第44話 解決&真相
教室が騒然とする。
だが俺はどこかでこれを必然的だと捉えていた。
だってそうだろう?
有明からすれば、自分の靴が取られたことで犯人かどうかもわからない同級生が疑いをかけれているのだ。
俺たちの口論じみたそれも、そろそろ騒ぎになってきている。廊下を歩く生徒たちの話のネタになっていたりするかもしれない。
気がついた有明が飛んできても何もおかしなことではない。
むしろ、無関係だったはずの俺たちが諫早と衝突していることこそがおかしいのだ。
外から見れば、俺たちがなぜ衝突しているのかなどまるでわからないだろう。
有明からは、疑われた諫早が俺たちに責められている構図に見えているのではないだろうか。
だから半分、予想はできていた。
有明が休んでいたり、離れていてここに来れないパターンもあったが本日有明が来ていることは事情を聞こうといった時点で見に行っている。
だから残りの半分は、有明が気がつかない程度に周りに疎い鈍感な人間であるか、もしくは気がついても見て見ぬフリをするほどには弱かったり、悪意ある人間だった、という可能性だな。
その点は俺たちが人伝に聞いた評判と行動から予測するしかなかったので運任せだった。
別に、来なかったら来なかったで全然問題はないのだ。来てくれた方が、いくらか手間が省けるってだけで。
「諫早さんの噂は誤解なの!」
有明は同じように主張した。
諫早は喜ぶかと思いきや、その態度はむしろ俺たちに向けるそれよりもさらに冷たいものであった。
あからさまに睨みつけ、舌打ちをして完全に無視を決め込もうとした。
「諫早さん……」
有明はそれに反感を示すどころか、むしろ痛ましいものを見るようであった。
物憂げな声に合わせて、肩から丁寧に編み込まれた髪がこぼれ落ちる。
「ねえ、有明さんはどうして、ここに来たの?」
質問は東雲からだ。
俺や最上が聞くと、「邪魔だから帰れよ」みたいなニュアンスになりかねないので、こうして聞いてくれると都合はいいか。
「いや、だって諫早さんが……」
「濡れ衣きせられて三人に責められてるって聞いて?」
「うん、なんだ濡れ衣じゃないってわかってるんだ。……あれ? でもじゃあどうして?」
有明は混乱している!
とゲーム風に言ってみたところで事態は変わらない。
状態異常回復の魔法はいらないけれど、説明は必要ってところだ。
「あの、私たち、別に諫早さんが犯人って思ってないの……」
「そうなんだ。私ったら勘違いして……ごめんなさい」
「いや、いいよぅ……」
この二人、何か気が合いそうだな。
やりとりでもテンポがあってるし、雰囲気も近い気がする。何より、諫早とは全然違うタイプでありながら好印象を抱いているところとか。
「……はっ、なんであんたは出てくるかな……」
間違ったことはしていないはずなのに、全員に歓迎されていない雰囲気と勘違いしていたという事実。
自分がここにいる意味さえ見失って、どうしようかと迷って目を泳がせている。
そろそろか。
「ちょうどいい。俺らは有明にも話を聞きたかったんだ」
「そー。諫早さんの後で有明さんのところにも行こうと思ってたんだよ?」
帰ることさえ選択肢に浮上してきたタイミングで発言権を得たことで有明は危機一髪といったところか。
最上のフォローもあってか、少し落ち着いたようだ。
「で、あんたが話しちゃ意味がないんじゃないの?」
「ううん。もういいの。ちゃんと話したい」
「はぁ……好きにすれば。あんたの事情だし」
どうやら、諫早は既に何かを知っているようだ。
諦めたように無関心を決め込んだ。
もしも諫早が、この噂を終息させることを望んでいなかったなら。
自分の意思で噂を否定せずにじっと耐えていたとすれば、これまでの不自然な広まり方にも少しだけ納得がいく気がした。
いつまで経っても諫早からのアクションもなければ、諫早の評判が決定的に落ちる気配もない。
そんな状態は流している側からすれば面白くないだろう。
証拠も何もない噂では、同級生の総意をまとめるには少し足りない。
だが一定数は信じたようで。まことしやかに囁かれるその噂は「本当かどうかはわからないけど」と前置きされて流れることとなる。
よくある勘違いされキャラならそれが流されて半年とかで、真相を知るキャラの口から聞くんだろうけど……判明まで早いな。俺たちが原因なのは確かだろうが。
「もしよければ話してくれる?」
「えっと、犯人は、犬、なんだよね……」
「イヌ?」
「そう、いぬ」
周りはもう状況への介入や改善への姿勢ではなくなっている。何があったのかを聞くモードだ。
それにしても犯人は犬、か。
そういえば以前、東雲が体育の時間に犬がいるとか言ってたって最上から聞いたっけ。
