夏休み編
第65話 プロローグ・遊びに行こう
夏休みが始まる。
テスト、球技大会とイベントが次々と終わって、終業式なんかもはや記憶にない。いや、記憶にないのは単純に印象の薄いイベントだったというだけの話か。
とはいえ高校生の夏休みなんてのは、忙しいものだ。夏期補習に文化祭準備とやることが予定に並ぶ。これに加えて運動部の奴らは部活三昧だ。休みなどほぼないだろう。
その点、帰宅部は最高だ。少なくとも休みは存在する、と言える。きっと部活動に勤しむ彼らは、それを満足して行っているのだろう。ならば幸せの指標としてはどちらがいいか、などと比べられるものでもないか。
そして、そんな夏休み。
うだるような暑さの中、俺たちはというと――
「フライドポテトのSサイズお二つに、シェイクSのバニラ、ストロベリーがそれぞれお一つですね。お召し上がりは――」
「こちらでお願いします」
――何故か、黄色のMの店に呼び出されて、集められていた。
諫早と東雲に席をとってもらって、その間に俺と最上が注文する。
さすがは速さが売りのファーストフードチェーン。すぐに頼んだメニューがお盆の上に並べられた。
夏休みであることと、少し昼を過ぎた時間帯であったことで混雑している。
その隙をひょいひょいと抜けて、階段を昇って二階の席へとやってくる。一階は狭いやら人目が多いやらで落ち着かない。
二階であることに感謝しつつ、先にお盆を置いた時だった。すぐ後ろで「あっ!」と声が上がった。
「あああっ……!」
見ると、最上が頼んだフライドポテトの一つをお盆から落として半分ほどぶちまけていた。
「あちゃー」
「綾ちゃん、大丈夫……?」
無残に散らばったポテト。床に油をつけながら、その姿を晒している。
幸い、誰も踏み潰してはいないようだ。
「芋ぉ……私のポテトがぁ……!!」
最上が半泣きになっている。
それだけのショックを受けながら、同じサイズのポテトが二つお盆にのっていて落としたのを自分のだと言い張っている。ドジはドジでも責任感と罪悪感に打ちひしがれているのが不憫になった。
俺はすぐにお盆にあったメニューを諫早と東雲の前に置いて、そちらに駆け寄る。
さすがに店員呼びつけて掃除させるわけにもいくまい。
「二人ともちょっと待ってて」
「手伝う、よ……?」
「私も手伝うよ」
スペース的に狭いのと、荷物を見ていて欲しかったのだが、そこはまあ、二人の精神衛生上よろしくないので頷いた。荷物は拾いながら俺が気にかけとけばいいか。
お盆からメニューをどけて、机に移す。添えられた紙ナプキンを一人一枚ずつ渡して、四人で黙々と拾う。
「あまり気に病むな」
「でもぉ……」
「俺のも分けてやるから」
そんなにショックか。
それもそうか。食べ物ダメにしたショックって金額以上のものがあるよな。卵とか特にキツい。一個は二十円とかそこらの安いものだけど、一個無駄にした時とかなかなか辛い。
「……夏休みの遊びの計画を立てましょう」
落ち込んだままで切り出すな。気分を切り替えるんだ最上よ。と残った芋を口に咥えながら、がっくりとした最上を眺めた。
最上がわざわざ外で俺たちを集めた理由はわかった。
こんな内容を、もしも他の同級生がいる中で相談すれば、私も俺もと邪魔者が入る可能性が否定できない。伏籠や手薬煉、龍田ら三人とかある程度誰かしらと交流があればまだいい。この前の体育の時間ではないが、割り込まれた相手が誰とも親しくないとか何それ拷問。
度々、みんなでお祭り騒ぎ的に遊ぶことが楽しいみたいな価値観の人たちはよく知らない相手と一緒に遊ぼうと試みる。多分、仲良いから遊ぶのではなくて、遊んで仲良くなろうとするのだろう。逆、プロセスが逆と嘆く。どちらが一般的なリア充になりやすいかなど言うまでもない。だから苦手。
「どしたの? 西下」
と、話が逸れた。
最上の夏休みの計画についてだった。
「いや、少し考え事を。いいと思うぞ、遊びに行くのは楽しみだ」
「どこいくとか、決めてるの?」
諫早は黙っている。じっと、自らの頼んだものを眺めつつ、口にストローを突っ込んだ。
あまり口は出せないと思っているのだろうか。それとも、思いつかないのか。そんなところで気など使う必要はないのに。
「海に行きたい! ――と言いたいけど大変だからやめとく!」
「なぜ言った」
