間章
第28話 閑話 男子3人よらば
日差しが眩しくて目を細めた。体育日和である。
先生は最低限の指示を出してあとはのんびりと眺めている。
一学期の授業の種目はソフトボールで、ペアを組むようにと言われた。ペアでキャッチボールをしろ、とも。
この命令は集団で中心に向かっていくのが苦手な人間にとってなかなかハードな要求だ。
まごつけば自分が選べる相手同士が組んだりする。
幸いにもうちのクラスの男子は偶数だった。
俺はまったく人と話せないほどコミュニケーションを絶っているわけでもない。
そして俺には手薬煉がいるし。
「組むか」
「オーケー」
俺はボールをカゴから取った。
了承が出たところで距離をとってボールを投げた。白いボールがグローブに吸い込まれていく。
「今日は一緒に飯食わねえ?」
キャッチボールをしながらそんなことを聞いた。
「んー、いいけど最上さんとか東雲さんとかはどしたの?」
「毎日一緒ってわけでもねえさ。今日は最上の友達が弁当忘れて学食行くし、東雲は図書委員の当番でお昼ご飯遅くなるから別々にって言われて離脱」
「そんな日もあるか」
「まあな。いられる時に一緒にいるぐらいでちょうどいいんだよ」
「それが長く続く秘訣って?」
「そういう言い方すると俺が最上か東雲と付き合ってるみたいじゃねえか」
「お昼ご飯一緒に食べてるってだけで結構だと思うけどね」
手薬煉のその言い方には毒がない。
バカにするとか、嫉妬とか、そういう人間の負の感情が込められていない。
だから俺も素直に言葉通り受け止めて、普通に返していられる。
「仲良いのは事実だな。最上も東雲も」
俺は気を抜いていた。
しかし手薬煉が信用できるからといって、気を抜いて会話していいというわけではなかった。
俺は一つ、失態を犯していた。
この会話の最中ずっとキャッチボールをしていた。
体育ということはある程度の距離をとるとはいえ多くの人間がいるわけで。そんな中、キャッチボールができる距離で会話をしていれば当然、周りの男子にも聞こえる奴が出てくる。
今回聞かれた相手は特に悪かった。
「えーなになに? 西下って最上と一緒にご飯食べちゃったりしてるわけ? 東雲ってのも女の子だよなー。羨ましー俺も昼休みそこに入れてよ」
話しかけてきたのはクラスでも一番の調子者、赤坂だった。
自己紹介で「彼女募集中! よろしく!」とのたまったり、入学早々、告白してフられていたりと、軽佻浮薄という四字熟語を体現したような男だ。
一部の人間には「明るくて楽しいやつ」と非常に前向きな評価をされてはいるが、俺はこいつが嫌いだ。
今回もそうだ。誰もお前に話しかけてないのに勝手に入ってきてこんなことを言う。
距離感が狂っている。急に距離を詰めてくるし、親しくもないのに馴れ馴れしいし、もしかしてこいつ、クラスメイトは全員友達などと勘違いしてないだろうかと思っている。
俺がもっと気が弱かったら押しの強いこいつの提案を断ることはできないだろう。
もしくは俺がクラスで社交的な人間だったら、こいつとの関係を悪くすることで他のクラスメイトにも与える影響を考えれば断りきれないだろう。
今回、聞かれたのが俺でよかった。
どうやら最上と東雲は聞かれれば答えるらしいから、女子の間では知られているのだろうが男子には知られていなかった。
「それは無理」
「釣れないこというなよー、な? いいじゃねえか」
「なんでだよ。嫌だよ」
当たり前だろう。
俺に好かれてるとでも思ってたのか。おめでたい頭だ。
わかってて突っ込んできてるのか? それなら立派な嫌がらせだ。
「今まで一緒に食ったことねえし、そもそもそんなに話すこともねえだろ。俺とお前そんなに仲良かったか?」
「同じクラスメイトじゃねえか。俺とお前が食ってもおかしくはねえって。女の子二人独り占めって? もう一人男子いた方がバランスもとれるって」
それは確かにそうだろう。
一般的に同じクラスの男子が一緒に昼飯を食べたところでおかしくは、ない。
それに男子一人に女子二人なら女子二人が盛り上がって男子が置いてけぼりになることもあるだろう。
だがそれらは全て「一般論」にすぎない。
俺と最上と東雲の関係は外側から見れば俺と東雲、最上の男1・女2の構造になるのだが、実際は俺と最上がひとまとめで東雲と仲良くなった。
つまり東雲に対して二人がかりで構うことが多い。そういう構図だ。
そして同じクラスの男子という括りで見るからおかしくないだけだ。
俺と赤坂だと見れば違和感があるし、そもそも。
「お前東雲の名前すら知らなかったじゃねえか。いきなりお前が来ても困るし、最上だってお前とただのクラスメイトだろ。そんな中にお前がきても気まずい。邪魔だろ」
「いやーだからさ、これから仲良くなるんだって。誰もみんな最初から仲良いわけじゃないじゃん? 一緒にご飯食べたりしてるうちに仲良くなるわけ」
「俺は一緒に食べる奴は仲良い奴だけって決めてんだ。俺と最上と東雲、それぞれと仲良くなってから言え。そんなことはないだろうけどな」
こいつのメンタルどうなってんの?
