第67話 水着選びはカラフルに

 マネキンのほとんどに表情かおはない。たまにある笑顔は笑顔のままに張り付いて、硬く凍りついている。多分、誰に合わせるのにも想像しやすいように人形から個性を抜いているのだろう。

 ズラリと並ぶ水着は色とりどりに上下左右にディスプレイされている。商品あっての光景だ。

 中身のない水着単体に興奮する性癖は持ち合わせていないが、それでもあれらが海にプールにと人の肌を覆うのだと考えると、無性に――苛立つ。

 ……いや、リア充に嫉妬なんかしてないぞ?

 それを言うなら、今まさに俺こそがその立場にあるわけだしな。


「西下にはどれが良いか言ってもらおうかなー!」


 こんな風に。

 水泳の授業は中学までで終わり、スク水しか残っていない三人は水着を選びにやってきたというわけだ。

 最上はよく泳ぐのでは? と尋ねれば、母親の勤めている市民プールと、今回行く市民プールは別であるとか。別といっても、上の管轄が同じで部署が違うみたいなものらしいが。


「具体的には、屋内の飾り気のない25mプールと、屋外の流水やスライダー付きプールとの違いかな」


 と補足された。普段は飾り気のないシンプルなプールで黙々と泳ぐらしい。一人で。わいわいと遊ぶ方は今回初めてだという。確かに割引券は両方のものを出していた。

 それは楽しいのか? と聞けば、水中は息ができない以外は楽だよね、とのたまう。いや、息ができないのが一番問題なんだろうが。

 そんな最上だから、水着も普段はスクール水着のままで泳いでいるとのこと。ゼッケンつけっぱなしなのか? とまた無駄な疑問が浮かんだ。

 もういっそ三人ともスクール水着っていうのは……さすがにマニアックすぎるか。


「お、西下はそっちが好み? それなら着ていってあげても……いいよ?」

「西下くん、あまり恥ずかしいのは……やめてね?」

「わざとすごく変なのを選んだらあんたに着て行ってもらうから」


 一画に『プール開き準備!』と書かれたスクール水着コーナーがあるのを見ていたものだから、二人に釘を刺されてしまった。最上はニヤリと笑ってからかってくるものだから、ますます諫早の俺を見る目は冷ややかになる。

 二人とも、俺が見ることは承諾してるんだな。


「安心しろ」

「ん?」

「えっ?」


 そもそも、あまり変態的な格好をさせて注目を浴びさせたいわけではない。

 俺はお前らのあられもない姿を衆目にさらすような露出趣味はない。むしろ――


「露出は少ないものを希望する」


 最上が「そんな!」と喚くのを、鼻で笑った。

 他の二人が意外そうに口を開けているのが、なかなかに面白かった。


 ◇


 そもそも。

 そもそも、だ。俺とて健全な男子である。好きな女子の艶かしい姿を見たくないと言えばそれは嘘になる。艶かしいというと堅い。雑に、わかりやすく言えばエロい格好か。

 それでもなお、露出を減らして欲しいと心から願うのも、やはり俺が健全な男子であるからに他ならない。


 ――独占欲。

 この一言に尽きる。

 東雲が、諫早が、そして最上が。この三人がもしもマイクロビキニや肩を出すような大胆な水着を着てきたとしよう。

 それはおそらく目立つし、注目を浴びる。見知らぬ輩にその姿が見られるのだ。触れたいと思われたり、よくてナンパの的、下手をすれば欲情の対象だ。それほどに、際どい水着を着た可愛い高校生女子という存在に価値というものがあると、そう思う。

 もしも二人きりや、自分たち四人しかいない密室であればどんな格好をしてくれても構わない。

 だが、外に行くのであれば是非、その危うげな格好を避けてもらいたい。ラッキースケベすら不要だ、とそう思う。


 付き合ってもいない俺に、だからこんな水着を着るな破廉恥な、と強硬に止めるだけの権利はまるでないだろう。しかし、わざわざそれを望むわけもない。ましてや、「選んでほしい」と言われれば、それらを真っ先に候補から外すぐらいはごく自然なことである。


