第3部(前) 終末に吼える剣の子ら

プロローグ 彼と彼女の埋葬記念日

 どうしようもなくしくじった。

 思えば、今までにも何回か手酷く失敗したことはあったが、どうにか命だけは繋いでこられた。

 しかし、今回ばかりは挽回は不可能だ。


 とうとうこの日が来たかと思ったが、存外心は揺れなかった。

 想定していたよりもずうっと惨めな終わり方だが、そもそも選べるような立場ではない。


 魔剣にはありったけの情報を持たせて逃がした。奴は頭の回転が少々悪いが、これからするべきことは果たしてくれるはずだ。リンに一発頭をぶち抜かれる可能性が高いので最後に迷惑料を何か払えれば良かったのだけれど、生憎既に渡せるものは全部くれてやった後だった。

 今の自分にできるのは、こうして少しでも見当違いの方向に逃げて、奴らの注意をこちらに向けることだけだ。


 ぐらぐらと揺れる視界の中、最早踏ん張る力も失い膝から崩れ落ちた。

 距離感が完全に狂っているせいで受け身を取り損ね、頭から硬い床にぶつかった。

 視界が一瞬暗転したが、痛みはあまり感じない。


 先程まで硬い黒い床であったのに、倒れた先は灰色の雪に覆われていた。指先から冷たさが染み渡り、自分が空気に溶けるような感覚が広がっていく。

 這って逃げようにも、指先どころか四肢の感覚がなくなっていた。


 前にも、こんなことがあった気がする。

 そう、を殺して死ぬつもりだった日に見た夢だ。


 いつの間にかそこは雪の積もる森の中で、きっと背後では村が燃えているのだろう。

 地面に倒れ伏したままの視界に、小さな足が四本映った。

 お揃いの雪靴を履いた小さな女の子と少年が横たわったリーフの側を走り抜けていく。


 子供たちの軽い足音に続いて、硬いブーツが雪を踏みしめる音がばらばらと響いた。

 大人は子供に比べれば歩幅も速度も段違いで、あっという間に二人に追いついてしまった。

 女の子が悲鳴をあげ、少年が叫ぶ。


「おにいちゃん!」

「セイラぁっ!」


 逃げた子供たちはリーフの視界から外れ、追った大人――敬月教の騎士たちも見えなくなった。

 荒っぽい音とともに少年の声が止み、女の子がわっと泣き始めた。


「おにいちゃん、おにいちゃん! !」


「っ!」


 女の子が叫んだ名前に、リーフは息をのんだ。


 やはり、そうだ。

 ではないのだ。

 彼女は何処にもいなくなってしまったのだ。


 薄れゆく意識の中、誰の夢ともつかない景色をぼうっと見つめるリーフの側に、誰かが立った。

 リーフを捕らえるでもなく助けるでもなく、ただそこに立っているだけの男は、リーフと同じ髪色で翠玉の瞳を持っていた。

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