第60話 デート……前半

 デート。

 口の中で繰り返す。

 誘われた諫早は最初渋っていた。素直に行く行く! なんて言い出したらそれは諫早ではない。別の誰かだ。それはそれで可愛いとは思うけど違和感が凄い。ありのままでいいな、うん。

 しかし東雲が「行く」と二つ返事で返してしまったがために一度渋っていたのを保留にしてしまう。

 東雲が一言、「諫早さんも行きたい、な……?」といえばため息をついて呆れたように了承した。多分、諫早が一番「行く」と言いやすいのがこの形なのだろうから、気が楽な方で進めるのがいいか。

 この頼み方で断れる奴がいるだろうか。少なくとも俺と最上も無理。

 最上が「デートね、デート」と念を押すように東雲に飛びついている。東雲はなされるがままに苦しそうにしているが、満更でもなさそうだ。


 デート、ね。

 ……口にすると、まだ気恥ずかしいか。

 気恥ずかしいことと、言えないことはまた別だけど。必要とあらば、真顔でデートだろうがなんだろうが連呼するだろう。それぐらいのことはできる。大丈夫。


 

 ◇


 今回はまったり自室で用意を済ませて、親には一言「友達と遊びにいく」とだけ抽象的にざっくりと報告した。

 母さんはあまり詳しく追及することもなく、夕ご飯はいるのかどうかの確認だけをとった。


「うし、行くか」


 俺らしくもない発破をかける。

 ただ、清々しい。天気はいいし、風は適度に適当に。遠くまでよく見える。湿度はやや高いのは雨上がりだからか。

 この駅は高校から最も近い。二つの駅が繋がれており、そこそこ大きな駅でもある。その改札の中で待っていた。

 より長くまとまって動けるし、何かあって遅れても一緒にいれば退屈するまい、と。

 予定時刻よりも三十分と少し早く到着する。当然まだ三人は来ていない。

 先ほどまでいじっていたスマートフォンを通知をオンにしたまま胸ポケットに入れた。もっとも耳に近いポケットだ。

 落ち着く間もなく東雲が来た。集合時間まではまだ十五分はある。


「おはよう、東雲」

「おはよう。早いね……」

「東雲なら早く来ると思ってな。それより早く来ようと」

「別に……いいのに……」


 珍しく拗ねたようにぼやく。


「こういうのは待つ時間も楽しむもんだからさ。今来たところだからその楽しみもないけどな」


 今日は何をしようとか。

 昼ごはんどうしようとか。

 ノープランで突っ込んで行き当たりばったりにぶらぶら歩くもよし。

 予め、あたりをつけてつれまわすもよし。

 そんなことをつらつらと、考える予定だった。


「東雲って食べられないものってあるか?」

「ない、かなぁ……? でも、犬とかはちょっと……」

「日本のよくある飲食店で出てくる程度のものでな」

「……あ、エスカルゴは苦手、かも。貝もそんなに好きじゃない、かな……」

「エスカルゴって……ああ、出ることあるのか。うんそれが強制される場所にはいかないかな」


 魚介類が無理とか、卵アレルギーとかそういうのがなくてよかった。

 細かい好みについては性急に聞き出すよりも食べるところを見て知っていく方が良いだろう。


「そうか、じゃあ大丈夫そうだな」

「お昼ご飯の話?」

「ああ」

「えっと、そのことなんだけど……」


 東雲が手に持っていた荷物をチラリと見た。やけに大きく、これから遊びに行くのにそぐわない。あまり人の持ち物に言及するのは如何なものかと思い、見て見ぬフリをしていたのはミスか。


「それ、何入ってるんだ? 持とうか」


 そう言って軽く手を伸ばす。

 すると東雲は軽く拒むようにその荷物を自分に引き寄せて胸に抱え込んだ。


「いや、これは……自分で持ちたいか、いいよ……」


 デリカシーがなかったか。

 わからないな。どこからが気遣いでどこからがお節介になるのか。その境界線が曖昧で判別つかない。

 再び、東雲が口を開こうとした時、最上と諫早がこちらに来ていることに気がついた。

 最上はこちらに軽く手を振っている。その斜め後ろを諫早がいつも通りの無愛想でついてきていた。諫早はこちらに表情が見える距離に入ると小さく息を吐いた。ため息と舌打ちの間ぐらいの挨拶であった。


