第23話 炎のいましめ、隻翼の勇者・上
「昨日よりも値段が上がっていませんか」
分厚い革手袋をはめた手が書き換えられた値札を軽く叩いた。
手袋の元を辿った先には、白い外套姿、色白の整った顔立ち、黒髪の混ざった銀髪――テネシンの一部界隈で有名になりつつある傭兵、リーフその人だった。細身で上背もそれほどないが、背の両手剣がただ者ではない雰囲気を放っていた。
「着くはずだったものが遅れててね」
「では、そちらのものを二つ」
リーフは隣の商品を指さした。褐色のザラメ糖がまぶされた棒付きの菓子。最初に買おうとしていた飴と比べると、不格好で一回り小さく、その分安かった。
金を払い、釣りを受け取り、菓子を渡される。
買った菓子を一つ、リーフは隣の小さいフード姿に差し出した。
「はい」
「……うん、ありがとう」
菓子を受け取ったフードの影から赤い髪がちらりとのぞいたが、商店の主も道行く人も気付くことはなかった。
テネシンの商業区は、今日も人の賑わいがあった。活発化した火竜の影響でモンスターの襲撃が頻発しているとはいえ、交易路はまだ生きていた。
唯一、我が物顔で空を飛ぶ火竜は予測できなかったが、手を出さなければ火竜は眼下の人間に一切の興味を抱かなかった。誰もが火竜の存在を憎悪していたが、その圧倒的な暴力に抗う術などなく、ただ耐え忍んで生活を送っていた。
リーフとフードの少年――エルヴァンは、商業区の路地に移動し菓子を食べた。
「もう食べちゃったけど、貰ってよかったのかな、これ」
エルヴァンの赤い目が、かじって半分になった菓子を映した。
「俺が食う分のついでだからいいんだよ。食っとけ」
リーフの口の左端がにいっとつり上がり、不敵な笑みを作った。
リーフの手の中の棒には、もう菓子がついていなかった。
「リンの出費に比べれば誤差みたいなものさ。君らは安上がりで助かる」
リーフの不敵な笑みがぺろりと剥がれ落ち、感情の薄い鉱石のような目が露わになった。
甘い物に目がない魔剣のために、リーフは甘味を定期的に買って食べさせていた。エルヴァンにも与えたのは、文字通りついででしかない。傭兵の仕事中、宿に閉じ込めていることに対する慰謝料と考えれば、安いものだった。
「そういえば、リンはどうしたの?」
「君の故郷までの道を、小教会に問い合わせている」
「なんか、ごめん」
リーフたちは、テネシンで防衛任務を一定期間こなすように契約をしている。じきに終わりを迎えるが、その後、エルヴァンを故郷に届けることを約束していた。
「謝罪は不要だと前にも言った。このことに関してのみ、ギルが全て悪い」
「あーあー、そうだよ、俺が悪ぃんだよ」
菓子の棒を口にくわえ、少し拗ねた口調で
「思ったんだけどさ、それ、こんがらがらないの?」
「別に。同時に前に出なけりゃぶつからねぇし」
「浸食が進んでいるせいか、前よりも楽に替われるようになったからね」
一つの口で二人は会話した。殆ど間を置かずに言葉を紡いでいるにもかかわらず、口調も声色も仕草も二人だと判別できた。
傍からみれば、リーフが行っているのは高度な独り言か腹話術に見えるだろう。だが、実態は魔剣が身体に憑依して人格を形成していた。
「食ったら帰るぞ。あれ、これ何処に捨てんの?」
手の中に残った棒をもてあそびながら
「燃やしちゃう?」
エルヴァンが待っていましたとばかりに身を乗り出した。炎のように赤い目がフードの下で爛々と輝いていた。
「町中で能力使うなつっただろ。テキトーに捨てとくから寄越せ」
「ちぇ」
エルヴァンは手の中の棒を渋々リーフに渡した。
「明日の掃討任務には君も同行するのだし、町の外で力の練習をするといい」
「そうだけどさ……」
「お前を無駄に頑張らせたら、俺がいる意味がねぇだろうが。今は大人しく守られとけ」
手の甲で
エルヴァンは小突かれた場所を手でおさえて、無言で頷いた。
◇ ◆ ◇
掃討任務とは、一定の実力があると認められた傭兵団に対し小教会が指名して行う依頼である。決められた期間に指定された範囲を巡回し、モンスターを見つけ次第討伐するという内容だ。
討伐したモンスターの種類と数によって報酬は上乗せされるが、通常の討伐と異なり証明部位を持ち帰る必要はない。全ての記録は同行した職員によって報告される。職員は自衛手段を携えているため、基本的に護衛する必要はない。
通常の討伐任務や自由狩猟との決定的な違いは、遭遇したモンスターとの交戦が原則拒否できないことだ。一体でも多くのモンスターを地上から消すことが要求される。普段その地域に出没しないような強い個体が現れたとしても、逃走することは許されない。
すなわち、達成可能と見込まれた傭兵団は小教会が認める切り札の一つであり、傭兵の間でも一目置かれた。
「外地派遣師団の討伐部隊みたいで面白い任務よね。索敵即討伐、うーんいい響き」
リンはゆったりと伸びをした。
リンが歩いている場所は、岩場の渓谷だった。テネシンから西へと伸びる交易路の一つで大型モンスターが入り込みにくい入り組んだ地形だが、見通しの悪さから中型以下のモンスターにとっては格好の狩り場になっていた。
テネシンの城壁は遙か遠くであり、いつモンスターと遭遇してもおかしくはない状況であるというのに、黒髪の少女は余裕だった。
「君の元職場も似たようなものだったね」
リンの隣を歩くリーフが問いかけた。その背中に魔剣はなく、腰の剣帯に片手剣を挿している。
「ううん、私は護衛部隊。新人は討伐部隊に入れてもらえないから。最低三年は下積み」
「討伐部隊に入ることが目標だったのかい」
「まあ、その時はね。今の方が楽しいから、別に未練とかないけど」
リンはリーフの横に並び、物騒なことを言いながら可愛らしい顔でにっこりと微笑んだ。男であればときめかざるを得ないような輝く笑顔だったが、リーフは眉一つ動かさなかった。
「暴れるのが趣味とか、相変わらずの筋金入りの可愛くねぇ女だな」
クケケッ、と二人の背後からギルが笑った。途端にリンの顔が曇る。
「あんたに可愛いなんて思われたら最悪だから結構。ついでに死んだら」
「もう死んでるし、テメェのために死んでやる気はねぇよ」
「ふんだ」
つんとした顔でリンはそっぽを向いた。
「ギル、エルヴァンはきちんと抑えられているのかい」
会話の切れ目をうかがい、リーフがギルに声をかけた。
「多分な。しっかし、
「君が派手で殺意が高すぎるだけだ」
喧嘩を売っているとしか思えないギルの言葉に、リーフは静かに返した。
「ばっちりきいてる、と思う。全然炎出せねーもん」
エルヴァンが左手を前に突き出してみせた。手首には白い石を繋いだブレスレットがはめられていた。
「無理に出そうとすんな、コラ。雑な護符だから簡単に壊れんぞ」
うんうん唸るエルヴァンの手をギルがおさえて下げさせた。
「小さい結晶を繋いだだけだから、また作ればいいじゃあないか」
ブレスレットの材料の提供元であるリーフはあっさりと言い放った。しかし、ギルは不機嫌そうに鼻をならした。
「一個作るのに五回失敗しただろーがよ。しかも作るの俺だし。結晶割っちまったら指先動かなくなるしっ」
作れねぇこともないが専門でもねぇんだからこっちは、とギルはぶつくさ言った。
「そりゃあボクが作れるのが最善だろうけれども、まだ技術が追いついていないからね。もうしばらくは頼むよ」
「へいへい」
ギルはリーフに生返事をし、上に視線を流した。
