第19話 誤解は◯◯◯になるお約束

 今日は葵が休んでいる。どうやら風邪らしい。朝から浅葱が心配そうにしていた。あいつのことだ、大丈夫だろう。

 だけどこんな日に限って昼休みに呼び出された。相手は一個下の女子だった。バスケ部で練習してる時に見た覚えがあるから、女子バスケ部だったかな。浅葱と昼ごはん食べる方を優先したいけど、そういうわけにもいかないか。

 

「菅沼先輩……来てくれてありがとうございます」

「いや、いいよ。今日はどうしたの?」

「私、先輩のこと前から気になってて……今、付き合ってたりするんですか?」


 普通は「付き合っている人はいるんですか?」だと思う。だけどそういう聞かれ方をされちゃう原因にも心当たりはある。


「いや、付き合ってないよ」

「よかった……」


 さすがにここまでくれば、次に言われることの予想はつく。


「もしよければ……私と付き合ってくれませんか?」

「うーん、ごめんね?」


 少し悩むフリをして、断った。

 答えなんて決まりきっている。


「理由、聞いてもいいですか?」

「君を大切にできそうにないから、かな?」

「やっばり……先輩はあの人のことが……?」

「近い、けど……なんていうか、そうだなあ……」

「だって、あの人、はっきりしないし……!」

「あの人、じゃなくて龍田ね。龍田たつた浅葱あさぎ。大切な幼馴染だから……そういう風には言われたくないし、そういう風に言う人は、嫌だなって」


 こう言うとだいたいの人は黙る。バツが悪そうに、それでいて諦めるように。

 何も変なことは言ってない。仲のいい幼馴染をまるで悪女か何かのように言われて愉快な奴はいないだろう。ましてや葵と浅葱とは……そういう関係じゃないんだ。


「ありがとう、でもごめんね、やっぱり君とは付き合えないや」


 そう言ってクラスに戻った。浅葱はもう食べ終わっているだろうか。食べ終わってないとか。それとも、待っていてくれていたりはしないだろうか。

 心のどこかでまだ食べずに待っていてくれているのではないかと期待していた。

 しかし教室に浅葱はいなかった。


 あの後、教室に浅葱が戻ってきたのはギリギリになってからだった。どこで何をしていたのか気になった。また今日帰る時に聞いてみよう。

 そんなことを考えながらの部活だ。

 ボールが床に跳ねる音が体育館内に激しく響く。低い音が腹の底を震えさせる。手から離れたボールがネットのゴールに吸い込まれるときの爽快感は他ではなかなか味わえない。走るのとかはめんどくさいけど、これがあるからとりあえずバスケはやめていない。

 まだ暑いとは言い難い春先だけど、部活をすると汗をかく。冷水器で水を飲んで体を冷やして喉を潤す。着替え終えると荷物を持って教室へと向かった。

 俺が部活をしている時は浅葱はいつも図書館か教室にいる。

 教室にいるときは自習をしていて、声をかけるまで気がつかない時もる。後ろからぽんぽんと肩をたたくと変な声をあげるんだ。それが楽しくていつもついつい後ろから近づいてしまう。

 教室まで近づくと、中から話し声が聞こえてきた。

 今日は友達が一緒にいるんだろうか。でも浅葱が女の子の友達と一緒にいるところというのもほとんど見たことがない。そうか、いつも三人で一緒にいるからな。そういう機会もないんだろう。

 どんな話をしているのか少し気になった。盗み聞きはさすがに趣味が悪いかな? なんて思いながら近づいていくと静かな廊下、否が応でもその会話が聞こえてくる。


「私は好き、なんだと思う……」


 今、なんて言った?

 それは確かに浅葱の声だった。もう十年以上も聞いてる声を聞き間違えるはずがない。

 もう二人ほど女子の声が聞こえる。もしかして、恋バナだろうか? あの浅葱が? だとしたら相手は誰だ。俺たちの知らないところで、誰か好きな奴ができたのか。それとも葵か、もしくは……


「よく言ってくれたな。ありがとう。俺はお前の気持ちを確認したかった。後は俺がそれに答えるだけだな」


 男子の声が聞こえたところで何を言っているのかも確認せずに思わず教室の扉を開けた。




 ◇


 開かれた扉、驚く四人。その中にはもちろん俺も入っている。そんな面白い光景が教室の中に広がっていた。

 入ってきたのは菅沼すがぬま蘇芳すおう、人間だ。いや、人間なのはわかっているけどそうじゃなくて、こいつが龍田浅葱の幼馴染の一人で、話の当事者だ。

 面白いことになってきた。

 果たしてこいつが聞いていたのはどこからどこまでか……


「あのさ、今、浅葱さ……」

「えっ?! 聞かれちゃった? は、恥ずかしい!」


 その言葉に菅沼は顔をしかめた。つまり、恥ずかしいというのが恋愛方面だとわかった上でその相手がわかっていない、そこで俺が返事をしたところだけ聞いたと。

 あははは……そうか、お前、そこから聞いてたのか。すごい運の良さ、いや、悪さだな。こいつにはラブコメの神様でもついてるのか?

 納得して、心中おかしくて仕方がない。誰がこんな典型的なすれ違い修羅場を生で見れると思う。こんなもんは一つ事情をわかっている者が丁寧に説明してそれを信じれば解決するだけのことなんだから。

 見ろ。最上なんかプルプル震えてる。


「その、どこから……?」

「いや、聞いてないからな」

「よかったー!」


 やめてやれ、菅沼のライフはもう0だ。

 左手をポケットに入れて、無表情を装って答えている。その様子がなんとも見ていられない。


「蘇芳に聞かれてたらどうしようと思ったよー」


 しかしまだ龍田のバトルフェイズは終わっちゃいない!

