第24話 答えの出ない質問

 最上の暴挙は、クラスへとある懸念をもたらした。

 こう述べるとやたらと大袈裟に聞こえるが、要するに最上が自分と東雲がいるからなどと口走ったおかげで、あいつら三人ってどんな関係なんだ? と疑惑の目を向ける同輩が多くなったというだけのこと。

 同時に、俺たちに目を向けることで龍田とギャルっぽい三人組との口論が有耶無耶になったというのもある。とりあえず菅沼と蔦畑どころかギャル三人のヘイトも稼いだのであった。

 俺は龍田に、勝負を決めてから結果だけを伝えて判定をひっくり返されないように進めていかせようとしたが、その一方で俺たちのスタンスは、徐々に自然に受け入れさせる方針といったところか。

 何はともあれ、喧嘩を収めることはできた。


 ◇


 そして昼休み。俺は不機嫌そうな二人の前へと座る。

 持ってきた昼食を机に置くと、二人からジロリとあからさまに睨まれた。


「西下……よく俺らの前に顔出せたな」

「こちとらやましいことは何もないんでね」


 今の二人は疑心暗鬼になっている。

 幼馴染が隠し事をしている。そういう風に思わされている。

 あえて偉そうに、俺に言わせてもらえるならば、聞いてもいないことを全て教えろというのは暴挙だ。親しいからこそ言わないことってのもある。親しくなるほどに言えないことも。

 それが気にくわないなら、嘘を見抜けるだけの目と、察するだけの洞察力を身につければいい。そうか根掘り葉掘り聞けばいい。それで言わなかったならそれがその人にとっての隠し事だ。

 某海賊コックも言ってたじゃないか、女の嘘は許すのが男だ、と。


 そんな疑心暗鬼の二人には俺がこう見えているはずだ。突然幼馴染の女の子の前に現れ、俺たちの知らないところで仲良くなりだした怪しい男。それも自分たちの前では煽って意味深長なことを言ってくる、不愉快な奴。

 そんな奴が近づいてくる。将を射んと欲すれば先ず馬を居よ、といった諺でも思い出すのではないだろうか。


 しかし目を背けてはいられないはずだ。幼馴染だからこそ聞けないでいる今、俺からでないと情報が得られないのだから。


「で、どうする?」

「いいぞ。食べても」


 許可げんちをいただいた。

 本日はソーセージドーナツにツナマヨおにぎり、メロンパンだ。ドーナツとは言うけれど生地はカレーパンに近い揚げパン。


「今日さー物理のあれ、わかった?」

「ドップラー効果か?」

「そうそうそれ」


 蔦畑に菅沼が尋ねる。


「音は振動数によって高さが決まってるから、どちらかか両方が動けば届くまでの時間が変わって聞いてる側からの振動数が擬似的に変わるってことだろ」

「それがよくわかんねえんだよ」

「車の中から隣の車線を走る車を見たら動いてなかったり、ゆっくり動いてたりするだろ?」

「ああ」

「それと似たようなことが音にも起こるとかそういう解釈じゃダメか?」


 まあ結局、テストに使うだけなら振動数に音の速さから音源の速さを引いたものを音の速さから観測者の速さを引いたもので割ったものをかけるっていう公式覚えてりゃいいんだけどさ。

 ーー幼馴染の前だと饒舌だな。

 蔦畑が無口だという認識に少し修正を加える。ただ二人はわざとこの話題を出してきた。物理である必要はなかったわけだが。


「そういえば、ドップラー! っていう歌あるよな」


 少しだけ余計な話をねじ込む。ドップラー! は二ヶ月ほど前にテレビのニュースでも紹介されていたような人気曲である。少なくともあまり三次元の音楽グループに興味のない俺でも知ってるような。


「あ、俺も知ってる」

「葵、前薦めてくれたよな」

「好きでな」


 そうか、二人とも好きなのか。


「で、西下は、苦手な科目とかあるのか?」

「しいて言うなら、化学、かな」

「そうなのか?」

「なんつーか……合理性の塊みたいな顔をして、例外のオンパレードで単純に覚える記号が多すぎる」


 俺はどちらかというと、文章の方が覚えやすい。そういうのは経験とか癖もあるのだろうけれど。

 二人と話しながら面倒だと心の中でため息をつく。この奥歯に何か挟まるような会話を続けて、じわじわと侵略していく遅さ。俺の恋愛でもないのに、と。

 しかし同時に仕方ないということも理解している。

 ノベル系ギャルゲーみたいに分岐ルート選べばイベント発生するわけじゃない。どちらかというと、ソシャゲの課金要素詰め詰めのやつみたいに、地道に足を運んで、出会って会話と正面切って準備をせねばならない。


