第27話 龍田浅葱のエピローグ

 私は葵と蘇芳が好きだ。

 改めてそのことを口にしたことは、ない。幼い頃ならまだしも、この歳になってそれをわざわざ口に出して言うと勘違いされる。いや、勘違いじゃないんだけど、やっぱり困る。


 葵と蘇芳は私の幼馴染だ。

 私はあまり"みんな"の中に向かっていくのが好きじゃなかった。みんな好きに動いて、もみくちゃにされる気がして。

 だから私はよく、保育園の砂場で一人うずくまって遊んでいた。そんな私を砂場から連れ出し、引き連れ回したのが始まりだった。

 あの頃の二人はまだまだ幼くて、今よりも荒っぽいところもあった。けどあれはあれで二人なりの気遣いだったのだとわかっている。当時も、自分が苦手なはずの引き連れ回されるという体験に何故か胸が弾んだ。それは多分、二人が私のことをちゃんと見ていたから。何はともあれ、私はそれに救われた。

 周りに合わせたり、やんわりと断ることも苦手だった。ついついばっさりと断ってしまう。そんな私だから、二人以外から私を守ってくれて、私を連れ回す二人の側は心地よかった。

 中学で国語がよくわからなかった。このままでは行きたい高校に入るのは大変だろうと焦っていたら、二人は自分の勉強時間も削って私に勉強を教えてくれた。

 二人は私よりも勉強ができた。そしてもっと怖いことに気がついた。そう、二人なら、私が行きたい高校よりももっと学力の高い高校に行けるのだということに。


「志望高校同じだぞ?」

「俺も」


 だから二人が同じ高校を目指すって聞いてすごく安心して、同時に絶対に落ちてはいけないというプレッシャーが重くのしかかった。

 二人なら、その志望高校に落ちるはずがない。

 ここまでくればさすがの私でもわかる。二人が志望高校をわざと同じにしたのだということを。

 その理由が怖くて聞けなかった。聞いてしまえばその関係が壊れてしまいそうで。もしも本当は私なんか関係がなかったら。もしくは私が理由で、二人が私のことを……

 そう思うと聞けなかった。


 その後、私たちは無事に高校に入学できた。

 三人が離れ離れにならず、変わらないままで安心した。

 それぞれ違う部活に入ったけれど、それ以外はいつも一緒で。そういう日々が続いていくのかな、とその時もまだそう思っていた。

 三人は変わらなかったけれど、周りは変わった。

 小学校から中学に上がるときは、義務教育で校区があるからだいたい周りの人は同じが多い。私の中学も小学校と同じ人が半分ぐらいはいた。

 けれど高校は、受験を通してガラリとメンバーが変わる。その新しい集団の中で、私たちはそういうことに積極的な年齢である高校生。蘇芳と葵は背も伸びて体つきもほどよく筋肉もつき、精悍になった。

 つまり、モてたのだ。


 私が告白されること四回。四回目で二人は私を他の男の子から守るためにべったりになった。葵と蘇芳はそれぞれ三回。普通の高校生がどれぐらいかはわからないけど、一年で四回。そのどれもを二人はばっさりと断っているらしい。

 断る回数が増えるごとに、一部の女子からの私へ向ける目が厳しくなった。何かあると仕事を押し付けられて、それを二人が手伝ってくれるものだから余計に妬まれた。

 でも私は二人が好きで、他の男の子と一緒にいたらきっと勘違いされるからそれが嫌でしなかった。女の子からは孤立するほどに二人の側にしか居場所がなくなっていって。ますます私たちは三人でいるようになった。


 二人以外と遊ぶことの少なかった私にとって、他の男子から向けられる好意はわけがわからなくて、怖いものだった。

 ちょっとクラスで二言三言会話しただけの柔道部の男の子が、私の知らない私を目をキラキラさせて語る。ギラギラといってもいい。

 二週間前までは他の女の子と仲良く楽しそうに話していたサッカー部の男の子が、まるで俺たち相性良さそうじゃないか? と誰にでも言えそうな共通点をあげて交際を提案してくる。

 知り合って一年も経ってない。そもそも話した回数も少ない。そんな人がどうして。私の何を知っているっていうの。

 いつも、何か後ろめたいような気持ちになりながら、断る。

 葵と蘇芳から見た私も、こんな感じなのだろうか。


 私が西下くんに気がついたのはその時だった。それまでは知ってはいてもどんな人間かを知らなかったし、考えたことがなかった。

 私が西下くんを意識し始めた理由は二つ。

 一つは二人の女の子と同時に自然に仲良く楽しそうに過ごしていながら、それにより向けられる視線を受け流しているところ。私たちと違って、高校に入ってから知り合ったはずの三人が。

