第21話 裏話・ガールズトーク

 こちらは女子組。秘密基地ならぬ秘密教室でお弁当を広げています。

 西下が龍田ちゃんに入れ替わったことで、華やかさ五割増し(当社比)です。

 実況と解説は、いつも西下の背後に、這い寄る混沌、最上綾でお送りします。

 とふざけてはみたものの、ネタにツッコミをくれる西下がいないのであくまで心の中だけなんだよね、残念。


 ところで、私はわざと龍田ちゃんをちゃん付けで呼んでいる。

 私と龍田ちゃんは会えば話す程度であって、四六時中一緒にいようとする仲じゃない。けれどわざわざそんな呼び方をするのは、クラスへの牽制という意味を兼ねている。

 さん付けにして距離を置くと、龍田ちゃんのことを目の敵にしている人たちの側に取り込まれかねないから。龍田ちゃんに近づくことで、目の敵にしている人とも、そしてそれを避けるために距離を置く人たちからも距離をとる。

 誰ともぶつからないようにしたい時、誰にでも笑顔でフレンドリーにという当たり前のことを当たり前にしているだけのことなんだけどね。


 親しい女の子同士の仲なら、下の名前呼び捨てもありではあるんだけど、私が龍田ちゃんや文香ちゃん相手にそれをするのは二人のキャラ的にあまり気分がよろしくない。

 龍田ちゃんは苗字、文香ちゃんは名前と明確な線引きを添えてこれぐらいがちょうどいいんだよね。


「ねえ最上ちゃん……西下くん、なにするつもり? なんか聞いてない?」

「それはねー煽りにいったと思う」

「ええぇ……そうなの……?」

「東雲さんが驚いてるんだけど」


 そうだよね。文香ちゃんから見た西下は多分、優しさと厳しさを兼ね備えた男の子ってところだからあまり性格の悪い方向に演じるのは見たことないよね。

 慣れてきたら見せてくれるよ、そのうち。文香ちゃんがどんな性格でも私にしてきてくれたことは変わらないから! ってなるぐらいになったら。

 龍田ちゃんは西下の行動がさっぱり読めないらしい。


「東雲さんはどう思うの?」

「……えーっと、西下くんがするなら理由はある、んだと思う。それに西下くんは傷つけようとはしない、よ?」

「それはー東雲さんっていう可愛らしい女の子が相手だからじゃないの?」


 半分正解、かな。正確に解答するなら、文香ちゃんだったから、だ。文香ちゃんじゃなければ、必要に応じて可愛い女の子であっても傷つけるだろう。

 ただ、文香ちゃんの言うことも多分半分正解。理由なく傷つけたりはしない。

 あれでいて、人の気持ちはわかっている奴だから。


「最上ちゃんと東雲さんって仲良いよね。なんで仲良くなったのか、聞いてもいい?」


 私は、龍田たつた浅葱あさぎという女の子のこういうところが嫌いじゃない。

 私みたいに誤魔化すことなく、自分と他の人との距離をちゃんと測って対応するところ。

 普通なら、女の子が三人で集まっていて、私は二人と知り合いで、二人は知り合いじゃなかったらぎこちなくなる。

 それを龍田ちゃんは面識がなかったことをいいことに、私は私、文香ちゃんは文香ちゃんとして扱うことで文香ちゃんにこそフレンドリーに接している。

 文香ちゃんがもともと人見知りなこともあって、むしろ自然な雰囲気になっているのは龍田ちゃんのおかげだと思う。


「それは……私が図書委員の仕事を手伝ってもらったり、本の趣味が一緒だったり……」

「すごいじゃん! まるで運命みたいだね!」


 ごめんね。それ、九割やらせなんだ。

 手伝ったのもわざとで、同じ本を読んだのもわざと。本当の部分って言ったら、文香ちゃんと仲良くなりたくて手伝ったことと、あの本が本当に面白かったことだけ。運命とかじゃなくてほんとごめんね。


