◆ 女の子同士の友情ってステキ☆ 〈ユキマサ〉


「お、由芽ちゃん」

「あれー? ユキちゃん?」


 デパートのお菓子売り場でセーラー服姿の女の子たちが、きゃいきゃいと乙女な愛らしい空気を漂わせながら買い物をしていた。その中に由芽ちゃんの姿を発見する。声をかけると彼女も俺に気づいてくれた。偶然の出会いで運命の赤い糸みたいだね、ヒャホウゥ! ――なら良かったんだけども残念。これは意図した出会いで、もし俺と彼女を結んでいる糸があったなら、それはきっと黒い糸だと思うんだ。


 俺と黒い糸で結ばれている彼女は、俺に笑顔を向けてくれる。由芽ちゃんの後ろの友達たちが色めき立つ。友人がいきなり男と親しそうな雰囲気を醸し出したせいだろう。


「由芽由芽、誰、誰?」

「紹介してーっ!」


 彼女たちは頬を高揚させてテンションをマックスまで上昇させている。いやー、俺ってそんなに興奮させちゃうほど男前? とか思いたいところだけどまた残念。


「えっとー、友達のユキマサ君。それから……えっと、ユキちゃん。その人、ユキちゃんの友達?」


 彼女たちのテンションを上げさせているのは、俺の隣に存在している生物だ。


「はじめまして、由芽ちゃんの友達のみなさん。俺、ユキマサといいます。由芽ちゃんとはカクカクシカジカで知り合った、四角く硬くなっちゃうくらい、いかがわしいことなんかないまじめな関係をしている友人です。んでー、こっちは由芽ちゃんも初めてだよね。生田トモキちゃん」

「ちゃん付けをするなと何度も言わせないでください。学習能力の乏しい頭ですね」


 トモキちゃんは俺に声で殺意を送りつけた後、女の子たちに完璧な美少年スマイルを送って見せた。


「生田トモキです。由芽さんのことはユキマサから聞いています。これからよろしくしていただければ幸いです」


 トモキちゃんの、視線だけで妊娠させてしまいそうな笑顔に、女の子たちのテンションゲージはマックスを超えて、すでに発狂喜乱舞しそうになっている。

 まったくさ。俺と同じにガクランなんか着ちゃってるけど、トモキちゃん、あんたホントの歳っていくつ?


 そんな中、由芽ちゃんだけが無邪気で純真で、男という生物の何たるかを理解していないような顔で「高科由芽です。こちらこそよろしくお願いします」と頭を下げている。それに釣られて、その他の女子たちの怒涛の自己紹介合戦が始まる。

 トモキちゃんが『よろしくしていただければ』なんて言うとなんだか、なにをよろしくするつもりだ? ってないかがわしい方向に考えてしまう。まぁ実際。いかがわしいこと考えてるんだろうけどさ。



    * * * *



 律子の部屋は、相変わらずテレビがついている。

 多分、消えているときは律子が眠りにつくときくらいしかないんじゃないだろうか。毎日長時間労働お疲れ様、とねぎらってやりたくなる。


「おっ。俺のナカマたちのことが載ってるよ律子」


 新聞のその記事を見つけて俺は軽く歓喜した。律子はまったく読まないんだけど、毎日取っている新聞だ。新聞屋さんにお金を寄付してるみたいなモンになってるけど。まぁ、最近じゃ俺が時々読んでいるのでそんな無駄なことでもないんだけど。

 その記事では謎の奇病が流行っていることについてが語られていた。


 要約すると、その病気は何の前触れもなく突然やって来て、原因不明に人間の心臓を止める。死体を調べるとちょっとだけ脳ミソが溶けてるらしい。発生のメカニズムやなにやらはわかっていないが、一部地域――律子達が住んでるこの街に、集中して起こっている怪異。原因解明に尽力しているらしい。