「逆に何が得意なの?」

「国語、だな」

「ここ理系だぞ?」


 菅沼が軽く笑う。少しホッとしているようだ。それは俺がこの話題に付き合っているからか。話題をそらすために出してきた、ダミーに。


「人の気持ちは、深層心理まではわからんが一般的な心理ぐらいまでならわかるつもりだからな」

「そっか」


 菅沼が相槌をうつ。

 こういう冷静なときの菅沼は口調が柔らかく、爽やかである。

 そして、俺は先ほどまで科目の話題だったものを数手で人の話にスライドさせる。


「ま、何年もいてわからないことってのもあるけどな」


 そこに込めた皮肉を、二人に気づかせるほどには棘をつけた。

 

「……何か、言いたいことがあるのか?」


 俺が会話に入った途端口数が半分以下になっていた蔦畑はここで参戦してきた。


「んー、ここで話すのはなんだかなあ……だって周りに人の目もあるし?」

「……いいよ、休む」


 菅沼がぼそりと言う。


「ん?」


 聞こえないことはなかったが、いろいろ言うのはやめて相手に任せた。


「今日は用事があるって言って部活は休もう。西下は今日は暇か?」


 繰り返した。そして尋ねた。

 その誘いに俺は頷いた。当然、蔦畑も来るのだろう。






 ◇


 高校生にとって自由な時間なんてのは、朝、昼、放課後の三種類か休日ぐらいしかない。稀に特殊なケースとしてがっつり暇な時間ってのはできるけど、それを基準としてはならない。

 つまりじっくり話をしようと思えば放課後ぐらいしかないわけで。


「で、こんなところまで連れ出してどうした?」


 俺たち三人は近くの公園までやってきていた。コートにはバスケのゴールがあって、誰でも自由に使えるようになっているようだ。俺たちはそこからニ、三十メートルほど離れたベンチに座っている。

 呼び出された理由なんてわかりきっているのに、意地悪く尋ねる。


「放課後に呼び出しとかまるで告白みたいだぞ?」


 そして茶化す。


「そう、だな……それに近いかもしれない」


 蔦畑は黙っている。行く末を見守るつもりか? そんなこと、させるはずがないだろう。


「俺から言い出してやろう。で、お前らは龍田のことが好きか?」

「そりゃあ、な……」

「幼馴染だし……」

「その理由はなしだ。幼い頃に仲が良かったからといっていつまでも仲良いもんじゃねえよ」

「現に俺らはーー」

「じゃあお前らは、幼馴染への好意ってどんなもんだ?」


 多くの幼馴染が躓くのがここだ。

 いろいろ理由はあるんだろう。人によっても違うのだろう。と口でどれだけ語っても、過去がどれだけ関与しても、今確かにここでの結果は同じだ。一歩踏み出せていない。


「俺らは浅葱のことを妹のように――」

「世の中の兄妹の多くは四六時中一緒にいたいとか思わないんだけど?」

「家族みたいなもんで……」

「じゃあ、夫婦か?」

「夫婦って、な……」


 蔦畑が、菅沼が言い訳を重ねる。この感情は世間一般の男女のものではないとかそんな風に。

 それを端から端へと叩き折る。お前らは、龍田に親愛しかないのか? と。


「お前らは、あいつが目の前によく知らない男を連れてきて、彼氏ですって言われて祝福できんの?」

「それは……」


 菅沼が言葉につまる。つまり、そういうことだ。


「じゃあ、お互いなら?」

「お互い?」

「菅沼からすれば、龍田が蔦畑と付き合い始めるとか。蔦畑からなら菅沼が龍田と付き合い始めるってルート」

「それは、諦める、か」


 菅沼はまだそんなことを言っているのか。


「二人は多分、付き合い始めても俺のことをいきなり邪魔扱いはしない、と思う。それぐらいには自惚れていいはずだ。だから俺は、二人に気を遣わせないように多分、同じように振る舞う」


 そこでようやく、黙りこくっていた蔦畑が立ち上がり、口を開いた。


「認める……俺は、浅葱のことが好きだ」

「葵……」


 驚いたように菅沼が蔦畑を見上げる。


「だがな……蘇芳。お前をそんな風に思わせるぐらいならずっとこのままでもいいかと思っていた」

?」

「俺とお前以外の、たとえばこいつなんかにとられてしまうぐらいなら、俺が浅葱に告白する」

「葵!」


 これまでの関係を壊してでも守るという、一見すると矛盾しているかのようなその発言に、菅沼は取り乱した。

 菅沼の方が楽観的で、平和主義。

 蔦畑の方が悲観的で、現実主義。

 だから日和見を決めたままの菅沼に対して、蔦畑が攻めに出てきた。


「じゃあ蔦畑、お前は菅沼なら納得がいくのか?」

「正直に、言うと……俺か蘇芳のどっちか以外に浅葱に好きな男がいるとは思えない」

「へえ……」


 そこは自信がある、というよりはこいつの方が客観的に事実だけから推測している、というべきか。

 俺のことを二人に話さない龍田。もしも龍田が俺のことを男子と意識していて、二人を意識していないなら、恋愛相談の相手は二人になっていたことだろう。逆に二人を意識しているならば、揺れ動く恋心を本人に相談できるはずが、ない。

