第52話 心配に追撃
両親の反応に俺は少なからず狼狽えた。
父さんが隣のリモコンをとって、テレビをオフにする。今のテレビは
母さんは何故か少し憐れむような、優しげな眼差しになる。
もしかして俺、かわいそうな子だと思われてる?
「よし、どんな子だ」
「相手を知らないのに話してなんになるんだよ」
「相手を知らなくてもお前のことなら知ってる」
だから手薬煉と日野さんの恋路にどうして父さんと母さんが……ってああ、そういうことか。
二人の反応から自分の発言を思い返してみれば勘違いされていたことがわかる。
そりゃあ、驚きもするか。
「俺の話じゃないから」
「あんたの話じゃなかったのね」
母さんと俺が気がつき、同時に言う。
こういう時に父さんの方が鈍いのってどうなんだろうか。俺は母親に似てるってことだろうか。親だから似てもおかしくはないけど。
「紛らわしかったな。友達の話だよ」
「なんだ、刻也の話じゃなかったのか」
だったら親にはバラさねーよ。
と思ってはいたが、いつかたとえば結婚とか付き合うとかになったら言わなきゃいけないか。
まだ今は考えなくてもいいだろう。
「じゃあ刻也が悩む必要はないじゃない」
「必要はないけど、悩みたいから悩んでんだよ。別にだから大丈夫だ。それで何か支障が出るわけでもないし」
少なくとも恋の病で食事も喉を通らないとかそんなことはない。
落とした箸を拾って食事を再開した。
俺はキャベツにマヨネーズをからめてザクザクと食べる。
「だいたい俺が悩んでるのだって、あいつからすれば余計な御世話だろうしな」
「ふーん。でも刻也がわからないって悩んでるのは初めて見たかもな」
父さんが何気なく呟いた。
「どういうことだ?」
「いや、だってお前今まではもっとあっさり諦めてたっていうか、わからなものはわからないって割り切ってただろ? それにお前、なんだかんだいってわかることが多かったし」
「まあわからんが……かもな」
それは多分、変化というよりは発見だろう。
自分のことに必死だったのか、それともそもそも周りにそれほど深く踏み込んだ奴がいなかったのか。
俺にとって悩んでやるほど考えなければならない相手ってのはいなかったのだろうし、悩んでもわからないほど難しい問題にぶちあたることもなかった、と。
そんな両親の目を通して自分を見る。
見えるのは、もやもやと悩んでいる自分の冴えない食事風景ばかりで、抽象的な本質が見えるわけもなく。
食べ終わった食器を台所に運んで自室に戻るのだった。
◇
テストはまだ返ってはこない。
約半分の生徒はそう思っていることだろう。そのあたりはクラスの雰囲気を見てわかるようなことではないのだが。半分という目安にはきちんと理由がある。
号令係が声を出して、数学の授業が始まる。
「あー、三限目、もうテスト返すしな!」
数学教師がテストを返却することを告げた。男性の割に高い声、そして高身長とミスマッチな組み合わせで白髪が多いことから年齢もわかりにくい。
その宣言に、去年もこの先生だった半数は「やっぱりかー」と諦めの姿勢を見せる。
一方、去年は違う担任だった半分からは「マジかよー」「えー早っ!」と悲鳴や不満があがった。
心なしか、気分は下がって空気は盛り上がったというところか。
それを冷めた目で机と頬の間に腕を差し込んでだらりと眺めていた。
点数を見る。七割と少し。
簡単な方にしては、可もなく不可もなしといったところか。まだ難しい方が残っている。
赤点じゃなければ別にいいか、と折りたたんで机にしまう。
条件の指定がきちんと書けてなくって減点されてたり、そもそもやり方がさっぱりわかってなかったり。
でも俺にとって点数なんてどうでもいい。
やり方をその場しのぎで暗記して、今点数をとって、成績を上げることにさしたる興味はない。
もちろん、低かったら多少落ち込むし、高かったら喜ぶだろう。
なんと言えばいいのか。
最終的に大学に進学できればいいんじゃね? と。
人生なめてるな、うん。
◇
そして昼休み。東雲からは遅れると連絡がきていたから、人のいない空き教室でぐでりとだらける。
「なーにを黄昏れてんの」
後からやってきた最上に筆箱でばこん、と頭を殴られた。
暴力系ヒロイン真っ青の理不尽さだ。ツンデレ暴力ヒロインは嫉妬や羞恥などきちんと理由があってのものだが、こいつもはや俺に話しかける挨拶みたいに殴ったぞ。
「暴力系ヒロインって批判されがちだけどリアルで女子に殴られてもそんなに腹が立たねえな」