 そんなようなことが載っていた。まぁ、人間がいくら頑張ったって、俺ら《想いの残骸》たちの食事の方法なんてことにたどり着くわけないんだけどね。

 由芽ちゃんのお姉ちゃんを死に至らしめた“病気”だ。由芽ちゃんはこの病気に関してどう思ってるんだろう。人間とおんなじ様な存在を片っ端からブッ殺してまで、この病気の蔓延を防ごうとしてるヤツがいるって知ったら、どう思うんだろう。


 そう言えば結局由芽ちゃんは、お姉ちゃんのカレシがヒト殺す瞬間を見てなかったらしい。残念だねぇ。見てたら面白いことになってたかもしれないのに。


「由芽ちゃんは元気だった。友達とも楽しそうにおしゃべりしてたし。お姉ちゃんが居なくなったショックから、だいぶ立ちなおれてるみたいだった。この間までは、何かから逃げるみたいに律子に会いに来てたのにね。今は一番友達と楽しそうにしてる。うん。でもね。ヤキモチなんて焼かなくて大丈夫だよ、律子。由芽ちゃんは、ちゃんと君のことも考えていて、相変わらず君に食べさせるためのお菓子の材料を探してた」


 例によって律子はテレビの画面から視線をはずそうとしない。

 俺は持っていた新聞を適当にテーブルに投げ捨てて、ソファに座る律子の隣に腰を下ろした。


「ちょっとだけ昔話をしようか、律子」


 律子は俺が座ったのとは反対方向にちょっと席をずれる。テレビ画面から視線ははずさないが、俺の腕の射程距離からは、はずれたいようだ。


「ガキのころの俺は――」カイ・ヴェルバーは――「ちょっと貧乏だけど割と普通な家庭で暮らしてたんだ。父親も母親も健在で、毎日のご飯にもそれなりにありつけた。けどねぇ、保育園とか学校とかに行きだすとね、とてもとても不思議に思えてしょうがない疑問を抱き始めたんだよ。なんで他の子供たちは母親に頭を撫でられたり、抱きしめられたり、キスをされたりしてるんだろう……って。それまで自分がされたことがなかったからさ。不思議だった。されないことが普通だったんだ。だって手をつないだのだって一回きりだ。人の多い映画館で、はぐれたらめんどくさくなる……って理由で、一回だけ手をつないだだけだ。キスとかしてる連中は、きっとテレビドラマの真似事をしてるんだ、って幼心に思ったよ。フィクションの真似事をしてるんだって。愛だの優しさだのは全部フィクションで、みんな真似をして遊んでるんだって。今の俺は、真似事じゃないんだろうってことを理解してるけど、当時は本当にそう信じてた」


 律子が見つめ続けているテレビの中では、男が悲痛な顔をして、女に愛の告白をしていた。まさしくフィクションの愛だ。演技でだって人間はあんなにも悲痛な愛を語れる。喜びも語れる。幼いころのカイ・ヴェルバーが、他の子供たちが親に愛を注がれているのを見て、フィクションだと思い違いをしても無理がないような気がするのだけれど、どうなのだろう。


「けどね、さすがに親父に虐待され始めたときは、親父は理不尽だって事には気づけたよ。俺の父親と母親はできちゃったから仕方なく結婚したんだって。愛し合ってなんかなかったんだ。だから愛の結晶なんかではない、ただ生物の法則にしたがって生まれてきた息子にも、愛情を持たなかったんだろうね。抱きしめもキスもしなかったのはそういう理由なんだろう。んなもんだから母親は、愛してなんかない家族を放り出して、新しく恋をしたかったんだろう。浮気をした。そしたら父親は大激怒だ。俺もいっぱいトバッチリを喰らったよ。当時はそうは思わなかったけど、愛してもいないのに浮気した女に怒りを感じるなんて不思議だね」


