第24話 炎のいましめ、隻翼の勇者・中
熱気がゆらめく大地に敷かれた一本の道から大きく外れて四人が進み、その少し後ろを一人がつかず離れずついていた。
「さいあく、ほんっともう……さいあく」
犬のようにだらしなく口を開け放して、リンは淀んだ悪態をついた。頭にかぶった帽子の下からは滝のように汗が流れ落ち、顔には覇気がなかった。
天上の太陽がもたらす痛いほどの日差しとひりつくような乾燥が、半分は狼の神獣の血統である少女の体力を著しく奪っていた。
「どーしてまた、ここに来ないといけなかったのーーー。死ぬ」
「ほら歩け歩け。この前歩けたじゃねぇか」
「うっさいわね、あんたが死んだらもうちょっと気分よく歩ける」
「誰が死ぬか、ボケ」
発破をかけたギルは逆に暴言を吐かれたが、いつものことのため特に苛つくような素振りは見せなかった。
一行が歩くのは、テネシンに辿り着くまでに通った陽炎の平原だった。今回の掃討任務では、テネシンの西に広がる渓谷地帯から登山道を通って陽炎の平原へと入り、そのまま東に抜けて小型のトビトカゲが巣くう谷を軽く掃除する計画になっていた。テネシンを中心として、時計回りに巡回する道のりとなっている。
既に平原の中央を通る街道を横断し、灼熱の地獄から抜け出すまでにそう長くはかからない。
それでも、既に体力を大きく損耗したリンには慰めにもならなかった。
幸い、平原で出会ったモンスターは手間賃にもならないような小型種ばかりで、目にとまったが早いかギルの投擲ナイフで真っ二つにされていた。
モンスターではない肉食獣が一行を遠巻きに観察していたりもしたが、一行がただ者ではないことを感じ取ったのか襲いかかる真似は決してしなかった。
ぶつくさ言うリンを宥めつつ――それでも今回は仕事だからか前回のように足を止めようとはしなかった――進む一行の先には、立ち塞がるような岩の壁があった。
陽炎の平原に入る前に通った渓谷よりも崖は高くそびえ、上から飛び降りればモンスターでさえ無事では済まない。風化によって崖の表面には大小様々な亀裂が走り、その中でも特に大きなものは壁を真っ二つに割っていた。
亀裂によって生じた谷の広さは、人一人通るのがやっとのものから馬車を通せるくらいのものまで多様であったが、全てに共通点がある。谷に無数にある細かい亀裂、そしてその奥の洞窟には小型のトビトカゲ又は大型のトビトカゲの幼体が身を潜めていた。
不用意に谷を通ろうとすれば、頭上からトビトカゲに集団で襲われて骨も残らないだろう。無論、この地域を通る旅人がそんなヘマを犯すことは滅多にない話ではあったが。
他の地域とは異なり、この地域は交易上の利点もなく通行を確保する必要性は薄いが、危険性の高いイシユミトビトカゲ等が増えることを抑制するためにも掃討任務の対象に入れられることが多かった。
「ほら、後もう少しだよ、リン」
「ふぇーーーい」
日陰になる場所もなければ碌な道さえない平原の横断はようやく終わりを迎えようとしていた。太陽も一行の背中を焼きながら高度を落とし、渓谷の向こうへと姿を隠しかけていた。
リンの顔は相変わらず疲労感に塗れていたが、見えてきた到達点に少し生気が戻ってきた。
「やはり、君はもっと体力をつけた方がいいと思うよ」
元気を振り絞るリンを見て、リーフは少し呆れたように言った。今回の横断の際、リーフは前回のように頭にバンダナを巻くことすらしていなかったが、暑さなどまるで感じていないように見えた。
「いや、竜種と比べないで……」
暑いの苦手なのはしょうがないでしょ、狼なんだからとリンは言い訳がましく言った。
「それでも、一人で遅れられるのは――」
リーフが唐突に言葉を切り、背後を振り返った。つられてリンも振り返る。
夜の帳が降り始めた空と白っぽく乾燥した草の茂る大地、その何処にも目にとめるようなものはなく、不自然な音も響かず、匂いにも変わりはない。しかし、リーフの緑白色の目はぎっと鋭くなった。
リーフの反応から少し遅れて、突風が砂埃を巻き上げて顔を叩いた。
