第41話 容疑者
結論から言えば、東雲が俺たちから離れることはなかった。
そんな彼女の言動からかろうじて読みとれたことと言えば、諫早と仲良くなりたいという気持ちが俺たちと仲良いという前提、つまりは俺らありきのアプローチであったということだ。
しかしそれでも、東雲は諫早に人間としての魅力を、そして執着を覚え始めているのは明らかであった。
「諫早さんの弟さんと妹さんね、双子……なんだって。珍しいよね」
昼時の話題が一部……
「この前、ちょっと病院に運ばれて焦ったって……大したことはなかった、みたいなんだけど」
いや、多くが諫早関連の話題になったのだから。
俺たちはそれを嫌だとは思わなかった。
盗み聞きするのと、直接聞かされることはまるで意味合いも違う。その情報を知っていることに理由があれば、今後に使いやすい。
同時に、東雲が俺らに気を許しているという証拠でもあった。
内緒にね、という話ほど誰かに話したいものだ。諫早は内緒とは言わなかったものの、その情報を誰かにに話すことは望んでいない。そのことは東雲だってよくわかっている。
それでもなお、それを俺たちに話すことが、裏切りにならないと信じてくれているわけだ。
俺たちなら、他に漏らさない。
俺たちなら、諫早に悪意をもってこの情報を使わない、と。
どこまで、自覚しているのか。
それを自覚していないなら、わずかに東雲に危うさを覚える。
絶対ナイショね!というセリフにわかった、と約束しながら同じように念を押して話してしまうこの特有の心理に。
とはいえ、俺たち以外に話す相手がいるわけでもなし。
俺と最上が使わなければ、本当にただの世間話で終わるだけだった。
◇
東雲が図書委員でいなくなる日。
最上が久々に友達に誘われて学食へと向かうらしいので、俺は手薬煉と食べていた。
カレーパンと同じような揚げた生地でソーセージを包んだ惣菜パンを食べきる。口の中で舌にざらりとした衣のようなものの感触が残る。それをお茶で流し込んだ。
「ゲームでもする?」
そう言って手薬煉が取り出したのはトランプだった。
トランプは好きだ。
どれだけ様々な要素を取り込んだゲームが出ても、トランプが廃れないとかそういうこも気に入っている。
「じゃあ気楽にポーカーでもしようか」
「そう言って西下って色々同時に考えながら本気出すよね」
そういうものか?
大雑把な確率計算もせずに交換する奴はいないと思うんだが。
フラッシュを揃えるべきか、フルハウスを狙うべきかとかさ。
まあでも、心理戦とか確率計算とか言いながら素人レベルの何もかけずに役を揃えるだけならただの運ゲーなんだけどさ。
手薬煉が札を配る。
きたのはジョーカーが一枚とあとはバラ。俺は深く考えずにジョーカー以外を戻す。もう一枚ジョーカーを引いて、残りがバラだからスリーカード。
一方、手薬煉は2のワンペア。
その後、何度か繰り返す。お互い下りる選択肢はない。
俺がノーペアで、手薬煉がワンペア。
俺がフルハウスで手薬煉がツーペア。
スリーカードで引き分け。
十回やって結果は6勝で勝ち越しだった。
手薬煉は運が良くなかった。
堅実に、ペアは揃えてくるのに、大きな役がこない。
だから、俺が役を揃えられなかった時だけ勝った。
4回も揃えられない俺も俺だけど。
しかし腑に落ちないものがあった。
それは手薬煉がポーカーで挑んできたことだった。
手薬煉は将棋部。将棋部ではたまにこうして、将棋以外のゲームをしていることもあるらしい。だからトランプを持っているのはわかる。
だが何もポーカーじゃなくっても良かっただろう、と。
「まあ、運だな」
「そう、かもね。その運を上げることはできても、運は大きいよね」
ならば何故、ポーカーなのか。
運の絡むことの少ない、将棋やチェスの方が手薬煉の
「ポーカーってさ、ルールが単純じゃん」
ルールが単純。
その方がより多くの人に楽しんでもらえるからな。
「じゃあルールを複雑にしていって、それでも公平性を欠くことがないようにしていったら」
「運の要素は減るかもな」
「でもゼロにはならない」
逆に言えば。
ルールを大雑把に、ゆるく、単純にすればするほどに運の要素は強くなるとも言える。
チェスもルールは単純だけど、それでもそこには幾つもの強制力の高い決め事があって。
それに、チェスを神の頭脳、つまり全てを読み切る頭脳同士でさせれば先行後行により勝敗が決まる、先手が勝つか、引き分けるかの二つであると聞いたことがある。
