間章
第38話 誉めちぎれ
昼休み、俺と最上の方が教室が近いために、いつもの空き教室へと早く着く。
これが男子同士なら集まった奴から先に食べるぐらいにはドライだろう。
三人にして女子がいるともなるとそうはいかない。
とりあえず待つか、みたいな雰囲気が漂う。俺もできれば待ちたい。
ふと窓の外を見ると、昼練に向かう運動部の男子が見えた。体育の後直接向かうのか、体操服を着ている。
最上も同じものを見たのか、「体操服かー」と呟いて何かを思い出したようにこちらに人差し指を指す。
「文香ちゃんがね、苦手な体育なのになんか嬉しそうだったから聞いたらなんて言ったと思う?」
「体育以外のいいことでもあったのか?」
「それがさ、『学校の外を犬が……歩いてて……』って。犬が可愛かったからって言ってたの」
「なにそれ可愛い」
「でしょでしょ!? 超可愛い」
「でね、『触りたかった……けど犬アレルギーだし……でも』ってめっちゃ迷ってるの。もう犬はどっかいっちゃってるのに」
「なにあの完成された萌えっ娘」
「萌えるよねー。本当あの娘なんなの」
「もうね。一回申し訳なさそうにしてるのをめっちゃ甘やかしてみたい」
「わかる」
そうやって散々東雲がいかに可愛いか語っていると、教室の扉付近でガタンと物音がした。
「……あの……えーっと……」
そこにいたのは東雲だった。どうやら今の話を聞いていたらしい。友達二人にいろいろ言われすぎて言葉が出てこないらしい。
こういう時、教室の扉が閉まっていて、教室の中と外が分離されていればこの状況には至らなかったかもしれない。壊れた扉を開けっ放しで会話していたからこそ、東雲は話を聞いてしまったと同時にこちらに発見されることになった。
「こういう時の女子の反応パターンは?」
「笑って流す、ドン引きして拒絶する、素直に喜ぶ……」
「まあ、でも東雲の場合は……」
二人の声が重なる。
「顔を真っ赤にして逃げ出すに一票」
「パニックになってわけのわからないことを口走る、に一票」
東雲はしばらく口をパクパクさせていたが、すぐに顔を真っ赤にした。
最上は隣で「悔しい……! でも可愛い!」と俺との予想勝負に負けそうな予感と目の前の東雲の反応の可愛さに板挟みにあっているようだ。
「わ、私、図書館に本を助けにいかなきゃ!」
とわけのわからないことを言って逃げ出した。俺が魔王なら回り込んでやったのに。俺から逃げられると思ったの? と壁ドンするまでがお約束。ただしイケメンに限る。
「残念、引き分けか」
「いやーでも美味しかった」
「まさかこんなことになるとはな」
「もしかしてワザとかな?った疑った私を許して」
「いやむしろお前がワザとだろ。って普通逆じゃね?」
うっかり女子の自分に対する意外な高評価を聞いてしまい、やきもきするのもまた青春だ。俺の場合、女子がそんな話をするはずもないわけで。
話題をふったのは最上であるからして、俺がワザとしたという可能性が低くなる。あくまで客観的に見ればだが。
俺自身の答えは半分イエスだ。ここにそのうち東雲がくることをわかっていて、最上のその話題にのったのも、一緒になって褒めちぎったのも俺の意思だし。
ここでうっかり「大好きだよ」みたいなことを言ってそれを最上に言ったのだと勘違い、逃げ出した東雲と拗れてややこしいことになるのもそれはそれで楽しそうだけど東雲がなんか可哀想だからならなくてよかった。
「男の子がデレる場合もあるけど、たいていばれた後で男の子と女の子の両方、もしく男の子が慌てたり照れたりするじゃない?」
「いや、ここでの鉄板はお前が東雲の会話をふった時点で俺が『べ、別にあいつのことなんて……』って素直じゃない反応をするところじゃね?」
最上がもっと面倒くさそうな女の子だったら、逆に俺がそこで素直に褒めちぎるというのも考えられた。
最上が俺の東雲に対する気持ちについて不安になるとかそういう流れもあったかもしれない。
……まああり得ないな。
最上はそんなキャラじゃない。
「俺的には偽物の彼女と想い人のことを考えてる最中にどっちが好きなんだ?って注文聞かれてうっかり想い人の名前を答えかけた主人公とか楽しかったな」
「そういうので答えきって修羅場になるのを楽しみにしてたり」
「お主も悪よのう」
