◆ 必見! 愛の力! 〈ユキマサ〉


 人通りのない路地で。さっき由芽ちゃんが見惚れていたカップルが、ふたりして地面に倒れている。女の子の方は、まったく動けなくなって、捨てられた人形みたいに四肢を投げ出している。うめき声をもらしながら地面に這いつくばっている。


 男の方は、目を見開いて、妖怪大戦争でも目の当たりにしてるみたいな恐怖の表情を浮かべている。腰を抜かしてシリモチつきながらも、地面を足で蹴って逃げようとしている。


 すべての原因は俺なんだけど。


 俺がカノジョを蹴り飛ばし、戸惑うカレシを尻目に《力》を使ってボコボコにした。かわいいカノジョの顔をボコボコにして骨をゴキゴキにした。力で鞭みたいに指を伸ばし、それで締め上げて、いっぱい骨を折る音を鳴らしてやった。カノジョの体はとても素敵な楽器みたいにいい音を出した。


 かろうじて虫の息で生きているカノジョを地面に投げ捨てた。そうしたらカレシの方は、目の前でカノジョが苦しんでるのにも関わらず、腰を抜かしながらカノジョを見捨てて逃げようとしだした。


「ねー? やっぱねー? やっぱりマンガみたいなさぁ。どんな怖いものにも立ち向かって行くような、ホンモノの愛って存在しないよねぇ。目の前に怖いやつが出てきたら、愛しいはずのカノジョも置いて、逃げたくもなるよねー」


 首を振りながら後ずさるカレシは、泡を吹いて今にも恐怖で気を失いそうだった。情けないよね。愛の力なんてやっぱり無敵なんかじゃない。


「逃げちゃうんならしょーがないよね。もうフィニッシュ決めちゃおっかなー」


 鞭のように伸びていた俺の指が、硬度を増していく。硬度が増すとともに先端が尖っていく。尖った先端をカノジョの胸に向けてみる。

 いやー、俺ってマジで化け物じみてる。指が伸びて体に巻きついたり、特大の串になったりしちゃってさ。そんな化け物な俺を見て、怯えて逃げちゃうのも、まぁ無理はない。


 無理はないから恥ずかしがることなく、滑稽に無様にシッポ巻いて逃げる様を、しかと俺に見せてくれ。見せてくれたらきっと、俺は君をとてもイトシク思えるだろう。


「ひっ……ぃ……ああああああああ!」


 カレシは悲鳴とともに立ち上がった。立ち上がって背を向けて逃げる。――そう思っていた。

 が、カレシは拳を振り上げて俺に突っ込んできた。一瞬驚いたが俺は慌てず騒がす判断をして、彼女に向けていた針をカレシの肩に突き刺した。カレシは悲鳴を上げて倒れこむ。


「ああ、ビビった。突っ込んでくるとは以外だった。思ったより頭悪いんだな。どう考えたってさ、得体の知れない存在の俺に勝てるわけないじゃん。残念ながらさ、マンガみたいなさ、真実の愛はナニにも負けないってなこと、ありえないんだからさー。まぁ、そんな叶えてくれないことを叶えてくれるからステキなんだけどねマンガって」


 カレシの眉間に、串になった指を向ける。さて、死体処理はどうしてやろう。人間は触ったときの感触がもろに伝わってきて殺し甲斐あるけど、《残骸》みたいに死んだら砂になって消えちゃうわけじゃないから、ちょっとめんどくさいんだよね。


 俺自身は姿を透明化するのも具現化するのも自由自在なんだけど、他人を不可視化することはできない。人間もそうであったなら便利なのにねぇ。もういっそのこと、殺り逃げして放置しちゃおうかなぁ。まぁそんなことしたら、正義面したオトモダチに怒られちゃうんだけど。


 俺は人間じゃない。なんかよくわかんないけど人間の思念から生まれた幽霊的な何かだ。俺とおんなじ構造をした生物である知り合いたちは、自分たちのことを《想いの残骸》と呼んでいる。


 本来ならば俺たち《想いの残骸》は人間たちには見えない。……んだけど、この辺り一帯には、そんな俺たちでも人間の目に触れられるようになれる結界が施されている。

 俺たち《残骸》が人間から寿命をいただく時に効率をよくするため……ってのがこの結界の存在理由なんだけど、俺にとってはそっちの理由はそんなに重要なことじゃない。俺にとってもっと重大なことは、人間の側で人間を観察して、触れ合っていろいろな心を観察すること。


