第10話 デート? ①

 デートだ。それも人生初とも言える。

 このように胸を高鳴らせていることを胸の中でとはいえ呟くと実に非リア充な感じがでる。

 しかし人間関係を彼女などと名前で価値を判断したり、数で評価をつけるのは寂しいものだ。友達が一人だけでも幸せならリア充だって叫ぼう。

 そもそもデートの定義ってのは男女が意図的に会うことなので、そんな深い意味はないのだ。

 つらつらと心に浮かぶよしなしことを、とみたいな感じでリビングのソファーに腰をかけた。


「刻也、休みだからって随分楽しそうね。何かいいことでもあったの?」

「あ、ああ、まあな。いいことがあったんだよ。俺、明日出かけるから」

 いいことがあった、というセリフに繋げて出かけると続けた。

 そのことから予想されることとして当然アレである。

 母さんはすぐに気がつき、そしてニヤニヤとしながら台所から問いかけた。

「もしかして……デート?」

 年頃の男の子に向かって母親がこの質問する時は二つの目的がある。

 一つは「あんたみたいな子が女の子仲良くできるわけないでしょ」という可能性がないからこそ冗談として扱えるというパターン。この場合はからかいが目的。

 もう一つが「女の子とデートでしょ? 母さんに話してごらん?」という野次馬根性。

 どちらにせよたまったものではない。

「まあそんなもんかな? ご想像にお任せしますよ、お母様」

「うわ、生意気。どこでそんな言い回し覚えてくるんだか」

 母は週三でパートの仕事をしていて、六時頃に帰ってくる。父上も普通に帰ってくる。そんな俺と両親は別に仲は悪くない。なので、夕方のこんなやりとりは決して珍しいものではなかった。

 普通に会話し、普通に一緒に飯も食べる。虐待も冷戦もない。自他共に認める平和な親子関係だ。

 今の敬語だって距離感が遠いことからくる他人行儀なものではない。むしろふざけてのことだ。

「まあ友達と出かけんだよ。その約束をしたからってだけ。女の子と二人きりで出かけるわけじゃない」

 嘘は言ってない。

 二人きりじゃなくて三人だし。そして最上も東雲も友達と呼んで差し支えない、はず。

 未だ友達の定義はわからないけれど、知り合いってだけの人間とは多分一緒に出かけたいとは思わない。関係性に無理に名前をつける必要はないので、とりあえずは友達と呼んでおく。

「なーんだ、残念」

「義娘が欲しいか?」

「そりゃああんたみたいな可愛げのない男だけってぐらいなら可愛い娘がいてお母さんって呼んでくれるのは嬉しいわよ?」

「今からでも遅くはない」

「あんたはこの年のおばちゃんに何をさせる気?」

「子どもは可愛いし、夜泣きとかなら平気で寝られる自信がある。今更弟や妹に親を取られたと拗ねる年でもないしな」

「いや、だからね」

 そうだな。本当に欲しいなら父親の仕事量をがっつり減らして、俺が一週間ほど家を空けた方がいいだろうな。

 俺も今から母さんに「できちゃったみたい」って言われたらなんて返していいかわからん。

「冗談はともかくとして」

「あんた彼女とかいないの? デート誘うときはお小遣いはずんであげてもいいよ?」

 現在の俺の小遣いは月五千円。部活動もしていないことでさほど買い食い量もない俺にとってはむしろ十分すぎる金額だった。古本屋などで使うことはあれど、その額を上回る浪費というものをしたことがない。

 それに加えて爺さん婆さんが何かと渡す小遣いまであるとなれば、特に困っていることはなかったり。

 基本的にあまり物欲のない人間なのだ、俺は。

 俺の懐事情はともかくとして、「女子を誘うからデート代ください」なんて口が裂けても言えるはずがない。

 そんなことをすれば次の日には近所中に俺に彼女がなどと言いふらされる。

 小学校や中学校の時の同級生の母親などに「あらー西下くんも最近彼女できたんだってね?」なんて言われた日には。

 とここまでがとりあえず一般的な男子高校生としてこれから女の子と仲良くなっていこうとするときの感性といったところか。

 俺はここに加えて、最上との"ハーレム計画"なんてものがある。

 疚しい気持ちはないけれど、それはやっぱり現代日本人の社会的風潮からするとまだまだ推奨されることでもないだろう。

 つまるところ理解されるかどうかわからない状態でこの計画のことを誰か大人にバラすべかではない、と考えている。今のままではただ若気のいたりとか、不誠実で女好きな男子が二股や三股かけようとしてるとかそういう風にしかとられない。


 もしもバラして良い時がくるとすれば、大人に反対されようと妨害されようとも俺たちが納得してるからいいんだとおしきれるところまで結果を出さねばならない。

 俺とその周りにいる人間が幸せだと胸を張って言える、そんな状態にしてからだ。

 だから——

「……もしも彼女ができても絶対言わねえ」

「何か言った?」

「いいや、なんでもない」

 親を騙しているとか、嘘をついているわけではない。

 ただ、自分の好きなように生きるために、頼るべきところと頼るべきではないことの区別をつけているだけだ。

 母がどこまで見抜いているかはわからない。あくまで地元の高校に通っていて、どこから情報が漏れるかもわからない。

 もし最上の他の女子が引き返せないところまで俺たちの中に入ってきたとき、それとなく伝えてもいいかもしれない。

「楽しみなのはわかったからカバンの中にロープや懐中電灯を入れようとするのはやめなさい。探検にでもいくの?」

 なん……だと……?

