第40話 ふたりで

 考えれてみれば、別に悪くないことだ。

 ハーレムを作ろうという、目的意識のある俺たちに比べ、東雲は現状、よくわからないまま付き合わされている形だ。

 強いモチベーションを維持できるのか。


 いや、俺と最上は別に「ハーレム」にこだわっているわけではないのだ。本質的には。

 物語のような青春、それも鬱展開もシリアスもなく楽しい青春を送るために理想を追っているだけだ。

 その結果として、好きな女の子と仲良くなろうという結論に至ったのは今でも少し不可思議ではあるのだけれど。


 俺たちは自覚しているから続けられる。

 じゃあ、東雲が諫早と仲良くなるのは俺たちが仲良くなるからか?

 それは何かが違うだろう。

 仲良くできない人間相手に"仲良く"を強要したくはない。

 ならば、東雲が先に仲良くなることは、俺たちにとって望ましい展開ではないのか。


 それなら、応援するべきか。

 環境を整えて、背中を押してやるべきなのか。

 それは東雲のためにはなるのか?

 人付き合いが苦手で、一人図書室で本を読んでいた東雲に新たな道を見せて歩かせてそれが本当に東雲のためにはなるのか。

 俺たちのためにはなる。そこは疑いようも無い。

 だけど、だからといって東雲のことを道具のように扱いたくはないのだ。


「何を黙々と悩んでんの?」

「なんで真顔の俺を見て悩んでるってわかるんだ」

「そりゃあまあ、西下が演技してない・・・・・・から?」


 演技、じゃないと言いたい。

 俺は楽しい時や嬉しい時に笑うんだから、演技ではないのだけど。

 しかし本質的には演技でもある。

 自然に動くのではなく、意図的に動かしているのだから。

 最上はそれをよく見ていた。


「まあ、そうだな」

「気晴らしに勉強の話でもする?」

「なんで勉強が気晴らしになるんだよ。ならねえよ」

「まあまあ。英語の話、なんだけどさ」


 そう言うと、単語を並べた本の一面を開いて俺に見せてくる。


「describeとexplainって描写すると説明する、なんだけどそれって結局一緒じゃない? どうやって使い分けてんだろうね」

「んー、それはあれじゃないか。特徴や実際にあって目に見えてるもの、起きてることについて述べるのが描写するで、経緯や理由とか形のないもの、目には見えないものがexplainとか」