ファンタジー御用達の金属オリハルコン製かなんかなの?
ここまで言われて引き下がらないとかよっぽどだぞ。
赤坂は俺を見下している。見下している自覚すらないだろう。
クラスでおとなしいから、あまり発言しないから、クラスでなんとなく脇役みたいなものだと認識している。
きっと気が弱いに違いない。今拒否しているのだって少し押せばなし崩しに許可してしまうのではないか。
そんな風に見ているのだ。
強く押してもいいと認識しているのは相手のことを理解しているか、見下しているか、だ。
その観察からくる予想を肯定するように赤坂は続けた。
「でもさー。西下って別に最上とかと付き合ってるんじゃないんだろ? じゃあ俺が仲良くなるのは別によくね?」
「それを俺を通してできるって思うのがわかんねえよ」
話の通じない奴だ。
俺があの場に連れていくってことは、二人と仲良くできそうないい奴だと俺が保証するようなものだ。赤坂は無理。
赤坂には、俺より二人を楽しませる自信があるようだ。その自信がどこから湧いてくるのか知らないけど。
「いやー俺さ、最上とか結構いいなって思ってたわけ。だから友達ってしか思ってないなら邪魔されたくねーわけ。な? 手薬煉もそう思わねえ?」
「はははは、どうだろうね」
友達相手に負けるようなら恋人は無理だろう。
と言ってやりたかったが、よくよく考えてみたら恋敵よりも友達の方が手強いんだよなあ。
たとえば男女混合で仲のいいグループがいて、そのグループの外の人間から告白されたとしよう。
告白を受けいれればそいつと付き合うことになる。今まで仲の良かったグループからは疎遠になるだろう。
それに思い当たった時、よく知らない、なんとも思ってない相手とよく知っていて仲が良い複数人とどちらをとるかみたいになる。
もちろん両立が無理とは言わないが、実際どうなるかわからない。
こいつが付き合うんだから他の男とは遊ばないでほしい、といえばそれで変わる。
まだ俺もあいつらの男の好みを完全に理解しているわけでもない。
それでもこいつの告白は受けないだろうな、と思う。
「で、用が終わったなら離れてくれる? キャッチボールしてえんだけど。俺手薬煉とキャッチボールしてんだわ」
「まだ話終わってねえって」
「先生ー赤坂くんがキャッチボールの妨害を――」
本当に告げる気はない棒読み。
声をはっていないこともあり、先生には聞こえていない。
冗談というかフリであることは明白。
しかし実際にこの手段をとることはできる。
イジメとか人間関係とかそういう立証がしにくいことではない。事実、赤坂はペア以外の奴の近くで話しかけている。
それだけに赤坂は無視できない。
これが小、中であれば、トラブルを先生に告げ口などしようものなら非難されることだろう。高校においてもそれは変わらない。
だからまるで冗談だとそう認識させなければならない。友人同士でじゃれ合うときのような、そんな軽口の一種として。
そしてそれをきっかけとして、話を一段落させる。
赤坂自身も引っ込みがつかなくなっているだろうから、ここで引くのは授業中だからだと言い訳を用意する。
「チッいいよ。あーマジでねーわ」
長引かせても不利だと理解はできるのだろう。赤坂は俺の暗黙の提案にのっかった。
「あはは、災難だったな」
「まあな」
隣で笑う手薬煉を見る。こいつは"俺と"食べたいということはあっても、"俺たちと"食べたいと言ったことはない。
わかっているのだろう。俺自身と仲良くしていても、その他の二人とはそうではないことを。だから俺に断られるだろうことを。
と言うよりは友達の友達は友達みたいなリア充思考はできないだけかもしれない。普通は気まずいと思う。既に出来上がったコミュニティに突然放り込まれるのは。
俺がこいつと付かず離れず、こうして会話することが多いのは、多分そういうところが俺の嫌う人間性と異なるからだ。
適切な距離感で察しが良い。急接近してくる相手に身構える俺には楽な奴だ。
「あ、もうそろそろか」
「そうだな」
体育教師からキャッチボールを終えるように指示があった。
それを合図に俺たちは手を止めたのであった。
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