 テレビの中の女は、告白した男に拒絶を告げた。情けなくも今にも涙をこぼしそうな男は、せめて一度だけでも抱きしめさせてくれと懇願する。


「母親はそんな親父に愛想つかせて出て行っちゃった。もしかしたら……もしかしたら、さすがの親父も悲しみにくれてるかもしれないって、俺は思って、心配して親父のことを見てたんだ。嫁さんに逃げられた時の悲しみなんかもフィクションかもしれないけれど、もしかしたらってね。そしたら、親父ったら『お前、俺を馬鹿にしてるだろう』だってさ。見当違いもハナハダしいよね。『あいつが出て行ったのはお前に可愛げがないからだ』とか理不尽なことを言ってボコボコに殴ってくるんだ。マジで殺そうかとも考えたけど、まぁなんとか踏みとどまって、若くして殺人者になることはまぬがれたけど」


 テレビの中の女は、男の些細な願いにも首を振り、去っていく。彼は去っていく彼女を見つめながら、長い長いモノローグを語って見せる。そうして最後に、死にたい、と声に出した。


「それからいろんな人間の人生を見てきて、愛情っていうモンは確かにどっかに存在してるもんなんだ、ということはわかった。恋人への愛。家族への愛。師弟の愛。友達への愛……エトセトラエトセトラ。でもさ。俺に向けてくれる愛情友情なんて全部胡散臭いモンだった。愛情っていうよりも、寂しさを紛らわせるためのモンって感じでさ。だからね、俺の興味の矛先は、その心の強さにあるわけだよ」


 CMに切り替わる。ハゲの激しいおっさんがなぜかハゲワシと対話をし、ハゲワシに励まされていた。このシリアスドラマを一瞬にして笑いに転じるスバラしいCMとして賞賛したい。


「由芽ちゃんは、律子のことがかなり好きだと思うんだけど、律子は由芽ちゃんの心の順位では一位の自信がある?」


 ふざけたおっさんとハゲワシのCMを見ても動じなかった律子が、テレビを見つめたまま、自らの指を甘噛みしはじめる。俺が律子を一人にして部屋から出ようとすると、時々する仕草だった。


「うん。俺も正直ないと思う。友達部門では一位だとしても、きっと恋部門や家族部門も総合だったら確実に負ける。むしろね、由芽ちゃんは律子のことを利用してるとすら見えるときがある。『自分は誰かの役に立ってるんだ』って安心感を得たいがための、材料なんじゃないかな、律子は。その証拠に、ひきこもりの律子を外に出そうとかいう考えはまるでないみたいだ。本当に律子のことを想っているなら、律子のことを社会復帰させてあげたいと考えるんじゃないかな。なのに由芽ちゃんには、その素振りはまったくない。今の関係をずっと続けて、『役に立ってる』って安心感を持ち続けていたいんだよ。……まぁ、由芽ちゃんは意識してやってることじゃ、ないんだろうけどね」


 律子は左手の指を噛みながら、右手でテレビのリモコンの蓋を意味なく開けたり閉めたりする。テレビ画面では新車のCMをしていて、車の中から何匹ものペンギンが外に飛び出していた。


「残念だよね。律子は、ホントは、由芽ちゃんが外へ連れ出してくれることを期待してたのに」


 車でお出かけ楽しいぃ♪ と歌い上げるペンギンたちの声に、律子のリモコンの蓋を開き閉めする音がコラボレーションする。まったく調和の取れないアンサンブル。由芽ちゃんと律子みたいだ。


「そう……。だからあなたは二次元オタクなのね」

「ん? 『そう』って何が?」

「映画館で、お母さんに一度だけでも手をつないでもらえた思い出が嬉しくて、その思い出にすがりついてるのね」

「あはははははっ」


 いつも会話が噛みあわず、よく返事にタイムラグがある律子だが、これほどズレた回答を寄こしてくることも珍しい。タイミング的にも内容的にも。


「律子がそう思うんなら、そう思ってればいいよ」


 俺はソファから立ち上がる。特に挨拶も告げずに壁をすり抜け、律子の部屋を出た。

 外は雲ひとつない綺麗な快晴だった。


 今世界が破滅して、空がひび割れるなんてことがあったら、きっと蜘蛛の巣みたいな亀裂がよく見えるんだろうなぁ。



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