第21話 忌むべき子供たち・下

「つまり、竜の社会では魔剣の地位が低いから、エルヴァンには隠しておきたかったと」

 くだらない、とばかりにリンはため息をついた。

 リンは獣化を解き、涼しい木陰で上着の胸元を開けていた。服の中にこもった熱を逃がすために、ぱたぱたと手で扇いでいた。

「そういうところだけ見た目相当よね、自称十九歳」

「いやいや、男はいくつになっても体面というものに激しく拘るものさ。そのあたりは、実に永遠の十九歳らしいじゃあないか」

 リンの嫌味にリーフも便乗し、ちくりと刺した。

 リーフもまた、リンの隣で木に寄りかかって休憩していた。先の戦闘で埃まみれになっていたが、軽く払った程度で地べたに足を投げ出していた。

「あー確かに、私に腕相撲で負けた先輩連中がすっごく嫌がらせしてきたことあるー。うーん確かに十九歳」

「テメェらそんなに俺が十九歳なのが嫌なのか」

 照りつける太陽の下、ギルは一人で三角座りをしていた。勿論、ギルの意思ではなく、先程の戦闘で甘えた行動をとった懲罰の意味をこめて課されたものだった。

「分かってないわー、この自称年上野郎ー」

 やれやれ、とリンは肩をすくめた。

「おそらくリンが言いたいのは、何百年も由緒のある魔剣のくせに、顔と同じくらい態度が幼いということだ。こう言えば分かるだろう、童顔の君」

「っ!だ……れが童顔だよ、畜生……」

 禁句を言われて激昂しかけたが、リーフ相手にギルの威勢は急速にしぼんだ。

「ぷっはーーーっ!どうしたの、元気無いなぁー自称十九歳!リーフには言い返せないのかなぁぁぁっ!」

 しょぼくれたギルの顔がツボにはまったのか、リンが指さしながら爆笑した。ギルの顔に、『後で泣かす』と書いてあったが、気にしていないようだった。

「それにしても、どうして魔剣の地位が低いのだい。何か理由があるのかい」

 リーフが率直に疑問を投げかけた。

 メーラン家で厄介になっていたときも、魔剣の、特にギルの扱いは腫れ物だった。しかし、それはギルの能力を警戒しての待遇であり、別段侮蔑的な目は向けられていなかった。

「……魔剣になる奴は、力か心が弱ぇ奴なんだよ」

 ギルは不承不承といった様子で口を開いた。

「死んだときに魂がうまく還らねぇ奴は、還れねぇくらい弱ぇか、未練たらたらなんだよ」

竜種おれたちって、神獣の中でも力がある方だから、滅多に魔剣にならないし。魔剣が出た家はバカにされるくらいだし」

 エルヴァンが下を向いたまま口を挟んだ。

 エルヴァンはリーフの影で背中を丸めて座り込んでいた。ギルからは直接見えない場所で縮こまっていた。

「へー、じゃあ魔剣って基本ポンコツなわけね。やーいポンコツ骨董品ー」

 リンがここぞとばかりに茶々を入れた。笑いすぎて涙目になっていたが、飽きずにギルをいじり続けていた。

 ギルの顔が『後で二回泣かす』になっていたが、不幸なことにリンは気づいていなかった。

「でも……なんで魔剣なんだよ、ギル。すげーつえーのに」

 納得できない、とばかりにエルヴァンが眉根を寄せた。

 リーフも首を軽く傾げた。ギルが自称『最強の魔剣』だと豪語するのが、魔剣の能力がおしなべて低いことからの確信だということは理解できた。だが、何故ギルが魔剣の中で突出して強いのか――強いままで魔剣になれたのか、その理由にはなっていない。

