第22話 放課後の教室はフラグとともに

 斜陽を背に立つ最上は、自分を含めたその絵画のような構図そのものを支配するように美しかった。陰影と静寂を身にまとっている。時間帯は放課後。誰もいない教室の窓際から影がこちらへとのびている。

 換気のためと窓を開けると、夕方になり少し冷えた爽やかな風が教室を通り抜けて廊下へと吹き込む。

 俺はここで最上と今後の話をしようと向かい合っている。

 昼休み、女子会の開かれた教室に放課後再び誰が言うでもなく集まった。話したいことや聞きたいことは昼休みに終えたのか、みんなの会話はただの雑談にとどまった。

 そして解散した後、東雲と龍田にまだ少し用事があるからと言って先に帰ってもらったのだ。

 ガタンと遠くで音が聞こえた。まだ校舎内に誰かいるのだろう。


「東雲も、龍田ももう行ったか」

「そうね。ここにお弁当箱忘れてるけど」

「それは俺が回収しよう。洗って返してやる」

「舐めたりしない?」

「しねーよ!?」

「えっ? 男子って好きな女の子の私物とあれば舐めるか嗅ぐものじゃないの?」

「時々俺はお前の知識の出処が心配になる」


 それってあれだろ? 鍵盤ハーモニカとかリコーダーとか体操服とか。

 ちなみにアイテムがリコーダーとか小学生っぽいのは、中学生にもなるともう一段階酷い領域へと足を踏み入れるからで、それが生々しいからみんな口に出さないだけだ。恥ずかしい黒歴史やばれた時に最低! って言われて済んじゃう程度なのはそういうことだ。

 俺はそんなことをしたことはない。


「西下は、ゲスいねえ」

「何がだ?」

「そりゃあ、今こうして龍田ちゃんに協力してることが、だよ」

「そうか?」


 今の俺は多分楽しげに笑っていると思う。最上に期待しているのだ。


「考えてること、当ててみようか?」


 考えていること。

 最上のいうそれは、俺が龍田の相談してきた三角関係に積極的であることの理由についてだ。

 最上の言うハーレム計画から言うならば、他人の恋愛に構っている暇があれば新たな女の子を探した方がいいかもしれない。それを最上が何も言わずに付き合うのは、女子が恋バナが好きとかそういう一般論にとどまらない。そこには最上が、俺がそれに利益を見出していることを見抜いているという事実があった。


「言ってみろ」

「まず、文香ちゃんに私たちのことを意識させるため」

「正解」

「本当、文香ちゃん好きだよね。甘いったら」

「そりゃあな。あとお前もな」


 ダブルミーニングのこの言葉の裏に、最上は気がついたのだろうか。これは多分、気づいている。


「わかってる、私も。そういう自覚はあるし」


 これはどっちのわかってる、だろうか。これも俺と同じで両方、なんだろうな。

 ……チョロいなあ、俺。にやける顔を手でおさえて、男子はみんなチョロいんだと言い訳する。


 東雲はしばらくは何も考えずに俺たちと一緒にいられるはずだ。だけどそれがいつか、恋愛によって壊れるかもしれないことを自覚しておいてもいいだろう。これは別にどっちでもよかった。無自覚にベタ惚れってのもそれはそれで捨てがたい。そんな展開までいけるのかどうかはわからないけど。


「次に、ハーレムのライバルになりかねない、いい男の排除」

「排除、というと物騒だけどな」


 これは結構大きかった。

 蔦畑に菅沼。どちらもモテるタイプの男で、そんな奴らのうちどちらかが龍田とくっつくことにより、もう片方が野放しにされたとしよう。すると、長年想っていた幼馴染に失恋したいい男なんて、格好の的だ。無自覚に、一人きりで寂しくいるだけで同じく一人の女子を落とす。傷を舐め合うみたいに慰められ、一緒にいるうちに……なんてそんな未来が目に見えるようだ。

 それをもしも龍田とくっつけてしまえば?

