第12話 デート? ③

 この年になって迷子とはまた妙なことになってしまった。


 ことの始まりは途中で最上が「お花を摘みにいってくる」などと言い出したことであった。女子のトイレ事情に首をつっこむわけにはいかないので、特に何も思わず最上を見送ろうとしたのだ。

 すると東雲も、それについていっていいかと問うのでもちろんと答えた。

 結果、俺は待つことになった。

 最上は迷わず走っていったが、トイレがどこか把握しているのだろうかとそんなことを思っていた気がする。


 そして最上と東雲がはぐれた。

 そのまま戻ってこなかったのだ。

 俺が最寄りのトイレだと思っていたところとは別のトイレにいったのか、それとも――嫌な想像と楽観的な想像の二種類のルートで後者だろうとあたりをつける。

 ただの迷子なら、俺にできることはこの場で動かないことだろう。

 嫌な想像の場合、ヤンキーとかに絡まれて人の少ない売り場の裏や障がい者用トイレとかに連れ込まれて――ってそんな胸糞系エロ漫画一直線な展開が白昼堂々人通りの多い店内、しかも監視カメラ付きの中で行われるはずがない。

 結局、文明の利器に頼る。スマホのロックを解除し、グループトーク画面で発言した。


『お前ら、どこにいる?』


 既読が1、2と増えていく。そしてその質問に対する返答ではなく、最上からの追撃がなされた。


『東雲さんは?』


 不自然だ。 一つは東雲と最上が一緒にいないこと。二つは最上が自分の居場所を言うよりも先に東雲に居場所を言わせようとしていること。

 そして連絡があったこと、最上の言動から考えられるのが二つ。東雲だけが迷子になっていて、最上は戻ってくる自信がある。もしくはこれは最上が仕組んだという可能性。


『今はなんだかガチャガチャがいっぱいあるところ』


 困り顔の顔文字と共にそんな返事がきた。

 これで一番の有力候補は最上、か。また変なことを考えてるんじゃないだろうな。


『西下はフードコートと靴屋の間のアクセサリーショップの近くだっけ?』

『そうだ。知ってるなら来いよ』

『いやー、私の場所と西下の場所の間に東雲さんがいるみたいなんだよね。だから東雲さんのところで合流しない?』


 流れとしては自然だ。最上がそういうことをする人間だと疑える奴でなければ騙されてしまうほどには。

 ただ、最上が何かをしようとしている……のだろう。あいつが俺たちに不利益になることはしないと思う。だから俺は何をされるかわからないままにその誘いにのることにした。


『それでいいか? 東雲』

『むしろ申し訳ないです』

『気にすんな』

『迷子センターで集合する? 私が先にいって二人を呼び出そうじゃない』

『や・め・ろ』


 最上はいつも確信犯である。これにより子どもが集まる場所に呼び出されて恥じらう東雲と、高校生が詰めかけてきて困惑する店員さんの両方を見たくて提案している。いい性格してやがる。面白いものを見るためなら自分の恥も厭わぬ肉を切らせて骨を断つ精神はどうにかした方がいい。


 近くのエスカレーターを見つけて、その手前にある柱につけられている案内地図を確認する。

 ガチャガチャが多いとすれば、アミューズメントコーナー、つまり店内のゲーセンみたいなところの前か、もしくはガチャガチャだけに絞られたコーナーのどちらかだ。ならばその両方の位置関係を洗い出して、俺たちがさっきいた場所から近く、そしてトイレもある場所に東雲がいると考えられる。そしてそれは後者のコーナーだった。


 この店は歩く場所の中央に吹き抜けがあり、違う階の様子を手すり越しに確認することができる。多分それは、天井で覆い尽くすことによる圧迫感をなくして開放的なデザインにするとか、他の階の店が見えるようにすることで購買意欲を刺激するといったことが考えられる。

 そしてベンチどころかソファーが点在しており、実に快適そうだ。いったい何を目指しているのだろうか。憩いの場?


 そんな風に思考の寄り道をしながらまっすぐにたどりついたガチャガチャコーナーに東雲はいた。ガチャガチャコーナーはトイレの入り口によって二分されており、その入り口の隣にカプセル廃棄場所が設置されていた。廃棄場所の前で東雲はキョロキョロしていた。

 俺が東雲に声をかけようとすると、そこに向かって近づいてくる人が二人いた。どちら同じぐらいの年齢の女子である。友達だろうか? だとしたら積もる話もあるだろうからあまり邪魔をしてはならんな、と少し離れたところに隠れて様子を窺う。