「エルヴァンから見ても、ギルは特別強いのかい」

「うん、争炎うちの階位持ちと同じくらいって思うし」

 エルヴァンの言葉に、ギルはぎくり、とあからさまな反応をした。その様子を、リーフは見逃さなかった。

「階位持ち?」

「特別強いやつには階位ってのがあるんだ。十ノ炎から一ノ炎まで。で、一番強いのが一ノ炎。十ノ炎のおっさん知ってるけど、多分ギルの方がヒトの姿だとつえーと思う」

「そうかい」

 リーフがギルの方を向いた。ギルは顔を背けた。

「あ、強くても若いと魔剣になりやすいとか」

 リンが言った。ギルとエルヴァンの話を総合すると、そういう傾向があると推測ができなくもなかった。

「んなわけねぇだろ、なら殆どの魔剣がガキになるじゃねーか。俺は、その……いろいろあったんだよ」

 ギルは言葉を濁した。

「俺だって、なりたくてなったんじゃねぇし」

 右手が空色の詰め襟の、胸元をぎゅっと掴んだ。

 ギルの後ろから、うなり声が響いた。

 ギルの背後には、二頭の竜が倒れ伏していた。ギルとリーフが翼を砕いたことで、激痛のあまり失神していた。うち一頭はギルに前足を切り飛ばされており、応急処置として雑に断面をつないで縛っていた。ギル曰く、綺麗にぶった切ったから押しつけておけばくっつくとのことだった。