「ところで、女子が三人集まったとなれば」

「……姦しい?」

「だよね!」

「ちっがーう。あんたらなんでそんな枯れてんの。女子が集まれば恋バナでしょ?」

「いや、まさに龍田ちゃんの恋のために私たちが動員されてるんだけど。この状況でまだ恋バナ?」

「わ、私のこれは恋バナとかそういうのじゃないし?」

「うっわ、人にだけ喋らせようとはなんと卑怯な。言ってやってよ文香ちゃん」


 必殺、他の人を前に出す。

 文香ちゃんは私に言われたことで後ろ盾を得て自由に発言できる。私は文香ちゃんに言わせることで責任が薄まる。実に汚いやりくちだ!

 なんて奴だ……と龍田ちゃんが動揺するのがわかる。ふふふふ、そうだろう、そうだろう。普段おとなしい子に責められればたまるまい。

 そんな私たちの思惑を嘲笑うかのように、文香ちゃんはキョトンと首を傾げてその期待を裏切った。


「私、話すの苦手だよ?」

「眩しい! 汚れた私を許して!」

「ごめんね! 私たちが間違ってた!」


 そのいい子っぷりの眩しさに「目がぁ……目がぁ……!」と某有名キャラのようにのたうちまわり懺悔する私と龍田ちゃん。

 ちなみにこの間ノリについてこれなくなった文香ちゃんは困惑していた。……ドン引きじゃないよね?


「で、結局そこのところどうなの?」


 話を私が意図的に脱線させてはぐらかそうとしたことに龍田ちゃんは気がついたもよう。はっちゃけるだけはっちゃけて、真顔に戻って身を乗り出した。


「何が?」


 満面の笑顔でとぼけてみた。


「これ以上はーはぐらかされません。西下くんのことよ」

「そんな! 私と西下くんは、そういうのじゃなくて……それに、西下くんに迷惑だよ……」

「えっ? 文香ちゃんと噂とか西下大喜びだよ」

「えっ?」

「ん?」


 二人が同時に私を見る。


「西下くんと最上ちゃんは付き合ってない、と」

「そーだよ?」

「西下くんのことはなんとも思ってない?」

「いやいやいや好きだよ仲良いよ。何言っちゃってくれてんの。好きでもない人間と一緒にご飯食べたり帰ったりって私は意思のない人形かマゾか何かなの?」


 いくら私が明るく優しく平等に、をモットーにクラスメイトのほとんどに見えない線を引いていたからといって、それが好き嫌いを判断してないってことじゃないんだよ?


「じゃあ、それは友達としての好意?」

「それはどうでしょうね、ふふふ」

「誤魔化さないで」

「……ねえ、龍田さん。そういうのってすぐにわからなきゃ、ダメ、かなあ?」

「よくぞ言ってくれた文香ちゃん。流石ーそうだよそうだよ。人の気持ちってのはそんなパッキリ竹を割ったように区別選別されてるもんじゃないんだよ」

「……竹を割ったよう、は人の性格を表す慣用句……だよ?」

「細かいことは気にしないで」


 私がハーレムを言い出した。

 なのに私が西下とーなんてハーレムできる前に言い出したら、ただの修羅場じゃん。せっかく文香ちゃんと仲良くなれたのに。


「綾ちゃんの西下くんに対するスタンス、ってよくわかんないんだけど……」

「でもさっき、西下くんが東雲さんと付き合ってるって噂流れたら喜ぶとか言ってなかった? それって西下くんが東雲さん好きってこと? ……あれ? だとしたら、そうか! 最上さんは西下くんの恋のお手伝いをしている、ズバリそうでしょう?」


