第二章 馬に蹴られてしまえ
第16話 プロローグは意味深に始まる
あれから、一週間が経過した。東雲と最上と一緒に昼食を食べている。
例の場所を使うことも考えた。だがもうしばらくはあそこを最上との密会の場所にしておくのもいいかということで東雲のクラスに俺と最上が食べに行くという形をとっている。二人に来させるということで本人は辞退したがっていたが俺と最上の二人で言いくるめた。
理由は二つ。
人見知りな東雲に男女半々かつ知らない人の多いうちのクラスを訪れさせるのはなかなか可哀想だというのが一つ。
そして俺たち二人が動くことにより、俺たちが東雲を顎で使っているのではなく、二人で東雲を構っているのだと周りに示すためである。
たとえば最上と俺がいるところに東雲がやってくると、周りからは「何故東雲がくるのか?」という好奇心もしくは「二人に何か言われてるんだ」という哀れみで東雲に目が集まる。
だが俺たち二人でいけば「最上と西下は何をしてるんだ?」と俺たちが主体で見られる。まあどちらにせよ俺がそんなに注目を浴びるとも考えづらいが保険みたいなものだ。
最上は俺のお詫びに昼休み云々のどさくさにまぎれて東雲と名前呼びを了承させた。手強い奴である。今はすっかり文香ちゃん、綾ちゃん呼びである。東雲が嬉しそうだから何も言わないけど。
よく女子にはやたらと名前呼びを推してくる層がいるが、あれはなんなんだろうかと最上に尋ねるとこんな考えだった。
『えっとね、私個人の考察でよければいいんだけど、あれは友達っていうのを形から入るの』
どういうことだ? と重ねて聞くと。
『西下とかは特にそうだろうけど男子だと"友だちだから""仲が良いから"そうするわけよね。でも女子でそういうのをするのってまず形から友だちになるのよ。私たちはお揃いのストラップつけてるから友だち、名前で呼び合ってるから友だち、ってね。周りに示して、そこから仲良くなるの』
なんとも世知辛い関係だ。はたしてそれをどれほどの女子が
◇
朝、授業が始まるまでの暇な時間に何もせずにいる。単語帳をめくるでもなく、机に突っ伏してくつろいでいる。寝たふりをしているわけではない。断じてだ。
そんな俺に近づいてくる生徒がいた。拒絶するような態度をしていたつもりはなかったが、この状態の俺に近づいてくる奴は限られている。この状態に限らず近づいてくる奴は少ないが。
「最近西下さー何かしてる?」
そんなことを聞いてきたのは
一瞬何を聞きたいのかわからずに考えてしまった。すぐに最上、東雲とのことだと思って頷いた。
「何か……ああ、してるな」
「何をしてるか聞いてもいいやつ?」
「うーん。聞かれてやましくはないし、話すのもやぶさかではないけど説明が面倒くさいってのはある。それに結構くだらない」
「ますます聞きたいんだけどそれ」
最上には内緒にしろ、とは言われていないし、話して「二人きりの秘密だったのに!」なんて嫉妬みたいなことも言われるまい。
問題としてはこいつがクラスメイトに俺のしていることを吹聴してまわることだが、そのあたりは話し方次第でどうにでもなる。
ただ、何してるの? と聞かれて「最上と一緒に女子と仲良くなろうとしてる」なんて聞いてもあいつもどう返していいかわからないだろうし、俺もわからん。
いまいちパッとしない返答は手薬煉の何かに触れたらしい。自分の気持ちに正直かつ迅速に答えを出す俺に似つかわしくない。それだけで何か特別だとでも思ったのだろうか。
手薬煉を見た。こいつは面白いからと無駄にクラスの人間に言いふらしたりするキャラじゃない。だから話したところで大事にはならない、とは思うが。
「昼休みいなくなるからなんかしてるのかなって思ってな」
俺が話すか迷ったところに手薬煉が助け舟を出した。本人は助け舟のつもりはなかったのかもしれない。ただ、そっちならまだ話せる。
「ああ、そっちかよ。それなら話は簡単だ。最上と東雲と一緒に飯食ってんだよ」
「へえ。でも意外だな。最上さんはともかく。最上さんって東雲さんと仲良かったっけ」
「なんで俺がナチュラルに除外されてんだよ」
「東雲さんが仲良かったから西下も一緒に食べることになったのかな、と」