 うなり声は、その前足を継いだ竜から発せられていた。

「ようやく目ぇ覚めたのか。よう、戦争バカのクソ弱竜共」

 立ち上がり、振り返ったギルの顔には、いつも通りの嘲笑がはりついていた。

「劣等感丸出しにした直後にあーいう態度とれるって、意外とツラの皮厚いのね、あいつ」

――自分よりも下に置いて、見下しているだけだと思いますよ。

 イーハンが小声で口を挟んだ。強烈な直射日光と高温に耐えられないため、イーハンは触媒を使用せずに狙撃銃の姿のままだった。

「テメェら聞こえてるからな。特にそこのクソ烏」

――ひっ

 ギルの言葉に、イーハンが怯えたような声をだした。

 現状ではそれ以上追及するつもりはないようで、ギルはすぐに竜に向き合った。

「それで、テメェらはこんなとこで何してやがったんだよ」

 竜はギルの睨み付け、ぐるぐると喉を鳴らした。

「その通り、俺は月喰げくだ。で、テメェらは何してたんだ、えぇ?」

 竜が吠えた。割れ鐘のようにとどろく声に、エルヴァンが身をすくませた。

 ギルは空気が震える声量を間近で受けていたが、涼しい顔をしていた。

「あ?エルヴァンのことか?」

 首を傾げて、ギルは竜のうなり声に答えた。

「違ぇよ、俺たちはあいつを――」

「ギル、不用意に喋るな」

 リーフが会話に割り込んだ。木陰から立ち上がり、ギルの方に近づいた。

 エルヴァンはリンのそばに身を寄せ、竜の視線から隠れた。

「通訳してくれ、ボクが話す」

 余計なことまで話すことを危惧し、リーフが表に立った。ギルも話し方が下手だという自覚はあったのか、黙って従った。

 竜は近づいてきた月髪緑眼の痩身を、敵意のこもった目でめつけた。言葉と思しき音を竜の喉がたてた。

「お前も竜種だな、っつってる」

 リーフには聞き取れない獣語グロードを、ギルが翻訳した。

「その通り。種族についてはお察しの通りと考えてくれて構いません」

「エルヴァンをよこせ」

「お断りします。そもそも、敗者にその権利があるとは思えない」

「えーっと……エルヴァンの正体を知っていて言っているのか、だと」

「貴方たちに渡す理由にはならない、些細な問題です」

 リーフのその言葉に、竜の目が僅かにわらった。

 リンの影で、エルヴァンが肩を震わせた。

「……はぁっ!?嘘だろ!」

 竜の言葉に、ギルは目に見えてうろたえた。ギルの目がエルヴァンに向く。ちらちらと様子をうかがっていたエルヴァンと目が合った。

「っ!」

 エルヴァンはびくっとして視線を逸らし、身体を縮こませた。

「おいエルヴァン、今のはマジなのか!」

 ギルが声を荒げた。エルヴァンは逃げるように木の後ろに隠れた。

 竜の言葉を直接理解できないリーフとリンには、状況が全く飲み込めなかった。

「ギル」

「おいって!」

 リーフの制止も聞かずに、ギルがエルヴァンの方に足を向けた。

「ギル!」

 ギルの肩を革手袋の手が掴んだ。ギルが振り返った先には、冷えた緑灰色の目があった。血走った朱色の目が急速に正気に戻った。

「落ち着け」

「……悪ぃ、つい」

「休憩は終わりだ。先に進もう」

 リーフは荷物の横まで歩いていった。ギルも無言でそれに倣った。

 リンも襟を正して立ち上がった。肩にイーハンが入った狙撃銃のケースを担ぐ。

 エルヴァンはリンの影に隠れて、伏した竜と目を合わせないようにしていた。

「ギル」

「お、おう」

 リーフが声をかけると、ギルはきまり悪そうに返した。

「そこの竜を、また黙らせておいて」

「ああ……けど、今のままだと使いにくいっつーか」

「はい」

 歯切れの悪いギルの言葉に、リーフは迷わず右手を差し出した。

 あまりにも自然に出てきた右手を見て、ギルの動きが一瞬凍りついた。

「ほら、使うのだろう?」

 気まずさをまるっと無視し、もう普段通りにリーフは接していた。

 差し出された手を取ったギルは、叱られた子供のような顔をしていた。


  ◇ ◆ ◇


 日が傾き始めてから、リンの足取りはだんだん軽くなっていた。

 平原に吹いていた肌を炙るような熱風も収まり、徐々に涼しい風が汗をさらっていった。

 一行の隊列はリンが真ん中に変わっていた。エルヴァンは、リンが背負っているケースから垂れた余りのベルトの端を持っていた。

 隊列の最後尾になったギルは、エルヴァンと顔を合わせないようにそっぽを向いていた。歩き始めてから、一言も言葉を発していなかった。

 エルヴァンはギルの反応が気になるのか、ちらちらと背後を見ていた。

「そういえばさ、エルヴァンってどうして家出したの?」

 リンがエルヴァンに話しかけた。歩きながら雑談を交わせるまで、体力が回復していた。

「えっと……親父と喧嘩して」

 エルヴァンはギルに向けていた視線を、隣の長身の女性に向けた。平均的なヒトの女性であればエルヴァンとさほど背丈に差がないが、リンの男並みの上背相手だと、かなり見上げないと目が合わせられなかった。

「へー、喧嘩の原因は?」

「家から出るなって、言われて」

「あ、それ私も経験ある。お見合いで相手に失礼したから三日間軟禁とか。母親は喧嘩する前に寝込んじゃうから、喧嘩するのはいっつも父親なのよね」

 さらりと酷過ぎる過去を明かすリンに、エルヴァンの顔が引きつった。

 小耳に挟んでいたリーフの脳裏に、メーラン家の屋敷で暴れていたリンの姿が浮かんだ。弱らされていたギルの腕を、むかつくからと言って力任せに肩から引っこ抜いていた――貴族らしい、お嬢様らしい格好のままで。

 あの調子で貴族の子息を相手にしていたとすると、お見合いに出された相手はさぞかし酷い目に遭ったのだろうとリーフは思った。その頃は今ほどの怪力がなかったとしても、同年代の少年なら態度でも腕力でも圧倒してしまっていたことは想像に容易い。