遮光眼鏡を少し下げると、朱い瞳に影が映った。直上から飛び掛かってきた獣の影だった。
「まずは一匹」
言葉と同時に、ギルが黒いナイフを頭上へと投擲した。ナイフはすっぱりと影の首を断ち切り、血飛沫が空中で飛び散った。
ギルはさっとエルヴァンを抱え上げて前へ駆け、降ってきた首なしの獣をかわした。べちゃっと地面に真っ赤な染みが広がり、頭部は風に流されて少し離れた場所にぽてっと落ちた。
岩肌とよく似た色の毛皮に黒い斑模様、細い四つ脚に背中から突き出たナイフのような背骨の突起――トゲハイエナと呼ばれる、中型に分類されるモンスターだった。力も体格も中型の中ではかなり下であるが、凶器と化した背骨に串刺しにされれば即死もあり得る。
そして、トゲハイエナの厄介な点は集団で連携して狩りをするという点だ。
リーフが剣を抜いた先には三頭、頭上の崖からのぞく影は四頭、そして一行の後ろからついてきていた真太族の監査役を狙うものは二頭いた。
「リン、援護をよろしく。ギルは上を片付けてくれ」
「合点」
「おう」
リーフが白い外套をはためかせて突進した。三頭のトゲハイエナが目の前に飛び込んできた獲物にとびかかった。
右腕に食らいつこうとする一頭は回避して剣の腹で殴り、喉笛を引きちぎりにきた一頭は剣先で喉を軽く突いて払う。その間に、残りの一頭が大口を開けて左腕に噛みついた。
硬質な音を立てて、外套が牙を弾く。見かけと異なる感触にトゲハイエナは一瞬怯み、次の瞬間には腹を蹴り上げられていた。
「うるあああああっ」
リーフは雄叫びを上げて左腕を振り下ろした。まだ食らいついたままのトゲハイエナが地面に叩きつけられる。無防備になった胸に轟音を伴って穴が穿たれた。すかさず頑丈な毛皮の中に剣の切っ先がねじ込まれて内臓を引っかき回した。鮮血がごぶりと野獣の口から零れた。
リンの銃に込められたもう一発の弾丸が使われる前に、残りの二頭は標的を変更してとびかかった。息を合わせて襲いかかるモンスターを同時に撃つことは不可能。
しかしリンは慌てず銃をくるりと上下反対に回した。まだ熱を持った銃身をしっかりと掴み、銃のストックを棍棒のように薙ぎ払った。
ぎゃいん、と声をあげてトゲハイエナがまとめて吹っ飛ばされた。一頭は地面に転がったが、不幸にも片方は岩に胴を強く打ちつけた。痛恨の一撃で動けないトゲハイエナに、容赦なく弾丸が撃ち込まれ、鮮血の花が咲く。
幸運な一頭は素早く起き上がり、残弾のない銃を構えるリンに向かって走り始めた。その背中をリーフが追いかける。トゲハイエナが走り出す前に距離を詰め始めていたため、リンに辿り着く前に接触、剣を背中へと突き立てた。
魔剣でもないただの鋼の剣が敵う訳もなく、無情に骨にはじき返された。それでも、トゲハイエナの意識はリーフへと向いた。
くるりと方向転換し、リーフの胴へと体当たりを食らわせた。普通ならば背中の鋭い骨が外套程度貫いてヒトに致命傷を与えるが、白い外套は牙も骨も通さなかった。
リーフは剣を捨て、トゲハイエナが離れる前に背中の骨の刃を両手で掴んでがっちりと密着した。続いて首を脚で挟んで締め上げた。当然トゲハイエナはもがき苦しみ前脚で引っ掻くが、リーフは動じずに締め続ける。
酸欠で動きが鈍り始めたトゲハイエナの心臓にリンの構える銃口が向けられ、一撃で機能を完全に破壊された。
立ち上がったリーフの外套には血糊と土埃がべっとりと付着していたが、軽く払うと表面に張りついた白い結晶ごと地面に落ちた。結晶が剥がれ落ちた外套は暗褐色に変わったが、すぐにまた白へと戻った。
「リーフ、お疲れさま」
リンは声をかけながら、手元を見ることなく次弾を装填した。
「リンも怪我はないかい」
