第11話 デート? ②
モテるっていうのは不特定多数、とりあえず交流のあるひとに好感を持たれやすいことだ。話しやすそうとか、明るくて優しいとか、逆にクールだとか。世間一般の「好青年」や「かっこいい」「可愛い」のイメージに合わせることとかだ。
それに対して、意中の人に好かれるというのは必ずしも同義ではない。もちろん汚らしい人より清潔な人のほうが好かれやすいだろうし、人を傷つける言葉を吐く人よりも人を気遣える人のほうが好かれやすいなど概ね傾向はあるだろう。
しかしもしも自分が特定の人が好きだとして、その人が優しい人を好きだとは限らない。そもそも、優しいとされる行動全てが優しいととられるとも限らない。
愛される、と恋い焦がれられる、と好かれるは全て別なのだ。たとえ結果が同じだとしても。
◇
こういう時、道行く人々からどれほどの視線を向けられるのだろうかと思っていた。
というのは自意識過剰で、被害妄想であるというのが今回証明された。男一人に女の子が複数いたからといって、即座にその三人に対して邪推するのは日頃からそういうことばかり考えてしまう人間だけなのかもしれない。俺みたいに。
可愛い女の子二人のこの状況で周りからわずかに向けられた視線のうち嫉妬や羨望はごく僅かで、好奇や微笑ましいものを見るもの、同情や哀れみが残りのほとんどを占めていた。多分、女子二人に荷物持ちとして巻き込まれているように見えているのかもしれない。あながち間違いじゃない。
様々な店が一つの建物に詰め込まれた複合施設でスポーツ用品店を目指す。
「お母さんに、友達と一緒に行くって言ったら……なんか喜ばれた」
「こうやって遊びにきたりはしないの?」
「私、昔から話すのが苦手で……誘うのなんて無理だし……」
「誘われたりはしなかったのか?」
「あったけど、言いよどんじゃうの。だから、優しい人は遠慮しちゃって、キツイ人はイライラしちゃって、結局……」
とりあえず言葉に出してみようっていうコミュニケーションにおいて、誘われて俯いたり言葉に詰まる東雲はあまり誘われて嬉しそうには見えなかったのだろう。その後、誘われて嬉しいとか主張してもただのフォローにしか見えないといったところか。
そんな東雲と長く付き合えるのは、相手が自分を好きだと無条件に信じられる天然か、その表面を剥がすぐらいには東雲を好きでよく観察して気持ちを察してやれる奴か。少なくとも、自分が好意を示すから相手も好意を示すべきだとか、そういうコミュニケーションの中では息苦しいだろう。
「ま、お前の母さんの気持ちよりお前自身の気持ちだよな。楽しめてるか?」
尋ねると、こちらには目を合わせようとしないまま頷いた。
「一人で、探すのは……気楽だったかもしれない。誰にも迷惑かけないし……けど、やっぱり……色々わからないまま迷って、寂しかったと思う、多分」
一緒に来た人に「楽しいか?」と聞かれて楽しくないと答える人は少ない。それこそ明らかに嫌っている相手で嫌われたいと思っているなら話は別だが。大抵は「楽しい」と答えちゃうものだ。一般的に空気を読むとか、人を気遣うと分類されるコミュニケーション技能のなせるわざだ。
ただ、色々と長く話すのが苦手そうな東雲が、前置きで逆説まで使って、言ってくれたその言葉まで社交辞令だと疑うのは失礼な気がした。
「それならよかった」
「俺のセリフを奪うな」
「西下だけ東雲さんといい雰囲気になってずるいなと思って妨害した。反省はしてないし後悔もしてない」
最上とのやりとりの中、東雲がポツリと「どうして……」と呟いた。
俺と最上はそれを聞き逃さなかった。たとえどんなバカなやりとりをしていても、「え? なんだって?」などと聞き返すことがないように東雲の一挙一動には気を配っていた。
東雲は苦い表情をしている。この顔は嫌悪じゃない。疑いにも近いが、これは多分不安とそして恐怖。最上と二人、顔を見合わせて黙り込んだ。どうして、か。そりゃ仲良くなるために、だろうか。そうじゃないな、東雲が聞きたいのは仲良くなろうとしつづけている理由、か。
それは東雲の意図をくみとって答えてやるべきなのだろうか。まだ付き合いの浅い俺たちの、不審な行動に対して口で理由を説明しただけで信じてもらえるのだろうか。べらべらと、説明して。
「そのうちわかるよ。本当に単純な理由だから」
最上にフォローを任せてしまうぐらいには時としてヘタレなのだと思い知らされる。
会話していると用品店の前にフードコートにやってきた。
これは東雲には悪いが、最上と話し合って勝手に決めた。というのも自己主張がおとなしい東雲に「どこで食べたい?」と店単位で聞いても遠慮して意見が出てこないと予想したからだ。もちろん世間のデートのイメージ的に男の俺が一方的に決めてもいいかと思ったが、東雲の好き嫌いもわかってないのに地雷踏みそうとチキンな俺はその案をそっと捨てた。
「最上、東雲、何食べる?」
「私は温玉とろろぶっかけうどん」
「俺はつっこまないぞ」
「私もうどん、かなあ……」
「フードコートで同じ場所って好みかぶるな、おい」
「んー、じゃあ一緒にいく?」
「いや、お前ら席とって待ってろ。俺が買ってくるわ」
二人から正確に注文を聞く。
そして空いてる四人席に座らせてうどん屋さんへと向かう。讃岐うどんのチェーン店には少し行列ができている。その後ろに並んで注文を述べたあとトッピングを選んでいく。
ついでに俺の分も頼んで、お盆が二つになってしまう。よし、これをなんとかして運ぼう、と思って座席の二人を確認したところ東雲がいない。あれ? と東雲を探すと突然お盆の一つが取り上げられた。
「うおっ」
「やっぱり三つを一人で運ぶのは大変そう、だったから……」
「いや、助かったよ。ありがとう」
そのあとは二人で運んで水をとって座席に戻った。
俺はかき揚げをつけていて、最上はなんつーか体によさげだ。東雲のがこじんまりしていてあまり重くなさそうな組み合わせで同じうどんなのに随分個性的が出るものだ。
自分の分をすすりながら二人の食べる様を見ていた。構図としては俺の向かい側に女子二人である。
「ん? 東雲食べきれないのか?」
「やっぱり、多かったかな……」
しかし東雲が頼んでいるのは消化もよくあっさりとしたうどん、その中でも比較的小さなメニューである。これ以上食べやすい量っていうともうサイドメニューじゃねえか。
「食べてやろうか?」
「頼んでもいい……?」
女の子の食べ残しともなれば、そういう趣味の人はむしろ金出してでも食べるんじゃないだろうか。いや、俺は違う。別にそんなに特別な感情なんて……いや、食べ残しを渡してもいいってぐらいには信用されてるのだと思うと少し喜ぶ気持ちがある。多分そんなことを考えてると知られたら気持ち悪がられる。
と脳内で煩悩退散と唱えながらツルツルと食べ残しを片付ける。
全員が食べ終わるとしばらく雑談。といっても最上との相も変わらずくだらないコントに東雲を巻き込むような。
そしてそろそろ本題の靴選びに行かねば、と立ち上がる。
スポーツ用品店はこの下の階の一番反対側にある。いろんな店をウインドウショッピングしながらそこへと向かった。
そして俺たちは、はぐれた。
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