強さの絶対値が同じならば、運が決めるのか。
否、全てを見通すゲームであってさえも、その手前にある先行後行決めに運が絡めば、運の干渉からは逃げられない。
「じゃあ……運を完全に排除したゲーム、ってのは面白いのか?」
「それこそ、現実っていうゲームじゃないのか? ルールなしなんでもありで全てが必然で運のない……逆に言えば主観的には最も運が絡むゲーム」
運は絡んでもいい。
いや、本当は運ではないのか。
人生という物語において、常にカメラは自分固定。知らない情報があって、その情報が自分に影響することを運と呼ぶ。
「西下は、そうは思わない?」
人生はクソゲーで、そして最高のゲームであるという。
もしも人生がゲームであるならば、そのクリア条件は何か。
多くのゲームはクリアすれば終わる。逆説的に、終わればクリアか。もしくはゲームオーバーか。じゃあ、死ぬときに幸せであればクリアで、不幸せであればゲームオーバーなのか。
それは随分と、曖昧な定義だ。
「それはどっちでもいいな。だって――」
俺はそういってトランプを片付ける。
「――勝負にのらない選択肢、ってのもあるからな。だとすれば、のったことが既に必然であり俺の意思だ。負けも勝ちも含めてな」
手薬煉はたまにこういう哲学的なことを言う。俺はそれが嫌いじゃない。
考えすぎてしまう俺に、別方向で考えさせるからだ。
それを俺は、トランプの勝ち負けはともかく楽しかった、と遠回しに伝えることで手薬煉に答える。
そもそもが、勝ち負けというものが実にルールに縛られた概念だからだ。
ふと手薬煉が思い出したように話題を振った。
「ところで、諫早さんとも仲良いの?」
多分これは、俺に言おうと思って温めてきた話題か。
思い出すきっかけがなかったからだ。
「どうした?」
「いやね、西下が諫早の舎弟にとかいう冗談が流れてたじゃん?」
みんながみんな誤解するわけではないか。
「それよりも、よくない噂が流れてて」
「それがどうして、俺の耳には入ってこない」
「舎弟はともかくとして、諫早さん側だと思われてるからじゃない?」
「それもそうか。で、噂ってのは?」
手薬煉が情報通なのではなくて、俺が交友範囲が狭くて疎いのだ。
そう自虐的な結論をつけて、聞く姿勢に入った。目を見つめ、体を前に乗り出して。
「諫早さんが物をとった、みたいな」
それは初耳だ。
根も葉もない噂ならば、流れて関係の薄い手薬煉にまで届かない。
ならば、どこかにそれを裏付けるだけのものがあるのだろう。
発言者とか、状況証拠とか。
「それはいつのことだ?」
もしも、最近も最近、つい二日前とかならその噂を否定するのはかなり容易だ。
ことあるごとに最上と俺と東雲は交代で諫早のことを見ていたのだから。
そういうことをする人間には見えないとか、そういう感情論じゃなくってそもそも盗んでいたのなら気がつける、という話だ。
「それが、あの日なんだよ」
「ん?」
「授業を早退した、あの日」
俺が諫早を見ていたあの日のことか。
携帯が鳴って、そして諫早が早退した。
当然、よく覚えている。
「あの日に、靴が片方なくなった子がいたんだってさ」
話に聞けば、その子はその日、鍵をかけ忘れていたらしい。体育の後で、靴を入れた後そのまま教室に戻ってしまった、と。
随分と不用心、とも言いたいが、東雲のように開けっ放しの人が多くいる中で一度鍵をかけ忘れた程度のことをことさらに責め立てるのはお門違いか。
で、靴がなくなっていることに気がついたその子は慌てて落し物やらで届いてないかを確認しにいった。
そうして、先生方の知るところとなった。
当初本人は、それを隠そうとしていた。
先生方にも、自分が勘違いしているだけかもしれないので大事にはして欲しくないと頼んだ。
先生はそれをイジメの類ではないか、と疑ったが、それはないと本人の否定と日頃の様子から何も追及はされず、その日は親に迎えを頼んだ、と。
「で、つい四日前ほどに、そのことがばれたわけ。靴をなくしたってことが。そんでその日が諫早が早退した日と一緒だってことが」
手薬煉がそう締めくくる。
四日前といえば、東雲が諫早に助けられた日、だったか。
何か引っかかる。
だがそれ以上に、嫌な予感しかしない。
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