「ないよー、無傷無傷」
「ギルは……大丈夫そうだね」
リーフが後方のギルへと目を向けた。
既に決着はついていた。崖の上からは一行をうかがっていた姿が消え、血が滴り落ちていた。監査役に狙いをつけていたトゲハイエナも背中に黒い剣を生やして息絶えていた。
それら全てをやり遂げた男は、〈
「こんな弱ぇの相手で怪我なんかするかっての」
ギルは片手で遮光眼鏡の位置を直し、小馬鹿にしたように言った。右手に持っていた小剣は砕けて消えた。
「エルヴァンも怪我はないかい」
「……うん」
少し拗ねたような顔で、エルヴァンが言った。戦闘が始まってからエルヴァンは一歩も動いていなかった。
「トゲハイエナ十頭、テネシン防衛の日当の半分くらいにはなるかな」
リーフは後方で佇む監査役に視線を送ったが、特に反応は返ってこなかった。監査役は顔を面で隠し、一行と交流をもつ気は全くないようだった。
「安くない? まー、珍しくないモンスターだし、その程度って言っちゃえばそうかも」
イーハンを起こす必要性も感じないし、とリンは先程と同じくのんびりとした様子で戦闘態勢を解いた。
リーフが懐から地図を取り出してその場で広げた。
「もう少し先に、野営に適した場所がある筈だ。今日はそこまでにしよう……それと、少し先で一頭待ち伏せがある。おそらくは中型の大物だろう」
「今さっきのやつは何で言わなかったの」
リンが足下の空薬莢を拾いながら言った。
「言う前にギルが手を出した。それに、警戒していない方が向こうも仕掛けてくるときに油断するから」
「それで怪我したらどうするわけ」
「先頭にいたのはボクだ。なんとでもなるさ」
ぷうっとリンの頬がふくれた。
「そーいうこと止めてってば。ちゃんと情報共有してよ」
「……次からは気をつける」
「絶対だからね、絶対!」
次の目標へと足を向けるリーフの後ろを、リンが軽い足取りで続いた。
その様子を後ろから遮光眼鏡をかけたギルが見ていた。
「どうせクッソ弱いだろうけど、気ぃ抜けすぎじゃねぇか」
「知らねー」
ずっと突っ立ったままのエルヴァンが、興味なさそうに返事をした。フードの上から頭を軽くはたかれて、エルヴァンの赤い目がギルを見上げた。
「お前も気ぃ抜けすぎ。安心しろ、後で泣くまで訓練に付き合ってやっから」
「ふーん」
エルヴァンは少しむくれた顔で気のない返事をした。
◆ ◇ ◆
地面に赤い鉱石がぽとりと落ちた。指先ほどの大きさの、刺々しい形の石だった。
ギルがそれを拾い上げて眺めた。結晶だが、内部にうねりのような紋様が走っているせいで透明度はほとんどなく、表面に輝きもない。
指先に力を込めると、結晶に亀裂が走って砕けた。砕けた欠片は火の粉となって霧散したが、ギルは熱がる素振りを見せなかった。
「最低限の練り上げもなってねぇな、ほら次」
「も、もう無理……」
ギルの無慈悲な言葉に、エルヴァンはがくりとうなだれた。
「おい、だらしねぇぞ。お前も竜種なんだったら、この程度の神性の消費なんざ屁でもねぇだろ」
「もう二十回はやってるし。集中力なんかもたないって」
「実戦じゃ集中力切れたって集中すんだよ。俺がお前くらいのときは毎日五十回は練習してたぞ。オラ、きりきり結晶作れ。クズ石ばっかり作ってたら追加な」
「うえぇー」
エルヴァンは情けない声を上げたが、手加減する気のなさそうなギルの顔を見て反抗を諦めた。渋々、ギルに教わった通り両手を合わせて神性を練り上げ続ける。
次の成果が出来上がるまでの間、ギルの視線はエルヴァンの隣に座るリーフに向いた。リーフは手袋を外した手を見て集中していた。
「で、元契約者。できたか?」
「こんな感じ」
