第9話 黒の聖騎士・下

 ひび割れた石畳を踏みつけ、騎士の隊列が騒々しく廃墟のような街並みの間を進んでいた。先頭を白銀の甲冑で武装した重騎兵が駆け、その後ろを二又槍を携えた軽騎兵二人が追従、他は全て歩兵で構成されている。

 重騎兵は並み足で駆けながら、右手に携えた小剣で廃屋や細い小路を指し示していく。

 歩兵は示された場所に三人組で入り、中に誰もいないことを確認していった。開かない扉はこじ開けられるか破壊され、侵入者を防ぐ役割は果たせなかった。

 瞬く間に通り中の家屋は騎士に荒らされていったが、非難する住民の声は一切聞こえない。この周辺は遥か昔に打ち捨てられた区画、普通の市民は寄り付かない場所だ。

 彼らに正面から文句を言える人間などいないのだ。


  ぎゃあっ


 何処かの家屋からか悲鳴があがった。廃墟に住み着いていた浮浪者が騎士に見つかり、斬り捨てられたのだ。

 全ての場所を調べ終え、騎士達は通りに整列した。何人かの武器が血に濡れていたが、隊長の重騎兵はそれを咎めることなく出発の合図を出した。

 同じことは別の通りでも繰り返され、その度に断末魔が響き渡った。



 その様子を錆びた金網越しに眺めながら、少女は退屈そうに欠伸をした。

 普通の感覚を持つ女性ならば眼前で行われている騎士の非道な行いに憤りを感じてもおかしくない。しかし、この少女——リンにとっては出来の悪い見世物にしか見えなかった。

「何処にいるか分からねぇからって、酷ぇことしやがるなぁ」

 部屋の奥から聞こえた軽薄な調子の声に、リンは眉をひそめた。

「いい加減引っ込んでくれない、鬱陶うっとうしいのよあんた」

 声が大きくなりすぎないように気をつけながら、刺々しくリンは言った。目線は外の退屈な見世物に向けたままだ。

「おいおい、俺が引っ込んだらそれこそこいつが動けねぇってのに」

 軽い衣擦れの音と共に部屋の奥で人影が身を起こした。

 布団代わりの血がこびりついた外套の下から白いシャツを着た上半身と細い両腕が覗いた。シャツの袖は両方共千切り取られ、黒い布が包帯代わりに巻かれた二の腕があらわになっている。二の腕は包帯越しに分かる程筋肉が発達していたが、それでも元来の華奢きゃしゃな骨格が透けて見えた。

 包帯の巻かれていない地肌は薄汚れて尚白く、傷一つない顔は十分に整っていた。さらに、短い頭髪は透き通るような銀にわずかに黒が混ざるという稀な色合いで、高価な白磁の人形のような容姿をしていた。

 しかし、今は生々しすぎる表情に顔を歪めているせいで普段の造りものめいた雰囲気は一切ない。

 そして、そのような表情をしているときはリーフ本人ではなく魔剣ギルスムニルがリーフの身体を動かしている。魔剣の本体はリーフの足の下に置かれていた。

「とか何とか言って、そのままリーフの身体乗っ取る気でしょ。気付いていないとでも思った?女の勘舐めんじゃないわよ」

 リンはへらへらとしたギルの声を聞けば聞くほど不機嫌になっていった。

「出来るんだったらとっくにやってるっつーの。マジで死んだようにだんまり決め込まれて、俺も困ってんだって」

 リーフギルは腕の怪我に障らない程度に肩をすくめてみせた。リンの疑いを肯定したも同然の答えだったが、全く悪びれていない。

 その言葉で大体の事情を察し、リンはあからさまにリーフギルに敵意を向けた。

「……このままリーフが起きなかったら、その身体ぶち殺すから」

 リンは振り向くと、どすの利いた声で死刑を予告した。目には本物の殺意と軽蔑が宿っている。

「殺しちまうのかよ。好きじゃねぇのか」

「アンタにくれてやるくらいなら葬った方がずーっとまし。ざまぁみろ」

「頼むから早まんじゃねぇぞ、胸さえ動いてりゃそのうち意識取り戻すはずだ」

 リーフギルはリンの嫉妬深さに溜息をついた。

「そのうちっていつよ、いつ」

「長くて十日、多分それよか短ぇな。怪我も大したことねぇし」

 相変わらず軽い調子で返すリーフギルに、リンはぽかんと口を開けた。

「両腕と左足の筋肉ズタズタで大したことないって……」

 リーフとリンが聖都の中枢に潜入してからまだ二日しか経っていない。牢獄に囚われたリーフのかつての仲間を助け出すためだったが、生存者は誰一人としてなく、無駄足に終わってしまった。

 そのときにリーフは巨大なトラバサミのような魔剣に食いつかれて大怪我を負っていた。両腕と左足に深く食い込んだ酷い裂傷で、常人なら出血多量で死んでいてもおかしくはない規模だった。

 今のところ、傷口は白い結晶に覆われて出血していない。しかし、かえって結晶が邪魔をして傷を縫うこともできず、裂かれた肉はそのままのため、剣を握るどころか腕を動かすことさえ困難な状況だ。

「内臓と急所やられてなかったら大怪我のうちには入らねぇよ。腕取れかけるくらいなら安いもんだぜ」

 リーフギルはリンの疑問を鼻で笑った。

 対して、リンの顔は引きつっていた。

「どこの常識よ」

「竜の常識だバーカ」

「竜ってなによ」

「あー、そういやこっちのことはあんまり言ってなかったか」

 小馬鹿にしたような態度に、リンの口が段々尖ってきていたが、リーフギルは気づいていないようだった。

「竜ってのは、神の大雑把な分け方の一つだ。竜は基本的に身体が丈夫で結晶術が得意、んで結晶術で翼作って空を飛べるのが普通」

「結晶術ってなによ」

「俺が普段使って――最近はあんまり使ってねぇな。リーフが攻撃弾くときに使ってるアレだ。後、空飛んだアレもな」

 リンの脳裏に、リーフの背中から生えた月色の翼が思い浮かんだ。

「何で脳みそ腐り落ちてる割に詳しいのよ。なに、あんたも元は竜ってオチなわけ?」

「なんで分かったんだよ、つまんねぇな。これだから狼は……とにかく、竜は首飛ばされなきゃ大抵生き残るから安心しとけ」

 得意げに講釈するリーフギルに対して、リンの口は烏のように尖っていた。

 ギルは唇の左端を釣り上げてにやりとした。

「まぁ、もう一日二日は動かねぇ方がいいな。テメェ、絶対に見つかるんじゃねぇぞー」

 リーフギルは再び身体をごろんと横たえた。程なくして微かな寝息がリンの耳に届いた。

「そんなヘマするわけないじゃん、馬鹿じゃないの」

 リンはかなりむくれた声で呟き、窓の方へと顔を向けた。目は外で見当違いな場所を探している騎士達を見下している。

 全く顔を隠さずに観察しているが、向こうから見つかる心配は一切していなかった。

 高台の、分厚い石壁の奥に埋まった格子窓の奥を見通せるものがいるとするならば、それは鳥くらいなものだろう。

 そして、そんな場所から詳細に相手の様子が見えてしまう、リンもまた真っ当な人の枠に収まっていなかった。

 一通り区画を掃除した騎士隊は、リンが見ていることも知らずに帰投した。

 残されたのは以前よりも静かになった廃墟と鮮血の飛沫だった。

 既に鳥や野良犬が臭いを嗅ぎつけて集まってきている。

 それに少し遅れて、上手く隠れられていた廃墟の住人たちも徐々に顔を覗かせた。

 此処——旧教区は元々聖都の中心街として栄えていた。だが、今となってはすっかり廃れてごろつきやはぐれ者、貧困層の数少ない居場所となってしまっている。

 そのため犯罪の温床となりやすく、定期的に教会騎士のガサ入れが行われていた。

 勿論、住人たちも慣れたもので、古参の者は捕まらないよう避難所を確保している。ガサ入れ時期すら何処かからか仕入れてくる者もいるという。

 ただ、今回行われた突発的な掃除には逃げ遅れた者も多い様で、かなりの血が流されていた。

 騎士が残していった遺体は住民たちによって身包み剥がされた後、共同墓所へと運ばれていった。

 警吏である騎士が弱者を弾圧し、潰された者は全て奪われて捨てられる。その光景は、敬月ロエール教の総本山であるこの聖都には似つかわしくないものだった。

「リドバルドにお株を奪われて、落ちるところまで落ちたもんだわ、ほんと」

 リンの口から正直な感想が滑り落ちた。

 敬月教はモンスターから人類を防衛することを大義として掲げた宗教である。かつてはモンスターの繁殖を抑えるために遠征を行ったり、モンスターの脅威から解放された地域を弱者に与えて産業を生み出していた。

 しかし、現在モンスターと戦い、外地へ積極的にくり出しているのは極西部の国々——中でもリドバルド王国が武力でも規模でも圧倒している。

 敬月教を掲げるギリスアンが行っていることといえば、南方への布教と小麦の生産、辛うじてはぐれモンスターの討伐くらいである。

 勿論、リドバルドで敬月教が流行っている筈もなく、主流の宗教は衆狼会ガルマエラである。敬月教が弱者の救済を詠うのに対して、衆狼会は弱者の価値と集団の強さを説いている。

 リドバルドの貴族出身であるリンから言わせてみれば、敬月教の教義は紙の上でしか価値がない。二百年くらい前までに信仰の厚い南部に拠点を移すべきだったとさえ思っていた。

 敬月教のことを碌に知らない昔でさえそのように思っていたのだから、内情を大体掴んだ今となってはもはや呆れて物も言えないくらいだ。

 ふと、リンは静かに眠っているリーフに視線を戻した。

 胸が僅かに上下していなければ、人形と寸分違わない美貌と雰囲気を宿した彼女は、一向に目覚める様子はなかった。

 食事を摂るときにはギルが無理やり動かしているが、それ以外のときはまさに死んだように眠っていた。

「——ねえ、リーフはさ、どうしてこんな場所で死ぬまで戦いたかったの?全然意味分かんないよ」

 その問いかけに返される言葉はなく、窓の外では小鳥がピチチ、と鳴いていた。




 灰色の小鳥が木の枝に止まり、青い小さな果実を突いた。

 その木はかなりの年月を重ねているようで、すぐ近くにそびえる塀と並ぶほどの背丈だった。

 木の周辺は色とりどりの初夏の花を咲かせた低木が囲み、さらにその下には青い芝生が敷かれていた。

 他にも細やかに手入れが施された植え込みが多数あり、高名な貴族の庭園であることが伺えた。

 庭園の一角に、草の生えていない四角い広場があった。

 そこで、一人の少年が木剣を素振りしていた。

「はっ、はっ」

 少年は、簡素だが上質な黒いチュニックを着ていた。チュニックの背には、十二の断片からなる翼と馬の影が白い糸で刺繍されていた。

 一心不乱に木剣を振るう少年のとび色の目は、しっかりと前を見据え、栗色の髪は汗でじっとりと濡れていた。

「フェズ、今日も頑張っているな」

 突然響いた声に、少年は手を止めた。

 いつの間にか、広場の端に一人の青年が立っていた。

 青年の髪は少年と同じ栗色で、左側に飾り紐を編み込んでいた。薄い革鎧の上から教会騎士の黒いサーコートを着込み、腰には騎士団の支給品の剣を挿している。

 少年は青年の姿を認めるとぱっと顔を輝かせ、剣を下ろしてすぐさま駆け寄った。

「ガイエラフ兄さん、おはようございます!」

「おはよう、というには少し時間が遅い気もするが……まあ、おはよう」

 弟の元気な挨拶に少々面食らいながらも、ガルドは挨拶を返した。

「窓の外を見て驚いたよ。今日の剣の稽古は延期になっていた筈だろう?」

「はい。でも、兄さんに追いつくために鍛錬を欠かす訳にはいかないので、自主訓練をしていました」

 フェズは目をきらきらと輝かせながら、家に不在がちな兄を見上げていた。

 ガルドは照れくさそうに顎をかいた。

「そうか。だが、鍛えるのは良いことでも、今日はあまり外に出ないほうがいい」

「でも、騎士を襲っていた奴らは兄さんがやっつけたんでしょう?」

 封印されていた魔剣をガルドが討滅してから、既に二日が経過していた。

 しかし、未だに中央区の警戒態勢は解かれていない。おかげでフェズもずっと屋敷に閉じ込められていた。

 稽古が延期となったのも、指南役の老騎士まで警戒に駆り出されてしまったからだ。

「確かに騎士狩りをしていた連中は俺が倒した。だが奴らの首領はまだ捕まっていないんだ。だから、家で大人しくしていてくれないか」

 活発だが聞き分けの良い弟に、ガルドは優しく言い聞かせた。

「そいつも、兄さんが懲らしめるんですよね」

 フェズの邪気のない言葉に、ガルドは息を呑みかけ——寸前で静かに吐き出した。

「ああ、勿論だ。俺がいる限り、聖都の悪を許しはしないよ」

 ガルドは胸を張って、出来るだけ頼もしそうに言った。だが、頼りなさげな顔立ちのせいであまり格好はついていなかった。

 頃合いを見計らったように、フェズを使用人が迎えに来た。

 ガルドもそれに付いて屋敷の中に戻った。

 フェズが自室に帰るのを確認してから、ガルドは父の——チェクルス卿の書斎へと向かった。

 書斎では、枢機卿とオーガスト・チェクルス騎士団総帥が待っていた。

「遅かったな、ガイエラフ」

 騎士団総帥ことチェクルス家の長男は、少し責めるような目をガルドに向けた。

 オーガストもまた他の兄弟達と同じ栗色の髪をしていたが、目は母親譲りの明るい灰色だ。四十近い年齢と経験に裏打ちされた貫禄は一睨みで平騎士を震え上がらせるが、ガルドには全く堪えなかった。

「フェズが外にいたので、連れ戻してきました」

 言い訳をすれば追及してやろうと構えていたオーガストも、さすがに口を噤んだ。末弟が心配なのは彼も同じだったからだ。

「ところで、ジェイムズ兄さんはどちらに」

 ガルドは書斎の中を見回した。

 名目上書斎と呼ばれているが、この部屋の中に書き物のための重厚な机と肘掛け椅子は見当たらなかった。

 部屋の中央に巨大な円卓が鎮座し、その周りを六脚の椅子が囲っていた。部屋の隅の本棚には書物というよりも作戦資料を束ねたものや地図が詰め込まれ、貴重な騎士の置物が押さえとしてぞんざいに扱われている。