 なんてことだ。こいつ、天然の攻めがグサグサ幼馴染を刺してるぞ。よくぞ菅沼と蔦畑はこの天然鬼畜と付き合ってこれたな。たまに男子のプライドズタボロにされたりしなかったの?


「あ、あのさ、ちょっと用事思い出したから先に帰るな」

「えっ? なんで? 一緒に帰ろうよ」


 やめてやれ。聞かれれば恥ずかしいようなことを話していて、もしも菅沼が相手なら恥ずかしくて顔を見れないのではないかと菅沼は考えている。そこに平気な顔をしてあげく帰るのに誘われたら男子として見られてないのではないかとひしひしと感じてしまうから、な。

 本当は三人で仲良くしたいとかそういうだけのセリフだったから、菅沼個人に対する羞恥心はないのだとかわからないから。


「あー、お前は今日はそっちのと帰れよ、な?」

「えー何よ。わざわざ待ってたのに……なんかごめんね? みんな付き合ってくれたのに」

「いいよどうせ部活もねーし」

「右に同じく」

「……ええと、私は、ない……のかな?」


 そして東雲は俺に「ねえ、西下くん……どうして二人はなんだかギクシャクしてるの……?」と珍しく流暢にこっそり聞いてきた。

 東雲に事情を説明する。東雲はそれを聞いて表情を二転三転させて、「これ、話しちゃ……ダメなの?」とぷるぷる震えている。別にいいけどなんか大変そうだから俺が話すし、東雲は無理しなくていいぞ。

 そもそも、ラブコメにおいてこういうばったり出くわして聞きかじったことが誤解を呼んですれ違うなんてのは鉄板も鉄板、王道ストレートだ。

 一つ違うとすれば、こうなるかもしれないことをわかっていて「菅沼が帰ってくるかもしれない状況」で「教室で際どい話」をしていた俺たちにも責任があるだろう。そして誤解についてわかってしまっているのだから説明責任はますます重くなってきている。


 結局、菅沼はその場から逃げ出すようにして去ってしまった。いや、そこで逃げるのはこじれて面倒なことになるフラグだから。いや、自覚させるためにはちょうどいい薬なのかもしれないが。

 まあ安心しろ菅沼。お前が思っているような胸糞展開にはならないから。指一本触れやしねえよ。


「まったく。なんなの? 蘇芳ったら」


 龍田はよくわからないらしい。

 幼馴染であっても男心まではわからないってか。


「龍田、菅沼は俺とお前が告白して、付き合おうとしているように聞こえている可能性があるぞ」

「えっ? へっ? 何で……あっ……」


 自身の発言を思い返してもしかして、というぐらいの考えには至ったらしい。

 東雲が「えっと……大丈夫?」と心配している。


「あーそうなんだ! へー」


 わざとらしく棒読みで気にしてません風に納得した。


「あれ? でもなんでそれなら逃げちゃったの?」

「気まずくなったんじゃねえの?」


 少し、少しだけわざと言葉を削った。

 龍田のことを好きだからこそ他の男と付き合うかもってところに居合わせるのが気まずかったという意味だが、それをただ気まずいとだけ説明するとそのあたりまで伝わるかどうかはわからない。

 女子が男子に鈍感だと思うのと同じぐらいに、男子が女子に鈍感だと思うこともあるってことだ。遠回しなデレがいつだって伝わるかどうか。大切なのは人に合わせたレベルでのデレである。


「どうする?」

「……どうしよう?」


 途方に暮れている。そしてハッと気がついたように俺たちを見上げた。そうだ、こじれず面倒くさいことになっていない仲の実例がここにいるではないか、と。


「西下くんって二人と仲良いよね?」

「バーン」


 言われるやいなや、最上がこちらに人差し指を銃口に見立てて発砲する真似をした。

 俺はガクンと膝をつき、胸の中心少し左の部分を押さえて呻いた。


「くっ……貴様、裏切ったのか! まさか……あの時の取引の裏で人質を……」

「ふふふふ。あの組織にもうあとはないわ……こちらについた方が私もあの子も助かる可能性が高いの!」

「ボスに拾ってもらった恩義は忘れたか!」

「もう十分に返し終えたわ……さよなら」


 ひとしきり寸劇を終えると、二人顔を見合わせて「そうだな、仲はいいな」と頷く。息はピッタリだ。さすが最上。


「うん……仲が良いのはわかった。あとなんでそんなに熱入ってるの? ……あとなんで東雲さんは私を羨ましそうに見てるの?」

「……私、二人とこうやって自然に話すのに……頑張ったのになぁ……」


 どうやらクラスが一緒というだけで普通に話せる龍田が羨ましかったらしい。


「大丈夫だぞ。俺も最上も東雲と喋るのに頑張ったからな」

「えっそういう慰め方? それ慰めになってるの?」

「そーだよ。頑張ったからねー」

「そっかぁ……一緒かぁ……」

「喜ぶの?! ごめん、私東雲さんの喜ぶポイントわかんない」


 結局のところ、人が求めているのは共感だ。自分と同じ想いを相手も自分に感じていたのだとわかりやすく言葉で伝えてやることは無駄じゃないはずだ。東雲は今回、仲良くなろうと意識していたのは自分だけで二人とも誰とでも気楽に話しているのかな? という疑問が龍田へのやきもちになったのだろう。

 龍田はどちらかというと誰とでも話せる人間で、話すことに気を遣うという言葉を先生など目上の相手といった苦手意識からくるものだと思ってしまうのだろう。だから表面上の嬉しそうとか、羨ましそうとかそういう感情は読めても心理、心情まではわからない。


「そうだな……誤解をそのままにしておくか?」

「どういうこと?」


 まあ見てろって。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る