「……リンも親と仲悪いんだ」

 エルヴァンは、なんとか当たり障りのなさそうな返事をひねり出した。

「貴族で家庭円満とか珍しいでしょ。ていうか、みんな神経質すぎてすぐ怒っちゃうの。うんざりだったわー」

 言葉とは裏腹に、リンはけらけらと笑った。エルヴァンの困惑の色がより濃くなった。

「君の神経が殊更ことさら図太いだけだよ」

 リーフが思わず声に出して突っ込んだ。

「ええー。舐められたらぶん殴るのは貴族のたしなみでしょ」

「ボクが知る限りでは、もう少し上品に、陰湿に進めるものだったと思うよ。あと、君にぶん殴られたら大体死ぬから」

「お国柄の違いじゃない? そのあたりって」

「信徒の手前、表立った闘争を起こしにくかったのは否定しない」

 政争の裏事情にどっぷりと漬かっていたこともあり、リーフは言葉を濁した。

「ヒトの上位階級ってあんまり争炎族うちと変わらないんだ」

――リンさんも、リーフさんもかなり特殊な方々なので信じない方がいいですよ。

 エルヴァンの中で人間社会について間違ったイメージが醸成される前に、イーハンが見かねて突っ込んだ。

「確かにそうだ。普通の貴族のご令嬢は、軍人になることなど考えつきもしないだろうし。普通の尼僧も、殺し屋とお近づきになったりはしないものさ」

「ごめん、今の、殺し屋のくだり、初めて聞いたんだけど。『お近づき』って、その……」

 リーフの淡々とした言葉に、リンの顔が固まった。

「君の想像通りだよ。というよりも、今更すぎないかい」

 涼しい顔でリーフは返した。

「くうううう……」

 リンの顔は真っ赤になっていた。

 二人のやりとりを、きょとんとした目でエルヴァンは見ていた。

「え、何の話?」

「お、お子様には早い話っ!ほら、キリキリ歩くっ!」

 リンは足を速めたが、逆にリーフは立ち止まった。

「いや、今日はここで休もう。ここまで来れば、奴らも追ってこられない。そうだろう、ギル」

 リーフは振り返り、ギルを見た。

「……ああ」

 リーフの問いに、ギルは素っ気なく返した。

 一行は荷物を下ろし、道の脇の草を刈って野営の準備を始めた。

 空からまた竜に襲撃されるおそれがあるため、焚き火はおこさなかった。円形に刈りとられた草原の一角に防水布を敷き、青天井のまま携帯食を広げた。

 用意した食料は朝に購入した堅いパンと、防腐処理された苦い水という味気ないものだった。一晩だけ空腹を紛らわせるための、最低限度の食事を三人は黙々と摂取した。半分娯楽でものを食べるギルは、不味そうな食事に手をつけなかった。

 昨日までとは違う味に、リンとエルヴァンは文句こそ言わなかったものの、パンと水を摂取する一口の大きさはかなり小さくなっていた。

 一方、リーフは二人前のパンを埃っぽい口の中に手早く詰め込み、あっという間に食事を終えた。水も、目にしみるような苦さを意に介さず煽った。

「それで、あの竜は一体何を話していたのか、教えてくれ」

 リーフはギルに翡翠の目を向けた。ようやく切り出された本題に、ギルは頭を手でがりがりとかき、口を開いた。

「……エルヴァンが、混在変種キメラだって言ってたんだよ」

 その言葉に、エルヴァンがびくりと身を竦ませた。

「キメラ?」

 聞き慣れない言葉に、リーフは繰り返した。

「神獣の混血、どの種族でも普通は禁止されてる子供ってことだ」

「それって、半獣ネロッドとはどう違うわけ?」

 リンが質問した。リーフやリンもそれぞれ神獣とヒトの混血だが、それを理由に神獣側から非難されたことはなかった。

「全然違ぇよ。半獣はヒトと神獣のあいのこ、混在変種キメラは神獣と神獣のあいのこ。神獣二つ分の血が入ってんだ」

「そうすると、その子供には何が起こる?」

「えーっと……見た方が早ぇな。おい、エルヴァン」

 俯いていたエルヴァンが弾けるようにギルを見た。エルヴァンはギルからなるべく離れるように、リンを間に挟んで座っていた。

「お前、『証』を見せられるか」

「……」

「あー、さっきは悪かった。俺が怒ってるのはお前に対してじゃなくて、なんつーか、その……とにかく、俺は別にお前が混在変種キメラだからって虐めたりしねぇよ」

「イーハンのことは人食いだからって虐めたくせに」

 リンがぼそりと低い声で言ったが、敢えてギルは無視した。

「それで、ちゃんと分かってもらうには見せた方が早ぇと思って。見せられるか?」

 いつになく言葉を割いて、ギルはエルヴァンを説得した。

 エルヴァンは無言で頷いた。

 エルヴァンは外套を脱いで立ち上がった。そのまま背中をリーフたちの方に向け、貫頭衣の裾をたくし上げた。

 服の下から見えたものに、リーフは目を見張った。リンも息をのんだ。

 エルヴァンの腰から背中の中程にかけて、赤い鱗が表皮を覆っていた。

 リーフも結晶術で素肌に鱗状の結晶を纏うことがあるが、それとは全く別物だと一目で分かった。肌に鱗がかぶさっているのではなく、肌が鱗に変質していた。人間の肌との境界は特に顕著で、鱗になりかかった赤い皮膚と肉色に透けた鱗が冒涜的に混ざり合っていた。