「また戦争バカ共かよ」
ギルが風の音から察し、舌打ちした。
フードの下でエルヴァンの顔がこわばった。
「数は一。他に気配は感じない……っ、気付かれた!」
リーフは立ち止まったまま分析していたが、突然質の変わった敵意に足が一歩下がる。まだリンの有効射程距離に届かないというのに、ただ顔を険しくしただけの些細な動きで姿を隠したままの火竜は臨戦態勢に入った。
姿を隠す神性術をかなぐり捨て、赤い竜が煌々と輝く巨体を晒した。
以前に陽炎の平原で遭遇した火竜よりも一回り大きく、紅玉のように輝く翼と太い尾に炎を宿していた。鋭い牙の並ぶ
その骨を揺らすような轟きに、ギルの目の色が変わった。
「テメェら走れ! あんたは逃げろ!」
言うが早いかギルはエルヴァンを小脇に抱えて駆けだした。すぐさまリーフもリンの手を一瞬引いて後に続いた。一拍遅れて小教会の監査役も一行から離れるように逃走した。さすがに神獣同士の戦いに巻き込まれるのは想定外らしく獣化して全速力で距離をとる。
ギルは岩の壁の亀裂へと一直線に走っていた。
火竜は滑るように空を飛び、炎をまき散らしながらぐんぐんと距離を詰めてくる。
「リン!」
遅れつつあるリンに向けてリーフが叫んだ。
走り出しこそリーフと並んでいたが、溜まっていた疲労に抗えずリンの足はみるみる重くなっていった。周囲が薄暗くなりつつある中、はっきりと視認できるほどにリンの顔は真っ赤だった。
「ちょっ、無理……うぇっ」
リンの足が持ち上がらずにこんがらがり、地面に倒れた。これにはリーフだけでなくギルの足も止まった。
「あぁもうこのクソ狼! そこで待ってろ!」
切羽詰まった声でギルが怒鳴った。小脇に抱えていたエルヴァンを下ろす。
「奴の狙いは
ギルの上衣の裾から
「絶対戻ってくる!」
リーフはリンに言葉だけ残して走り去った。見送るリンの表情には悔しさが滲んでいた。
全力で残りの道程を駆け抜け、火竜に追いつかれる前にリーフは大きな亀裂に飛び込んだ。それほど間を置かずに火竜が亀裂に激突した。
狭い入り口を巨体と硬質な赤い翼で無理やり拡張し、大小様々な破片が暗い谷の中で投石のように降り注いだ。
鎖の巻き上げによる移動速度が鈍ると、鎖を身体から切り離し再び生成・射出。同じ要領で宙を飛び続けた。
傀儡系結晶術
一方、火竜の方は狭い谷に突入したことで減速すると思いきや、燃えるように赤い爪を谷の側面に突き立てて疾走していた。翼でバランスをとりつつ地面からほぼ垂直の壁の上を走っていた。飛行よりは速度が落ちたが、まだリーフに追いつくには十分なスピードを保っていた。
その姿を見て、エルヴァンの顔が恐怖で歪んだ。
「どうすんのさっ」
悲鳴のような声を上げたが、
とうとう、火竜はリーフの真後ろまで迫った。咆哮と共に赤い槍がリーフの足めがけて射出される。
鎖を切断し、リーフは身を翻した。はためく白い外套に切っ先を逸らされ、槍は谷に着弾。支えなく落ちていくリーフの胴に
その背後に火竜も重たい音を立てて着地する。狭い谷の一方を、赤い巨体がほぼ埋めてしまった。少し身体を傾けただけで尾で地表全体を薙ぎ払える。
背中を見せたままのリーフに火竜は尾を振り上げた――が、尾で頭上を薙ぎ払った。
上から降ってきた黒い刃と尾の表面を覆う赤い結晶がかち合い、黒い刃が砕けて吹っ飛ばされる。刃を振るったギルは手足を畳んで姿勢を調整、宙返りの後地面に手をついて着地した。
リーフの背中にあった筈の魔剣は、いつの間にかなくなっていた。
振り返った瞬間に抜いて上へと放り投げていたのだ。
「さすがに、簡単にとらせてくれねぇな」
ギルは立ち上がり、リーフの元へとゆっくり近付いた。火竜はギルの外見から種族を察したのか、追撃してくることはなかった。
リーフはエルヴァンを肩から下ろし、目の前の火竜と対峙した。逃げるという選択肢を潰されたも同然の状況だが、リーフの目に焦りの色は全くなかった。
火竜が咆哮した。
雄叫びは狭い空間の中で幾重にも反響し、ぱらぱらと谷の上から砂粒が落ちた。エルヴァンは身を縮こませ、ギルは指を耳に突っ込んだ。
