適合

5年前、1日にしてその姿を大きく変えてしまった東京を、俺はビルの屋上に設置された柵に寄りかかりぼうっと見下ろしていた。

5年前のあの日、大勢の人が行き交う新宿の交差点に大きな亀裂が入った。

その亀裂から現れたのは変わった服装をした数人の人間だったらしい。

その姿は現場にいた人々がSNSに写真を投稿することでこの後に起こった残酷な出来事と共に全世界へと広がった。

敵による殺戮。

亀裂から現れたその人間達は周りの野次馬達を手当たり次第に武器で攻撃し、殺害した。

『エネミー』と名付けられたその敵は、現場に急行した警察官や増援の機動隊、はたまた要請を受けて急行した自衛隊の攻撃すら物ともせず新宿を中心に東京各地へと行動範囲を広げて殺戮行為を続けながらも、亀裂からの後続と合流しその数を増やしていったという。

そんな東京の、いや、世界の危機を救ったのは自らを『ブルワーク』と名乗る集団だった。彼等は自衛隊の保有する兵器でさえも傷つけることが難しかったエネミーを、『オリジン』という武器を使って亀裂付近まで押し返し、その後東京全体を包囲、防壁や砦を築くことで防衛線を作り上げた。

そして、今俺がいるビルこそがブルワークの本拠地である砦の一部であるのだが、

「はぁ・・・」

道に迷ってしまった。今日はブルワークの隊員採用試験を受けるためにここに来たのだが、二階で行われるという試験会場へたどり着くことができず屋上まで来てしまった。

「と、ともかくこのままここに居ても何にもならないわけだし、とりあえず移動しよう。」

と、エレベーターに乗り込み二階のボタンを押す。エレベーターの場所があるのであれば二階に行こうとして屋上に着くという滑稽極まりない結果にはならないと思っていたのだが意外や意外。このエレベーター、最初に乗った時は二階だけでなく一階から屋上の間にある全ての階層をスルーしたのだ。

まったく憎たらしい。

その上、それだけならば自分の操作ミスを疑い、二階に降りようとする気も沸くのだが、今度は一階まで直行した上で、扉を開けずにまた屋上まで戻ってきたのである。生憎、屋上から降りられる階段の扉には鍵がかかっており使えなかったので、呆然とした気持ちで屋上からの景色を眺めるハメになってしまった。

「このエレベーター、俺のことをおちょくってんじゃねえか⁉︎こ、今度こそ止まってくれよ・・・いいかげんにしてくれないと試験に遅れちまう・・・」

再度乗り込み、二階のボタンを押すとガコン、という音と共にエレベーターは下降していき・・・・はい、今二階すぎたよーマジこのエレベーターどうなってんだろうね、と前回と同じように地下に着いた時、変化はあった。

扉が開いたのだ。

そこは、配管丸出し、鉄壁むき出しのいかにも武器庫でーすといったような空間だった。

「ここは・・・武器庫?いや、入り口からエレベーターで直行できるようなところにそんなもの作るはずは・・・」

と、いろいろ引っかかるところもあったが、このまま行動しないままでは試験会場へたどり着くことなど到底出来やしないので、とりあえず移動することにした。

それにしても広い。スペース内には大型の装甲車やヘリのようなものが等間隔で並んでおり、ぱっと見狭いように見えなくもないが、通路の遥か遠くに見える壁がこのスペースの広さを物語っていた。

壁まで半ばほど歩いたところで、少し開けた場所に出た。そこには、中央に腰ほどの高さの黒いボックスが置いてあり、緑色の光で縁取られた手形の模様が上部に浮き上がっていた。

「なんだこれ?」

ぽんっ、とその手形に自分の手を置いて見た。どうなるのであろう?という好奇心故である。

手を置くと同時にボックスからハキハキとした喋りの機械音声が流れ、思わずビクッと身体を跳ねあがらせてしまった。

『ブラックシリーズNo.8適合を確認しました。装着を開始します。』

ブラックシリーズ?適合?何のことだ?

慌てて手を引こうとするが、ボックスに手が固定されて微塵も動かすことができない。

ウォン、という音と共にリング上の光が肘あたりまで伸びてきて、耐え難い熱が襲ってきた。

「なっ⁉︎あ、熱ゥ⁉︎く、クソッ‼︎何だよこれ手が離れねえ‼︎」

続いて、皮を剥がされるような激痛。

あまりの痛みに声がつまり、滝のような汗が全身から噴き出し、立っていられなくなって膝をついた。間違いなく、今まで生きているうちで最大の激痛だ。

『装着完了。ブラックシリーズNo.8起動します。』

そんな音声と共に今度は身体全体を今まで感じたことのない不思議な感覚が襲った。まるでふわっと身体が浮いてしまったような、自分の身体がどこにあるのかわからなくなってしまうような感覚。

視界すらもぐにゃりと曲がり意識が遠くなっていくのがわかったが、自分の身体がまるで自分のものでなくなっていくような感覚の中、こらえることもできずに俺はただ静かにその瞼を閉じた。







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