 二人同時に龍田がくっつくので野放しにされることはなくなる。これで蔦畑と菅沼、両方解決だ。


「最後に、これが一番、なのかな? ――前例をつくる」

「……まさかそれが見抜かれる、か」


 今俺の状況は危ういと言っても過言ではない。

 スポーツ万能でもなければ勉強トップでもない。ましてやイケメンでもない俺が女子二人とあからさまに仲がいい。いつそれが糾弾されるかわからない。いくら本人たちがいいと言っても、許されにくい風潮というものがあると大変だ。

 もしも龍田を中心として三人が結びつく未来があれば。比較的評判のいい奴らのカップルができれば。俺たちの関係に文句を言ってくる輩はいなくならないだろう。しかしそれはあくまで個人的な意見にとどまる。少なくとも全体的な圧力で関係を壊そうとはされにくいだろうから。

 もちろん、龍田が女子にあまり評判が良くないこともあるだろう。だが少なくとも、男子の中での俺よりは、女子の中での龍田の方が見た目の評価は高いはずだ。

 多分、俺がネガティヴな方向に自意識過剰、つまりは被害妄想に近いわけだが。それでも今この三人に協力しておくことは無駄じゃないと思う。新しく仲良くなれそうな女の子を探すよりも優先するぐらいには。


「次はどうするの?」

「そりゃあ、三人が三人、危機感を持っているならやることは大きく分けて二種類、だな」

「敵対するか、協力するか?」

「そういうことだ」


 俺と最上は綿密な打ち合わせはしない。それどころか概ねの方針を決めるだけで計画さえ立てない。

 それは多分、最上と俺は協力しているけれど、一つの組織ではないからだ。組織ならば中の人間全てを合わせて一つの生き物のごとく動くのが理想だろう。しかし最上と俺は別の生き物だ。目の前で起こることに、なるべく自分の意思で関与するために、どちらかの意思が優勢にならぬように動く。それを目指してお互いの意見を押し付けない、その場で判断して好きに動く。だからこそ、嘘をつかずにいられる。


「帰るか」

「そうしよっか」


 放った言葉が渦巻いた。最上が俺を見抜くように、俺は最上をわかってやれているのだろうか。そんなセリフを飲み込んだからだ。

 最上は俺を見て鼻で笑った。悩んでも仕方ないでしょう、と言わんばかりに。

 俺たちは窓を閉めて教室を後にした。



 ◇


 昇降口まで降りてくると、東雲が待っていた。下駄箱に寄りかかるようにして立っている。


「東雲、待っててくれたのか?」

「……うん、西下くんたちは何か用事あるみたいだったし」


 最上が東雲に抱きついた。ちょっとそこ代われ。いや、いいぞもっとやれ。


「ありがとう文香ちゃん大好き!」

「悪いな。じゃ一緒に駅までいくか」


 遠くで運動部の声が聞こえる。やーわーとここからでは何を言っているのかあまり判別はつかないが、練習の時には声を出すものらしい。


「龍田は苦労しそうだ」

「いやー大変だねー」

「言葉と裏腹にすごく楽しそうだな」

「だって言ってたじゃん、物語のような青春が送りたいって。友達の恋愛事情に首をつっこむのだって立派な青春じゃない?」


 それもそうなのか。

 当事者からすればきっと切なく苦しい物語だろうから。傍観者としてそれを楽しむというのは言葉にすればいささか字面が悪い。

 しかしやはりそれもまた、人間の本質だ。人が人を愛し悩む姿を見ていたい、その行く末が気になるということは。

 でも龍田、それならきっと大丈夫。傍観者おれらはお前に恨みがない。だからハッピーエンドを祈ってる。祈る神がアテにならないことも知っているから、こうして口を出している。


「西下くんと綾ちゃんは、何か喋ってたの?」

「ん? ああ、俺が三人のために頑張ってるのは何故かとか、これからどうしようかって話だな」


 詳しく話していないだけで、特に嘘ではない。東雲が詳しく聞いてくるかどうかはわからないけど、それを意図的にしていることは騙している、に入るのだろうか。

 正直に端的にまとめて話しただけだ、と言い訳はしておく。


「……そう」


 東雲は何かを考え込むようにして、それっきり何かを聞いてくることはなかった。

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