第74話 一方、こちらはといえば

 私を西下よりも先に誘ったのは、余呉よご郁美いくみ湯川ゆかわ日和ひよりの二人だった。

 今微妙に困っていることがあった。

 それは二人との間に感じてしまう壁のことだ。そう、距離感。それは郁美いくみ日和ひよりが親友――小学生からの幼馴染みであることに関係しているのだと、そう思う。

 もちろん二人は私を除け者にしようなんて気はさらさらない。今回も仲のいい友達として誘ってくれている。じゃなきゃ誘われても断るし、そもそも誘われるなんて状況にさえ持ち込ませない。だから半分は私個人の問題にすぎないのだけど。

 何にせよ距離感というのは、無意識に出てしまうもので。ほんの僅かに、場違いな気がして一歩引いて見ている気がする。

 私が気にしないのが一番、かな。

 

 それより楽しいことを考えた方がいい。

 お祭りイベントって何のフラグがあったっけ?

 お祭りというと、屋台側に立つ場合やバイトで巫女さんやってる同級生がいたり――や、ないか。

 そんなことを考えていたら、私を心配そうに覗き込む日和ひよりと目が合った。

 

「綾ちゃん?」

 

 どうやら話しかけられていたみたい。私としたことが。目の前のことに集中しないとね。


「ああ、ごめんごめん。ちょっとぼーっとしてたかも」

「もー」

「綾も人多いし疲れてるんじゃないの?」

 

 日和が口を尖らせ、郁美がそれをなだめる。

 日和は納得したように視線を泳がせた。

 

「あー……ごめんね? 休憩する?」

 

 予想以上に気を遣わせちゃった。

 しっかりしなきゃね。誘ってくれたのに失礼だし。せっかくの花火大会楽しまないと損だ。


「いやいや、ほんとそういうのじゃないし気にしないで?」

「ははーん。もしかして」

 

 日和がにやりと笑う。腕を組んで、うんうんと納得したように頷いている。

 

「あーそっか、そうだよねー。そういうことなのかもしれない」

 

 一切具体的な主語のない日和のそれが、何を意味しているのか少し考えながら曖昧に返す。

 

「そういうことでは分からないよ日和ー」

「郁美もそう思うよね」

「多分ね」 

 

 日和が郁美に話をふると、とても適当な同意が返ってきた。私にわかってないだけで郁美には分かったってこと? いくら仲いいからってそんな以心伝心があるものなのかな。

 私と西下もぜひ阿吽の呼吸、ツーカーとやらにならねば。今でも何となく考えていることはわかる、はず。人の心を読むというサトリの世代だしね。いや、違うけど。

 あ、そうか。なるほど。

 日和と郁美の考えていることについて予想がついた。なるほど、うん、クラスメイトという関係柄ならその理由にたどり着くものだと思うしそれは私がこれまでそう振舞ってきたからある意味仕方のないことだ。

 

「ずばり、綾ちゃんはトルコアイスの屋台がないのに落ち込んでいるに違いない」

「うん、違った」

「それは日和が好きなだけじゃない」

 

 私と郁美のツッコミが重なった。

 郁美もさすがに日和のそのアクロバティックな発想までは読み切れなかったらしい。

 よかった。これを読みきった上での同意なら二人まとめて私に対するイメージについて少しお話しなきゃいけない気がする。

 ただ、日和の発言が私に気をつかってわざとふざけた可能性がある以上、あまり咎める気にはなれないんだけど。


 

 

 ◇

 

 

 

 ぶらぶらと回っていて、花火まで残り三十分を切った時のこと

 日和の連れ立って歩く速度が落ちてきた。気がつくと後ろにいる。その度に合わせる。今度は私が顔をのぞきこんで、声をかけた。すると明るい返事は返ってくるんだけど――


「日和、あんた無理してるでしょ」

 

 ――郁美の方が先に気がついた。

 顔色がよくないことまで指摘されて、日和はうぇっと呻いた。どうやら隠していたつもりらしい。

 

「やっぱり元気ないと思った」

「綾ちゃんまで?!」

「なんで隠すんだか」

「いやぁ、せっかくのお祭り、だしー」

「だしーじゃないの」

 

