第18話 気持ちを確認するとき
龍田がクラスの誰よりも早く、俺たちの関係に気がついたのは彼女自身が周りに気を配っているからだとか、三人という関係に敏感だから、というのもあるがそれよりもわかりやすい理由がある。
それは龍田が図書館に週一で通っている、ということだ。
龍田はバトミントン部である。そして菅沼と蔦畑はそれぞれバスケ部、軽音楽部に入っている。バトミントン部とバスケ部は体育館競技ということで、コートの使える日が少ない。故に基礎練が多い。そして月から金のうちに二日休みで、土日のうちの片方もまるまる休みである。そして終わる時間が少し早い。軽音楽部に至っては週に一日ほどしか部活がないのだとか。
そんな三人がバラバラの部活であっても一緒に帰るために学校で残って待ち合わせているのだとか。龍田は二人を待つ間、時々図書館に顔を出しているのだという。
「で、そんな三人なら何かいいアドバイスとかないかなーって……」
そして未だ終わらぬ学校。
授業そのものは終わっているはずなのに、こうして学校に残っているのは他でもない龍田の相談が終わっていないからである。
いや、俺は引きこもりとかじゃないから学校そのものにトラウマがあるわけでもない。むしろ教室にいること自体は嫌いじゃない。
最上と東雲も残されたわけだが、お前らは大丈夫なのか。
「で、龍田。別に俺らは奉仕部とかじゃないからその相談を受けてやる義理はないわけだが……」
答える様子がないものだから、俺が答えて周囲の反応を窺う。
最上はどう転んでも面白がるつもりなのか、それとも俺が今から選ぶ答えをわかっているのか飄々として我関せずといった様子だ。それにたいして東雲は、自分が力になれるとは思えないができることなら力になってあげいとかそんなところか。俺の決断をハラハラしながら見ている。
龍田は「ま、ダメ元で頼んでみただけだしね……」と早くも諦める雰囲気になってしまっている。
「俺は受けてもいいとは思っている。けど残り二人が受けられるならってのが一つ、そしてもう一つが龍田、お前が俺たちに嘘をつかず、可能な範囲で言うことを聞くという上で、かな」
これをのませておくといちいち説得するのがなくて楽だ。もちろん理由とかはきちんと説明してからだろうけど。
「西下、それを利用してあんなこんなことしないよね?」
「えっ」
最上の失礼極まりない冗談に真に受けかけた龍田が少し距離をとる。
思わず、お前にしてやろうか?! と返しそうになるもぐっと堪える。まだだ、まだ早いぞ。
「するか馬鹿。……そうだな、俺から何か言うことを聞かせる場合は東雲か最上が見ていること、そしてその命令の内容を龍田が録音して良いこととしておこう」
「それなら大丈夫かな?」
そんなに頻繁に命令するわけじゃないし、録音はいざというときに命令したことだという証拠にもなる。やましいことは何もないので大丈夫。って何をほっとしている、龍田。
「西下くん……協力するの?」
「おう。意外か?」
「うん」
何故だ。東雲のお仕事だって楽しく手伝ったじゃんか。
「東雲は手伝いたいか?」
「私は……気になる、かな……」
「気になるなら手伝うのが一番だ」
「私は西下が手伝うなら手伝うよっと」
最上の意見も俺と似たようなものか。
私一人でも手伝う! とかそういう展開は俺たちの間にはない。多分、この中の誰か一人がしたいというならそれに引きずられるようにして、三人がすることになるだろう。俺はそれを望んでいるし、決して流されてとかではない。今回は俺が決めただけの話。
「だが一つ言っておくなら龍田、俺たちはお前らと違って長い時間を過ごしてきていないし、かといって付き合ってるとかでもないぞ?」
今はまだ、とつけたくなるのが男子の悲しいサガである。
本日は龍田の部活動はお休みである。
だからバスケ部が前半の部活が5時半まであるのを一時間ほど待っていることになる。今日は俺たちがいるからまだいいけれど、普通に考えて、とても暇だ。本でも読んでなければやってられないだろう。スマートフォンをいじるにしても電池の限界はあるだろうし、そもそもそれで一人教室に残って時間を潰しているといかにも外聞は悪い。龍田はいつもこんな時間を過ごしてきたのか。
俺が龍田だったら、いつか他の女に取られるかもしれないけれどその幸せを祈るだけみたいな相手に向かってそんなことができるだろうか。いや、それでもやはり待ってしまうのだろうか。幼馴染ってそういうものなのだろうか。
同時に羨ましいと思う。何も考えず、ただ生きていただけでそんな風に思える人間が隣にいることが。
