第17話 プロローグはあっけなく終わる

 本日午前最後の授業は英語だった。何故か白衣を着ているいかつい中年男性の先生が黒板に書かれた英文の訂正をし終える。日本語訳を関西弁にしたら面白いな、と思い立ったところでチャイムがなった。

 最上もがみが背後に立った。「俺の背後に立つな」とか言ってみたいのをおさえ、俺は椅子を後ろに向けて応対した。


「ところで西下は百合日常系やラブコメとかの他には何か読むの?」

「俺がそんなお花畑一択みたいな言い方やめてくれる? いいじゃねえか、ラブコメも日常系も」

「私も好きだよ。少女漫画家の男子高校生に恋した女の子の話とか、隣で授業中ハイクオリティーに遊び続ける男の子の話とか」

「俺もすげえ好き。特に告白がファンとしてのだと勘違いされたりするシーンとか、乙女ゲーの親友ポジション主役にBL描こうとしちゃうのとか」


 あの頓珍漢な感じとそれぞれのキャラがうまく噛み合うのがたまらない。男の子の一人が一番ヒロインなラブコメだ。


「私は純粋な恋愛物とか、ファンタジーにも手を出すなー」

「麒麟に選ばれて王になるとかね」

「後は王様の教育係として一ヶ月だけ結婚する貧乏貴族の娘さんが王様に惚れられるやつとか」

「色の国の話だっけ?」

「そうそう。そのあと結婚契約が終わって、女性でも優秀な人がいるなら官吏に女性がなれないのはおかしい、って女性もできるようにしちゃうんだけどね」


 政治系統か……この前手を出した、烏に変化できる人が普通の世界で陰謀渦巻くミステリーみたいなのよかったなあ。女性同士がドロドロしてて、次々二転三転して最初は主人公で天真爛漫かと思っていた女の子が主人公じゃなくなってすごく黒幕みたいになるのとか。


「へー、面白かったんだあれ」

「うん。ちょっと少女漫画風な恋愛軸に見えるけど男の子も楽しめると思うよ?」

「いや、もともと少女漫画でも楽しめるから」

「ほー……じゃあ何か面白かったのあげてみてよ」

「そうだなあ、あれはどうだ? 道場の跡取り息子として育てられていた武家のイケメンが実は女で、息子が生まれたことでそれを知らされる話」

「ごめん、ちょっとわかんない」


 古いからな。俺だって偶然見つけて読んだだけでそれ以外で名前を聞いたこともない。


「なんかいつもいがみあってた悪友ポジションの幼馴染が女としって実はお前なら結婚してもいいとか言って迫ってくるんだよな」

「なにそれおいしい」

「だろ? で、逃げた先で外人イケメンに恋をする、と」

「ここでも幼馴染は負けフラグか……!」


 大正解。しかも外人イケメン追っかけて北海道に行ったり、アメリカにいったりと波乱万丈な小町さんだ。御転婆さと初々しさが混ざって、加えて性別の悩みが……っていう序盤だけど幼馴染は負ける。

 幼馴染の負けフラグって辛いよな。だって幼い頃からわかりあっていて、いるのが当たり前みたいになっているのにぽっと出の見た目良い奴に掻っ攫われるんだぜ? 


「ん? どうしたの?」


 突然最上が俺の後ろに目を向けて尋ねる。

 そうなのだ。お昼ご飯の用意をして立ち上がろうとしている俺をずっと見ていた輩がいた。

 それは龍田であった。ちょうど手薬煉との話題に上がった人物が来ると嫌なフラグが立った気がする。

 俺はというと、それに気がつきながらも気がつかないフリをしていた。だって話しかけられてもないのに「何か用?」って言うとなんだか自意識過剰みたいだし、それに用がないなら見るなと言わんばかりで冷たい気がするし。

 だから俺は話しかけられるまで最上と雑談に興じていたわけだ。

 ……それを最上こいつというやつは。まあ、俺が言うよりも一歩引いた最上から聞いてくれたほうがきっかけとしてはいいから許す。


「相談したいことがあるんだけどここじゃなんだから……」


 おい龍田、それ完全に勘違いさせにくるパターンの切り出し方だから。ついでに言うと相談内容が恋バナで期待した馬鹿な思春期男子を奈落に突き落とすところまでが定番テンプレ

 最上は楽しげにニヤリといつも俺に仕掛ける時の笑みを浮かべて俺と龍田を交互に見た。


「へー……私はいない方がいいかなーっと」


 わざと棒読みの口笛が聞こえてきそうな口調で提案している。

 すると龍田は慌てて誤解だと言わんばかりに手を振って否定した。


「いや! 最上ちゃんにはいてほしいな? あっ……あと、えーっと最近西下くんと最上ちゃんと一緒にいるっていう……」

「ああ、そうだ。相談なら東雲に先食べといてって言ってこなきゃな」

「いや、違うんだって。できればその、東雲さんもいてくれると、ありがたい、かな?」


 なんなのこいつ。なんの相談したかったら俺と最上と東雲を集めようと思うんだ? マジで恋バナなの?

