第42話 聞き取りとか

 諫早が人の靴をとったのではないかという疑いがかけられている。

 もちろん、俺は諫早がそういうことをする人間だとは思っていない。

 人を見る目には年齢平均よりは高い自信があるし、何よりこれは俺一人のものではなくて、同じ人間を観察してきた二人とも共通している意見でもある。

 だが物を盗むような人間ではないことと、実際に盗んではいないことと、そして周りに盗んでいないと納得させられることは全て別物だ。

 だから、この問題を解消するなら客観的事実から彼女の疑いを晴らさねばならない。

 それでいて解決のためには、感情面からもその疑いを晴らす必要がある。

 もちろん、諫早が盗みを行っていないことが前提だが。

 諫早が行っていた場合はそれぞれの傷が浅く済むように終わらせたい。


「ってわけだ」


 事件の概要を語り終えると、二人は悩んだ。

 そもそもが管轄外だからだ。

 一人相手にじっくりと近寄りつつ、その印象を操作する方がずっと楽だ。

 集団の認識を、短期間で変え、無実を知らしめる必要がある。

 これまで俺たちは諫早の誤解をとく方向で話を進めてこなかった。


 情報を整理したい。

 まず、靴がなくなった。これは事実だ。オーケー。そしてそれが諫早の早退日とも同じ。そしてそれが見つかったのが、ついこの間。だからこの数日で噂が流れている。


 ではそれがバレた経緯は?


 俺たちは、情報をより深く集めることにした。

 東雲は図書館で。

 図書館は本を読むところではあるが、だからこそ人の口が緩む。トイレとかと同じだ。噂話を聞くには非常に都合がいい。

 もちろん、親しくない相手に話しかけにいくことが得意ではない東雲に、話しかける必要もない、自分のホームでの担当をさせたかったということもある。


 俺は男子で、最上は女子を。

 ここでのコツは、最初から「俺、全然知らないんだけど全部教えてくれない?」と当たらないことだ。

 一見、どんな些細な情報も逃さないようにする方法にも思えるが、高校生の噂話や世間話においてこれで正確な情報は得づらい。

 何も知らないと聞くと、相手はそいつを「無関係な相手」もしくは「その噂を聞いてはいけない相手」ではないかと思うことがある。何らかの形で隠していた場合、話した自分が責められる。

 だから、面倒くさくなる。

 そもそも、人が疑われている噂などというものは、親しい間柄だからこそするのであってむしろ親しくない相手には躊躇われるもよである。

 適当に、「そんな知らねえよ」と概要だけ語られて誤魔化されてしまうだろう。

 話したくないようなものは、話したくなるように仕向けなければならない。


「おい、知ってるか?」


 だから、こっちから呼びかける。

 相手はつい先日、教科書云々で巻き込んだ鳶咲である。鳶咲はバトミントン部に所属するくせっ毛が特徴的な男子である。頬にうっすらとそばかすがある。


「え? 何がだよ」

「諫早の話だよ」

「あ、ああ」

「靴、なくなったんだってな。それで疑われてるって。お前はどう思ってるんだ?」

「いや、別に本当かどうかもわからねえし……」

「そうか」


 すごく仲が良いわけではない。だから話しかけられたことには驚いている。

 鳶咲は実に手頃な相手だ。ちょうど、諫早に関するエピソードを共有しており、その話題で話しかけることに違和感がない。

 そしてこう呼びかけることで、知らないと言わせにくくする。

 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥というように、人は自らの無知を認めたくはないし、晒したくもない。

