第75話 三度ある

 連絡の主は余呉よごだった。

 まっさらなトーク画面に初のメッセージが表示される。内容は最上について。最上と一緒にお祭りに来たのは彼女であったらしい。

 「らしい」よりは「予想はついていたが直接聞いたわけではなかった」と言うべきか。

 しかし一方で最上から連絡は来ない。

 最上のことだ。俺に何かしら送るつもりなら余呉と離れたらすぐに送るだろう。だから後回しにしていたらトラブルに巻き込まれて送れない状況に、という可能性は低い。それよりも最上自身がわざと・・・何も知らせてこないのだろう。

 意図はなんだろうか。偶然を装って盛り上がるようにしているとか? 単純に恥ずかしいだけかもしれない、なんてな。

 

「で、誰なのさ」

 

 気がつけば諫早はりんご飴を買っていた。もうデザートタイムに突入したのか。乱暴にかじったあとがくっきりと残っている。


「もしかして、綾ちゃん……?」

 

 東雲の期待は半分正解で半分不正解。

 

「残念、でも最上は合流できるかもな」

 

 最上の行動を予測する。

 あいつに関しては、これまであまり考えていることや思っていることについてあれこれと気にかけなくてよかった。

 それは最上が基本的に分かってほしいことを口にして、わかってほしくないことを隠していたからにほかならない。ならば俺は表に出したことをそのまま丸ごと信じるという態度でよかった。

 でも今回は違う。

 最上が意図的に伝えてこなかったとして、それは俺が受け身で待っていれば合流するというものでもないだろう。いくら限られた範囲でのお祭りで、お互いが探しあっているとしても、だ。

 二度あることは三度あるという。これまでに知り合いに出会ったのは東雲の元同級生、そして諫早家。ならば最上が三度目か。

 

「で、二人は合流したいか?」

 

 卑怯というか、随分と優柔不断な聞き方をした。普段から仲良くしている相手に対して、俺自身の意見を言わぬままにそう尋ねるなんて。

 

「好きにしなよ。どうせあたしだって途中で合流したんだ。文香に決定権があるんじゃねえの?」

 

 とまあ、諫早の答えは予想の範疇だった。

 右目をつむり、左目だけで東雲を見やる。

 

「する、んじゃないの……? 最初はみんなで来たいねって言ってたし……」

 

 おっと、そうきたか。

 合流するのが当たり前。むしろここまでいなかったのがトラブルだったと。

 俺としては話が早くて楽なことだ。こいつらでなければ、最上自ら連絡してこないならほっとこう、なんて言われてもおかしくはない。最上は自らの意思で俺たちとは別行動をとり、今もそうしているわけで。

 ああ、なんてややこしい。

 秋の空とまでは言わないが、女心は分からない。なんにせよ自覚があってコントロールのきいていた奴ほど読みにくいものはないし、ましてやそれが今おそらく普段よりはコントロールがきいていない。

 シンプルにいこう。いつだってそうだ。適切な距離をとり、手順を踏んで、好意を示す。ましてや最上だ。俺たちのことを最上が好きだとして、俺たちもまた最上のことを好きであるとしておく。

 事実だろうけど、それを踏まえて動く。

 だから合流する。

 

 さて、ただ合流するだけなら簡単だ。

 偶然を装ってでも世間話でもいい。とにかく最上にどこで花火を見るか伝えてそこで待てばいい。

 でも多分、そんなので良いならわざわざ面倒な手順を用意しないだろう。最上の方から連絡をとって普通に合流してくる。ならばおそらくこれは不正解だ。求められた手順ではないのだろう。

 二人にそのことをかなり省いて話す。一人で考えてても答えは出ないかもしれないし、何より目の前の二人を放置していつまでも考えつづけるのもな。 

 

最上あいつは考えてることがいちいちわかんないっての」

 

 諫早が食べ終えたりんご飴とフランクフルトの串を設置されたゴミ箱に捨てながらぼやく。

 

「あれだな、どちらが先に相手を見つけるか。もしくは相手に見つけられる場所で待てるか」

 

 連絡は使えないと見ていい。

 多分だけど、最上は今俺たちが一緒にいることを察しているのだろう。だとしたら、たとえ仕組まれたものだとしても同じ展開を望んでいるのだとしたら。

 相変わらずというか、そういう奴だった。

 どこかベタなオチを求めている。甘ったるくて外から見たら鼻で笑われそうな、喜劇を。最初から

 