「一応。確認しておくけれど、二人からそういうこと、言われたことあるの?」
菅沼と蔦畑の名前を出さずに最上がたずねるものだから、尋ねられた本人は意味がわからず問い返した。
「そういうことって?」
「そりゃあまあ、告白的な?」
「好きだとか、付き合ってくれとか?」
「そういうの」
最上がその奥に足を踏み入れる。
こういうときに男女差別をしたいわけではないが、男には男の、女には女の役割があると思える。女子の感情面の深くに男子の俺が立ち入るのは難しい。初めての一歩なら特に。
最上はまだその歩みを止めなかった。
「そういうのは感じてたりするの?」
「そういうのは、多分。だって私が中学校の時、同じように男の子の幼馴染がいる友達がいたんだけどさ、その子から言わせると全然女には見られてないって。無遠慮に胸見たあげく溜息つかれたり、鼻で笑われたり平気で下ネタ言ってきたりするって」
「……そういうのはないの?」
東雲が乗り出した。何、東雲そういうの興味あるの? 俺が教えてやろうか? ってどう聞いてもセクハラですありがとうございうございました。
「うん。なんかなるべく二人してそういうのを意識させないようにしてるみたい」
「バレてる時点で意味ないのにねー」
女子の恐ろしい一面を見た気がする。
「ところで西下はあまり私たちの胸見ないけど」
「まーそりゃ目立つほどでかけりゃ見るかもしれんが……でかいのが好きってわけじゃないからなあ……」
「……私の胸、小さい?」
今日は東雲グイグイくるな。安心しろ、それぐらいも好きだ……って何言わせようとしてるんだ。うむ、可愛い。胸に関係なく東雲は可愛いよ。
「高校生ならそんなもんじゃねーの? 知らないけどさ」
アニメで大きなものを見慣れてしまった男子は勘違いしやすいが、現実のは服の外からはあんなに主張しないし、あんなにでかくない。絶対プロフィールのカップと実際の大きさとの比がおかしい。例えば鬼の手を持つ教師のアニメなんて、小学生で体重39キログラム、Dカップとかおかしい。胸何割占めるんだよ。
今度そのあたりは最上に聞いてみよう。
「えー男子って大きい方が好きなもんじゃないの?」
最上が不服そうに呟く。
なんというか、大きい方が好きと思わせて貧乳とか大きくない子がそれを気にしてるのは見たい気がする。だから今、訂正してもいいけど将来俺にベタ惚れなおバカな女子が「揉まれると大きくなるよ」とか言われて他の人に揉ませだしたら嫌だから素直になろう。うん。そんな奴、出てこないだろうけど。
「それこそ偏見だろ。それって男子は背が高い方がいいって主張する女子並の意見じゃねーの?」
「高さより顔なんじゃないの?」
「いやー高い方がいいかなー」
龍田は高い方がいいらしい。
「私は、どっちでも……いいかな? 好きになった人なら……」
「東雲……」
俺の方を見ながら言ってくれる。キュンときたけど別に俺、平均よりは高いし身長にコンプレックスもないから励まさなくていいぞ?
「そりゃお前、蔦畑も菅沼も背、高いもんな」
「えっ! いや、そーいうのじゃないし!」
「照れんなよ。で、どうなの?」
「西下、くん……?」
まあそう焦るなと言いたい気持ちはわかる。
けれど、俺はこれを確認しないことには前に進めないわけで。
「だからー龍田ちゃんはーあの二人のことは好きなんだよね? 少なくとも嫌いじゃないでしょー」
「私も気になる、かなぁ……」
女子は恋バナとか好きなわけで。
いや、男子だって嫌いなわけじゃないよ。ただ下半身と直結しちゃうからとか、好きな人への思いの丈を語るのが気恥ずかしいから自分に被害を及ぼさないために言い出さないとかそういうだけで。
俺が話題をふれば二人はのるだろう。そういうのを目的として今ここにいるのだから正当性もあるというものだ。
龍田は改めてその幼馴染という家族のように接してきた二人への想いを確認させられて照れている。家族のようで家族ではない。だからわざわざ相談しにきたんだろうが。
龍田は迷っていた。
どちらをだろう。気持ちだろうか。認めることをだろうか。
「好き、なんだと思う」
よくぞ言った。その言葉が聞きたかった。結局、龍田が二人を好きじゃなきゃ意味がない。
「付き合いたいとか?」
「それはよくわかんない」
「よく言ってくれたな。ありがとう。俺はお前の気持ちを確認したかった。後は俺がそれに応えるだけだな」
その時、ガラリと教室の扉が開かれた。
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