第20話 煽りにいく
俺がもしも、東雲や最上が誰かに告白されてそれを俺に一言も言わずに黙ってその返事を保留、もしくは付き合い始めたなんてことを内緒にしていたら、気が気でない。授業は手につかないだろうし、そわそわしてしまうとそんな風に思う。
ましてや幼馴染、過ごしてきた時間が数倍どころじゃすまない相手。知っているという自負もあれば、変わらないという期待もあるだろう。
昨日は四人で連絡先を交換しあった。東雲と最上との三人グループの他にもう一つグループを作った。名前は恋愛対策委員会。ふざけた名前だ。誰かに見られたらどうするんだろうか。命名俺。
作った理由は二つ。
俺にとって龍田は東雲と最上と同列には見れない。優先順位は二人のほうが上だ。東雲だって三人の中にいきなり龍田を入れるのはモヤっとするだろう。この案件が終われば龍田は俺たちと共には過ごすことが少なくなる。当然だ。ならばもともとあったコミュニティに形だけでも入れるべきではない。
そしてもう一つ、龍田に聞かれたくない話もあるということだ。
本日は菅沼に加えて、蔦畑も登校している。どうやら昨日の風邪は治ったらしい。重畳重畳、とたまに本では使われる表現で脳内で言う分には違和感もないが口に出す気にはなれない。
菅沼は蔦畑にあのことを話したのだろうか。彼ら二人の間で龍田の情報の扱いはどうなっているのだろうか。それによって対応が変わってしまうが……こればかりは龍田に聞いてもわからないことである。
スマホで三人にこう伝えた。
『今日はお前ら三人で食べておいてくれるか? 俺は菅沼と蔦畑と食べることにする』
すると龍田が
『えっ? 何か言うつもり?』
と心配してくるので俺は
『大丈夫、嘘はつかないから安心しろ』
と返しておいた。
最上は全然安心できないんどけど、とwで草を生やしながら言ってくるのでうるせえだまれと俺も笑いながら返しておいた。
そして昼休み。龍田が二人に「今日は女の子の友達と食べるの」と告げて教室を出た。
そのうち東雲も最上とあの部屋で、とは考えていたが予想よりも早く、しかも龍田まで連れてあの部屋で食べることになるとは。そしてなぜ俺がそこにいない。ああ、俺が提案したからか、無念。
女の子とか、仕方ないか、なんて顔をして見送る二人の席に俺が近づく。
えっ? なにあいつ? みたいな視線が向けられているけれど気にしない。別に龍田が
「……西下か、なんだ?」
蔦畑がぼそりと尋ねる。その問いに含むところはなさそうだ。
しかしこういう時に蔦畑よりも明るくフレンドリーに振る舞いそうな菅沼が、ひきつった顔で目を逸らした。
つまり菅沼は蔦畑に伝えていない、と。そういうことか。
「いやあ、たまにはクラスの奴とご飯でも食べようかなって思ってな。話したいこともあるし。ダメならやめとくが」
そう言って口の端を上げる。不敵に、それでいて煽るような印象を与えるように。
蔦畑は興味ない、とばかりに菅沼に目をやる。多分、こういう誰か絡まれる時は大抵菅沼の交友関係からだったのだろう。
「いや、こっちも話したいことがある」
のったな。
二人の席の隣に腰をかけてパンを頬張る。高校において自分の座席なんてものは主張しない限り教室の共有物である。俺の元の席も今は野球部の男子が占領している。俺が今座ったのはサッカー部の座席だ。
「そういや、昨日お前教室きたけど、会話聞いてなかったの?」
「えっ? なんのこと? そういや浅葱と一緒にいてくれてたんだよな、ありがとうな」
言葉だけ聞けばなんと爽やか好青年だろうか。幼馴染が自分のために教室で待つ間、一緒に待って喋っていた男子相手にお礼を言うなんて。お前は親かなんかか。
とあっさり前半の意見を後半で否定するどころか心の中で毒を吐きつつ、あくまで表は崩さず。
「で、気にはならねえの?」
「……なにが?」
ひっかかった。
菅沼本人は多分、自分が意識しすぎていることを隠すために気にしていないフリをしたのだ。いつも通りを装おうとして。だが逆にそれが仇となる。いつも通りを装うのであればお前は「何話してたんだ?」と軽く訊き返さねばならなかった。
怖いんだろう? 菅沼。
幼馴染が自分に何か隠しているんじゃないか。そして俺との会話が自分の想像するものであったとしたら。
知らないフリをして、何もなかったようにしていれば、きっと龍田は告白は断るに違いない。今の関係を壊すのが怖いのは龍田もきっと一緒。そんな風に目を背けているんだ。
「おい、蘇芳……今俺に何を隠した?」
ここでようやく、隣にいた蔦畑がその異変に気がつく。龍田に何かあれば気にするのが菅沼という男だ。そんな彼が、放課後男と残っていた話をしていた、それを気にならないかと当の男に言われて「なにが?」と返す。どう考えても変だろうが。