リーフが手のひらの上で形成された結晶を目の前にかざした。やすりがけをされたような滑らかな表面に、結晶構造も白一色で濁りがない。宝石と言って差し支えない輝きを持っていた。
しかし、ギルの目は厳しかった。
「俺、ビーズ作れっつったよな。指輪作れって言ってねぇぞ」
リーフの手の中にあったのは、親指が通る大きさの輪っかだった。装身具として使えなくもない大きさだが、ギルの注文よりもかなり
ギルがリーフに課したのは、神性を固めた結晶でブレスレットのビーズを作ることだ。それも、出来た結晶に穴を開けるのではなく、穴の開いた結晶を一発で生成すること。既に、失敗作の結晶がリーフの周辺に十個以上転がっていた。
「穴がどうしても小さくできなくてね」
「小せぇ外枠作って、内側に埋めていけばいいんだよ」
「小さい外枠、っと。うん、できた」
リーフの手の中で、新しい結晶が生成された。先程の輪の、半分以下の大きさの円が現れ、内側に厚みを増して円盤になった。
「全部埋めてんじゃねぇか、穴残せ穴」
「一回出した神性を途中で止められなくて」
「加減しろよそれくらい。もしくは圧縮」
「君みたいに、一抱えある石を硬貨の大きさに押し込めるような神がかった技術はない。神獣だけに」
「……うるせぇ練習して叩き込め」
リーフの下手な冗談に、ギルは少し口をごにょごにょさせてから言い返した。
食事の準備をしていたリンが、一瞬手を止めてそれを真顔で見ていた。
一行は渓谷に挟まっていたトビトカゲを問題なく討伐し、日がまだ高いうちに野営地へと到着していた。馬車が数台とめられる広場と、防衛に適した浅い横穴が整備された商隊御用達の場所だ。馬車は広場に残し、商人と貴重な品は横穴で天幕を張って一晩を過ごせるようになっている。
食事が出来上がる前に天幕の設営が完了したため、その空き時間を使ってギルは神性術初心者のリーフとエルヴァンに、ためになるのかならないのかよく分からない講義をぶっていた。
「いいか、竜種が使う神性術と言やあ結晶術だ。身体から神性を絞り出して結晶に変えて、そこから神性を使う。テメェらもそれで翼作ったり盾にしたりしてるだろ」
「じゃあ、使えてるからいいじゃん」
エルヴァンが疲れ切った顔で口を尖らせた。
その鼻先に、びしっとギルの指が向けられた。勢いに押されてエルヴァンの目がまるくなる。
「翼作って神性使って飛ぶのはガキでもできんだよ、本能だから。けどな、戦いじゃ自分で形を決めて、中身を決めて作らなけりゃ意味がねぇんだよ」
「それが、君の言うところの付与系結晶術というやつかい」
リーフはギルの戦いぶりを思い浮かべながら言った。
結晶で出来た小剣に様々な効果――伸びる剣閃や致死性の猛毒、爆発性などを付与して変幻自在に立ち回り、対モンスターでも対人でも高い対応力を見せつける。攻撃の射程がやや短いが、殺すという一点に限って言えば一行の誰よりも安定した結果を叩き出す男だ。
「ギルのはちょっと変わってるけど。付与系って普通は武器に被せて使うし」
「仕方ねぇだろ、得物ねぇんだから」
ギルの顔が少しむすっとした。
本体が魔剣のギルに帯びる武器など所持している訳もなく、かといって好みの武装を選べばとんでもなく嵩張る。そういった理由で、ギルは無手の戦闘を強いられていた。
「とにかく、テメェらが実戦でばんばん結晶術を使うにゃ訓練が足りねぇ。特にエルヴァン、お前その歳でこんなカッスカスの制御しか出来ねぇなら、マジで生き残れねぇぞ」
ギルは再び、エルヴァンが作った結晶と言うのもおこがましいような神性の淀んだ塊を指先で砕いた。今度は火の粉すら現れず、灰になって消えた。
「詠唱術なら、もっとできるっての!」
「んなの、
