第1話 目覚めると、異世界でした。 Part 1
なんだ? これは······。
暗い。僕はそう思った。何気なくを開けると、目蓋以外の何かが、外からの光を遮断している。平べったい物質。鼻の部分で盛り上がっている感触から想像すると、この部分で折れるものだろう。
他にも何かがある。背中の感触から言うに、今僕は寝そべっているのだろう。頭の下で組んでいる手に、チクチクと短いものが当たっている。体の回りを包む香りから、芝の上にいるはずだ。僕の回りにあるそれが、春であることを知らしている。
枕の代わりに、頭の下で組んでいた手を崩し、顔の上に置かれていた、いや、恐らくではあるが、自らが置いたそれを手に取った。
途端に光が世界を包む。薄暗い何かが少しばかり和らげてはいるものの、目を開けることが困難なほど、視界が白い光で埋め尽くされてしまった。あまりの眩しさで、僕は左腕を目の上に置いた。幾らかはましになったものの、どうすれば動けるか戸惑ってしまう。
「一! いつまでこんな所で眠ってる。畠山先生が怒ってるんだ。早急に教室に戻ってこい!」
目を閉じている中、姿の見えない女の子が、不意に声をかけてきた。腕を退けて目を開けてみるが、まだ明るい。少しずつ目を慣らし、この少しの時間で、それなりに慣れてきた目を開き、自分が仰いでいる天を見る。頭上には、大きな木の葉が重なり合っていて、その下に一人の少女が覗きこんでいる。
年は自分と同じ十六歳ほどだろう。凛と整った顔の中にも、どこかしら幼さが見てとれる顔をしている。茶色がかった髪は短く切り揃えられ、赤縁の眼鏡をかいている。見るからに、委員長タイプの人間だ。
こいつ、僕のことを『一』って呼んだよな。『かず』何かで止まる名前を持っている訳がないから、さっきのはあだ名か。詰まる所、僕の目の前に立つこいつは、僕と親い人間か友人か······。
「そもそも、何で僕は生きてる······」
そんな言葉がぽろっと出てきた。
考えてみればそうだ。僕は死んだはずだ。知らないうちに両親と妹を切り刻んでいたはず。四肢が、胴体が、人だったモノが千切れ、何が何か分からな状態のモノを見たあと、僕は世界から消えたはずだ。
「何を言ってるの? 命があるから生きてるんでしょう?」
名前も分からない彼女の言葉に、僕は目が点になってしまう。
命があるから。そんな理由など、一度世界から逃げた僕に取っては、思い付かないことだ。
「所で、誰?」
「はいぃ? なに言ってるの。まさか、寝ぼけてるんじゃ無いでしょうね。本なんて貴重なものを顔に乗せるぐらいだからね!」
そう言われてから右手に持っているものを確認すると、それは本だった。タイトルは『死神の最終日』。聞いたこともないタイトルである。それにしても奇妙なことだ。本が貴重? そんな訳がない。印刷機で刷るだけだから、ライトノベルだと、一冊六○○円程度のはず。大きな本であったとしても、二○○○円出せば大抵のものは買えてしまう。
「一ったら、本当にその本が好きね」
そんなことを考えているとも知らず、少女は怒っている口調で言う。むしろ、どこか呆れている言い方で。
「いや、だから君は誰」
話をそらすなと、何となく鋭い目をして彼女を睨むと、彼女は、ハァ~と長めのため息を吐き出した。
「何なら、あなたの名前も教えてあげるわよ! 私の名前は
突然のそれに、えっ? と声が溢れてしまう。
東亜帝国。何だそれ。聞いたことも無い名前だな。戦時中、ど大東亜共栄謙とか何とかやってたけど、国は作れてないしな。それに、北武っていう地名も聞いたこと無い。
説明は終わりと、央黄と名乗った女子生徒は手を出した。立ち上がらせたいのかとその行動を理解すると、彼女の右手を掴む。グイッと引っ張られる力に体を任せているだけでは起き上がれないので、対して鍛えている訳でもない腹筋を使い体を起こす。
風が駆け抜けた。
初の風がやっと青くなった葉の手を取り、僕の後ろから飛び出した。
その景色はとても美しかった。
自分の遥か頭上。上の上の上。生身の人間がどうしても手の届かない場所にある太陽が燦々と暖かい光を落とし、それを受け取ろうと樹木が両手を広げて待ち構えている。キラキラと光を乱反射させる小川には、ピチョンと可愛らしい水音を上げて魚が跳び跳ねた。
自分のいる場所は小高くなっており、右側には、木造の校舎のようなものが見える。高いものが一つも無いため、眼下に望む町が一望できる。漁港と言うよりも、どちらかと言うと軍港のようなそこには、対岸に陸が見えた。
「いつまで呆けてるんだ」
「この町は綺麗だな」
「え?」
そう言われ、央黄も景色を見る。
「軍港が出来たこと以外は変わらないな。それ以外はとても美しい。これだけ天気が良いから、対岸のクルグ共和国の大地が見えるな」
クルグ共和国。その言葉も、聞き覚えが無いものだった。生きていることは一旦置いておいて、そもそも、この御時世に軍港が有るわけがない。欧米などの場合は分からないが、少なくとも日本にはなかったはずだ。
「零奈は、軍が嫌いなのか?」
「いや、嫌いという程ではないが······。強いて言うのであれば、自ら志願した者をむやみやたらに殺すような行動をとらせるのがな······」
何かしら抱えているのだろうか。どこか不安げな、悲しげな表情をしながら、央黄はそう呟いた。
「とりあえず、ここがどんなところかはどうでもいいや。零奈。教室の所まで案内してよ」
何で、とボソッと言いながらも、零奈は歩き出した。教室にいくのだろうと勝手に想像し、僕は歩き出した。
転生後の職業に軍神を選びました。 咲弥生 @thanatos
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