 唯一、書斎らしさを残すのは暖炉と暖炉の上に飾られた大判の絵画くらいなもので、それ以外は作戦会議室と言ったほうがいいくらいの無骨な部屋だった。

「ジェイムズには近衛騎士団をまとめて、市井の捜索をさせている」

 枢機卿が落ち着いた声で言った。椅子に腰掛け、左手に持った眼鏡で焦点を調整しながら報告書に目を向けていた。

「旧教区の小教会も、そろそろ協力してくれる頃合いだろう」

 聖都と言えども、異端派は僅かながら流れ着いてくる。そして、思想が似通った者同士で寄り集まり、旧教区で〈小教会〉と呼ばれる共同体を形成して暮らしていた。

 先日粛清された革新派も小教会の一つだった。騒ぎの余波で他の小教会も表立った活動は控えているが、騎士が圧力をかけて引きずりだそうとしていた。

「しかし、革新派が再び動くには少々時期が早過ぎる。他の枢機卿の手のものが動いたと考えるのが妥当では」

 オーガストが発言した。

「お前の考えはどうだ」

 枢機卿はガルドに目配せをした。

 ガルドは騎士としての経験は三人の中で最も浅いが、聖剣魔剣使いの持つ感覚は常人を逸脱している。正確には、逸脱しなければ聖剣使いになどなれないのだ。

 そこからもたらされる視点に、枢機卿だけでなくオーガストも注視していた。

 ガルドは僅かに目を伏せて、口を開いた。

「あくまで勘ですが、シルヴィア様が関わっていると思われます」

「馬鹿なことを言うな、ガルド。わざわざ戻ってきて一体何の得がある。結末を恐れたからこそ、彼女は逃げ出したのだ」

「シルヴィア様はあの程度のことで逃げ出したりはしない」

 所詮は女とあなどったようなオーガストの言葉に、ガルドは反射的に言い返した。

 弟のいつになく強い物言いにオーガストは虚を突かれ、言った本人もはっとして声を鎮めた。

「シルヴィア様は自らの死を恐れてなどいません。シルヴィア様が恐れるのは、何も成し得ないことです」

 自然と、ガルドの左手が腰の剣に触れた。教会騎士に支給されている数打ちの柄に指がかかった。

 ふむ、と枢機卿が書類を机に置いた。

「理由はどうあれ、確かにシルヴィア様が何かしら関わっている可能性は高い。陛下が我々に隠し立てをしていたのも、頷けるというものだ」

 教皇は革新派の粛清からずっと体調が思わしくなかった。

 それが反逆者として連行され、会うことが叶わなくなった娘を気にかけての心労だということは、誰の目にも明らかだった。血が繋がっていなかったとしても、教皇にとってシルヴィアは大切な娘であった。

 せっかくの再会に水を差されないよう、近衛騎士団副団長のジェイムズ・チェクルスを始めとした枢機卿関係者に黙っていても不思議ではなかった。

