第43話 いざこざと推測
諫早からの心証は良くない。
良い順番でいくと、東雲、最上、俺だろうか。東雲が頭一つ抜けているように見せかけて、俺が遥か下にいる。
そんな状態で会いに行けば当然――
「なんなの? あんたたち」
――こうなるわけで。
昼休み、ちょうど今日は教室で食べていたため尾行の必要もなく話しかけることができたのはいいが。
俺たちの方を見るどころか、食べるのをやめようともしない。
「お前に話がある」
「私にはないんだけど」
「ここで話すのがあれだから、食べ終わったらでいいから人の来ないところに――」
「行かない」
取り付くしまもない。
これは、彼女なりの防衛反応なのだろう。
「じゃあいいや」
そうやって諦めてみせると、諫早は拍子抜けしたように食べる手を止めた。手に持っていた箸からポロリと煮っころがしが落ちた。
いや、そんなに衝撃かよ。顔に出すぎ。わっかりやすいな……もはや素直すぎて可愛いぞこいつ。
「じゃあいこうか」
「ちょっと待って。やっぱり話ぐらいは聞いてあげる」
「いや、そんな。無理矢理聞くほどのことじゃないんだ。多分お前よりも聞くのに適任がいるしな。たとえば有明、とか」
有明、という名前に諫早が過剰に反応した。
目に動揺の色が浮かび、それを隠すように口を噤む。
もし諫早が何も知らないのであれば、ここでどうして有明の名前が出てくるのかと尋ねたことだろう。それを何も聞かないようにしたことが、逆に知っていることを雄弁に語っている。
つまり、現在の噂ぐらいは知ってると見て間違いないだろう。
「……ちょっと待って、有明さんは関係なくない?」
そして気がついた。何も言わなければ有明の関与を認めていることに。
そしてせめて話の矛先から外そうと試みる。一拍呼吸を置いて振り絞るように、有明の名前が出ることを否定した。
だが無駄だ。その言い訳はただの墓穴だ。
「えーなんで? 私たちの話したいこと知らないのに、有明さんが関係ないとかわからないでしょ?」
ほら。最上に拾われる。
いやらしい聞き方だ。俺みたいに察してそれを突きつけるのではなく、気がついていない設定で相手を縛る。
ここでどこまで諫早が通すか。
「いや。あんたらの聞きたいことって私の噂のことでしょ? じゃあわかるよ」
堂々と、なんの小細工もなしに正面から突っ込んできた。下手な探り合いなんて面倒だと言わんばかりだ。そして多分それが諫早の答えであり、やり方なんだろう。
最上はそれに少し目を細める。何事もなかったかのように一瞬にしてその目をやめた。笑っているかのようで、眩しそうなその目を。
「あのね、えっと私たち、諫早さんの誤解とか解きたくって……」
東雲は俺と最上の追撃が作った冷戦の空気に耐えられなかったらしい。
恐る恐る態度を窺うようにして、ことのあらましを説明する。
「そんなこと頼んだ?」
「ひうっ!」
東雲敗退、っと。
今までかろうじて普通に対応してくれていた相手からあからさまに拒絶の態度をとられれば怖いよな、そりゃ。俺は慣れてるからいいとして。
ここで諫早は今回は東雲を俺たち側として見なすらしい。これについてはどうでもいいところはあるが。
「わかってるならさー関係なくない?」
「そもそも、有明は被害者でしょ?」
「だから?」
「私が犯人なら、ここに本人がいるなら確かめればいいじゃん。犯人じゃないなら噂を流したのはあの子じゃないんだろうからあの子に聞くのはかわいそう。なんか変なこと言ってる?」
「変じゃないな」
変じゃないことが変だよ、諫早。
理詰めで、理屈で物事を言ってくれるのはありがたいし反論もしやすいが。
そいつが靴をなくしたことで自分が犯人扱いされているそんな状況だ。どれほどの人間がその相手の立場になって配慮した物言いを出来るというのか。ましてやそこに恨みつらみの一言も混ぜずに、だ。
決して相手が悪くないとわかっていてさえ、嫌味の一言でも言ってやりたいものではないのか。
もちろん、負の感情を持ちづらく、優しさと清らかさに溢れるような女の子ならば別だろう。もしくはそういうのを目指して表向きはそうあろうと頑張っている子なら。
だが目の前の諫早は少なくとも、俺たちを遠ざけるためや拒絶するためにぶっきらぼうな態度をとれる女子だ。初対面の相手には警戒もするし、嫌なことは嫌だと態度に出すことを躊躇はしないだろう。
だから、外面とかとは別に諫早の中に何かしら理由がある。そう見えてしまう。
「で、何を隠したいんだ?」
とりあえず、小細工が嫌いそうな諫早なので俺も直球で聞いてみよう。
東雲が一歩下がって俺の服の裾を掴んでいる。それはどっちだ? やめて欲しいのか? それとも不安か? ただ単に諫早にビビってるからか?
