第26話 変化を語るのは
それから三人は変わった。彼らを見ていた同輩からはその変化は明らかだったのではないだろうか。その変化の瞬間を見てしまったが故にあまり客観視できないのでなんとも言い難いが。
やはり一番大きい変化は、告白の断り方だろうか。
例えば龍田が後輩の卓球部員に告白された時なんかはこんな感じだったとか。
「好きです! 俺と付き合ってください!」
「ごめんね、葵と蘇芳がいるから」
それと同様に、菅沼もまた。
「バスケの試合、見てました! すごくカッコよくって……」
「ごめん、俺には浅葱がいるから」
蔦畑も似たようなもので。
「あの、あんたのことさ、ずっと前から気になってたんだけど……」
「悪い。俺それより前から気にかけている奴がいるんだ」
……なんでこんなにモテるんだ、こいつら。俺にも一人ぐらい告白しにきてもいいのにな。今あまり知らない子に告白されたらすごく困るけど。うん、やっぱりモテなくていい。好きな人間に好かれればいい。それを目指してるのだから。
三人は三角関係のようで、前よりも素直になった気がする。
三人で付き合うって宣言していないから、まだあの約束は続いているわけだけど。それでも、三人の関係は確かに変わったはずだ。いつまでも同じではいられない。ならば変わって、進めばいい。どんな形でも、実質的に一緒にいる距離と時間ってのは何より重要だ。幼馴染ってのはそこのところがズルい。俺だっていればいいと思ったことだってある。
だけど、もしも俺に幼馴染がいたとしてもあんな風にフラグが立ったまま高校まで一緒に過ごせるとは思えないから、別にいなくてもよかったのかもしれない。
「ああ、そうだ。この前ちゃんと言えなかったけど、私、二人とも好きで手放すつもりなんかないから」
この前のギャル系三人に向かってそんな風に言える龍田を見ているとますます思う。
そしてそっとグループの"恋愛相談室"を解散させようとして――指が画面から離れた。別に解散させることはないだろう、と俺の中の何かが囁く。残しておけばいつか、龍田が惚気にきてくれたり、俺たちが龍田に恋愛相談をする日もくるのかな? とかそんな淡い未来予想図が頭をよぎってしまったから。
◇
そして昼休み。
決してあいつらが万事解決順風満帆なハッピーエンドってわけじゃないけれど、とりあえず最初の一歩は踏み出したんじゃないだろうか。
むしろこれからが大変だろうなあとは思うが、とりあえずは当初の悩みとかは収まり解決したようだから俺たちの出番は終わりでいつも通りの昼休みが戻ってきた。
「一件落着、って感じ?」
「お前の手口がエグすぎて何も言えねえよ」
「なんだか怖かったぁ……」
東雲はそこが一番の感想か。
あんな人間関係のいざこざを、実際に目の前で見る機会はあまりない。しかも自分が当事者ではなく、第三者として関わることになるのだ。
いつ崩れるかわからない、不安定なそれをまるでガラス細工のように見ていたのかもしれない。
俺からすれば、何年もかけて築き上げてきた関係性、しかもお互いが両想いの状態がそう簡単に壊れるとはあまり思えなかった。そういう点では俺は楽観的なのだ。
愛し合っているだけではどうにもならないこともある、とは言うけれど今の時代、それこそいきなりストーカーに拉致監禁されるレベルのトラブル発生でもない限りはいきなり離れ離れになって会えないなんてことはない。もちろん転勤とか引っ越しとかそういう物理的な障害はあるだろうけど。それも本気になれば新幹線なりなんなりで会いにいけるし、年齢さえ許せば誰かに邪魔されることなく結婚できる権利だってある。
俺も、そんな障害がお互いどうでもよくなるような恋愛をしてみたいものだ。
「ところで、西下くん……あの時聞かせようとしたものってなんだったの?」
「あ、それ私も気になる。本当に二人の気持ちみたいなのを録音したわけ?!」
「録音?」
ん……なんの話だっけ?