 俺の洞察力もその程度ということか……精進が足りんな。



 ◇


 東雲に事情を説明して、空き教室――最上と俺の憩いの場に移った。

 事情を説明し終えた今でも東雲は怪訝な顔をしているし、あまり知らない龍田に怯えている。怯えて、というと失礼か。どう接していいかわからず俺と最上から一歩後ろに下がって二人越しに龍田の様子を窺っている。……あれ? 具体的に説明するとますます警戒する小動物みたいになったぞ。

 とりあえず少し落ち着いて、龍田の相談事とやらにも予想がつくようになってきた。とはいえ、東雲の時みたいに意識的に観察したわけでもなければ、最上の場合のように長い間一緒にいたわけでもない。あくまで俺の予想に過ぎない。

 それぞれの昼食を取り出して食べ始める。俺は三限終わった時に買いにいった売店の惣菜パンに家から持ってきた緑茶というよくわからない取り合わせだ。


「そういやいいのか、あいつらは?」


 だから俺はカマをかけた。


「あ、葵と蘇芳のこと?」

「俺は誰とは言ってないけどな。そう、その二人」


 普通に考えて、一緒にいる頻度や俺が知っているはずの知識からして、龍田に「あいつら」と複数形で呼んだなら蔦畑と菅沼のことに違いない。

 だから問題はここからだ。


「あ、いや! 別にそーいうのじゃなくって!」

「あははははは、龍田ちゃんきょどりすぎー」

「……もうっ、からかわないでよねー。蘇芳は今日は風邪でお休み。それで葵は……」


 そこで言葉が詰まる。何か言い方を模索しているようでいて、戸惑っているようにも見える。

 最上はそれを観察しながらハンバーグを食べた。


「言いにくい、言いたくないことなら別にいい」

「……誰かに呼び出されてる、とか?」


 東雲がおそらくはその正解を引き当ててしまう。最上も、俺も踏み込まなかったその先に。どちらが正解だったか、まだ答えは出ていない。だが龍田の顔はかすかに歪む。

 もしもこのやりとりだけならばまだ先生に呼び出されているとか、そういうことも考えられる。だから、まだ、言いたくない、言えないなら誤魔化せるが……


「後輩の女の子に呼び出されてるんだって」


 拗ねたような、寂しがったような口を尖らせたその言い方に、東雲もバツの悪い顔になる。もしも俺が蔦畑か菅沼のどちらかに想いを寄せる気の強い女子なら思わずこう言っていただろう。貴女にそんな権利があるの? と。

 だが俺は今男で、最上と東雲を愛でているその最中だ。だからこうも思う。関係性における権利は第三者には決められない、と。彼女には寂しがる権利があって、それを誰かに咎める権利は、ない。


「で、俺らと代わりにってわけじゃないんだろ?」

「そーいうのじゃなくって」

「はっ! まさか私に愚痴りに? 言ってくれれば私の胸を貸すのにー貸すほど立派なもんじゃないけどー」

「愚痴りに……それが一番近い、のかな。私たち、幼馴染なんだけどさ、どうしたらいいと思う?」


 それ、俺らが言って聞くのか?

 俺には男の幼馴染がいないからわからないぞ。


「どう、して……私たちに聞きにくるの?」


 東雲ナイス。俺の聞きたいことを聞いてくれてありがとう。


「最上ちゃんなら、わかるよね?」

「そりゃー私たちが仲良くなった、からだよね?」

「うん。私たちってさ、いてて当たり前だったんだよね。葵と蘇芳、私で三人。でもさそれって周りからすると当たり前じゃなかったんだなーって。わかったのが小学校高学年ぐらい?」

「思春期、ねえ……」

「そ。それでも一緒にいつづけて、私たちの関係は変なのかなってわかってても離れられなくて……でさ、なんかこのままだと変わっちゃったりするのかな、って」


 改めて、幼馴染が呼び出されて、自覚してしまったわけだ。自分が今いる場所の不安定さを。

 そしてもう一人は風邪で休み。おそらく呼び出された方もなぜこんな日に、と苛立っていることだろう。そして俺の予想が正しければ、おそらく呼び出されたことを蔦畑は二人に言っていない。一つはこんな思いを龍田にさせないために。もう一つは菅沼にそれを打ち明けられるほどに、彼らは己の心についてお互い話し合っていない。そして龍田は違う方面からその話を聞いたとかそういう場合だ。

 だからこそ龍田に迷いが生じたと考えるのはどうだろうか。

 そこで心細くはあれど、今日なんかは絶好のチャンスだったはずだ。幼馴染が周りにいないこの時が。


「三人ってさ、仲良くなかった・・・・のに仲良くでしょ?」

「そうだな」

「でさ、今もすごく自然に一緒に話してて、そんな三人になら私の気持ちとかわかるかなとか、どうやったらうまくいくかわかるんじゃないかなって思って」


 昼休みの予鈴が鳴ってしまった。

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