「なんだよ、隠したって」
「……今お前、嘘ついたな?」
「どうしてそんなこと……」
ここからは蔦畑のターンだ。
普段無口な奴は、無口だからといってなにも思っていないわけじゃない。その裏側では時として人よりよく見て、よく考えているはずなんだ。人が話すために使うリソースをそちらに割いているのだから。って聞いたことがある気がするし、俺も納得できる。今がまさに蔦畑が饒舌な時だ。
……ところで蔦畑の弁当、なんかやたらと丁寧で可愛らしいんだけど誰が作ってるんだ、それ。
「お前は昔からそうだ。嘘をつくとき、左手をポケットにいれる」
そういえば昨日もいれていたか? そんな癖があったのか。役に立つかはわからんが覚えておこう。
菅沼は慌てたようにポケットから左手を出した。こういう癖を指摘するのはいざという時だけにするべきである。この先使えなくなる可能性があるからだ。蔦畑は今をその時だと思ってくれたわけだ。
「ぐ、偶然だろ?」
「じゃあ、聞くけど……俺に昨日、授業のプリントを届けにお前が、お前だけが来てくれたよな? で俺が何かあったかと聞いたとき、何もなかったって答えたよな?」
「それは、俺に何もなかったか? って意味だと思って……」
「いや、わかっていたはずだ、蘇芳。俺とお前の間で心配することや尋ねることなんて一つしかないだろ」
それはつまり龍田のことだ、と。
やっぱりこいつら、龍田のこと好きすぎだろう。片方は幼馴染が「好きなんだと思う」って言っただけで告白やらと勘違いした挙句挙動不審に。それをもう一人に必死に隠して。もう一人はただ自分の幼馴染二人が一緒に帰ってこなかった、次の日俺と話していたことを伝えただけで問い詰め出す。これで意識してませんなんて言ったら笑えてくる。
「だいたい、浅葱が誰かと話してたからって関係ないだろ」
言った。言いやがったよこいつ。結構禁句だぞ、それ。関係ないとか。
男の目線からすれば単なる強がりだなんてわかるけれど、深読みするでもなく言葉尻だけをとらえて素直に受け止めるとどう考えてもそれ、幼馴染どうでもいいって言ってるからな? 好きの反対は嫌いじゃなくて無関心だって言うじゃねえか。
同じセリフ、龍田の前でも言えるのだろうか。やっぱり龍田は連れてこなくて正解、か。こんなセリフを聞かせるべきじゃ、ない。本人の中で整理がついてから会わせてやったほうがいいのかもしれない。
別に俺は名前を覚えてなかったり、あまり話さなかったりするけれど、人間を観察してこなかったわけじゃない。
こいつはだいたい女子の前でというか誰の前でも紳士的な態度を崩さずにいた。
今はどうだ。多分こいつがその態度を崩せるのが幼馴染二人の前だけなのだろう。
だがな、今は俺が目の前にいるんだぞ?
「へー、関係ない」
「そうだよ。別に俺なんかはあいつにとってただの幼馴染なんだから、俺がその人付き合いにまでとやかく言う権利はねーよ」
一人称を初めて聞いた気がする。
「じゃあたとえばだけど、俺が龍田に告白して付き合っちゃっても全然気にしないわけだ」
嘘ではない。
たとえば、の話だ。しかしこの後、蔦畑が菅沼から昨日の話を聞いたあとではたとえばの話だなどと言ってはいられないだろう。
「おい……お前、何か浅葱に変なこと吹き込んでないだろうな?」
蔦畑が俺に詰め寄る。お前に近寄られても楽しくねーよ、と。胸ぐら掴まれそうな勢いだ。
菅沼は勝手にしろよ、と吐き捨てて立ち上がる。どこに行く気だ? お前の席はここだろう? だからなんでお前は逃げ出すの。俺別にお前を取って食おうってわけじゃないんだからさ。
変なこと、ねえ……
「そういや今日、龍田がここにいないだろ?」
「それがどうした?」
「それで俺がここに来てる」
嘘"は"ついていない。
現に龍田は俺に言われて東雲と最上と飯を食ってるし、俺はあいつに菅沼と蔦畑と飯を食うと言ってきたのだから。
「浅葱はどこだ? 何か変なことしてないだろうな……!」
「いやいやいや。ここ学校だぞ? そんなヤンキー漫画やドロドロ少女漫画みたいなことしねーよ」
トイレに連れ込んだりとかそういうのだろ? 「おめーの席ねーから!」とか言わないし。いじめ、よくないもんな。今俺がしているこれは下手なイジメよりSAN値削っている気がするけどそこはさておき。
「その言葉、忘れんなよ」
「物覚えはいい方でね」
俺と蔦畑の目があう。蔦畑は多分、威圧しているつもりだけど俺は観察している気分でその温度には差がある。
とりあえずファーストコンタクトは意味深なこと言って喧嘩売って終わった。
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