最上が気づいて頭を撫で出した。
子供扱いしないで、と東雲がそっぽを向いて少しむくれる。
なあお前ら、イチャつくなら別の機会にやれよ。なんでこのシリアス詰問回開いて時にやるんだよ。
「それをあんたに言う必要はあんの?」
売られた喧嘩は買うよとばかりの挑発的な回答に、そろそろ周りもその険悪っぽい雰囲気を察しはじめた。
近くで食べていた男子生徒が二人、白々しく飲み物が欲しい、俺もなどと連れションでも行くかのように教室を出ていく。
女子が三人、少し距離をとった。
本当にお前らって「触らぬ神に祟りなし」みたいな温厚な人種だな。
誰か必死に喧嘩はやめろよ!とか言って入ってこないのか。
きたら面倒くさいからやめて欲しいけど。
「必要ないことは話さないって? 別にお前を疑ってるわけじゃないんだ。だから聞いてるんだけどそれも許されない?」
「私は話したくないって言ってんの」
「別に俺こそ変なことは言ってないと思うんだけど、何で怒ってんの?」
「いきなり来て、隠しごとないかって聞かれたら怒るでしょ」
あからさまに煽る。
ご本人はまだギリギリ冷静さを崩さない。
時折東雲に目が向けられている。
それはどの意味だろうか。東雲に意思を問うているのか。それとも何かを確認しているのか。
東雲はそれに反応を返さない。
気がついていない……いや、これは気がついていて反応を返していない、のか?
これは東雲の意思だ。手段はどうであれ、諫早が無実ならそれを証明したいというのは東雲自身が出した答えだ。
ならそれを撥ね退けるだけのものを諫早は出せない。
東雲を見ていて、以前の会話が断片的にフラッシュバックする。
そして諫早の行動の意味に仮説が立った。
「へー……そうか」
「なに?」
知られたくないということはつまり、どこまでを知られるのが困るか試せば、わかるってことか。
少しずつ、人が遠巻きにだけど様子を見ているのがわかる。
ここで語られたことはもう、次の日には噂のタネになっていることだろう。
「この前会った弟さんと妹さん、双子なんだってな」
「それがどうかしたの?」
「いや、片方がこの前少し病院に行ったとかって」
本当は、この札は切りたくなかった。
東雲相手にマナー違反すれすれだったからだ。人から聞いた話を本人に返すのは愉快なものではない。
だが必要だと思った。少なくともあの日、家に行った時の会話の情報だけでは難しかった。
「お前が早退したあの日、本当はなにをしていたのか、当ててやろうか?」
これはいわゆる脅しである。
言外に含めたのはまず「みんなの前で」という状況。
俺がここで話せば、諫早が否定したところで聞いた人の判断に委ねられる。そう、靴が盗まれた犯人が諫早ではないかという噂が状況証拠だけであっさりと流れてしまったように。
もう一つ含めたのは、上の状況からこれを言ってしまえば諫早の犯人説が否定され、普段作り上げてきた諫早自身のイメージが壊れるだろうし、それに隠そうとするそれら全てが台無しになるぞ、というものである。
諫早に前から違和感があった。
けれど、双子の妹、弟に出会い、東雲に話を聞いてつながった気がした。
諫早が早退したことが、病院に連れて行かれたと電話で聞いて迎えに行くためだったとしたら。
髪を染めているのは、そういうことを誰かに根掘り葉掘り聞かれるのが嫌で、「サボっても当たり前」なキャラクターを演じていたのだとしたら。
そう考えると、諫早の不器用さもあり、ようやく答えが見えてくる。
あくまでこれは、俺の想像に過ぎないが。諫早がそれら全てをどうでもいいと考えていたとすれば、ここで「だから?」とあっさりと返すだろう。
最上はニコニコしたままだ。なんて女だ。
東雲はやっぱり不安そうだ。さすが天使。
「あんたさ、喧嘩売りにきたの?」
ようやく立ち上がり、俺を見て詰め寄った。今にも胸ぐらを掴みそうな勢いである。
ここでようやく、誰かが先生を呼んだほうがいいか直接止めに入るかなどという雰囲気になってきた。
「つーか西下ってあんなやつだったっけ?」
「知らないし。そんなに西下のこと知らないから」
「東雲さんかわいそう。絶対あそこ怖いんだけど」
そうしてしばらくにらみ合いが続く。
だが事態は思わぬ方向へと進む。
入り口で固まっていた集団を押しのけて、教室に静寂を破りながら駆け込んできた女子生徒がいたのだ。
先ほどまで俺たちに集まっていた注目がそちらへと向いた。
俺と諫早と、東雲と最上もまたそちらを見た。
「有明……」
誰が言ったのかはわからない。
少しふわふわした感じの女の子だった。こう、花でも育ててそうな、そんな感じの雰囲気の。
「諫早さんは悪くないの!!」
そして無実を証明せんと叫んだ。
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