「ギル、奴は何と言った」
リーフは身じろぎ一つしなかった。耳慣れない
「エルヴァンを渡せ、だとよ」
耳の穴を掻きながらギルは答えた。
「エルヴァン、この竜とは面識があるのかい」
「……見たことはある、けど。知り合いじゃ、ないよ」
「ならば、私達が託す理由はないというわけだ」
再びの咆哮にギルが鬱陶しそうに耳をおさえた。
「黙れ、この誘拐犯が」
「私達は彼の窮地を救って保護したのであって、そのようないわれを受ける道理はない」
「はぁ?」
火竜の返した言葉に、ギルは素っ頓狂な声をあげた。
「どうしたのだい、ギル」
「いや、なんかよく分かんねぇこと言い出してよ」
「ギルが、俺を誘拐したんじゃないかって言ってる」
リーフの後ろに隠れたエルヴァンが代わりに答えた。
その言葉に、リーフも眉をひそめた。
そのまま口を噤んだリーフの様子を見て、火竜は怒りの呻り声をあげた。火竜は沈黙を肯定と受け取ったようだった。
空気の温度がにわかに上昇し、火竜の背の翼が更に赤く輝いた。尾を覆う結晶も鋸刃状に成長しがりがりと地面を削った。
エルヴァンの口から小さい悲鳴が漏れた。
「エルヴァン、ちょっと隠れてろ」
「……うん」
いつになく真剣なギルの言葉に、エルヴァンは頷くと近くの物陰へと退避した。
「離れて大丈夫なのかい」
「近くにいたら全力出せねぇだろ。それに、向こうも俺らを振り切ってかっ攫えるなんて思ってねぇよ」
リーフの問いに、ギルは静かに返した。
「んで、今回は結構キツいかもなぁ」
「君でもかい」
「アレはやる、下手したら今度こそ死ぬんじゃねぇの」
「いつものことじゃあないか」
「それもそうだな」
軽く肩をすくめたまま、ギルの姿がかき消えた。ギルが立っていた場所に一振りの両手剣が現れた。
剣が地面と触れる前にリーフは掴み取り、火竜に切っ先を向けた。
火竜の嘲るような短い発話に、
「弱ぇかどうかは試してから言えっての!」
ギルが即時生成した
あらゆるモンスターの外皮をいとも容易く切り裂いてきた魔剣ギルスムニルを、火竜の尾を覆う結晶は受け止めていた。受け止めてからしなる尾にリーフの身体は木の葉のように軽く吹き飛ばされた。
「だっから、かっるいんだっっつの!!」
「翼で飛ぶな、狭ぇから事故るぞ!」
赤い炎を突き破り、白い塊が竜の上に落ちていく。盾に守られたまま、リーフは火竜の頭の左側面に激突した。
顔を殴られ体勢を崩した竜の真下で、翼の盾を解除したリーフが魔剣を構える。刃の表面に朱色の光が宿った。朱い光は黒い結晶へと変わり剣を覆った。
――今日ばっかりは全力で張るぜぇ!
黒い刃になった両手剣でリーフは火竜の首の根本を狙う。剣と首の間に赤い結晶の翼が割り込み、剣先を逸らす。紅玉のような翼は僅かに削れただけで剣を跳ね返した。前回の竜よりも遥かに硬い。
しかし、返す刃で浅く斬り込んだ一撃は表層の羽根を半ばから断ち切った。羽根が炎となって散っていく。
振り返りざまにリーフを叩き潰そうとする前脚を後退して回避、続く尾の一撃は魔剣を盾にして受け流した。尾の結晶と魔剣の結晶が相殺してバチバチと赤と朱の神性が弾けとんだ。
間合いが近すぎるせいか、尾に込められた力はリーフを吹き飛ばすには足りなかった。火竜は重心を後ろへと移しながら、角の周囲で神性を練った。神性は四発の火の玉となり、リーフに向かって飛んだ。
距離をとって立て直しを図ろうとする火竜にリーフは追いすがり、投げつけられた火球を両断した。
かき消える火球を尻目にリーフは魔剣を振りかぶる――が、急制動をかけて後退。足下に刺さった結晶が赤く輝く。
火竜の後退は囮、踏んだ地面に結晶術の罠を仕込んでいたのだ。
空中に逃げることを読み、火竜の周囲に浮かび上がった多数の火球がリーフを襲った。速度は
「流石にバレてんな」
再び竜が顎を開いた。濃い神性が喉の奥から吐き出され、圧倒的な暴力となって顕現した。あまりの熱気に、横穴に隠れていたトビトカゲたちが一斉に飛び立つ。逃げ遅れたトビトカゲは焼かれながら地に墜ちていった。
炎に追い立てられるまま、
竜は首を振り上げ、うねる炎の帯が下からリーフを舐め上げようと迫る。
奥へと逃げ込んだ後ろ姿を追い、横穴の入り口に燃え盛る槍が叩き込まれた。ほぼ同時に横穴のそばの壁面が破壊され、岩石を蹴散らしてリーフが躍り出る。
土煙を煙幕にして、黒い槍が火竜へと飛ぶ。これを火竜は尾で叩き落とした。
落下しながら
ぎゃあぎゃあと耳障りな鳴き声を上げながらトビトカゲが逃げ惑い、何匹かは降り注ぐ落石の下敷きとなって染みと化した。
リーフは地面に着地した後、片膝をついた。休む暇もない攻防、急制動を繰り返した負荷、神性の高速連続使用――今までにない激しい戦いに、流石のリーフも息が切れていた。
だが、滴り落ちる汗を拭いリーフは再び魔剣を構えた。ギルも何も言わず、黒い結晶を再び刃に付与する。
濃い土煙を割り、火球の弾幕がリーフの目に映った。
直撃しそうな火球のみを切り捨ててかき消す。消されなかった火球は背後の絶壁にぶち当たり、爆風を振りまいて外套の裾を揺らした。
火球の第二波が襲い来る前にリーフは駆け出した。正面に立つ火竜は無傷のまま、尾の刃を振りかざしていた。必殺の雷は火竜の炎を打ち消しただけで、本体には届いていなかったのだ。
脳天に落ちてくるギロチンのような刃を左に跳んで回避、空振りの大剣が地面に大きな亀裂を生む。続く結晶で武装した前脚の薙ぎ払いは白い翼で受け止めた。吹き飛ばされないよう咄嗟に結晶で足を地面に縫い止めたが、恐るべき力で地面ごと抉り、宙に投げ出された。
地面に鎖を突き立てて体勢の立て直しと減速を図る――が、飛来する槍が鎖を砕いた。無情にも同時に射出された槍の先にリーフの着地点がある。着地と同時に槍が直撃するが、
火竜は既に、リーフとギルが守りと攻撃で神性を使い分けていることに気付いていた。そして、守りと攻撃を同時に行えないことも。
どちらが主であっても最低限の付与は維持出来るが、槍で攻撃することと翼を盾にすることは同時にできなかった。これは身体を動かす主体に左右され、切り替えの際に隙が生まれていた。
空中で動きを立て直すことは戦闘経験の浅いリーフには出来ない芸当だが、ギルでは槍から身を守ることができない。
「――っ!」
硝子が割れるようなぱりん、という音を立てて
翼は
渋い顔で立ち上がった
「出し惜しみしてた訳じゃねぇよ。テメェが全力出させたんだからな」
誰にともなく、
「成程、君が翼を出したがらなかった理由はそれか」
ギルの代わりに
「確かに、それでは飛べないね」
「ああそうだよ、飛べねぇんだよ」
ギルが翼を顕現させたことで相反するリーフの神性が耐えきれず、崩れていったのだ。
「制御が下手くそで、空も飛べねぇ、獣の姿にもなれねぇ……魔剣にまで堕ちちまったとんだクソ竜だよ、俺は」
「でもな、こんなクソに堕ちても約束は絶対に守る。だから、テメェを倒してエルヴァンを守るし、リンのとこにも帰ってやんねぇといけねぇんだよ」
黒い刃はさらに分厚く、長く、鋭く成長した。先程までよりも両手剣は一回り大きくなっていた。
燃えるような火竜の瞳に険しい光が宿った。
「また死んだらすまない!」
背中の隻翼を畳み、
赤い結晶は炎へと変わり消えていくが、黒い結晶の欠片は周囲を無差別に引き裂き赤い刃をさらに削る。砕けてなお破壊力を有するギルの結晶が火竜の炎に競り勝っていた。
そのまま退かずに
火竜の周囲を炎が舞い、ナイフの形となって
朱い光が黒い翼の表面に宿ったまま広げ、羽ばたいて光をまき散らした。
朱色の閃光は炎を打ち消し、リーフには一つも届かない。しかし、リーフの顔は歪み額には大粒の汗が浮かんでいた。
「元契約者でも辛いか……」
暗い色の外套の表面で朱い光がばちばちと弾けた。その度に、リーフの身体に鈍い痛みが走っていた。
苦しげな
剣の表面を覆う結晶が砕け散り、薄紅色の地金が露わになった。
神性の付与が切れた
対して、
黒い雷が炎を真っ二つに引き裂いた。引き裂かれた炎は霧散し、熱も残さず消えた。雷は火竜の横をすり抜けて谷に突き刺さった。
暗闇の中で、砕けた岩盤が崩れていく音が反響した。
呆然とする火竜の首に黒い鎖が巻きついた。鎖の先端を掴んだ
そのまま別の鎖を地面に向けて射出、巻き上げた勢いで火竜の頭を地表に叩きつける。
火竜が頭を上げることを首筋に当てられた黒い刃が許さない。抵抗を牽制するように朱い閃光が刃の表面で時折弾けていた。
「ここまで、だ。これから先はただの殺し合いになる」
火竜を見下ろす
火竜の瞳に燃えていた炎が勢いをなくしていく。燃え盛るような神性を放っていた翼を仕舞い、戦闘態勢を解いた。
「もういいでしょう、退いてもらえますか」
リーフの言葉に、火竜は呻り声を返した。
――俺らの目的は何だ、だってよ。
「あの子供の身の安全、とでも言っておきましょうか」
ギルの翻訳を受けて、リーフが返答した。
火竜は訝しげな目を向けた。
――誰に頼まれた。
「それは言えません。ただ、依頼主と私達の意図は必ずしも同じとは限らない」
――? あ、えーっと……それなら伝えることが一つある。
「なんでしょう」
――エルヴァンの親は近くに来ている……え、マジか!?
予想だにしない展開に、ギルは訳しながら驚いた。リーフの表情に変化はない。
「それが事実であるという保証は」
――……名を懸けて誓うんだと。
「名を懸ける?」
――名前を懸けた誓約は、自分で破るようなことは出来ねぇようになってんだよ。俺がエルヴァン助けてるのと同じやつ。
少し拗ねたような口調でギルが言った。
「契約行為ならば、こちらにも何か用意するものが必要なんじゃあないのかい」
――向こうが持ちかけてんだ。大したことねぇよ……ただ、な。
「ただ?」
リーフの質問に、ギルはますます歯切れが悪くなった。
――ちゃんと誓約を結ぶってなると……その……なぁ。テメェ
「何かまずいことでも」
――いや全然! なんでもねぇしっ。
ギルは少し上ずった声を張り上げた。
――で、どうすんだ。話を聞いてやんのか?
「話を聞いても、こちらが会いに行く保証はない。それだけは覚えておいてください」
――……それでいいんだと。
明らかに気落ちした声で、ギルはリーフに火竜からの返答を告げた。
リーフは火竜の首にあてた魔剣を下ろし、解放した。
火竜はゆっくりと身を起こした。そして、見上げる程の赤い巨体が一瞬でかき消える。
火竜のいた場所には、赤いマントを纏った男が立っていた。艶のあるマントの表面は仄かに輝いていて、赤い髪と赤い瞳が暗がりの中で浮かび上がってみえた。
リーフの手の中にあった魔剣も消え、ギルがリーフを背に庇う形で現れた。
ヒトの似姿をとった火竜はまだ疑り深い目をギルに向けていた。
それでもマントの隙間から手を出して二人に礼の姿勢をとった。ギルも呻り声を上げそうな顔でそれに返した。
「黒き滅びの剣に、我が敬名を懸けて誓い申し上げる。天ある限り偽りを告げること能わず。
火竜は朗々と南方語で口上を述べた。
「我は五ノ炎、音無く燃える
火竜――争炎族の中でも力持つものに与えられる階位、その中の五位の座にいると男は言った。相手が地位まで名乗り上げた以上、ギルにも同等の開示が要求されることになる。
リーフは無言でギルの背中を見ていた。
ギルはぎりっ、と歯を噛み締めた後に口を開いた。
「その願い、聞き届けよう。我は二ノ剣、正義を貫きしもの、ヴレイヴル」
場の空気ががちりと嵌まったのを、リーフですら感じた。火竜の目が見開かれる。
「二ノ剣だと! 巫山戯るのもいい加減にしろ!!」
「阿呆かぬしは。嘘ではないと分かっているだろう」
静かに声を発するギルの表情は、闇に沈んで火竜の目で確認することができない。あと一歩踏み出せば己の発する輝きで輪郭だけでも掴めるだろうが、火竜の足は動かない。
「それで、ぬしの言い分を聞こう」
感情の凪いだ声で、ギルが言った。
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