「なんだか……ロマンチック、だね……」

「そういうものか?」

「綾ちゃんも、女の子、だもん……」

 

 私を早く見つけてってか。

 例えばこれが雨の日だとか。最上が悩んでいて一人で泣いているだとか。時間制限のある何かまでの間だったりだとか。そういうのであればわかる。

 ただ、最上は普段が賢いものだから、そういうことをすれば、探そうとしている俺たちのことを考えてしまうのだろう。なんとも優しいというか難儀な奴だ。

 

「ま、付き合ってもいーよ。どーせ、花火始まるまで少し暇だし? いつまでも屋台食べ歩きばっかしてるのも金かかるだけだし」

 

 頭の後ろで手を組んで、諫早は俺に背を向けた。


「じゃあ、始めようか」

 

 三人の前に花火大会のチラシを広げ、スマートフォンでマップを起動する。そして地図にチェックを入れていく。


「ここは……?」

 

 東雲が指でチェックを入れた箇所を指さす。

 

「この付近で花火を見れる場所だな」


 全部で五箇所。

 穴場や侵入が難しいところは除く。そしてチェックの一つをまず消す。そこは有料席、予約をしていないと入れないVIP御用達というやつだ。席料は結構高くて、学生がホイホイと払うものではあるまい。最上が友達といくためにそこを予約しているという可能性はまずない。

 残りの四箇所は人気のない運動公園の広場、家族連れがレジャーシートを広げやすい斜面の原っぱ、飲食店とそのテラスや外の席が並ぶ大通り、そして――

 

「ここじゃない? 私らが行くとしたら」

 

 少し離れた場所ではあるが、諫早の予測はおそらく実に正しい。

 山の上にある神社は本殿と拝殿が少し離れている。本殿の中には入れないが、その裏手には臨時駐車場のような広場と、それを囲むようにして行きとは別ルートで降りていく道がある。山の木々がポッカリと空いており、街を一望できるが拝殿に参拝して帰る人がほとんどなのであまり知られていない穴場となっている。

 懐かしい。高校受験の前に一度行った時に見つけたんだったっけ。

 

「そうだな、ここで待とう」

 

 もしも、橋の上みたいな場所があればそこに登ったと思う。でもなかったから、なら残っているのはここだろう。俺達が普段から通う高校が、その周りの風景が見えるあの場所なら。

 

 ◇

 

 コンビニでお菓子と飲み物を追加で買いながら山の上へと歩いていく。

 途中、「飲み物でも買わない?」と諫早に言われて、屋台でなにか飲むのかと思いきやあっさりとコンビニだと言われた。情緒がないねーと笑うと、わざわざお金をかけて情緒を買わなくても、花火で十分でしょ、と呆れたように返ってきた。そういうリアリストなところも嫌いではない。

 階段を登るにつれ人は少なくなる。

 俺からすれば、たかが十五分歩けば人がいなくなるならそれな儲けものではないかと思うのだが。何分見る場所が下にも多いからか、わざわざ上に登ってまで見る気がないのか。

 登っている間に花火は始まってしまった。オープニングらしい。小さな花火が低めの位置でパンパンと連続的にあげられている。音が鳴った瞬間に三人して立ち止まってそちらを見た。

 

「はじまっちゃった、ね……」

「構わないだろ。さっさと登りきってしまえばいい」

 

 拝殿を後ろに木と砂利の道を行く。

 あたりは暗くなっており、足元に注意しながら二人に声をかける。

 なんとなく、その場所に近づくと三人は何も話さなくなった。気まずくはなかった。どちらかというと、何か秘密を共有するようなドキドキに近い。これから秘密基地に向かうとか、どこかに忍び込むとか。

 暗い森と明るい夜空。

 一望できる街と上がる花火のコントラストに鳴り響く花火の音がまるでこの時間だけを別世界に切り取ったかのようだった。

 花火の明かりに照らされて、振り返った彼女はこちらを見て言う。

 

「あはは、遅いよ三人とも。もう始まっちゃってるよ」

 

 いつも通りの笑顔で、当たり前のように最上がそこにはいた。

 

 


 


 

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