 知っているなら知らないとは答えたくないだろう。


「あれって靴なくした子……あーえっと」

「確か有明、だったかな」

「ああ、そうそう。で、その靴の話をバラしたのは誰だっけ?」

「なんかさ、そいつに話しかけていた男子どもがいたんだってよ。そいつらが話しかけている最中に先生が靴が見つかったから取りに来いって有明に言って」

「へー。で、そこで根掘り葉掘り聞き出した、と」

「そういうことだな」


 そのおとなしい子に強引に声をかける構図はどこかで見覚えがあった。

 男子ども、と複数形で語られること。

 そしてわざわざ、諫早に結びつけるまでに至ったこと。

 それらが点でつながった気がした。



 ◇


 それからもう数人に話を聞いた。

 そして情報を三人で持ち寄る。

 それぞれ、聞いた話を出してきて、お互いにわからないことを尋ねあって補足する。

 そこからわかったのは、


「じゃあ今回、諫早の噂の発信源は」

「私に声をかけてきた男子、だよね……」

「だね」


 三人が同じところに目をつける。

 あの男子たちはあの日、遊びに女子を誘っていた。



「えっと、その……あまり疑うのとかって……好きじゃない、んだけど……」

「東雲、疑うことと信じることにあまり大きな差はない」


 もしも、感情だけに頼って相手の行動を決めつけるのならば。

 信じることと疑うことはそういうことだ。

 俺が今も、諫早が靴を隠したと思っていなくてもその可能性を外しては考えていないように。

 だから一度も「あいつはそんなことをしない人間だ」と口にはしなかった。もちろん「盗んだんだろう」とも口にはしないが。

 二人の前だから、そして俺の感情面において諫早がしていないことを前提に話を進めるのは許してほしい。

 現状での推測としては、諫早に妨害されて負の感情を持っていた男子三人が偶然それを知ってこじつけたと考えているのだから。

 それでもまだ、わからないことがある。

 有明の靴が隠され、そして出てきた理由だ。

 靴がなくなったのは諫早が彼らを止めるよりも前で、その頃から仕込んでいたとすれば諫早に恨みを持っての行為である可能性が低くなる。

 むしろ、有明に恨みがあってそれを諫早になすりつけたと考える方が自然である。

 いや、待て。有明は普段靴箱に鍵をつけている。

 ……もしかして、偶然か?

 靴を盗んだ輩がいるとすれば、偶然あいている有明の靴箱を見つけて出来心でってことになる。

 ならば、それさえ証明すれば――いや、まだそもそも盗まれたと限ったわけでもない。可能性は広く考えろ。間違って履いていったとかそういう不幸な事故ってこともある。


「文香ちゃんさ、信じてるなら誰も悪くない不幸な事故だって証明すればいいじゃん」


 随分と前向きに言い換える。

 行動としては疑おうが信じようがさほど変わらない。

 もしもこれが、諫早と俺たちの仲がもっと良ければ励ます、慰めるという選択肢も出てきたかもしれない。

 だが今は違う。

 慰めてやれるほどに、近づけてはいない。

 可能性があるとすれば……


「えーっと……なに?」


 東雲を見てその考えを振り払う。

 こういうことは、言われてするものではない。

 何より、ようやく得た諫早の信用らしきそれを、俺の差し金なんてレッテルで失うのはあまりに惜しい。

 失望は取り返しがつきにくい。


 こういう時は、噂を掻き集めてしてもキリがない。

 尾ひれがついたり、逆に伝聞によりすり減った部分があるはずだ。

 本人たちに話を聞きにいきたい。


 本人たち、というのは三組いる。正確には一人、一人、三人といった組み合わせか。

 噂を流されている本人、諫早。

 靴をなくした被害者、有明。

 そして、噂を流した本人、男子三人。


「聞きにいくべきだと思うか?」


 それぞれに、考えはあるだろう。

 俺としては全員に聞きにいきたい。

 こういうのは、こじれて澱むその前にさっさと風通しを良くしてしまう方がスッキリしそうだ。

 だがそれはあくまで俺の考えで。

 二人の考えまで読みきれるわけではない。


「んー……いいんじゃない?」


 とは行動力の高い最上の意見。

 しかし、東雲は言いづらそうに口を開いた。


「私は……男子三人に聞きにいくのは、嫌、かな……」


 ふむ、そうか。わからないでもない。

 ただ俺は一つ確認しなければならない。

 東雲のそれが、個人の感情や先入観だけからくるものなのか。

 それとも何かしら考えるところがあるのか。


「それは、俺や最上だけでいい、東雲は待っててくれてもいいって言ってもか?」


 東雲は以前、彼ら三人に誘われている。

 その時に諫早に助けられてはいるが、苦手意識がないとは言えない。

 なるべく話しかけたくない、関わりたくないと思っていてもおかしくはないのだ。

 だからもしここで引くようであれば、先ほどの提案が苦手意識からくるだけの意見であって、それが諫早の現状を改善するための案にはならないかもしれない。


「ううん、えっとね……これは……もしもね、諫早さんのことを男子に聞きにいったら私たちが諫早さんのこと、何とかしようとしてるのがばれちゃう……かなって」

「ああ、そういうことねー。ごめん西下。私も文香ちゃん側に寝返るね」


 いや、理屈はわかるがこうもサラリと自然に鞍替えされると俺も反応に困るぞ。

 つまり東雲は、疑いたくはないが男子三人が何かしらの意図を持って噂を流した可能性を考慮にいれていると言いたいのだろう。その場合、男子三人に俺たちの行動が勘付かれるとあいつら三人が妨害行為に走らないとも限らない。

 すると噂云々より先に俺たちの外聞から潰されて動けなくなることだってありうる。

 まさかそこまでするか? とも思うし、そもそも短絡的に噂を流して放置している程度の奴らの妨害行為は俺と最上で先に論破して潰していけるとも思えるのだが。

 何はともあれ、東雲の話は理屈が通っている。

 わざわざいらないリスクをかぶることもないだろうし、男子三人が持っている情報なら靴をなくした有明でも持っている。あくまで公平のためにそれぞれの視点からの話を聞きたかっただけだ。

 意見も最上と東雲がそちらに傾いているのならば、俺としては文句もない。


「じゃあ、諫早から行くか」


 さあ、始めようか。

 推理パートならぬ犯人暴露大会だ。

 犯人の目星も、トリックの予想もつけないままに関係者に事情聴取といこう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る