「いや、そこまで強くしてないしね」
「あんなに強くやられたら死ぬからな?」
頭を軽く押さえて、最上を見上げる。
「テスト、どうだった?」
「んーぼちぼち」
「じゃあさ、勝負しない?」
最上が獰猛に笑う。
俺はこの顔が結構好きだったりする。
他の人間には滅多に見せないし、見せるときは勝負所だったりする。この前の諫早然り、その前の龍田然り。
俺だけが日常的にこの顔を見れるのだとそう思うと、少し楽しい。
だからこの時の最上につい、流される。
「いいぞ、72点」
「いやいや、それだと私負けだけど、全体よ、全体」
そりゃそうか。
「じゃあルールの確認だな」
「わかりやすいようにした方がいいよね」
「単純に科目ごとで競って、その勝ち負けの数でいいんじゃねえの?」
「じゃ、それで」
「数学は二種類あるけど、別科目か?」
「んー、一緒にする? いや、別でいっか」
そんな風にしたのは、テストによって満点の差が大きいからだ。
200点満点のテストもあれば、100点満点のものもある。
満点の大きい科目や、今回の数学みたいに二種類あるテストで大きく差をつけられると得意科目によって不公平になるからだ。
とまあ、そのあたりが建前か。
「東雲と諫早は、巻き込むのか?」
「いやーこんなのはどう?」
あっさりと否定し、そして人差し指を立てる。
「負けた方が勝った方の言うこと、なんでも一つ聞く、ってことで」
「いいぞ」
「随分とあっさりのるんだね」
「いや。それは俺のセリフだよ。女子が男子に向かって、そんなゲーム持ちかけてんなよ。貞操観念疑われるぞ」
「あははー私だって誰にでもするわけじゃないよ。西下だから。だって西下はしないでしょ?」
「よくわかってるな」
「そういう西下こそ、いいの?」
あはっ、と思いついたように笑う。
「私が勝ったら、文香ちゃんとの接触禁止――とか」
「それこそ"お前はしない"だろ?」
「どうして?」
「一つ、それが不可能に近いから。二つ、それがお前にとって不利益だから。三つ」
一つ一つあげていく。
不可能なのは、東雲の方の気持ちがあるからだ。俺がいきなり接触を断とうとしたら、東雲は理由を聞こうとするぐらいはしてくれるだろう。それぐらいには仲良くなっていると思う。
不利益なのは、最上が「たかが罰ゲームでそんなことをする人間」だと思われることだ。特に東雲に。わざわざ仲良くなった相手と、自分の築きあげてきた信用すべてを捨てるほどの価値があるとは思えない。
「三つ目は、俺とお前はハーレム計画立てるほどには
「あっははは。そうだね、冗談冗談」
「あのさ、最上。俺だから冗談だってわかるけど――」
少しは怒っとかないとな。
「冗談でもあまりそういうことはいうなよ?」
「ごめんごめん」
パタパタと可愛らしい足音がした。
それが東雲のものだな! とわかってしまうあたり俺も重症かもしれない。
「文香ちゃんだ」
うん、こいつも
「急がなくてもいいんじゃねーの?」
「でも、二人とも待ってる……よ?」
諫早が後ろからやる気なく東雲を追いかけているのが声からわかる。
「遅れちゃった……待った?」
「おお、おかげで最上に襲われてたよ」
「うん、おかげで西下を打倒できたよ」
二人で茶化す。
「は〜テスト疲れた。終わった終わった」
「あんたいうほど本気出してないじゃん西下」
「西下くん、大丈夫?」
「たかがテストじゃん?」
諫早と最上が軽く流す中、東雲が本気で心配そうにこちらを見てくる。
持っていた本で口元を隠して、少し目をそらして伏せながら、ぽつぽつと心配の理由を述べる。
「いや、そのそうじゃ……なくて……西下くん、なんだか忙しそうっていうか」
「ん?」
「テスト以外のことで、なんか考えすぎて……ない? テスト勉強してるよりも、なんだか今の方が、大変そう」
そうか、東雲にはバレるのか。
ワザと、手薬煉のことを考えないようにしていたってのに。
いや、心の奥底では考えないようにはできないんだろうな。
だから気がかりなのにモヤモヤとしたまま放置したから疲れていたのだろう。
元来、気になることは考えていた方が気楽な性分なのだから。
「いや、ちょっと気になることがあっただけだ」
「あんまり、無理しないでね……?」
天然モノの女子の武器を振りかざして、最上よりもよっぽど強い攻撃を与えてくる東雲に、テンカウントしても立ち上がれずノックダウンしたい気分になるのであった。
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