第四章 テスト明けの棋士

第46話 プロローグはセクハラを添えて

 諫早とも関わりをもてて、一番喜んでいるのが東雲という事実。

 おかしいな。男女比的には男子一人に女子三人なんだから、羨まれる構図ではあるんだけどな。

 もはや東雲が中心だ。

 いや、いいよ。今回のことで諫早も魅力的な人間だなあとは思ってるし。何より東雲の喜ぶ顔が見れるなら。むしろ東雲が喜ぶなら俺らとしては一番だろう。

 だから諫早はもう少し、俺と最上にも心開いてくんないかな。

 東雲、知ってるか? 諫早が俺たちに向ける目は不審者を見るそれと同じだぞ。東雲がいなけりゃ東雲の話しかしないだろうな。

「なんつーか、諫早は不器用だよなあ……」

 昼休み、昼食を食べ終わった教室でそんなことをぼやいた。

 机に肘をついてぼんやりとしながらだったから独り言みたいなものだ。東雲はお花を摘みにいっている。もちろん諫早もいない。

「私ってさ、不器用そうな子、好きなんだよね」

「お前は器用っぽいもんな。だからだろ」

「そう、かなあ? 私は自分では不器用だと思ってるんだけど」

 自己評価と他人の評価。

 後者の方がよく重視されているが、俺は別にどちらも間違いではないと思う。だって誰もが考えていること、してきたこと全てを公開しているわけではないだろう。

 相手に見せていない内側で、実は最上がすごく不器用な人間だったとしよう。驚きはすれど、それで最上に対する好意が変化することはない。

 悪意をもって隠していたならわからないが、それとはまた違うだろうし。

「ところで、中間テストだね」

「来週か」

「で、その一ヶ月半後に期末だけどね」

「スパン短えよ」

 五月半ばに中間テスト。

 七月序盤に期末テスト。

 期末が終わるとすぐに夏休みだ。

 一ヶ月半に一つ一定期テストがあるのは、一学期が三、四ヶ月ほどしかないから当然か。

「勉強してる?」

「してない」

「大丈夫なの?」

「まあ、赤点にならない程度にはなんとかするつもりだ」

 うちの高校では赤点は平均点の半分となっている。

 平均点が六割なら三割。そう聞くと緩いが、模試で八割取れる人間が五割を平気で叩き出すようなテストだ。なかなか厳しいものもあるか。

 もちろん科目によっても取りやすさがまるで違うし、個人差も大きい。

 一概に「○○だから落とす!」っていう決まりはない。

「ふっふっふ。西下くん、君もまだまだだね」

「なんで探偵が助手を試したみたいなノリになってるんだよ」

「その場合は推理パートは『さて』で始めるお約束でしょ?」

「どこの社会不適合大食い探偵のお約束だ」

 古今東西というか、ミステリにおいてもよく使われる導入ではあるのかもしれないけれど。

「で、勉強会がしたいって?」

「うん。言ってないけどそう」

 それはまあ、したいよな。

 ファミレスで集まってとか、誰かの家にお邪魔してだとか。ジュース飲んだりしながら問題のわからないところを聞きあったりするんだろう?

 やってみたいに決まってるじゃねえか。

「まず文香ちゃんを誘う」

「誘う」

 最上が計画を頭の中で立て始める。

 俺もその計画にのっかってみる。

「文香ちゃんをダシに諫早さんを釣ろう」

「釣ろう」

 二人でうむうむと頷いた。

 すると、示し合わせたように東雲が戻ってきた。

 丁寧にハンカチを出して拭いているあたり、実に育ちの良さを感じる。帰ってくるなり二人に注目を浴びて混乱している。

 そこで混乱に乗じて勉強会の話をしてみた。

 正常な判断ができまい。

 つまり、普段なら恥ずかしかったり別の原因が邪魔で受けてもらえないお願いだって了承してもらえる可能性が高いのだ。

 実際、東雲はというと、話を聞くとコクコクと首を縦に振っていて目を輝かせていたし。

「勉強会、かぁ……ふふ。私、初めて、なの……」

 と喜んでいたので大丈夫だろう。

 決して騙したわけじゃないのだ。

 東雲の初めてはいただいた。



 ◇


 さすがに第一回から俺の家はハードルが高い。

 お家デートはもっと諫早とも仲良くなってからだ。こう、家に来た諫早が「あの時とは逆だな……」って照れるぐらいに仲良く……無理だな。想像できない。

 焦ってはいけない。ゆっくりじっくり確実に、だ。

 とにかく、俺の家じゃなくて今回はこの近所にある図書館にするか、それともエイオンのフードコートにするかで迷ったのであった。

 喋りやすさと息抜きのしやすさでフードコートが優勢かと思われたが、意外にも東雲と最上の意見が一致したことにより図書館に決まった。


 そんなわけで土曜日、当日。

 我が市の図書館は――と言いたかったが、うちの市の図書館はちょっと歩いていくには遠い。隣町の図書館の方が近いし、しかも広かったりする。

 だから我が家では隣町の図書館のカードしか持っていないし、そっちにしかいかないんだなこれが。

 隣町の図書館はというと、市役所と一つになっている。二階が図書館とその他に分かれている。一階の駐車場が低い位置にあるため、歩いて建物に入るとすぐ二階だ。

 黒っぽい灰色のコンクリートにガラス窓がついていて、側面に壁面緑化の蔦が這っている。四角い無機質さにかろうじての緑は似合っていると褒めるべきなのか。

 今回もまた、隣町の図書館で集まることに異存はなかった。

 休館日は月曜だから、土日に活動する俺たちに何も関係がないことまで調査済みである。

「で、なんで私まで連れてこられたわけ?」

 図書館を前にして諫早が不満をたれる。

 バスやタクシーのために広めに取られた広場で不機嫌そうな女子高生がそこにはいた。

「つまりお前は自分の見ていないところで東雲の初めてが奪われてもいいということだな」

「あんたね……」

 諫早が一歩距離をとってジロリと睨む。

 さすがに本を読む東雲が完全に無知で初心ってわけもなく、諫早のそれを見て確信したのか遠回しに俺を諌めにかかった。

「あの、西下くん、もしかしてなんだか変なこと言ってない……?」

「もしかしなくても西下は変なこと言ってるから怒ってあげて」

「東雲に怒られたら凹むぞ」

「それって脅しなの?」

 サイドで最上と東雲が不穏な方向へと話を進めようとしている。

 そんな味方の背後からの追撃をかわしながら俺は諫早と相対せねばならないわけで。実に手厳しい。

「で、来ないの? 諫早」

「何しに来たの?」

「勉強会じゃねえか」

「別に勉強なんて一人ですればいいじゃん」

 ごもっともです。

 正論すぎてぐうの音も出ない。

 こんなこと言うから女子の友達が少ないんだよ。空気読めないとか、冷たいとか言われるんだ。

 いやね、俺とかが嫌いで突き放すために言ってるってのはあるだろうけどさ。

「諫早さん、私たちと勉強するのは嫌……かな? もしよければ一緒にしたいなって……でも、西下くんもちゃんと説明してなかったみたいだし……ごめんね?」

 やめてやれ東雲。それは反則だ。

 諫早がうっと目を逸らして「別に、そんなんじゃ……」とか「あんたのことが嫌いなわけじゃなくて……」としどろもどろになっている。それを見てさらに追撃をかけた。

「用事とか、あった?」

「別にねーし」

「よかった……!」

 わざと説明不足で強引に誘ったのは、諫早に「無理矢理連れてこられた」という形をとってあげたかったのだ。

 すると、素直に「来たい」と言えなくても言い訳ができるし、逆に本気で帰りたいときは「無理矢理連れてこられただけ」って帰るための口実にも使える。そもそも承諾していないから来ないことだってできた。

 正面から東雲にそんなことを言われて断れる奴がいるだろうか?

 いるはずがない。諫早は東雲に「お願い」された時点で敗北は必至。これで帰りたくても、今の状況で帰りたいなどと言えるはずもないだろう。わざわざ聞いた諫早ではあるが、勉強道具を持ってくるようには言ってある。

 だから勉強会そのものには支障はないはず、なのだが。

「ところで、みんな勉強道具を持ってきたか?」

「うん」

「持ってきた持ってきた」

「あんたが言うから一応、な……」

 ならいいか。勉強会に筆記用具とそれ以外はいらないだろうし。

 そしてそれぞれがカバンに意識を向ける。

「私は英語と地理……かな」

「数学の問題集、化学のもじゃーん」

「国語、あとは生物のやつだよ」

 三人の声が重なった。

 カバンの中身をそれぞれに確認しながら口より出たのは別々の教科の名前だった。

「えっ」

「……あれ?」

「あっ」

「なに?」

 確かに……指定はしてなかったか。

 全員バラバラとは、すごい偶然だ。

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