ああ、なるほど。東雲が俺と仲良くなったという流れよりも、最上が俺と東雲を繋いだと解釈する方が無理がないのか。
「残念だったな、仲良くなったのは同時だ。去年はたまにお前とも食べてたからな。寂しくなったか?」
話題の矛先をずらした。
手薬煉はわかっていてそれにのった。
「いやー西下が教室にいなくて寂しいなー」
「棒読みすぎんだろ。大根も真っ青だ。むしろそう返したことで寂しくない可能性の方が強くなったじゃねえか」
「大根役者って……僕は将棋部の部屋で部活仲間と食べることもあるし? 気にしないでいい。まあでもたまに二人と食べない時は代役立候補しとこう」
距離感を探るような軽口。その歩み寄りが丁寧で拒絶する気にはなれない。
立候補、ということで強制力を持たせずかつ誘いやすくしておく。自分には自分のコミュニティがあることをさりげなく出すことで、無理に側にいる必要性を感じさせない。気の遣い方が実にうまいと思う。
なんでこいつモテないんだろう。勉強は俺よりできるし、紳士で優しくて優良物件だと思うんだけど。顔かな。顔は悪くはないけど。それともやっぱり時代は肉食系なんだろうか。モテることと誰かと付き合うことは別だろうけど。
「今度恋バナでもしてみるか」
「えっ? 誰と?」
声に出ていたという失態。しかも相手が難聴系じゃないため耳聡く聞き取られてしまう。ややこしくなるので俺は誤魔化すことにした。
「あー誰とにしよう」
「今の西下が恋バナ、ねえ……」
いや、やっぱり言ってしまおう。
どんな反応するか気になる。
「お前と、だよ」
「へー。じゃあまたそのうちー」
「本気にしてないな」
「だって西下が本気じゃないし?」
「ま、首を洗って長くして待ってろよ」
「初めて聞いたよその言い回し」
それは楽しみなのか、それとも覚悟か。
待つ、という際に首は重要らしい。きっとやってくる約束の相手を見るために首から上を使うからなのだろう。
手薬煉が気を紛らわせるようにシャーペンをくるくると回す。俺はそれがどうにも苦手であった。何故みんなああも簡単にくるくる回せるんだ。
「恋バナ、と言えばなあ……」
「ああ、気になるか?」
手薬煉がチラリと目を向けたのは、クラスの窓際。そちらでは男子二人と女子が一人、仲よさげに話している。確か名前は――
「菅沼に龍田、蔦畑か」
左から順に男女男。下の名前は蘇芳に浅葱、葵だったはず。浅葱が女だ。
菅沼はやや髪が長く目つきの鋭い口数が少ない男で、蔦畑はどちらかというと短髪で明るく人懐っこい感じの人間だ。そんな対極にある二人ではあるが仲はすごくいい。そしてその中心にいるのが龍田。明るく優しく天真爛漫で、だが頭が悪い雰囲気はない。
あいつらは目立つからよくわかる。今時珍しい、高校生にして幼馴染であるそうだ。とここまで聞けばその関係性もわかろうというものだ。特に男二人が女の子よりも確実にワンランク上の学力とくれば。
「あの三人、どうなるのかね」
「さあな。ま、どちらにせよ――」
既に想い人のいそうな女をライバルから口説き落として掻っさらうほど趣味も悪くなければ、そこまでするほどあいつに執着できない俺としては傍観かな、というセリフを呑み込む。
「結構三人ともモテるんでしょ?」
「だろうな。だが――」
「――龍田さんは女の子には評判悪そう?」
「だな」
モテる男子が二人。
モテる理由はわからなくもない。平均よりも上の学力でどちらも落ち着いていて、小さい頃から幼馴染という女の子を相手にしてきたせいで女の子の扱いに慣れている。その上、下心も感じにくいとくればモテないわけがない。いかにもいい男、なのである。
そんな二人と常に一緒にいて、その想いを向けられていて、どちらとくっつくでもなく独り占めし続けている女子。反感を買わないわけがない。ギャルっぽかったりサバサバした男勝りでもっとあっけらかんと一緒にいれば反感はもう少し減ったのだろうか。
俺はまだこの時はこんな風に、ひどく他人事のように考えていた。
この三角関係に自分が巻き込まれることなどとはまったく思っていなかったのだ。
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