「いえいえ、お代官様ほどでは」
無駄なやりとりを挟んだところで、最上に目配せをする。最上も気がついていたようで同じく目で返事をして頷く。
「東雲、悪かったから出てこいよ」
「ごめんごめん。悪気はなかったから許して」
悪かったのに悪気はないと二人合わせて矛盾してるようなしてないようなことを言って謝った。
逃げ出したはいいが、ここで真っ赤な顔で戻ると恥ずかしいし、そんな様子を見られるわけにもいかない。
そんなことを考えてのことなら随分余裕があるというか冷静だなんて思うけど。
おそらくはただ単にどこに行っていいかもわからずに教室を飛び出して廊下であたふたした後、戻ってきたとかそんなところだろう。
走って逃げた割には足音が遠ざかっていくこともなかったし、第一影が少し見えている。
扉のかげに隠れるようにして枠を握る東雲は怯えるようにこちらを見ている。
「なんで……あんなこと言ったの……?」
「まぎれもなく本心だから!」
「お前一回黙った方がいいんじゃねえの……って言っても東雲、からかってるとは言ったがあながち嘘じゃないんだ。馬鹿にしてるわけでもない」
「か、可愛いとかそういうことあまり言わない方がいいよ……」
この言葉を受け、俺は最上に耳打ちする。
「どう思う? 私以外にこういうこと言わないで! とかだったら超可愛いけど違うだろうしなあ」
「純粋に人を気軽に褒めるなってところじゃない? もしくは外より中を見て欲しいとか」
「でも女子って中身を見て判断して欲しいのに、外も見て褒めてほしいんだろ? それに今回褒めてたのは反応そのものだから外見じゃない」
「否定はしないわ。そして外見じゃないってのは詭弁。外見褒めて云々はただしイケメンに――」
「やめてくれ。イケメンじゃないのは自覚してるから」
「これで西下がチャラく思われるのを阻止する気遣いだったらデキる女の子すぎるんだけど、多分純粋に反応に困るからだよねー」
ヒソヒソと話し続ける俺と最上に東雲が不服そうになる。
「なに二人で喋ってるの?」
怒っている、というよりは注意したのに反省してないでしょ、みたいな拗ねたような顔である。
その表情に最上がやられて東雲に飛びついた。両手で頬を挟んでうりうりとする。
「ああ、もう可愛い! 拗ねた顔も可愛い!」
「同感」
「す、拗ねたわけじゃ……誤魔化してない……?」
誤魔化してるかもしれないけど、嘘はついてない。
最上が東雲好きすぎてヤバイ。
もしかして最上、自分のハーレム作ろうとしてない? いや、いいけどさ。むしろもっとやれって感じだけどさ。
ただそのうち気まずくなって俺離脱展開だけは避けたい。
よく女子多数のグループの中に一人だけ男子がいる状態でグループを気遣って離脱する展開というものはよく見る。
しかしそれが許されるのはあまり親しくない女子相手だけだ。自分がいなくなった時点でそれこそ気まずくなる。仲の良かった人間を気を遣わせて追い出す形になるのだから。仲が良いにも関わらず離脱するというのは自意識過剰だ。
仲が良くて男女比が偏った中で気まずくなるというのは、その中の誰かしらが恋愛関係、恋愛感情があるということだから。つまりは自分が「モてている」と自覚してしまっていることに他ならないからだ。
そんなことを意識したこともなければ複数の中にいたとしても自然に振る舞える、仲良くしていられるはずだ。
しかしながら多くの男子は自意識過剰だ。自分のこと好きなんじゃねーの? なんて簡単に勘違いするし、そこで身を引くどころか喜んでそこにいる可能性だってある。
そこで考えたこともないなんていう鈍感系よりも、自意識過剰で気にしちゃう男子の方が幾分かマシだろう。
だから、俺はちゃんと見てようと思う。
椅子に座ったまま背伸びして、
「何考えてんの?」
「ん? ああ、男女比の偏りと人間関係について」
「つまり自分のこと?」
「そうともいう。逆に自分以外のことばかり考えてる奴の方が少数派だろ。考えることってのは自分のことの方が多い」
そう、人間の多くは本質的に自己中心的なのである。と身も蓋も愛も夢もない結論を証拠もなく脳内でつけたのであった。
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