めた言い合いにリーフが割って入った。


「それで、この魔王の印があったから君は月喰げく族が――同族が今回の事件に関わっているのではないかと思っているわけだね」

「魔王軍の中でも、その印を掲げて陛下に従っていたのは俺らくらいしかいなかったからな」

「でも、月喰族って千年前の戦争の後、また東の海の果てに帰っちゃったんじゃなかったっけ」


 リンが指摘した。

 千年前、東の海を渡ってきた月喰族の一団が戦争を引き起こした。幾つかの異種族の軍団を取り込み魔王軍を名乗った彼らは、現代のヒトの生存圏よりも遥か西まで蹂躙したという。しかし、魔王が封印されて程なく魔王軍は解体され、十年足らずで全ての月喰族は故郷へと送還された。

 一連の侵攻は災厄としてヒトの間でも語り継がれ、詳細は神獣が記録していた。


 記録が正しいとするならば、現在この地に残っている月喰族――黒い髪に朱い目の悪魔はギルただということになる。


「帰ったことが事実として、戻ってくることがなかったとは言い切れない。航路は確立しているわけだし、こっそり来訪することは可能なはずだ。だが、問題の本質はそこじゃあない」


 リーフが魔王の印を裏返した。まっさらな紙の裏側が目に晒される。


「魔王のしもべを自称するものが今、何をしようとしているのか。攫った半獣たちの結末がどこに繋がっているのかが重要だ。ギル、そのことに心当たりはないのかい」


 失踪した半獣は十二人にも上っていた。今回リーフたちが救出したのはその内の六人で、見つからなかった六人が何処に行ってしまったのか、生死すら不明なのである。


「そんなん全然……あ、いや……あーーまあ、関係ねぇ、な」


 明らかに歯切れの悪いギルの態度に、しらけた視線が集まった。


「説得力ゼロなんですけど。ふざけてんの」

「いや、これはマジで関係ねぇことだからっ!」

「とりあえず正直に吐いてみたらいいよ」

「うっ、我が主まで……あー分かった、分かったけど、マジで関係ねぇ話だからな!」


 予防線を張った上で、ギルは渋々口を開いた。


「もう陛下が封印されてから千年経つだろ、だから、あと二、三百年で終わるはずなんだってちょっと思っただけで」

「何がよ」

「そりゃ、世界が」

「魔王が封印されているのにっ!?」

「さっき言ったじゃねぇか、天秤が壊れる前に世界を終わらせるのが我らが真の王だってな。陛下の封印はそれの先送り、本当だったら世界は千年前に終わってたんだっつの!」


 ギルの言葉に、リーフとリンは顔を見合わせた。


「ギル……」

――あのー、えーとですね……

「いや、なんかさ……あんたホントさぁ…………」


 言葉を濁すリーフとイーハンだったが、リンはギルにびしっと指をつきつけた。


「思いっきり怪しい目指すべきものあんじゃん! どーしてそれ関係ないって思ったの、ねぇホント馬鹿の中の馬鹿なわけぇ!」

「え、いや、何がだよ?」


 ここぞとばかりに喚くリンに対して、ギルは本気で分からないと目を白黒させた。


「だから、世界を終わらせるって大義名分があるでしょうがっ! 魔王を復活させてっ!」


 ギルはリンの言葉に一瞬ぽかんとした後、みるみるうちに顔を紅潮させた。


「不敬であるぞ! 我らの覚悟を愚弄するか!」


 怒りを以て吼えるギルに、リンはたじろいだ。いつもの口喧嘩ではない、殺意すら感じさせる本物の憤怒だった。

 だが、リンが怯んだのは一瞬で、即座に負けじと睨み返した。ギルははっと我に返った。


「……悪ぃ」


 きまり悪そうにギルはそっぽを向いた。

 空気がしばし、淀んだ。


「いずれにせよ、このまま終わりという話ではないことは確かだ。敬狼会からの報告を待っていられないな」


 リーフは顎に手を置いて考えた後、顔を上げた。


「エルヴァンの誘拐の件との関連もあるし、竜王と連絡をつける。構わないね、ギル」


 以前、リーフたちと共に旅をしていた神獣の少年エルヴァンを、攫っていこうとする集団がいた。彼らも今回の誘拐グループと同じく、半獣で構成されており揃いの魔剣を使用していた。装備が似ていたことから同一組織である可能性が非常に高い。

 竜王ヴィーア――つまりエルヴァンの父親が誘拐グループについて何か掴んでいる可能性があった。諜報は真太族のお家芸だが、南部の広範囲を支配しているのは争炎そうえん族と竜王の王国である。

 ただし、ギルと竜王は致命的に仲が悪かった。


「別に、我が主のやることに俺がとやかく言えねぇし……あのじじいには、いつか殺すって言っといてくんね?」


 分かりやすく渋い顔になったギルに、リンがぷっと吹き出した。

 先程までの張りつめた空気が一気に緩んだ。


「やだもー仲良しじゃーーん」

「泣かすぞクソ狼」

「数少ない生きたお友達なんだから、大事にちまちょうねぇーーー、ギルちゃーーーーん」

「よぉし、マジで泣かす」


 再び言い争いが勃発したが、今度はリーフは我関せずと背中を向けた。

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