「布石というやつかな」
「つまり妥協して他のところに行きたいと?」
「その通り」
最上がじっと見つめるのは俺、ではなく諫早だった。よかった、調子は戻ったか。
俺は隣で遠慮がちに食べている東雲に、自分のポテトを差し出した。東雲はいいよと首を軽く横に振る。食べられる量もあるからあまり強くは勧められないが、遠慮はいらない。そんな風に言うと、おそるおそる手に取り、口に運んだ。
「で、どこなの?」
諫早が、痺れを切らして尋ねた。
逃げ道を塞ぐやり方に、最上の計算高さを見ながら、今回も諫早は連れて行かれるパターンになるのだろうかとぼんやりとこれからの展開について予想する。
「プールとか、どう?」
ニヤリと笑って提案したそれに、先ほど海を前フリにした理由を察した。
……海とプールでは楽しみ方が違うと思うんだが、最上の中では「どっちも水着きて泳ぐじゃん」とひとくくりにされているのだろう。
プールか。プールなぁ……いや、三人の水着姿は大いに見たいが、心配がその願望と同じぐらいあるってのはなんだろうな。
と、第一印象は実に消極的に思われることを考えていたが、行きたいのは事実。暑いし。水でも浴びたい、わちゃわちゃと遊びたいと。
「いいなぁ……でも私、あまり泳ぐの得意じゃ、ないよ?」
「身長より低いプールで即溺れるほどじゃなきゃ大丈夫じゃないの?」
プールでそんなに泳げる必要があるのか、と諫早がフォローする。
思ったよりも好感触というか、積極的なのだろうか。
「プールか、どこのがいいかな」
「それについてはほぼ決まってるっていうか、候補があります」
自分のカバンをごそごそとしながらそんなことを言う。
「私のお母さんが市民プールで働いてる話はしたっけ?」
「したな、そう言えば」
「それでね、半額割引券をもらったんだよねーお母さんが友達でも連れてきたら? って」
取り出した四枚の券を机の上に見せた。
施設の概要に料金、そして半額になることと期限が記された細長いしおりのような長方形の券だった。
「ああ、こういうタイプなのか」
「どっちもあるよ。わいわい遊ぶための市民プールと、学校のみたいな25mプール。二種類あって、その両方の割引券あるけど」
「そりゃ、遊びに行くのに地味な方を出してこないか」
「楽しそう……!」
俺の隣で身を乗り出して目をキラキラさせていらっしゃる天使。
とりあえずプールに行くことは決定事項となった。異論は認めない。
諫早はなにやらむむむと考え事をしているようで、じっと黙り込んでいた。
「ねえ……」
「ん? なに?」
「そのプール、私もついていっていいんだよね?」
「なにを今更。わざわざ集めて話して、四人分の割引券出してるのに。まあ今回はプールだし、無理強いはしないけど来て欲しいかなって思ってるよ?」
その言葉に、すごく和んでいる自分がいた。
今まで、外側はやや強引な形で勉強会やらに連れ出してきた。それがこうして自分からついていってもいいかと言われたのだ。喜ばずにはいられないだろう。
何の心境の変化があったのだろうか。単に、反発し続けることに疲れたとか? 諦めの境地……いや、それでも信用や好意の度合いが変化したのだと信じたい。
最上は、無理強いしないといいつつ来て欲しいとはっきり伝えている。一般の社交辞令における「無理強いしない」の裏側に、できれば来てほしくないという本音の多いことよ。普通の友達との間でそれはあまりないとは思うけど。
「その、双葉と翔を連れていっても、いいかな?」
すごく、遠慮がちに諫早が語り出した。
それによると、プールに行きたいという二人に諫早のお母さんが連れていってあげるという約束をしたのだとか。しかし夏休みでも仕事で忙しくて、連れていってやれるかどうかわからない。もしかすると厳しいとのこと。
もちろん、頑張れば連れていってあげられるかもしれない。だがそこで母親に負担をかけるのは申し訳ない。だから自分一人で連れていってあげたかったが、プールという人の多い場所で自分一人で二人の面倒を見てあげられるかどうか不安だったのだとか。
とまあ、ここまで説明されて、否と答えるわけもなく。順当に承諾されて、行くメンバーが二人増える結果となった。
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