◆ 俺が恐怖の大王になれたらいいのに! 〈ユキマサ〉
あら? あらあら?
十一巻がねぇ。ここまで全巻そろってるのに。発売日的にもまだ五巻ほどあってもおかしくねぇのに。面白いのに。これからがクライマックスだってのに。ないのっておかしいだろ。
「ねぇ、この漫画の続きってないの?」
俺は自力で探し出すのを諦めて、
「それ、雑誌がなくなっちゃったから、続きなんていくら探したってないわよ」
本棚を半分ほど調べなおしたころ、思わぬ返答があった。タイムラグありすぎ。もっと早く言ってくれたらありがたいのに。
「まじで? 世界が滅びるかどうかって、ここからが本番でしょ? 俺としてはぜひ世界の滅びを見たかったのに」
テレビ画面では白黒の生物から場面が変わって、『オラ、んうーたん!』と自己紹介してるみたいな名前の生物が、楽しそうに動き回っていた。
「そうね。世界が滅びればよかったのにね」
「他にさぁ、こーゆー世界が滅びる系の漫画知らない?」
「知らない」
「残念」
俺は窓に近寄ってカーテンを開いた。
雨が降っている。窓を開くと激しい雨音が飛び込んでくる。
青い空は、真っ黒い雲にふさがれて、ほんの少しも見えない。音は、大粒の雨が、地面や家の屋根をたたく音で支配されている。大粒の雨は視界すらも曖昧にして、視覚も聴覚もぬりつぶしている。
世界が滅びているみたいだ。
今もし、世界が滅び始めていたとしたら、雨で見えなくて、雨で聞こえなくて、世界の滅びの瞬間に気づかないだろう。そうして雨がやんでから――世界が滅びていることに気づく……。
雷の轟きは、世界が崩れていく音みたい。
本当に、世界が滅びてたらいいのにね。憂いも悲しみも嫉妬もねたみも恨みも憎悪も嫌悪も愛も幸せも……何もかもなくなっていたら、きっと安らげると思うから。
以前、大雨が降ったときに律子にそんなことを話した。そうね、と賛同してくれた。
律子はひきこもりだ。
細かいことは訊いていないけど、父親に『人に頼ることは甘えだ』と教え込まれた律子は、人に頼ることができなくて、変に気が強かったせいで人間関係がうまくいかなくて、友達ができなかった。そしてたくさん人間に裏切られて、人間が嫌になって、社会のことが、世界のことがどうでも良くなって、自分のことも全部どうでも良くなって……もう、自分の部屋から出ないようにって決めたんだって。
ワンルームに住んでいる。ちょっと大きなソファと、ちょっと大きなテレビ以外はすごく殺風景な部屋だ。親の仕送りで生活していて、最低限必要な買い物は俺が担当している。彼女は外に出ないことに決めたけど、入れてはくれる。拒んでるはずなのに、本当は寂しがりやなんだね。
果たして律子の親は律子のことを愛しているのだろうか。仕送りをしてくれているのだから絶縁しているわけではないだろうが、両親とはほとんど連絡を取らず、彼らは律子がひきこもりになっていることを知らない。
戦争が起こってるわけでも、周りに凶悪犯罪が起こってるわけでもない、一見平和に見える街だって、いっぱい、たくさん、悲しいことは転がっている。
幸せなんて幻だ。生きていても、本当の幸せなんて待ってやしない。人間が生きていることに意味なんかないんだ。しかし生物というのは本能で生きようと思ってしまう。死にたいと思ってても生き続けてしまう。まったくもって面倒にできている。
「律子がなかなか返事しないから無駄に探し回っちゃって疲れたけど、うん。飯を作るとしますか」
「なぜあなたは、私の邪魔をしているの。死のうとしている私を邪魔しているの?」
律子が言った。淡々とした声で言った。
無気力すぎるあまり、食べることさえ放棄した彼女は以前、栄養失調で倒れたことがある。それ以降も健康に気を使おうとかの考えは持っていないらしい。
何もしないまま死ねるのなら死にたい。そう考えているつもりらしい。しかし彼女にもやはり生きようとしてしまう本能があるようで、食欲は抑えられない。目の前にメシを置かれれば死にたい願望は、なりを潜める。
俺は知っている。彼女は極度のツンデレであり、今の発言が律子語で『食べ物ありがとう』だと言うことを。
「なんでだと思う?」
「あなたは、私に食料を与えることで、私の生き死にを左右できる。私の命を自由にできて、それに喜びを感じている」
「ははっ。律子がそう思うんならそれでいいよ」
彼女に心を開いて欲しいと思うのだ。俺に対してでなくてもいい。誰に対してでもいい。
そうすればきっとその先にはとても楽しいことが待っているから。
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