 もう一つは、私を見ても反応がまったくないこと。

 私は可愛いなんて自惚れるつもりはないけど、高校に入ってから告白されることを考えると多少はそういう目を向けられる容姿をしているのだという自覚ができた。蘇芳と葵の二人だって、自宅で寛いでいてうっかり太ももが見えちゃった時なんか目をそらしたり見たりしていた。

 西下くんの視線はまるで品定めでもするかのようで、気遣う様子や仲良くなろうとする愛想笑いといった好意的なものが何もなかった。観察はするけど興味ないみたいな、「見てたでしょ?」って聞くと普通は「見てない」と照れるところを真顔で「見てたけど何か?」と答えるぐらいの。

 一言で言うなら「脈がない」か。だからこの『意識する』も決して恋愛的な気になるってわけじゃない。脈がないのはお互いか。私も、西下くんのことをどんな人間だとか考えたこともなかったし、今もわからないでいるから。



 西下くんの周りにいる二人が私に嫌な目を向けてこなかったのも有難かった。

 そんな三人だから、もしかしたらという一縷の望みにかけて相談した。


 それからの西下くんは、良い意味でも悪い意味でも期待を裏切ってくれた。


 私は三人の馴れ初めとか、普段の様子を知ることで葵と蘇芳と変わらないまま仲良くする参考になるのではないかと思った。

 けれど、気がつけば、大掛かりな計画を実行することになっていて、西下くんと最上ちゃん、東雲さんが私を手伝うみたいな流れになった。

 意外だったのが、西下くんの参加だ。私に興味がないと思っていた西下くんが一番積極的に意見して、動いてくれるのだ。


 そして西下くんは遠回しに「私に変われ」と言っている。正確には私たちに、だけど。


 西下くん、最上ちゃんに東雲さんは私に色々と質問した。



 そしてお膳立てされた。

 気がついた時には遅かった。あれよあれよと本心、私が伝えることを恐れていたその気持ちがまるまる二人の前にさらけだされた。

 三人に相談する前の私なら、慌てて何を言っていいかわからなくなってもしかしたら言い訳していたかもしれない。

 だけどもう、決めたから。

 誤解じゃないもの。ちゃんと伝えないと。二人はどう思っているか、私にはまだわからない。だから、返事を待った。


「俺は、約束する」


 葵は、承諾してくれた。私の望む未来、それを約束してくれた。


「私も、約束する」


 二人に向けて、私の自惚れじゃなければ二人がおそらく恐れていたことを否定する。私は二人以外と付き合わない。他の誰のものにもならないから。

 口に出してみるとすごくスッキリした。そうだよ、私は二人が好きなんだ。こう、みんなが言うような「二人だけで!」みたいな熱い気持ちじゃないけど、それでも二人以外にあり得ないって思う。

 すごく、ワガママなことを言ってる。こんなワガママな私のことを、二人は嫌いになっちゃうだろうか。


「おかしいって!」


 蘇芳はやっぱり、すぐには納得してくれないかなって思ってた。それでももしかしたらって期待があった。

 ……どうしよう。そんな風に困った私や、先ほどまで主導権を握っていた西下くんを押しのけるようにして最上ちゃんが前に出た。

 そして、目の前で次々と質問が重ねられる。それに蘇芳が答えるたびに、じわじわと、ある方向性が見えてくる。

 これは多分、気持ちの確認なんだ。蘇芳は私と葵のこと、好きだよねって。どっちの方が好きとかあるの? とか。蘇芳はクラスの女子よりも、葵のことが好きなはずだ。だから、この質問の答えは――


「わかったわかった! 約束します!」


 蘇芳が折れた。


「三人で一緒にいよう!」


 だけどこれで、私たちはお互いに『文句を言える』関係になった。

 これまでは、私たちはただの幼馴染だった。たとえこの中の誰かが他の人と付き合い始めても黙って諦めるか、改めて告白するぐらいしか取れる手がなかった。つまり、ほぼ負け。文句は言えない関係だった。そんなこと、言う権利はない、と泣き寝入りするだけの、そんな立場。

 結局、付き合うって、相手に自分以外の人と付き合わないでっていうか約束みたいなもので。そういう意味では、私たちのこれも『付き合う』みたいなものかなって思ってみたり。それは実際、どうなんだろう。


 私が決めたんだ。ただの幼馴染という言い訳はできない。聞かれたら、ちゃんと答えなきゃ。

 もう、守られるだけの女の子じゃいられないもんね。

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