「ふーん、そういうものかな」


 そう言うとパタンと単語本を閉じた。

 普段、自然に使い分けているそれらを意識的に使い分けるのは難しい。

 テストでどちらかを使わなければ間違いになるとすれば、頭文字とかが指定されているか日本語訳が説明と描写で分かれているとかそのあたりだろう。

 だから先生もわざわざ教えてはくれなかった。

 主張するの英語がinsistやclaim、assertと数多くの使い分けがあってもその使い分けに関して言及しないのと同じだ。

 使い分けを教えてくれるものなど、can、may、willとかそのあたりぐらいか。


「目に見えるもの、目に見えないものってあって、大事なものは目に見えないなんて言うけれど」


 最上は、自分の質問とその答えさえも俺に話す内容の導入へと仕立て上げた。


「私たちは結局、見えているもので判断するしかないのにね」


 最上が意味深なことを言うとき、そこには何かしらの理由がある。

 その全てを理解する必要性は感じない。本当に必要なことであれば、もっと直接的に言うだろうから。

 だが今回は、それがどこかに引っかかっていた。

 俺の悩んだそれに、答えを示してくれるようなそんな予感があった。


「……そういうことかよ」


 結局、東雲が仲良くなりたいなら勝手になってくれればいい。俺は俺で、最上は最上で仲良くなればいい。

 俺は東雲との関係が一段落ついたことで、東雲のことを身内として扱っていて、俺と最上と三人で仲良くなるものだとばかり思っていた。

 だけど、極めていけば四人の中で一対一の関係が六つ組み合わせられているのだ。集団四人ではない。それでいて、それぞれが仲良くあればいい。

 俺は東雲のことを、考えすぎていたんだろう。

 鈍感系じゃないんだ。見たまま受け止めても大事にはならない。

 東雲が仲良くなりたそうであれば、それは仲良くすればいい。それを助けてほしそうなら手伝ってやればいい。

 大丈夫。東雲は俺と最上のお墨付きだ。

 諫早ともきっと仲良くなれる。



 ◇


 俺の心配は何のその。

 東雲はどうやら、諫早の昼食場所を見つけたらしい。諫早は教室で食べる時もあるが、外へ出てふらっといなくなる時がある。そういう時に食べるスポットがあるらしい。


 この子にはラブコメの神様がついているのか。俺にも是非分けて欲しい。

 そこで東雲が、俺たちと諫早のどちらと食べるかという板挟みにあうであろうことが予想された。

 信頼関係的には俺たちで、だが一人で食べる諫早を放っておけないのも事実。

 かといって、俺たちを連れていくべきなのかも迷うのだろう。

 ハーレム、などとは言っていたがそれをどのように捉えているのか。


「西下くんと、綾ちゃんは諫早さんと仲良くなりたい、の……?」

「そうだな」

「うん」


 遠慮がちにそんなことを聞いてくるのは、だからだろう。


「えっと、その……諫早さんがお昼ご飯食べてる場所、わかったんだけど、その……」

「場所のことを誰にも話すなって言われたとか?」

「えっ! ……なんで、わかるの……?」


 まあそこは、お約束というかなんというか。

 一人で教室から離れて食べてる人間が、それを目撃された時の行動パターンの一つといえば……そう、口封じだ。

 そして東雲は、秘密を共有したことで諫早とまた一つ近づいた。

 なあ、そのポジション、代わってもらえないだろうか。


「そうだな、俺は今日はやりたいことがあるから東雲と最上は別で食べといてくれ」

「あ、私もーごめんね! 文香ちゃん」

「えっ? そ、それなら……」


 断るのは申し訳ないし、俺たちと食べたい気持ちもある。だが諫早を見にいきたい。

 俺と最上が諫早と仲良くなりたいという以上、それをすると抜け駆けしているような気分にもなる。

 複雑そうだ。


 なら、俺たちの口から断り、そして勧めればいい。

 そうすれば罪悪感もなく東雲は諫早のもとへと行くことができる。

 俺と最上が口裏を合わせる際に、それぞれ独立した答えを返した。よって東雲は、それを結びつけにくくなる。偶然、二人の用事が被ったのだと思うことだろう。


「うん、いいよ。いってきてー」


 明るく笑って最上も送り出した。


「そ、それなら仕方ない、かな? じゃあ私、今日は……違う場所で食べるね」


 そう言って、自分の教室に戻っていった。

 俺たちが用事があるからといって、別に違う場所で食べる必要はなかったのだけれど。

 これで今日の昼休みは、東雲はいつもの教室には来ないだろう。そして向かうはずだ。諫早のいる場所へ、と。


 そして昼休み。

 俺と最上は東雲の教室を覗いていた。

 東雲が一人だけ、いそいそと昼食を持って出て行く様子が見られた。

 同時に、うちのクラスからも諫早が出ていった。

 お前らは付き合いたてでみんなにバレるのが恥ずかしくて逢いびきするカップルかなんかか。