 事実としては俺のことを男子として意識していない。だから男子として意識してしまっている二人には好きでもない男の話はする理由がない。

 そしてもう一つの可能性としては、誰のことも意識していない、となるか。

 どのパターンにおいても、二人を意識している方がいない方よりも俺のことを話していない可能性が高い。

 だから、意識されているにしても両方意識されていないにしても、語られていないうちはまだ勝機が見えていた。そんなところか。


「で、どっちが選ばれるかわからない。もしかしたら俺が告白することで、浅葱が蘇芳への恋心に気がつく可能性だってある」


 そのパターンはよくある。

 好きだと思っていた相手に告白されて、ふと脳裏をよぎるのは別の相手。なぜ浮かぶのかわからずそれを見抜かれて告白は取り消される。そして本当に好きな人が誰かを知る。

 龍田がそうだという確証はないだろうが、十分にあり得るわけだ。

 冷静なことだ。


「で、菅沼は?」

「俺は……」

「なあ、せっかく十年来の口下手な幼馴染が言いにくい本音を言ってくれたのにお前は建前で逃げんのか?」


 ちなみに。俺に話す必要はまったくない。なんでお前にそんなこと言わされなきゃなんねーんだよ、といえば終わりだ。


「俺は、浅葱のことは好きだ」

「それは、女の子として?」

「それは……まだわからない。けど、俺のそばから離れて、笑顔を見れなくなることが、怖い」


 こいつ……マジでわかってなかったのか。よく恋心かどうかわからなーいなんてセリフがあるからそういうことはあるもんだと知ってはいたけど。


「じゃあたとえば、今のままを維持する方法ってのがあったらどうだ?」

「どういうこと?」

「だからさ、要するにお前らは龍田に『彼氏つくんな! つくるぐらいなら俺らのどっちか選べよ!』って思うわけだろ?」

「そうだな」

「じゃあ、言えばいいじゃん。他の誰かと付き合うなって」

「告白もせずにか?」


 恋愛物語で思いを伝えない相手が嫉妬したりする様子に対して「告白もしてないのに勝手すぎ」という意見を見たことがある。

 なるほど、現代の恋愛という考え方からするならそれは確かに一つの考え方だろう。

 だが俺は、人間関係という大きなくくりで見たときに、明らかに好意を示している人間、それまでに仲良いと言えるだけの関係を築きあげている人間には嫉妬する権利があると思う。それを「言わない想いは伝わらないから」と決めつけて、急にそれまで仲良くなかった人間に惚れたと叫ぶのは「折るぐらいならフラグをたてるなよ」と思うのだ。

 よくするに、明らかにメインヒロイン独走状態だったのにぽっと出の、好みってだけの相手に主人公が惚れ込むというのはそれまでの時間全てを否定するようで。

 だから俺は、付き合ってもいない男子が双方自覚があるだけの仲良い状態の女子のことで嫉妬するのは別に悪いことじゃない。むしろ自然なことだと思う。


「いいじゃねえか」

「そんな権利。俺らには」


 権利がないなら手に入れればいいじゃない。


「もう三人で付き合っちゃえば?」

「はあ?」

「だからさ、蔦畑は菅沼なら仕方ないけどって思ってて、菅沼も蔦畑が付き合うなら身を引くレベルなんだろ?」

「ああ」

「そうだな」

「じゃあ、お前らのそれは性欲でも独占欲でもないわけだ」


 これについて、返事は聞いてない。


「今三人でいることが楽しいけれど、それが壊れるのが怖いならその関係に名前をつけて完成させればいい」

「そんなの……浅葱に言えるわけねえだろ……」

「そんなことが許されるわけが……」


 悩め。決断は出さなくていい。

 蔦畑と菅沼は葛藤で揺れる。自分たちの中にある感情が何なのか、整理するために。

 自分の中での幸福について考えているはずだ。

 龍田と付き合えなくて、他の二人を祝福して、そして自分だけを愛してくれるこれから先知り合う他の女と付き合って結婚して。そんなありふれた自分の未来予想図を。今から他の女を見て、龍田よりも愛せるのか、と。それができない限り、きっと誰とも付き合えないのではないのだろうか。そんな不安を。

 龍田と付き合えた代わりに、唯一無二の親友を失い、気まずさからだんだんと疎遠になっていくことを。そしてそれに罪悪感を覚えてだんだんと息苦しくなる自分と龍田のことを。自分は、恋の勝負に勝てたことを勝ち誇って優越感を抱いて、それから先楽しく生きるなんてことができるのか? と。


 出るはずがない。

 だってこれは結局のところ、三人の総合幸福量についてが一つ、そして龍田のことをどれだけ考えられるかというのが一つ。この二つによって構成された問いかけなのだから。

 自分の幸せについて悩む間は答えは出ない。そして出さなくていい。それでも決めるきっかけだけはお膳立てしてあげるから。

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