 俺から見た二人はまったくといって嫌な気配はしない。嘲りや煽るような顔もしていないし、むしろ心配とか気遣いに近い。

 だが東雲はひどく怯えていた。足はわかりにくい程度に震えているし、顔は青ざめ、目は泳いでいる。どうやら知らない人らしい。そろそろか。


「東雲、待たせたな」


 駆けつけると、東雲の顔が晴れる。

 同時に話しかけてきた二人の表情も心配や気遣うそれからむしろ微笑ましいものを見るようなニヤリと笑ったものになった。


「お連れさんが来たねー」

「よかったねー」


 遠目にはわからなかったが、どうやら一つか二つ年上らしい。

 東雲はか細い声でお礼を述べながら俺の後ろに隠れてしまった。そして服の裾をきゅっと握った。破壊力がヤバイ。

 俺も東雲に重ねるように二人にお礼を述べた。

 二人がにこやかに立ち去る間ずっと東雲は後ろから俺の服を掴んでいた。


「東雲、もう大丈夫だぞ」

「あ、ありがとう…………」

「怖いめにあわせたか?」

「西下、くんは……悪くないの。私が、私が怖がりなのが悪くって……」

「誰だって苦手なことの十や二十あるって。東雲の場合それが知らない人ってことだろ?」


 ちなみに俺は中途半端にしか知らない人は苦手だったり。

 そういえばそろそろか。と嫌な予感と共に先ほどの東雲のようにキョロキョロと周囲を警戒すると、向こうから最上がやってきているのが見えた。


「ごめーん。待たせちゃった?」

「ううん、今来たところ」

「さすが西下。わかってる」

「そしてお前は早く来い」

「ごめんねー東雲さん」


 ナチュラルに詫びる対象から俺を外しながら謝った。



 ◇


 その後は何事もなく靴を買って終わった。

 サイズが合わないならスポーツインソール買う? なんて提案もあったけど東雲の足はそんなに難儀な形をしていなかったので市販の普通の靴でサイズは十分だった。人によっては3E以上じゃないと入らないなんて人もいるし。

 用事が終わった後はウインドウショッピングをしたり、ちょっと飲み物を買って休憩したりと休日のお出かけを楽しんでいた。


 そして帰る時分になって、最も近い東雲を家まで送っていく。

 東雲にひらひらと手を振りながら、隣の最上に一段階声のトーンを変えて言う。


「話がある」

「やっぱり気がついた?」

「やっぱりお前か……」

「証拠は掴めないようにしたんだけどなー」

「いつものお前とは少し違うっていうか不自然なことを何回か口走った」

「あー……」


 自分でも思い当たる節がいくつかあるのだろう。


「何をしたか聞いてもいいか?」

「あれ? 怒ってないの?」

「東雲は怖がってたけど、あそこまで怯えちゃうのは想定外だったか?」

「ううん、えっとね、まずは事前準備としてあの施設の案内図で計画にちょうどいい場所を探すじゃん?」


 そこから最上から語られたのはまた面倒な計画だった。

 第一段階は東雲と俺と最上自身が一度バラバラになることだったらしい。そのために目的の靴屋とあの場所の延長線上に食べる場所がくる必要があった。それがフードコートだったという。そこは半分最上に俺も言いくるめられて決めた。そしてトイレを言い出した。東雲の気性からすれば、自分から行きたいときに言い出すのは難しい。ならば友達がいくといったときに合わせていく方がいいと考えると予測される。トイレにいくいかないの誤算は最上が能動的になることである程度操作できる。

 第二段階が東雲と俺が合流する時に東雲に知らない人を話しかけさせることだったらしい。

 これが運の要素が強かった。というのも東雲と俺とが食べる時間が予想できなかったというのが一つ。そして俺と東雲との合流時間、東雲の知らない人の調達が難易度を引き上げていた。食べる時間は自分が遅くなるように設定したつもりがそれよりまだ東雲の方が遅かったという誤算があったらしい。

 知らない人の調達はどうやら最上の中学時代の友人二人がちょうど同じ日に同じ場所に遊びに来ることをSNSで言っていたらしい。

 そこで最上は「人見知りの女の子に人と話すのを慣れさせたいから」とはぐれた時に偶然・・出くわした二人に頼んだのだ。

 決してSNSを警備して彼女たちの発言から居場所を予測してはぐれた瞬間休憩しているカフェに突っ込んだわけではないのだ。と本人が主張することでむしろそうしたんだな、と理解する。

 もちろん何の事前情報もなく、最上がそんなことをするはずもない。予め彼女ら二人に人見知りな友達の話をしていて、「また何かできることがあったら言ってよー」という言質をとってある。そこに加えた「何かできること」の絶好の機会を突きつけたとか。


 頭の回転もさながらに、その用意周到さ、そして結果を収束させるための口のうまさに戦慄する。

 もともと"デキる"奴だとは思っていたが、普段不特定多数に距離を一定に保ちながらうまく立ち回るその技能を四人に集中させるとここまで動かせるものなのか。

 俺のそれが感情の理詰めだとすれば、最上のそれはシチュエーションによるごり押しだ。どちらも有効ではあれど、いささか強引な気がしないでもない。

 ただ、良いものも見れたし、呆れとか賞賛が先にきて騙されたことに怒る気にはなれなかった。

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