 二人の目にしっかりと映ったことを確認して、エルヴァンは服の裾を勢いよく引き下げた。そのまま背を向けて座り込んだ。

混在変種キメラはな、何故かヒトの似姿がきれいにとれねぇんだ。それに、獣の姿も純血とは違う」

「見た目が違うから、忌避されてるってこと?」

 脳裏に焼きついた異形を思い返しながら、リンが言った。

「いんや、見た目は混在変種キメラだって分かりやすいだけだ。混在変種キメラが駄目なのは、神性が強すぎるってところだ」

「強すぎる?」

「神性を二つ持ってて、弱ぇわけねぇだろ」

「確かにそうだ」

 リーフは頷いた。複数の神性を扱える利点は、魔剣を通してよく理解していた。

「ただ、それがちゃんと使えるかっていう話は別だ。使えなけりゃ、制御しきれなけりゃ、暴発やら暴走でおっぬ」

「おんぼろ触媒に入れられてたアンタと同じことになるってわけね」

 頭ぱんぱんのぱーん、とリンは爆発を手で表現しながら言った。ギルの顔が一瞬むすっとした。

「力の使い方を覚えりゃ、階位持ちどころか王にタメ張れるくらい強くなれるぜ。でもな、大体はそうなる前に死ぬんだよ」

「理解した。混在変種キメラが忌避されるのは、社会的に存在が許されないからか」

 リーフはギルが全て解説し終わる前に納得した。だが、まだリンは首を傾げていた。

「ん、どういうこと?」

「確実に強い血統が生まれるならば、権力を求める者がもうけるに決まっている。その過程で失敗作が積み重なろうとも、やる奴はやるだろう。それを防ぐために、混在変種キメラを禁じているというわけさ」

 倫理のない話をさらりとリーフは解説した。

「あー、犬とかの品種改良と同じノリなわけね。交配して見た目のいい奴だけ残して後は埋める、的な」

 リンは納得して手を叩いた。話の内容に心を痛める素振りは一切見せなかった。

「合理的だけど、それ、さすがに身内でやるのはやばくない?」

「だから、いい目で見られないのだろうよ。といっても、生まれた子をすぐに殺さないくらいには甘いのだけれども」

 リーフは意味ありげな視線をギルに向けた。

「まだ暴走してねぇんだから、殺しちゃ駄目だろ」

 何を当たり前のことを、という顔でギルが言った。

「妙なところで律儀というか、真面目というか」

 リンは呆れ顔になった。規律よりも合理性を重んじる、彼女には理解できない思考だった。

「それで、ギル、君はエルヴァンをどうしたい」

「どうもこうもねぇよ。家まで送る、そんだけ」

 リーフの問いかけに、少し拗ねた顔でギルは答えた。全くよどみのない返事だった。

「えっ」

 エルヴァンは目を見開いてギルを見た。つらつらと己の危うさを語っていたとは思えない言葉だった。

「虐めねぇし、殺さねぇし、死なせねぇ。そんだけだ」

「その後はどうする。誓約を果たした後は彼を傷つけることもできるはずだ」

「わざわざそんなことするかよ。っつーか、親の方ぶん殴りてぇ」

 禁を破ったのはあくまでも親で、子供に罪はないというのがギルの考え方のようだった。

 エルヴァンは、珍獣を見るような目でギルを見ていた。

「じゃあとっとと仲直りしちゃいなよ、めんどくさすぎ」

 リンが両手の人差し指で、左右のギルとエルヴァンを指した。

「仲直りってなんだよ、喧嘩してねぇだろ」

「あらそうだった。ギルが一方的に悪いだけだったわー、ごめんねエルヴァン」

「テメェ……」

 ギルの口角がひくついた。

「はい、謝る。謝れ、地面に頭こすりつけて許しを請え」

――リンさん、謝っているところが見たいだけでは?

「イーハン」

 リンの手が狙撃銃のケースの上にそっと置かれた。

――はい、黙ります。

 意図を察して、イーハンはすぐさま口をつぐんだ。

「……怒鳴って悪かった。もうしばらく頼むぜ、エルヴァン」

「いいよ。俺も、ギルが魔剣だって分かってちょっと引いてたし」

「おいコラ、実力分かってんのに引いてんじゃねぇ」

 ギルがリンの背後からエルヴァンの頭を小突いた。口の左端を軽く上げ、顔に苦笑を浮かべていた。

「これで、ちょっとは雰囲気よくなりそうだね」

 リンは良いことをした、とばかりに本日一番の笑顔を咲かせた。

「そうであると良いね」

 リーフはそれだけ言うと、苦い水を口に含んだ。夕日を背にして、表情は陰になっていた。

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