遭遇
「ちょっとーう。起きなさいよー。」
何か頭を硬い物で小突かれてる感覚に失われていた意識が一気に戻ってくる。
「うおっ⁉︎」
慌てて勢いよく起き上がろうとしたが、何かに頭を強く打ち付けてしまった。
「あらあら、少し慌てすぎじゃない?目が覚めて状況がわかってないのは仕方がないけどもう少し落ち着きなさいよ」
頭を押さえながら頭上から聞こえる声の主を確認しようと顔を上げると、巨大な蜘蛛のような機械がこちらを覗き込んでいた。
「あー・・えっと・・どちらさまですか?」
「え?私?エレナよ」
「え、AIか何かか・・・?」
「失敬ね!AIじゃないわよ!こんななりしてるけど一応は人間よ!」
「は、はあ・・・あっ‼︎」
しまった。隊員採用試験のことをすっかり忘れてしまっていた。
「あ、あの!俺隊員採用試験受けたいんですけどちょっとその戦車から降りて道案内とかお願いできますか・・・?実は道迷ってここに来ちゃって・・・」
「採用試験?そんなのもう終わってるでしょ。だいたいあなたここでどのくらい気を失ってたか分かってる?6時間よ6時間。あと、これ私の体だし、降りるか無いし」
そ、そんな・・・いや、けど理由を話せば何とかなるかもしれない・・・やっぱりこの人?に案内してもらって関係者に事情を説明しに行くしか・・・てか、この人やっぱりAIなんじゃ?ブルワークの技術力ならいけないこともなさそう・・・
「ま、あなたは別に試験なんて受ける必要ないから安心してもいいわよ」
「へ?」
うまく言葉の意味が読み込めず、裏返った声で聞き返してしまった。
「気づいてなかったの?右腕みてみ」
言われるがまま右腕を見てみると、手の甲の部分に結晶体のはめ込まれた黒くて刺々しい小手が装着されていた。
「これは・・・オリジン?いやこんなタイプの物は今まで見たことが無いな・・・」
「あれ?オリジン知ってるの?ブルワークの関係者しか知らない極秘事項なはずだけど?もしかして君元々隊員育成学校とか通ってた人?」
「まあそんな感じです」
「まあ最近は一般人がいきなり採用試験受けるってのも珍しいか。」
「ところでこのオリジンが何なんですか?」
今までオリジンはかなりの種類見たことがあるが、小手のように腕に装着するタイプは見たことがなかった。
「ブラックシリーズNo.8。噂ぐらいは聞いたこと無い?5年前の戦いでブルワークがエネミーから奪取したハイクラスオリジン。」
ハイクラスオリジン。という言葉には聞き覚えがあった。他のオリジンとは違い適合者でなければ使えず、段違いの性能を持つという超兵器。適合者が現れなくては構造の解析すらできず、解析に成功したとしてもその複製は不可能らしい。
「俺が適合者ってことですか」
「そ、ハイクラスオリジン適合者は貴重な戦力だし試験なんか受けなくても即部隊長クラスの権限を与えられると思うよ」
ハイクラスオリジンといえば適合確率がとんでもなく低く、国内にも数えるぐらいしかいないと聞いたことがある。俺がそんなものの適合者。まだハイクラスオリジンがどういった性能を持っているか見ていないからかもしれないが、いまいちすごいという実感がわかない。
「ま、取り敢えず外行こうよ外。私隊長クラスの人の付き添いが無いと外にでちゃダメとか言われてんだよねー。酷くない?」
「え、けど俺まだブルワークに入隊して無いですよ?」
「いーからいーから!適合者なら大丈夫でしょ!ほら行くよ!」
多脚戦車の脚からアームが伸びてきて俺の体を掴んで上に乗せる。
「んじゃそこの取っ手掴んどいてね。落ちたら死ぬよ」
「えっちょま」
待ってと言い終わる前に急発進されてしまい、危うく舌を噛みそうになってしまった。
多脚戦車は通路の向こうにある壁、いや近づき始めるとわかるがいかにも分厚そうな扉に向かって勢いを緩めるどころか加速しながら近づいて行く。
「ちょっと待ってくださいよ!扉閉まってますってこのままじゃぶつかりますよ!」
「いや、大丈夫!この前はぶち破ってもボディに傷一つつかなかったし!あの扉意外と薄いから!」
「前科持ちか、いやそうじゃなくて!俺!俺が死にますよ!」
「あっ」
「あっじゃねえよオイイイイイ!」
ドコォオンという音を立てて戦車は扉をぶち破った。扉の破片がオリジンに当たり、思わず右腕を離してしまった。
「落ちる!エレナさん止まってください!これマジで落ちますって!」
「おっ!生きてたな少年!いいぞいいぞ〜こんなことで適合者死なせたとあっちゃあ私スクラップにされちゃうからね!」
「さて少年!いや、ブラックシリーズNo.8適合者のエイトくん!落ち着いたところで周りを見渡してみなさい!」
しばらくして落ち着き始めた俺の先ほどの行動がいかに危険であったかという訴えを遮り、エレナさんは大声でしゃべり始めた。反省する気はあるのだろうか。
「誰ですかエイトって俺にはちゃんとした名前がー」
反論しつつも、ちらりと周りを見た俺は思わず言葉を失った。本部からは2キロほど離れただろうか、かなりの速度で走行しているだろう戦車の上から見えるのは規格の統一されたビル群。これはブルワークの屋上からも見たものだが、砦の内側、つまりはエネミーとの戦闘が繰り広げられている戦場から見ると、それらは全く違う物に見えた。まるでそれら自身が敵からの侵攻を防ぐ防壁のような・・・。
「どう?初めの戦場から見る景色は!私はこれを見せるために君を連れ出したのよエイトくん!」
「とか言って自分が外に出たかっただけでしょ」
「・・・ま、まあこの風景を楽しんでよ!いざ入隊して戦闘するとなるとそんな暇無いからね!」
「それもそうっすね」
戦闘。
そう、俺はブルワークに入隊し、命をかけて人類を脅かすエネミーと戦うのだ。正直なところ、人類を守るなんていう崇高な考えを持っているわけでは無い。しかし、かといって目的が無いというわけでも無い。目的達成のことを考えるならば、ハイクラスオリジンの適合者として組織内で高い位につけるというならそれに越したことは無いと思う。
なかなかに自分は運が良いのかもしれない。と、考えながら周りの風景を見ていると何やらボロ布に身を包んだ人が正面から近づいてくるのが見えた。
「・・・エイトくん。これはちとマズイかもしんないねえ」
「あれは・・・人?誰かお偉いさんですか?許可なしで外出てるのバレたら怒られるんですよね?俺巻き添えくらうとかいやですよ」
「エイトくん口閉じて衝撃に備えて」
「えっ何加速してんすか⁉︎前に人いますよ⁉︎」
「今さら止まって引き返そうとなんかしたらその間に攻撃食らって死んじゃうよ。エイトくん、君も育成学校出てるなら映像資料かなんかで見たことあるんじゃ無い?なんで防衛部隊の包囲網の外にいるかはわからないけど、あれは間違いなく・・・『エネミー』よ!」
「エ、エネミー・・?」
今俺たちがいるのは本部から4キロほどしか離れていない場所。本来ならばエネミーなど絶対にいない場所のはず。
「一撃で決める・・・!今の私にはエネミーに有効な武装は無い・・・けれど今ここで倒さなきゃいけない!もしも本部に奇襲なんてかけられたら被害は絶対に出るし下手したら東京の外にも及ぶかもしれない!それは絶対に避けないと!」
さっきまでどこかふざけた感じとは違う、真剣な、鬼気迫ったエレナさんのあまりの迫力に気圧されてしまった。今は見えないがきっと怖い顔をしているだろう。このエレナさんの状態から、この状況がどれくらい危険なのかが伝わってくる。
「このまま突っ込むよ!しっかりつかまっててね!」
「は、はい!」
車体がエネミーに当たる瞬間の衝撃に備え、目を閉じて身体に力を込めた俺は全長2メートルはあろうかという多脚戦車がその動きを止めたことに気がついた。
「「なっ・・・!」」
目を開けた俺と意を決してエネミーに突っ込んだエレナさんの、驚きの声が重なった。
ボロ布に身を包んだエネミーが片手で多脚戦車を受け止めていたのだ。高速で鉄の塊である多脚戦車が衝突したにもかかわらず、エネミーには傷一つ付いていない。それどころか、その場から一歩たりとも動いてさえいなかった。
「そ、そんな・・・無傷なんてありえない!少なくとも吹き飛ばされるはず!この車体を受け止めてその場に踏みとどまるだなんて・・・!」
「エレナさん下がって!このままじゃやられます!」
慌てて車体を後退させようとしたエレナさんだが、多脚戦車のタイヤは唸るような音を立てて空回りするだけだった。
エネミーが受け止めた右手でそのまま多脚戦車を持ち上げていた。
「エイトくん危ない!」
多脚戦車のアームが俺のことを掴み上げ、車体から放り投げた。
「ぐっ⁉︎」
突然のことに受け身もろくにとれず地面を転がる。
打ち付けた腹部を抑えて蹲る俺の頭上を、エネミーに投げ飛ばされたエレナさんの多脚戦車が通り、背後のビルに叩きつけられガシャリと地面に落ちた。
「エ、エレナさん!」
その衝撃で飛んできた石をオリジンで受け止めながら腹部を打ち付けて足に力が入らず、まともに歩けすらしない身体に鞭を打ってなんとか多脚戦車まで這い寄る。
「逃げてエイトくん・・・私のことは気にしないで、適合者をこんなところで死なせるわけにはいかないわ。せめて君だけでも逃げてブルワークの防衛部隊に保護してもらいなさい」
彼女の声は武器庫であったばかりの元気に満ち溢れた声とはまるで違う力のない弱々しいものだった。
その声に俺は聞き覚えがあった。
5年前、エネミーに破壊された東京で、逃げ惑う人々の助けを求める声。その声にとても似ていたのだ。
5年前の俺なら逃げただろう。いや、逃げたのだ。崩れた我が家で瓦礫に挟まれ身動が取れなくなり助けを求める両親を見捨て、逃げた。怪我をした妹を連れ出すことはできたが、だからと言って両親を見捨てたことは許されることではない。
あの日から俺は両親を見捨てたことによる自責の念に縛られていた。
ブルワークを志願しているのも、地球を守ることで俺と同じ目にあう人がもう出ないようにすることで少しでも罪滅ぼしになればと思ってのことだ。
もう逃げない。その決意はすでに固まっていた。
「逃げませんよ、俺は」
「なんで⁉︎死にたいの⁉︎」
「あるんですよ、策が。俺もエレナさんも無事で、こいつがブルワーク本部に奇襲をかけることもない、とびっきりのやつがね」
「えっ」
「俺があいつを倒せばいい」
図らずも、今の俺にはそれだけの力があるはずだ。
ハイクラスオリジン。その性能が噂通りの常識を逸脱したものであればの話だが。
右手のハイクラスオリジン。その起動キーとなる結晶体に手を添える。
「用意はいいかエネミー!俺にはここで死ぬわけにはいかない理由がある!勝たせてもらうぞ!」
「フン・・・先程の奴らもそうだがここの兵は弱すぎる。このファルカスの相手など勤まらぬほどにな!」
ファルカス。そう名乗ったエネミーの声は低く、発せられる威圧感は今にも俺のことを押し潰しそうなほどだ。
だがもう逃げないと決めたのだ。
結晶体に添えた手に力を込める。
結晶体が鈍く光ったかと思うと、オリジンの黒い装甲が腕を駆け登り、体全体に広がっていく。
これが、エネミーを倒しうる力。人類を救うことのできる力。
『ブラックシリーズNo8の装着が完了しました。戦闘を開始してください。』
武器庫でも聞いた機械音声が戦闘の準備が完了したことを告げた。
そこに立っていた男はもういない。
立っていたのは1人の——––—鬼だった。
東京ディフェンスライン ヤカタリョウ @ryoyakata
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