「でも、燃える神性だけ集めて綺麗な結晶作るとか出来たことないし」
「出来ねぇ、じゃねぇよ。な、る、ん、だ、よ」
いつになく語気を強めるギルに、エルヴァンはぎゅっと唇を噛みながら作業を再開した。
「なんか、ギルってば訓練始めてからおちびに当たりが強くない?」
トゲハイエナの肉を焚き火で炙りながら、リンは隣に座るイーハンにぼそぼそと話しかけた。
イーハンは血抜きがされただけの肉を少しずつ噛みちぎって一足先に食していた。絵面はかなり猟奇的だったが、もう見慣れたものでリンは眉を潜めることすらしない。
「エルヴァンさんの今後を考えると、熱が入ってしまうんじゃないでしょうか」
肉を囓ることを中断して、イーハンは丁寧に応えた。
「どゆこと?」
「エルヴァンさんって、
「年下好きって、うっわ変態じゃん」
「聞こえてんぞ、クソ狼」
リンが手に持っていた肉の串に黒い刃がさくっと刺さった。
「危なっ! ちょっと何してんの、当たったらどうすんの!」
「当てるわけねぇだろバーーーーカ」
「本っ当、腹立つんですけどこのポンコツバカ魔剣」
歯軋りしながらリンは肉をひっくり返した。肉汁が炎の中に滴り落ち、じゅうっと煙があがった。
「リン、肉は焼けたかい」
リーフがアクセサリーパーツの出来損ないを量産しながら言った。結晶の生成速度と純度はエルヴァンよりも出来が良かったが、一つとして同じものを作れていなかった。
「うん、もうそろそろ食べ頃かな」
「やった、ようやく飯だあぁぁーーー!」
勢いよく顔を上げたエルヴァンは、半べそ顔になっていた。足下に転がっているのは、リーフ同様失敗作の山だった。
空き時間を利用した(エルヴァンにとって)地獄の修練は、ようやく終わりを迎えた。
「俺はパス、飯終わるまで寝るわ」
ギルは食事に参加せず、天幕のそばに寝転がった。両手剣が音もなく地面に静置された。
じゅうじゅうと肉汁の溢れる腿肉の串焼きに、エルヴァンは目を輝かせた。
振りかけられた香草の匂いにつられて、火から上げたばかりの熱々の肉を一気に口に頬張った。途端にエルヴァンの眉間に皺が寄った。
「まっず」
「まあモンスターの肉だし、味はお察しよねー」
忌憚のないエルヴァンの感想に、作ったリンは同意した。
モンスターの肉は大変味が悪く、食用に適さない。食べ過ぎれば腹を下すことさえある。ただし、適切な処理をすれば
獣臭さを香草で誤魔化しただけの串焼きを、リンとエルヴァンは渋い顔で咀嚼した。
リーフはいつもの無表情で見た目だけは美味しそうな肉をがつがつと食べ進めていた。
「なんでリーフは平気で食べてんの。こんな、まっずいの」
二人前の肉を胃袋に収めていくリーフを、エルヴァンは信じられないという目で見た。
「はなから味に期待しなければ良いだけさ。それに、食べ物としてはいける方だよ。リンが焼いたからかな」
全く顔色を変えずにリーフは言い放った。すぐに不味い肉の摂取作業に戻った。
一呼吸置いて、リンの顔が真っ赤になった。
「え……ふ、ふふーん! そりゃ、こ、ここ、心を込めて焼いたんだからっ、ねっ!」
リンは身もだえしながらリーフから目線を逸らした。手の中の串がべきべきと粉々に砕け散った。
肉に齧り付いたまま、エルヴァンは半眼で二人のやりとりを見ていた。
「俺たち一体何を見させられてんの」
「あはは、気にしない方が良いと思いますよ……」
エルヴァンの呟きに、イーハンが乾いた笑いを漏らした。
◇ ◇ ◇
「……」
和気藹々と野営をする一行を、少し離れた場所から監査役が観察していた。
視線は、赤い髪の少年に向けられていた。
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