「"ごめーん、待った?"」

「"いいや、今来たところ"」

「……何そのあんたらの白々しいやりとり。だいたい、まだ集合五分前なんだから謝る必要はないでしょ」

「こういうのは様式美だよ、諫早」


 東雲が横でクスリと笑う。


「で、実際はどれぐらいに来たの?」

「東雲は十分前ぐらい」

「うん、それぐらい……かな?」

「じゃあ西下はそれより前ってわけだ」

「そうとは限らないだろ」

「いいや、断定的に文香ちゃんの時間を説明した時点で、その時に西下はいたってことでしょ?」


 正解。

 確かに、俺の方が遅ければ「東雲は十分前ぐらいに来たそうだ」と伝聞で言う。東雲の方だけ語るのも、俺の方が早いのを東雲と同じ時間のように印象づけたかったけど最上はまったく誤魔化されてくれない。


「早く到着するのを競っていたちごっこするのはやめてよね。きりがないし、時間通りに到着した人が申し訳なくなるし」

「はいはい」

「何であんたらはそういう面倒くさい会話を……」


 いいじゃないか。

 お互い相手がわかるレベルで遠回しに伝え合うって楽しいだろう?

 ダイレクトな物言いは相手に理解させたい時でいい。思いを伝えたい時でもいい。雑談なんだから言葉遊びの一つや二つ、ネタの三つや四つ仕込んだところで責められるほどのことじゃない。

 ズルズルと来ることが当たり前になってしまっている諫早をからかいたくなる。ただ、それをするにはまだ早いか、と抑える。へそを曲げられても困るし、何よりわざわざ余計な真似をせずともいい。

 時間が経って、距離が縮まればそうした軽口も悪くはない。気持ちを自覚させつつ可愛らしい反応が見られる。踏み込まないと、止まるかもしれない。

 だからまたいつか――

 諫早はその空気を察したのか、やや話題を強引に変えた。

 

「今日ってやること決まってるんだっけ?」

「ああ、午前中に映画を見た後、近くの庭園? っていうか自然公園か? に行こうって感じだ」

「ざっくりだな」

「こういう予定って組むの得意じゃねえから、ある程度」

「映画って何見るの……?」

「それは行ってからのお楽しみ、だな」


 だらだらと電車に乗り込む。

 通学、通勤時間とズラしてあるため人はやや少なめ。日曜日なので通学は少ないが、部活動に向かう生徒は多い。

 今回はやや遠め、南に向かって急行電車に乗っていく。四駅ほど止まったところで目的地に到着。


 一度、機会を逃すと聞きづらい。

 せっかく嫌いな食べ物から繋げた話題ではあったが、途切れてしまった。

 言い出さないということは急を要するものではないのか。とりあえずは映画を見終わってからでもいいだろうか。そんなことを考えているうちに建物が目の前に現れる。

 暗い青色の絨毯にが広がっている。チケットを買うためのカウンター、隣には向こうへと通路が続いていた。人がぞろぞろと並んでいる。


「飲み物は買って持ち込むか」

「ダメだよ……?」

「貼り紙に書いてんじゃん」


 壁に貼られたポスターに、映画館で購入した以外の飲食物の持ち込みは禁止としっかり書いてあった。


「あははは、だってさ、西下」

「俺が悪いみたいに」


 いや、事実悪いんだけどさ。

 持ち込みが禁止されてるのを失念していたわけで。それを破ろうってほうが悪いのだ。二人が善良である、というだけかもしれないが。

 持ち込み禁止の理由は概ね予想がつく。

 収入的な問題もだし、音や匂いの制限というマナー的な意味でも、だ。あとは掃除のしやすい食べ物という観点もあるかもしれない。


 前売り券は買ってない。ネットで予約してあるので、前売り券と似たようなものか。

 ぽちぽちと機械を操作して券を出す。


 その間に三人が適当に食べ物飲み物を買ってきてくれた。

 俺はそれにお金を払いつつ、自分の分を受け取った。


 そして上映時間まであと僅か。

 ぞろぞろと続く人の列に従って流れるように中へと入っていく。

 暗い館内で指定された席について、ハイテンションな警告やマナーの映像をぼんやり見ていた。意識は常に隣である。

 左から最上、東雲、諫早、俺である。最上が真ん中に行きたがったが、厳正なるくじ引きの結果である。俺が提案した方法で俺は文句は言わない。


「楽しみだな」

「うん……!」


 そして上映が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る