 友達関係ですら、その初々しさに突っ込みたいのを堪えつつ後を追う。

 これはおそらく東雲の一方通行である。


「さあ、出歯亀です」

羽亀はがめです」

「やめてあげて。今回羽亀くんは悪くない」


 羽亀とはうちのクラスの男子である。

 恋バナが好きで、すぐに人の恋愛話に首を突っ込んでくるからそのあだ名がデバガメ。

 名は体を表すというが、よくもまあそんなうまいこといったもんだと感心する。


「諫早さんは先に行ったみたい」

「歩くの速いし、きびきび動いてみんな避けるからな」

「一方、文香ちゃんはあちらこちらでわたわたと……可愛い」

「同感。あれが見られるだけでも今回来て良かった」

「まだ早いから。諫早さんも出てきてないのに」


 そうこうしているうちに、東雲が止まった。

 人の寄り付かない、武道館横の駐車場側にある非常出口の前だった。

 その視線の先には諫早がいた。無愛想に一人でコンクリートの段差に座っていた。非常出口を背にしている。

 家から持ってきた弁当に、どこで買ってきたのかいちごオレをつけている。


「秘密にしてって言ったでしょ?」

「ここで諫早さんが食べてることは、誰にも言ってないよ……?」


 そう、そういう手が使える。

 だんだんと東雲も強かになってきたか。

 俺たちに諫早が食べる場所を知っていることは教えた。

 しかしその場所を教えていないからセーフ。

 今回はここに来ただけだからセーフ。

 とまるで重箱の隅をつつくように重ねていく。


「……あんたは……いいよ、座れば」


 そう言って自分の隣を示した。

 俺たちは遠回りして、武道館の裏口に中から回った。

 すると、俺たちと諫早、東雲はお互いに見えなくなる。

 しかし声だけが一方的に聞こえる。


「あんたさ……暇なの?」

「今日はね、西下くんと文香ちゃん、なんかすることがあるんだって」


 嘘はついていない。

 東雲と諫早の行く末を見守るという大事な役目がだな。


「ねえ、西下……私たちが出遅れて、文香ちゃんがこのままずーっと諫早さんにべったりになったら……どうする?」


 それは、確かにあるかもしれない。

 付き合いは、気持ちは時間じゃない。

 俺も最上も、その点、男子相手への警戒心はマックスだった。

 時間じゃないといっても、ゼロでは思いの募る可能性も低くなるだろう。

 だから、休み時間も昼も放課後帰る時もなるべく一緒にいて、そうやって東雲に男子が近づかないようにしてきた。

 しかし今回は。

 俺たちが主導で、相手が女子だ。

 だから俺たちも、そして東雲自身も警戒心がなかった。

 だからだろう。関係性の変化を恐れてもここまでやってきたのは。


 要するに最上は――嫉妬か。

 俺たちが東雲と仲良くなるためには、結構何度も出会って色々工夫して、そして時にバタバタしてそうやってここまできた。

 印象的な出会いだったとはいえ、後からきた諫早の方が仲良くなるのは寂しい、か。


 わからないでもない。

 しかし一つ。東雲はあの時よりは少し変わっている。

 以前の東雲は、俺たちが話しかけるまで人に話しかける人間ではなかった。話しかけられて、ビクビクと目をそらしながら答える、そんな人間だった。

 その変化を、相手が違うだけだとは切り捨てられるだろうか。

 最上だからそんな態度で、諫早だからあんな態度だと。


「諫早さんのおうちって、共働きなの?」

「今時珍しくもないよ……うちは違うけど」

「え? でも諫早さんのお母さん……」

「うちで働いてるのは母さんだけ。親父は二年前に、ちょっとな」


 いないのか。

 それを察したのか、東雲は口を噤んだ。

 はたして死んだのか、それとも妻と子を置いてどこかに逃げたのか。


「そう……なんだ」

「あー気にしない気にしない。もう吹っ切れてるから」

「お父さんがいなくって……寂しい?」

「どう、なんだろうな」

「わからない?」

「ロクデモナイ親父だったけど……嫌いには、なれなかった、かな……」


 そこで東雲が息をのんだ。

 多分これは、シンパシーだ。

 父親が家にいないこと、そしてそれに対してそれでも父親が好きなこと。

 境遇が似ていて、だけども違う。

 東雲は父親がいる。

 諫早にはいないのだ。


「おい最上、お前、父親は」

「超健在よ。西下は?」

「元気も元気」

「……私たちは、あそこには入れない」

「……ああ」


 東雲は凄いぞ。

 もうこんなに諫早と話せるんだから。もう人と話すのが苦手とか言ってられないな。

 俺ならこうはいかない。性別の問題もあるだろうけど。

 どうしても計算づくの発言は、なんとなくで跳ね除けられる。

 多分諫早は、嘘を見抜くだけの頭の良さがない代わりに野生の勘が強くなってる気がする。

 とすごく失礼なことを思うのだった。

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