 と、この複雑な男心がどれほどに三人に伝わってしまうのかは気になるもんだ。


 ぼんやりとそんなことを考えながら、カーテン付き直方体の近くで中を意識しないように立っていた。

 三人は自分の気になる水着を何着か持って、試着室へと入っていったのだ。

 だから俺はそれを待つのみ。


 当日、こんなの選んだ! と見せられるのを楽しみにするというのもアリではあったが、選ぶ段階から付き合うのもなかなか悪くないものがある。

 女性の買い物は長いという。それを疎ましく思うものなのだろうか。世の男性というものは。

 気持ちの悪いことを整理していると、その時間は終わりを告げた。

 カーテンが開けられ、最初に見せてくれたのは諫早であった。


「おお」


 身につけていたのは、黒のビキニに白のラッシュガードであった。正確には上がビキニタイプで下はゆるい短パンのような水着だった。名前はよくわからない。


「これなら楽だしね。普段の格好に近いから」

「他に候補はあるのか?」

「別にこれでいいんじゃないの? あまり悩むもんでもないでしょ。あとは色ぐらいかな」

「選び甲斐のないやつだ」

「選ばせてやってるだけ文句は――あ、黒かオレンジかで迷ってる。あまり派手なやつは好みじゃないんだけどな……」

「わかってねえな。その髪色にスタイルで黒選ぶほうが目立つぞ。目立ちたくないならオレンジの方がいいんじゃね?」


 黒い水着について感想を端的に言うならば、エロい。黒は扇情的だし、際どいイメージがある。それを体現するかのようにラッシュガードの間から見えるへそ。スタイルが妙にいいものだから余計だ。

 それはそれでよく似合っているのだが、諫早が目立ちたくないというコンセプトでいくならむしろ明るい色合いの方が目立たないと思う。プールなら人肌の率が高いってことは、肌色の占める割合も高く……必然的に黒などは目立つのではないか、と。

 もちろんオレンジも似合うだろうし。


「じゃ、これとオレンジにしとく」


 顔色一つ変えずにそれをかごへと放りこんだ。


「あー、もう選んじゃったのー?」

「えぇ……残念……」

「あんたらに任せたら着せ替え人形にされそうだし、何選ばれるかわかったもんじゃない」

「そりゃもう、とびきりエロ可愛いので悩殺させてあげるんじゃん」

「いろんな格好の千歳ちゃん、見たかったなぁ……」

「そーいうとこ」


 最上と東雲が不満をあげる。諫早はそんな二人にバッサリだ。

 二人はすっかり水着姿だ。

 東雲はワンピースタイプの上と下がセットになったもので、意外にも紫色だった。鮮やかな、とまではいかないが水色と混ざるぐらいの淡い紫。胸元にワンポイントの可愛らしいリボンのような飾りがついている。

 最上は上下セパレート型ではあるが、胸元にフリルのような飾りがついていて大きく全体を覆っている。谷間も起伏もわかりにくい。

 そんな俺の目線に気がついたのか、東雲がさっとこちらに顔を向けて手を縮こまらせた。


「あっ……」

「ん? なになに。私たちに見惚れて興奮した?」

「露骨な言い方すんなよ。下品だな」

「やだなぁ、もっと露骨にいうことだってできるのに二人がいるから抑えたんだよ」

「……まぁ。露出を少なめにして欲しいって言う俺の希望は考慮されているみたいだな」


 ざっと目を通してみるも、体のラインを強調するような格好ではない。


「チュアンピサマイっていうの、可愛いでしょ?」

「お花みたい……」

「俺にファッションはわからないし、ましてや女性用水着のことなんか聞くな、名前の一つも知らないぞ? ああ、ビキニはさすがにわかる」

「それでいーのよ。似合ってると思ったら褒めて」

「これなら恥ずかしくない、かも……」

「文香ちゃんはタンキニとかでもいいんじゃない? こっちの方が動きやすいよ?」


 タンキニと呼ばれた最上の差し出す暗い赤色の水着セットを見る。最上は上下一つになってるものより、セパレートをオススメらしい。


「どっちも似合うもんだな。最初に面白いネタ水着とか持ってくるかと思ったが」


 ガッチガチのシュノーケリング装備とか。


「それも良かったかな?」

「アホでしょ」

「は、恥ずかしいからプールでそんなの着ないよ……?」


 その後も二人はいくつかを着まわして見せてくれる。俺が選ぶ必要がほぼ感じられない程度にはよく似合っている。

 それらに思ったことを一つ一つ述べていった。

 最終的に、東雲は二つ目に最上が薦めた、暗い赤の水着に決めた。ラフなシャツとズボンのようなもので、あまり違和感はなさそうだ。

 一方最上は、最初に選んだ黄緑色のヒラヒラにしていた。

 俺まで選ばさられることになったのは想定外だった。黒を基調としたこれといった特徴のない無難なところに収まったので結果オーライ。


 これでプールの準備としては終わりか。

 泳ぐのが苦手というが、それなら教えるとかいうイベントもあるのたろうか。それは楽しみだな。最上が指導のメインに立つことになるんだろうけれど。


 そうやって楽しみにしていた時はまだ、俺は知らなかったのだ。

 ――というよりは、忘れていた。


 そんなにうまくいくはずがないことを。

 

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