 そんな国民的アニメのメガネキャラみたいな台詞で締めくくらなくても。裏声にしてないから意識してないとは思うけどね。

 うーん、惜しい。すごいなあ。ほぼ核心ついてるじゃん。


「ぶっぶー残念でした!」

「違うのかぁ……」

「だよ、ね……違うよね……」

「正解は私と西下で、文香ちゃんを口説いてます。つまり私と西下はライバルってことで」

「えっ……そういう」


 木を隠すなら森の中というように、真実を隠すなら真実の中に。

 以前西下が使った技術のもっと基本的なものだ。わざとらしく、まるで信じられない嘘みたいなことを冗談のように言ってみせる。下手に隠したり嘘をつくよりも、本当のことを言っているのに信じてもらえないという意図した結果が起こる。

 だけど私が言ったことはやっぱり本当で、事実は小説よりも奇なりというように、もっとおかしなやりとりが私たちの間ではかわされている。当たり前で予想しやすい「私が西下の恋を手伝う」なんていうありきたりなラブコメよりもずっとおかしな青春が。

 だってそうでしょう? もしも西下がハーレムにしてやるよ、なんて言わなきゃ、言える男の子じゃなければ恋心を持った女の子が二人以上になった時点で全ての女の子視点からのハッピーエンドなんてありえないんだから。選ばれなかった子が幸せになるとすれば、よりいい男と結ばれた時。それはそれで腹がたつ。

 恋は戦争。ならば、龍田ちゃんの言うような戦争にはならないし、させない。それが私たちの目的なんだから。


「私には、わかんないや」


 やっぱり。

 龍田ちゃんは今も迷っている。現代日本に根付いている価値観にとらわれて、恋愛は一対一こそ尊いものだという考えは抜けきらないから。

 私たちを通じて、性別の壁を超えた友情とか、愛情の形を模索しようとしてる。私たちから何か得られないかと貪欲な会話をしてる。龍田ちゃんのそういうとこも、そこそこ好き。

 恋は、独占欲だという考えがある。以前西下とそんな話をした。嫉妬してこそ恋。西下はそれを「友情だって嫉妬はある」と一笑に付したけど。


「わかる必要はないよ。だって龍田ちゃんは龍田ちゃんでしょう?」

「よく使われる、言い回し……」


 文香ちゃんやめて! パクリみたいな言い方じゃない。いつからダークサイドに落ちたっていうの?!


「それぐらい、あたりまえのことなんだと思う、かな……?」


 な、なんだ、フォローかーびっくりしたあ。てっきり私の意見をテンプレート化して叩き潰す反逆かと。


「そうだね、それに」


 龍田ちゃんが理解するべきは、複数の側に立つ私たちじゃなくって複数に囲まれる西下の心情だしね。

 心の中でだけそっと付け足す。


「それに?」

「ううん、何でもない」


 何でもないって言った時の何かある率は異常。


「……大丈夫、だよ」

「東雲さんは、西下くんを信用してるんだ」

「私のこと、よくわかってくれてて、すごく優しくしてくれて……だから、今回だって」


 うん。でも文香ちゃん。厳密に言うなら色々と違うんだよ。

 西下には下心があって、文香ちゃんに好かれようとした結果、優しくすることがその中に含まれていただけで。

 西下は基本的には優しいけれど、その基本的の限度はよくわかってる。今回はその限度を超えてる。

 龍田ちゃんの心は既に他の男の子に向いていて、それを横から掻っ攫う真似はしないって言ってたから、つまり龍田さんは西下の中で既に他の人のものなんだ。いや、ものっていうとなんだか言い方は悪いけれど。そうだなあ……マイルドに言うならフラグは折れてる、かな。

 そんな相手に必要以上に優しくするぐらいならきっと西下は文香ちゃんを私と愛でるよ。いつきやしなうって古語で言っちゃうぐらいに可愛がりたくなるよ、うん。お世話しまくり。余計なレベルでお世話したい。

 だから、西下は本当は――


「あ、もうそろそろ帰らなきゃ」

「そうだね。お片づけ、しなきゃ……」


 女子会終了のお知らせ。

 私たちは西下の報告を待つだけだ。

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