又聞きのあれだからあまり実感はないが、うちの高校に犬がうろついているというのは本当のことなのだろう。
そうして有明の口から真相が語られはじめる。
何から説明されたかというと。
時系列的にはまず、有明がみんなに隠れて学校敷地にいたイヌの世話をしていたことからだろうか。
本当は良くないとわかっていたし、バレて色々あるのが怖くて一人でこっそり遊びにいってエサを与えていたらしい。
最近では向こうもかなり懐いて……ってここはイヌの惚気もあるのでスルー。
で、あの日前後は少し構ってやれていなかったのだとか。
寂しくなったイヌは匂いを頼りに、高校の昇降口で有明の靴箱を発見する。
普段ならばその発見もただの発見で終わったことだろう。
しかしあの日は不運なことに、有明が靴箱に鍵をかけ忘れていた。
大好きな有明の匂いがついた靴を自分の宝物と認識して隠した、というのがまず有明の靴がなくなるまでの経緯だという。
じゃあ何故、有明の靴を取ったのがイヌだとわかったか。
実は有明に先生が靴を返しに来た時、見つかったのは片方だけだったという。
しかしその靴があった場所と、土とイヌの毛などで汚れたそれを見た瞬間、ことの真相が有明にはわかってしまった、と。
イヌがいつもいる場所にいくと、もう片方もきちんとイヌが隠して持っていた。
そこでようやく有明は靴を取り返したのであった。
ここで問題が発生する。
誰かに靴を盗られて隠された、なんて勘違いで周りを疑心暗鬼にさせたくないと思っていたが、イヌが犯人となるとそれもまた誰かに言うのは憚られる。
迷っている間にあれよあれよと諫早が犯人へと仕立て上げられてしまった。諫早に冷たくあしらわれ、東雲を誘いそこねた男子によってやや悪意のある解釈が流されたのだ。
慌てた有明は諫早にだけでも、と事情を説明した。
『ごめんなさい! 私のせいで嫌な思いさせちゃって!!』
『いいよいいよ。あんたには悪気もなかったみたいだし。それに大したことじゃないし』
『今からでも本当のことをみんなに話してくるから』
『やめときな』
ここでペコペコ頭を下げて申し訳なさそうに事態の解決を目指そうとする有明に諫早が提案したのは現状維持だった。
有明は犬が周りの生徒や高校の教師にバレるのが怖い。
諫早は別に悪評を気にしておらず、有明が謝ったことでもう完全にどうでもよくなっている。
どうせそんな噂は時間が経てば消えるし、消えなくても困りはしないと諫早は噂を放置することに決めたのだ。
それは、罪悪感はあるが確かに有明にとってもベターな選択肢だった、
そうして、今があるわけだ。
諫早は否定せず、犯人は見つからず。
「だから、本当に諫早さんはなんでもないの」
そう有明が締めくくったことで、諫早に向けられていた目は随分柔らかくなった。
多分すぐに、あの噂も否定されていくだろう。
不確定な疑惑よりも、当事者の証言がある美談の方がみんなも話しやすいだろう。それぐらいの良識ある同輩だと信じたいところだ。
あの男子三人が肩身狭くなるのかな、と考えると当事者でもないのに胸のすく思いである。
当事者である諫早と有明はそろそろあの男子のことさえ忘れてそうな感じはするけどな。
噂まで流して存在主張したのに、眼中外すぎて不憫にさえ思える。同情はしないが。
「よかったね、諫早さん」
「みんなもこのことは内緒にしてくれると嬉しい、んだけど」
大丈夫だろうよ。
みんながみんな、犬がいるからといって探しに行くわけじゃないだろうさ。
問題は先生にバレないかってところだろうけど……多分、先生も気がついてるんじゃないかな。靴に犬の毛がついてたって言うし、靴が隠されたってのに呑気に片方だけ返して有明を詳しく追求するわけでも、靴を知らないかと生徒に呼びかけるわけでもない。
普通ならホームルームで聞くなりなんなりするはずだ。
それをしないということは、犬がそもそも野良ではないか、もしくは先生方が黙認していて有明にも聞かないことで黙認したというところだろうか。
そもそも誰が見つけたんだよ、と思っていたけど案外先生自身が犬が咥えているのを見てたりしてな。
野良なら保健所に連れていけよ、というのはさすがに空気が読めていない意見か。
ま、これでわかったことは諫早がたいして仲良くもなさそうな女子生徒の犬を想う気持ちを尊重して悪評を被るぐらいには漢気のある奴……ってことなんだが。
「ま、誤解が一つ解けたところで」
「なに? まだ何かあるわけ?」
「ここで言われるのはさすがに嫌だろうから、答え合わせをしたいしまた明日の昼休み、来て欲しい場所があるんだよなー」
終わったのは有明の事件であり、俺たちと諫早の話はまだ一段落してないってことだな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます