第25話 舞台装置≠偶然の産物

 体育館の裏。それは俺たちによって整えられた舞台と化している。

 いつもこの時間帯は体育館の西半分で練習しているバレー部のメンバーのうち、スタメンが今日は近くの大学で練習で大きくその人数を減らしている。残されたのはスタメンではない二年、三年と一年生ばかり。いつもよりも覇気もない。出入りが少なく、体育館の中で練習している。そんな場所だ。

 俺はそこに龍田を連れてきている。

 この間、東雲と最上に二人を連れてきてもらっている。東雲はそういうことが苦手かもしれないが、最上ならうまく言いくるめて連れてきてくれるだろう。東雲がいることで警戒心が薄れることを狙っている。


「こんなところに連れてきてどういうつもり? まさか告白しようってんじゃないでしょう?」

「それこそまさか。まー確かに、こんなに頑張って健気にお前に尽くして助けようとしていれば、そう誤解されても仕方ないかも知れないけどな」


 その場合は二択、だな。

 手助けをしてその幼馴染から離れてできた心の隙間につけこむようにしてフラグを立てるか。

 恋愛の助けになることで脈なしの都合の良い人として認識されて、男として意識されなくなるか。

 俺はこいつにみじんも恋慕や親愛を抱けないけど、人としては嫌いじゃない。その程度だ。だからこいつにわざわざ告白する理由が俺にはない。最上と東雲もいるってのに。


「そうだ、龍田。これが終われば、二人以外とあまりこういうことはするなよ?」


 最上と東雲が菅沼と蔦畑を連れてきた。そしてそれは龍田には見えない。もちろんここに二人を連れてくることは内緒だ。

 つまり龍田はここでのことは俺と二人きりで話すことだと思っている。

 俺と二人きりで会うことについては龍田は本気で何も思っていないようだ。そこのところ龍田は、まだまだ男心がわかってないと思う。気になる女子が他の男子と会うなんて、不安になるに決まってるのに。


「え? なに?」

「二人がいないところで他の男子と会おうってことだよ」

「当たり前でしょ」

「俺を信用してくれるのはありがたいが、恋愛相談を受ける親切な男がお前のことをいつでも女として見てないと思うなってことだ」


 むしろ普通はそんなことをしている時点で十分に女であることは意識しているか、恋愛相談をされることで女と意識する。中には想い合う二人は結ばれてほしいと願う人もいることはいるだろう。まるで同性の友人のように。

 今回こいつが救われているのは、自分に向けられる想いにばかり執着する俺に最上と東雲がいたこと、そして恋愛相談を受けた理由がその二人との関係のためであったことが大きい。

 人によっては友達としか思ってなかった相手に恋愛的な意味での好意をぶつけられるのはすごく怖いらしいし。


「なんていうか……西下くんって意外といい人?」

「意外とってなんだ。お前にはなかなか普通に優しくした気がするんだが」

「あははっ、そうだね」


 認めよう。こいつは紛れもなくいい女子だと。俺はこいつと恋仲になりたいとか考えたことはないけれど、それでもこいつを好きになる奴の気持ちぐらいはわかる。屈託なく笑い、人のいいところを認められ、ちゃんと考えている。蔦畑と菅沼の見る目は良くって、決して幼馴染フィルターだけではないというところか。

 そろそろ、本題に入ろう。


「で、お前は蔦畑と菅沼が好き。そこは間違いないな?」

「うん」


 前提条件の確認。

 俺が仲良く話していた間はイライラして今にも飛び出しそうになっていた二人。先ほどまでは最上に肩を掴まれて止められていた。しかしこの発言の後は様子を見ようという雰囲気になっている。

 ちょうど龍田の背後、離れたところにいるのが俺からはよく見えている。


「もしもどちらかが告白してきたとして、付き合いたいと思えるぐらいにか?」

「そう……だけど、私はきっとその告白を断る」

「それは、二人のことが同じぐらい好きで、今の関係を壊すぐらいならずっと幼馴染でもいいと思っているから、でいいか?」

「そう」


 今の龍田に迷いはない。

 グダグダと悩み、そして答えも出せぬままに先へ進もうとした男子二人とはえらい違いだ。


「私は、この関係が続けられるのなら、その関係性の名前がどうなっても構わない。二人とも好き」

「それが、ビッチだの淫乱だの不誠実と罵られることになろうとも、か?」

「もう、決めたの」

「もしも二人のうちどちらかが、龍田のことを独占したいと考えて、その提案に僅かでも躊躇う素振りを見せたら?」


 次々に投げかけられる、心を抉り、折りにいく質問。それは全てブーメランとなって俺に戻ってくる。だってそれらは、俺が最上に提案された日からずっと考えて、覚悟していたことだから。


「その時の対応は決めてある」

「俺には、話さなくても大丈夫か?」

「いい。そこからは私が頑張るから」

「ならいい。そして聞いておく。二人を、好きでいつづけられるか?」

「もちろん」


 言葉には、魔力がある。いわゆる言霊というやつだ。放った言葉は引っ込めることができない。だから俺は、龍田に言わせた。

 たとえどれだけ強く想っていても、心の中に留めただけの誓いは思いの外脆弱だ。

 同時に、些細なものでも、人に向かって口に出した言葉は守りやすい。人に言ったからということはあるだろう。大事な約束を破るということは、酷く信頼性を失う。それを恐れることはとても自然なことだ。

 自分が価値のないものと見られる方が好きだという人間は少数派で、龍田はその少数派には含まれていない。


 そしてこちらが一番の目的。

 ラブコメにおいて、主人公は鈍感であることが多い。鈍くて、気が利かなくて、利かない気を利かせようとして、いらぬ気を遣う。ヒロインの大事なデレを聞き逃して聞き返すなんて展開に対して、難聴系などと名前がつくほどには、ヒロインの想いに気がつかない。

 それは何故か。もしも主人公が鈍感でなければ、そしてヒロインと主人公がお互いを好きであればその時点でラブコメとしての物語が終わるからだ。もちろん付き合ってからも続くラブコメはあるが、両者の想いのすれ違いはここで一度終わるのだ。

 何が言いたいかと言うと、両想いとは両片想いである、ということだ。

 お互いが好きでもその想いが通じていない状態が、恋愛物語におけるすれ違いの真骨頂。お互いが本当の気持ちを伝え合ってそれを信じればそれで終わりなのだ。

 それを何巻にもわたってすれ違い続けるのは、ひとえに偶然に頼りきり、頼りもなく、自己評価の低い状態であたるからだ。

 偶然に頼るから相手の都合悪い部分だけを知り、頼りがなく自己評価が低いから相手の発言を疑う。


「で、ここまで聴かされてどうよ、お二人さん」


 だから、俺は二人をここに呼んだ。

 入念に疑惑を植え付け、想いを確認し、迷わせ惑わせ不安を煽ってきた。それは全てこの瞬間のため。

 龍田が嘘をつく理由がない状況で、それを菅沼と蔦畑、自分たちがいないところで聞くことで、それが本音だと否が応でも理解させられる。

 ラブコメにおける最終必殺技。それは気持ちを正しいと信じざるを得ない形で聞かせる。


「ん? お二人さん?」

「ああ……出てきにくいよな。なあちょっと聞いてほしいもんがあるんだ、龍田」

「何?」

「ちょっと先日、蔦畑と菅沼と『好きだ』って話をしててな。その時の話題の」


 そう言ってスマートフォンを出してロック画面を解除した。

 勘のいい奴なら、むしろ勘違いをする。俺がスマートフォンを出して『先日の話題について』、『好きだと言っていた』と聞かせようとするもの。つまり、俺があの会話を録音していたのではないか、と。

 龍田が二人を好きだと言ったところをこうして聴かされている。同じことを龍田にしないと言えるだろうか?


「何を聞かせるつもりなの?」

「ほら、これだよ――」

「――やめろ!」

「――ふざけんな!」


 そして、菅沼と蔦畑は自らを情けなく思っていたはずだ。自分たちは答えを出せずにいたのに、女の子に先に宣言されたこと。それを隠れて聴かされているというシチュエーション。そしてそれに俺が関わっているという事実全てに。

 そこで、最後の一手までも俺に決められようとしている。

 その展開を避けるために、二人は慌てて物陰から飛び出してきた。


「待て、西下……」

「お前に言われるぐらいなら……」

「えっ! なんで? どうしてここに葵と蘇芳がいるの?!」


 後から最上と東雲が出てきた。


「やー大変大変。一時はどうなることかと」

「こわ、かった……!」


 あれ? なんか東雲が半泣きなんだけど。


「二人とも、怖いし……綾ちゃんもなんか怖いし……それに、三人の関係が壊れちゃうかもって……」


 ああ、そうか。それは怖いか。

 菅沼と蔦畑はきっと俺に複雑な怒りをぶつけられずにその場にいたのだろうし、最上はそんな二人を確実に止めるために全力で脅して威圧していたのだろう。

 そして東雲が、龍田、菅沼、蔦畑の三人の関係を俺たちの関係と重ねて見ていたかもしれないというところに、頬がわずかに緩む。もちろん、東雲は優しい人間だから、三人を心配していただけの可能性も高いけど。


「浅葱……」


 二人の声が重なる。

 まだ今目の前で言われたことに実感がわかないようだ。


「そうだね。逃げてる場合じゃないや、ちゃんと言うね。私は、二人が好きです。ずっと一緒にいたい。それは、叶わないこと、なのかな? 二人は私を独占したいとか、恋人として二人で一緒に過ごしたいとか、そういうこと、考えるの?」


 超直球勝負。俺の今までの駆け引きも、事前準備も嘲笑うかのようにまっすぐで飾り気がなくて、そして……強い。

 こんな風に願われ、想われてしまえば、多分俺が何もしなくても、雰囲気に流されてOKを出してしまいそうだ。

 だけど、それだけではダメだ。


「今度はお前らの番だ。ここまで言われて、まだわからないとか、関係ないとか言って逃げねえよな?」


 自分の意思で選べ。男に二言はないとか男女差別はしない。平等に二言はない。だから、後悔できないように選べ。


「俺は、約束する。浅葱が俺ら以外と付き合わない限り、浅葱以外の誰かと付き合わない。たとえ浅葱が俺と蘇芳を選んでも、文句は言わない」

「私も、約束する。私は二人以外の誰とも付き合わない。二人のどちらかなんて選ばない」


 二人の宣言に、半泣きだった東雲が息をのむ。そのまま瞬きを忘れたように目を見開き、そして一拍の間をおいてようやくぱちくりと。

 そんな二人に菅沼が声を荒げた。


「……おかしいって! お前ら!」


 もともと、龍田のためなら暴走できる蔦畑と違い、菅沼はどちらかというと自分の中の常識とかにとらわれたままのようだ。


「だって、それは……」

「菅沼くん、いくつか重ねて私からの最後の質問。もしも、もしも龍田ちゃんが死んで、その一ヶ月後に蔦畑くんが彼女を作ったら?」


 最上、仮面が剥がれてるぞ。

 容赦ない、えげつない仮定の質問。生半可な関係の相手にそれをぶちこむとそれだけでギスギスするようなそんな一手。

 そこにはいつもの明るく一定に保たれた優しさなんかは見当たらない。


「不愉快、だな」

「それは、龍田ちゃんのことを忘れているみたいで?」

「そうだよ」

「じゃあ、いつなら許せる? 半年後? 一年後? それとも十年? …………それとも、一生許せない?」


 ためて、そして声のトーンを落としての許せない? にざわりと背筋に冷たいものが走る。


「わからない」


 菅沼はここでもわからない。人間は近しい相手ほど、どういう感情を抱いているのかわからなくなる。

 それが果たして、何に対しての不快感なのか。胸に広がるモヤモヤの答えが出てこない。見ていて胸につまりそうだ。


「ならそれが答え、だよ。そうだなぁ……菅沼くんはー蔦畑くんにも理想を押し付けて、嫉妬してるんだよ。自分が龍田ちゃんを好きすぎて、蔦畑くんも同じぐらいそれだと思い込んで、そうあるべきだと思ってる。だから、蔦畑くんが龍田ちゃん以外と付き合う光景を見たくなくって、怒る」


 東雲は心配そうだ。自分が恋愛に経験がないから、口出ししても参考にならないと口を噤んでいた。そんな東雲にもこの空気は感じ取れたのか、眉をきゅっと寄せている。


「綾、ちゃん……」

「なんつーか、まるで菅沼が蔦畑のこと好きみたいだな」

「みたい、じゃなくてそう。でもさーそれって随分理不尽だよね? 三人の関係を維持したいけど自分は龍田ちゃんと付き合いたい、それで蔦畑くんに他の女の子と付き合うな、って」


 これはもはや誘導尋問に近い。

 以前俺が言った「すごく仲のいい友達同士なら嫉妬ぐらいするだろう?」という考え方の悪用。許してしまうことは、龍田への侮辱ではないのかと思ってしまった菅沼の、龍田が好きだという想いを利用し、蔦畑への好意さえ昇華せしめた。

 本当に逃げたいなんて思っているわけじゃないだろう、菅沼。ならお前はもう逃げられない。逃げたいなら逃げろ。言っちまえばいい。俺は三人なんて認めない、浅葱を独占したいですって。


「……わかった」

「えっ?」

「おっ?」

「わかったわかった! 約束します! 浅葱以外の女の子とは付き合いません! 三人で一緒にいよう!」


 何かを投げ捨てて、すっきりしたような顔で空に言い放った。

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