 俺はカイ・ヴェルバーというガキの心から生まれた。十幾つかの歳のとき、自分を虐待していた親父をいっちょ前に殺そうとして、その殺意がでかくなりすぎて狂いかけ、精神が自己防衛のためにそのでかい殺意を切り離した。それが俺だった。

 だからだろう。俺の趣味が人の破滅を見ることなのは。どうせなら世界の破滅を見たいけど、そんな大規模な現象、俺一人の力じゃどうにもなんないからね。


 人間が持つ愛情ってモンは、どれだけの絶望で裏切られるのだろう。

 今の俺の一番興味ある対象はそれだった。


「むやみな殺生はいけませんね。人間はあなたに殺されるために生きているのではないのですよ」


 軟弱で甘ったるいようで低い、女に耳元で囁いてやれば喜びそうな声が背後からした。声の主は俺の隣を横切り、倒れているカレシとカノジョの前に腰を下ろした。


「あっそう。じゃあ、人間はお前の奴隷になるために死んでいるのではないのですよ。ってか?」


 ヤツは俺の皮肉を完全に無視して、二人の頭のそれぞれに手を置く。回復呪文が発動したように――と言っても魔法の光が飛び交うわけでもないからとても地味な発動で――二人の傷は一瞬で治った。流した血なんかも綺麗に取れて、開いた穴もふさがり、ばらばらになった骨も全部くっついて、安らかな寝顔を二人は浮かべた。


「これで二人の記憶も消えました。死体処理に悩む必要はありません」

「いいなー、それ。記憶切除と治癒か。それがあったら何回でも半殺し、回復、半殺しで、毎日の挨拶の代わりに半殺しができちゃうよねー。……ちょーだい?」

「イヤです」


 かわいい顔して糞生意気にきっぱり言ってくれるよね、ガキ。つっても、《残骸》は生まれてから老けるってことをしないから、見た目が若いからって中味もガキだとは限らないんだけど。


 ぱっと見は中学生くらいで、日々、美のために労力を注いでいるお姉さんたちが羨みそうな、美肌の美少年風な外見をしている。そのくせ、見た目年齢とは裏腹な落ち着きが、見た目からにじみ出ている。俺よりもだいぶ年上って事は聞いているが、実年齢は知らない。たとえば百歳を超えていたって不思議ではないのだ。


 欲求不満なお姉さんが喜んで手篭めにしそうな顔をしているけど、ヤツの実年齢を知ったとき、手篭めにしたお姉さんはどんな表情をするだろうか。と言ってもこいつにはそれ以前のさらなる大問題があるんだけど。


「まぁいいけど。俺は半殺しより全殺しをしたいわけだから」

「先ほども言いましたが、むやみに殺生することは良くありませんよ」

「しょーがねぇだろ。俺は殺意から生まれたんだから。殺すことは日々を潤すために必要なことで、ちゃんと毎日やらなきゃかさかさになっちゃう」

「人は変われます。《残骸》も変われます。その感情で形作られている体だからと言って、《残骸》本人の性格にはさして関係ありません。変わればいいのです」

「いやぁ。人間は根本的なことは変われない。《残骸》もね。だから俺は変わらない」


 ヤツはあきれたように肩をすくめて口を閉じた。説得するのは無理と諦めたらしい。情熱が足らないね、心が老けてるせいかな。まだまだ十代前半の俺のぴちぴちパワーを分け与えてやりたいよ。


 こいつと知り合いになってから何年たっただろうか。この辺りに張られた結界――《陽を取り込む場所》を構築したとき協力し合った仲だ。


 こいつは人間を《誘導》するために。俺は愛の破壊と肉体の破壊を楽しむために人間と接触したくて、利益が一致した。それで他にも、利益が一致する《残骸》を集めた。んで《陽を取り込む場所》をナカヨクくつくった。以来、他のやつらとの交流はないが、なんかこいつとは付き合いが続いている。結構いろいろな利害が合うので、仲良しの演技を続けている。今回こいつと落ち合ったのもそれ関係だ。


 さっき由芽ちゃんに教えた公園の気配を探る。《陽を取り込む場所》を構築しあった仲の、さっきまでそこにあったジュリーお姉さまの気配が消えている。美人だったのにもったいないねぇ。


 由芽ちゃん、見れたかなぁ? お姉ちゃんのカレシがヒト殺す瞬間。



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