 郁美の呆れたような疑問。日和は答えになっていない答えを返す。すっかり弱った日和の頭を、郁美が軽く小突いた。

 ゲンコツの当たったところを抑えながら、微妙な笑顔で日和が謝る。


「ごめんねぇ……綾ちゃんに人混み疲れてる? なんて言っておいて私がって。あはは……」

「あんたはいつもそうなんだから、日和。空元気にもほどがあるでしょ」

「うえぇ、気持ち悪い……」

 

 日和は郁美に体重を預けて、目を瞑る。その頬は暗い中で赤く染まっている。

 周りの人が通りすがりに一瞬だけ見て、すぐに目をそらす。一人だったのなら、病院に連れていってくれる人があの中にいるのかもしれない。友達が二人周りにいるから誰も声をかけてはこないけど。


「ちょっと休もうか?」

 

 買ってきた飲み物を渡しながら聞いてみる。

 

「あーこれはダメね。ごめん綾、私この子、家に連れて帰るわ。家は知ってるし」

 

 日和に変わって郁美が答えた。郁美はスマホで交通機関を調べた後、日和を背負う。

 

「郁美さんや、いーつもすまないねー」

「もう手のかかる妹みたいなもんだよね」

「郁美お姉ちゃん!」

「まだ元気ありそうじゃない」


 幼なじみらしい、微笑ましい会話は横で見ているこちらまでつられて笑いそうになる。

  

「わぁ、郁美イケメン。男なら惚れてた」

 

 誤魔化すようにからかう。

 

「よく言われる。どうせなら男の子にモテたいですよー」

「ギャップ萌え、さすが」

 

 ギャップは男子にもモテる要素だから安心していいのにね。や、こういうのは自覚しないから良いのだ。気づいてしまうことで失われるものもあるというやつですな。

 

「綾こそたまに男子みたいなテンションになるよね」

「中身はオッサンなので」 

 

 僕はキメ顔でそう言った。

 私は童女ではないし、もちろん付喪神ではないのだけれど。

 かくん、と力の抜けた日和に郁美が恐る恐る顔をのぞきこんで一言。

 

「こいつ、寝てる……!」 

「寝てるの? あはははは!」

 

 郁美が信じられない、といった風にこぼしたものだから妙におかしくって起こさない程度に笑い転げた。 

 

「ねえ、綾」

 

 郁美が背中の日和を起こさないように少し声を抑えて私の名前を呼んだ。


「どしたの?」

「私たちはここでリタイアするけど、綾は他に知ってる人がいるなら合流してくれてもいいんだよ?」

「……ふっふふ」

 

 やっぱり、さっきの意味深なのはそういうことかぁ。と、言われて気づくあたり私自身そうなんだろうなって自覚はある。バレちゃってたかー。

 

「それとも、綾ちゃんを誘わず仲間はずれにするような人なのかな?」

 

 カマをかけられている。

 ここで私が「べ、別に西下はちゃんと誘ってくれたもん!」って返すと「私は西下のことだなんて一言も言ってないけどなー」ってからかわれるんだ。私知ってるぞそれ!

 しかし気づいてしまった以上のっかるとあざとくなるのが否めない。くっ……西下がいればわざとのるのもやぶさかではないのだけどっ!

 ぐぬぬぬ……こうなればいつも通り平然としているしかないじゃない。もうちょっと分かりにくくしてくれれば良かったのに。

  

「なあに? ふんぎりがつかないなら私から西下くんに連絡しようか? 一人で寂しそうにしてますって」

 

 私が悔しがっていると、あっさりと西下の名前を口にする郁美。

 や、その文面は郁美が悪者になるのでNG。それをしたとしても息を切らして文香ちゃんほっぽり出してまで私の元に駆けつけるとかいうロマンチックかつ文香ちゃんが可哀想な展開はないから。あったとしても文香ちゃんが可哀想という一点で私が認めないから。

 

「あー、いや、西下と合流するのはそれでいいんだけど、ちょっと気恥ずかしいかなって思っただけ。一度断ってるしね」

「あら? 案外あっさりというか」

「もともと西下もそういう意図だったんじゃないかなぁ。断られた時も予想してたみたいだってし」

「ひゅー、以心伝心ってやつ? お熱いことで」

 

 共犯者だからね。

 意思疎通はばっちりだね。

 

 

 

 

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