そうそう、龍田にスマホの中にある曲を聞かせようとしたんだっけ。
「曲だよ、この前話題になってた人気の」
「じゃあなんであんな言い方になったの?」
「そりゃあ、物理のドップラー効果について話してた最中に、『ドップラー!』って歌の話をねじ込んでな。蔦畑と菅沼も好きって言ってたから嘘ではない」
「うわー性格悪い」
「なんていうか……すごいね?」
最上と東雲は正反対のことを言いながら、どちらにせよ俺を貶していることに変わりがない。
「いいんだよ。細かい方法については。それとも本当に録音しておいたほうがよかったのか?」
「じゃなくって、さー」
そう言うと、最上はスマホをいじってある動画を出した。そこには三人の約束シーンが映っていた。
「…………おい」
「いやだなぁ、約束は守るためにあるんでしょ? 契約には契約書が、誓約には誓約書が必要ってこと。これで私たちの証言なんて不確定なもなじゃない証拠があって、破れなくなったね。決して面白いからとか弱みとかじゃないから」
すらすらと語りすぎている上に最後に本音が出ていることで完全に説得力はなくなった。
「綾ちゃん、あんまり意地悪しちゃ……ダメだよ?」
「思わず土下座したくなるよね」
「ぱげどー」
東雲が口を開くたびに、いかに俺と最上が俗世に毒され穢されきっているのかよくわかる。きっと今まで綺麗な物語ばかり読んで生きてきて、その体は無限の本でできているに違いない。
あと最上、ネラー用語でてるけどいいのか? ぱげどーより禿同の方が元には近いけどどちらも似たり寄ったりか。両方、激しく同意って言うより語呂が良くて略される理由がよくわかる。
「どっちかを選べ、ねえ……」
「どっちも好きなら迷うよなぁ……」
「西下くんや綾ちゃんは、好きなものを選ぶ時に……迷う?」
東雲の聞きたいことは多分、違うことだ。だけど、聞くのが怖くて聞けないんだろう。聞かれてもいないことを察して答えるべきなのか。最上が俺にするように。
形だけの、表側だけの抽象的な質問にあくまで表向きに答える。
「迷う、か……そうだなぁ」
「私は迷う」
答えにこそ迷った俺とは対照的に、最上はっさりと言い切った。
「迷うはあっても悩まない」
「……どういうこと?」
「違いがわかりにくい」
東雲と俺は一発でその真意を理解することができずにいた。
「悩むってのは、迷うことに苦しむこと。私は迷うことも大事だと思ってるから、それについて苦しまない」
「……それは、わかる気がするな」
「苦しく、ならないの?」
「すごく、楽しいよ?」
「たとえば東雲、目の前に美味しいケーキが二種類あったとする。チーズケーキとショートケーキとか。あ、ケーキは好きか? で、そのケーキのどちらか好きな方を食べていいと言われて迷うようなもんだ」
「どっちも好きでどっちも美味しいなら、そのどちらを選ぶか迷っている時間は苦しいものじゃないってこと」
それでも俺は、悩む気がする。
しなくて後悔するよりも、して後悔しろなんて言うこともあるけれど。何かをしようとする時、自分は何かを諦めている。
例えば、どちらも好きなケーキだとして残った方を好きな人に食べてもらえるならそれへ幸せなことだろう。だが残った方が捨てられるとしたら。捨てられて、腐る運命にあるのならば自分は選ばなかったケーキがそういう目にあうことを見過ごすわけだ。
願わくば、俺が二つともケーキを食べられる人間であることを。
「……苦しむのもまた、愛だろ?」
「そういうものかな?」
「でも多分、自分の中に幾つかのルールがあってそれに従って選ぶ時には迷わない、だろうな」
ケーキのうち片方しか好きじゃなかった場合、自分の気持ちに従って好きな方を選べばいい。どちらをとっても残りが捨てられるのならば、より不幸にならない方を、より幸せになれる方を選ぶべきだ。
「私は、迷うし悩む。好きかどうかも」
「別にいいだろ。悩んでも」
道に迷ったら正解の道があるのかもしれないけれど、悩みは解決するとは限らない。
東雲はこわばっていた肩の力を抜いた。ゆるゆると息を吐いて、持ってきていた水筒のお茶に手をつけた。こくん、こくんと小さく喉がならされるのを最上と俺は黙って見つめていた。
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