 教皇がどれほど懇願したとして、反逆者シルヴィアに課せられるのは死刑以上のむごい罰であることは既に決まっていたからだ。

「しかし、例えそうだとして、今回の一件を説明するには足りません」

 オーガストはまだ納得しきっていないようだった。

「そもそも、どうやって陛下はシルヴィア様が戻ってくることを知ったというのですか」

「内通者が手引きをしたとも考えられる。その辺りも含めて調査を続けねばな——第十二騎士隊副隊長ガイエラフ・チェクルス」

「はっ」

 父親としてではない枢機卿の言葉に、ガルドは一層姿勢を正しくした。

「処刑した筈の暗殺者が市井に潜んでいる可能性がある以上、聖都の守りを任された者として最大限の責務を果たす必要がある。悲しいことに、今の騎士団では件の暗殺者を取り押さえることは難しいだろう。故に、君に聖剣と共に戦列へ並ぶことを命ずる」

 ガルドは左肩に手を当てて、深くお辞儀をした。

「天使ヴレイヴルの名の下に果たしてみせましょう」

 顔を上げたガルドの目に、暖炉の上に飾られた絵画が映った。

 青い長衣の上に深紅の鎧を纏った男が朱色の剣を天に掲げていた。男の背には黒い片翼が広がり、男が魔王の眷属であったことを示していた。

 だが、男が剣を向けた先には悪竜や人狼といった魔王の軍勢が跋扈ばっこし、男の背には月色の翼を持った天使が庇われていた。

 悪魔でありながら魔王に反旗をひるがえし、護王ロエールから第十二の天使の座を授けられた者——騎士の守護者たる反翼の天使ヴレイヴルを称えるために描かれたものだ。

 ガルドは心の中で天使に一礼し、書斎を立ち去った。




 ガルドの立ち去った書斎で、枢機卿は窓の外を眺めていた。

 緊迫した様子の騎士達とは対照的に、小鳥が平和そうに飛んでいた。

「ガス、この前拾った小鳥はどうなった」

「残念ながら、怪我が思いの外こたえたようですぐに息を引き取りました。近くに巣が見えたので、おそらくそこの小鳥だったかと」

「巣には何かあったかね」

「小さな卵が一つ……もう孵ることはないでしょう。つがいの姿は見えませんでした」

「そうか、可哀想なことをした。烏にやられてしまう前に、かごに移し替えてやるべきだった」

からすが来るまで気がつかなかったのですから、父上が悔やむ道理はありません。せめて番いを探しましょう。尤も、既に目星は付けてありますが」

「ああ、是非頼む。せめて番いを私の元へと連れてきてくれ」

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