 荷造りは母が見ていないところですることにしよう。





 ◇


 そして次の日。結局懐中電灯はやめて、スマホ用の予備充電器を用意した。

 スマホがあればいろんなことができる。電池さえあれば。


 駅前の無料駐輪場に自転車を止めて、ICカードにお金をチャージする。

 定期券の奴らはこれと定期が一緒になってるとか。便利そうな話だ。

 改札の明かりがついた場所にカードをタッチさせて駅のホームへと降りる。


 日曜の朝から人は結構いるようで、ぞろぞろと連なる人混みに今から行くところも混んでいると嫌だなあと遠い目をする。

 俺は人混みが嫌いだ。親しい人以外誰もいなくていいとさえ言える。いくらなんでも店員さんまでは排除できないだろうけど。


 やってきた電車に乗り込んでスマホを開いた。新たな通知はなかった。

 緑のアイコンのSNSアプリを開いた。トークグループの一つに『仮名』と書かれたふざけたグループがある。

 それこそが先日連絡先を交換した東雲と、最上そして俺の三人しか入っていないグループである。

 そこには「あそこ十時開店だってー」とか「近くに食べるところあったっけ?」といったやりとりがされている。

 俺は車内アナウンスを聞きながらそこに向かって、「電車に乗った」と簡潔な報告を投下。

 だからなんなの?と言われると凹みそうだけど幸いにも「私も〜」とか「もうすぐだよ」とのほほんとした二人であった。


 少しギリギリになるように行ったら待ってる女の子がチャラい男に絡まれてて、そこにツレの男登場というパターンがラブコメの定番な気はする。

 けれど、そう絡まれるとも思えないしそもそも二人を不愉快な目にあわせるぐらいなら早めにくるわ馬鹿野郎。

 というわけで、一番早く乗った俺が順当に一番早く着いた。


 そしてしばらく手持ち無沙汰になりそうなところを一人スマートフォンをいじって待つ。音楽は聞かない。

ギリギリまで気がつかず、イヤフォンを外さ れるというのも捨てがたいがなんか失礼そうだし。

 インターネット検索のトップページでニュースの記事がまとめられている。

 その中の「法改正案。婚姻の形態」などの見出しに目が止まる。

 ふ、と指の動きも画面から離れて空中で静止する。タップしようとしたが、結局タップすることはなかった。


 人混みの中に不自然な女子を二人見つけたからだ。

 人の流れに逆らうように、こちらへとまっすぐ向かってきている。

 そしてその背格好には見覚えがあった。

「おはよー待った?」

「ごめんね……?」

 そうやって確認してくるあたり律儀な奴らだと改めて思う。

 実際今は集合時間の二分前。こいつらが責められる謂れはまったくといってない。

「いや。俺が少し早く来ただけだ」

 こういう時にお互いが相手より早く集まることを目指して動くと予定が前倒し前倒しになってしまって仕方がない。

 時間にきちんと間に合った二人にはあまり気にしすぎてほしくはない。

 と全部一から口で説明してもきっと意味がないんだろうな。

 俺としても時間にルーズな奴よりは付き合いやすいから安心できる。

「いこうか」

 出そうとしていたそれよりも僅かに素っ気ない声が出た。

 その声が自分の耳に届き、表情が足りていなかったと今度はきちんと振り返り、笑いかけた。多分、少しだけ緊張している。

 最上が俺の側にきて耳打ちした。

「西下ーこういう時になんか言うことあるんじゃないの?」

「格好か? 似合ってるとか月並みなことしか言えんが」

「それでいいのよ!」

 東雲が疑問符を頭上に浮かべている。

 俺は改めて東雲を見た。クリーム色のコートは背中にうっすらと花の模様があしらわれており、下は薄い桃色のスカートである。丈は膝ほど。そして茶色のトートバッグを肩にかけている。普段の落ち着いた雰囲気を残したままに、ふわふわとした印象になっている。


「なんだ、その。春って感じで似合ってるな」


 ここで大事なのが、ツンデレや察しの悪い相手、直球じゃないと受け取ってくれない相手などには相手の目を見てにっこり笑いながら言うべきで、察しの良い人の感情の機微に敏感な相手には少し照れを混ぜることである。

「えっ? あ、ありがとう……」

 東雲はどっちかまだわからないが、とりあえず後者で。

 当たり前のように褒めすぎると褒め慣れている=女子として見ていないor女子に慣れている、という式が相手の中で成り立ち、もしかして自分って特別じゃないのかな? となりかねない。

 照れを混ぜると、慣れてないけど頑張って褒めたもしくは本心だからこそ照れたように見える。少なくともウソでいうなら棒読みだったりもっとスラスラと言うもんだ。

「本当可愛いー。どこで買ったりするのーそういうのー」

 最上が意識しまくりの初々しいみたいな雰囲気から女子同士のノリに引き戻す。

「お母さんが時々……」

「そういえば、その髪紐、いつもつけてるよな」

「お父さんが、中学生の頃に誕生日プレゼントで送ってくれたから……」

 普段制服には飾りっ気のない東雲が、数少ない可愛らしいおしゃれをしている部分だった。

 そうか、贈られたものならつけるよな。

 誕生日プレゼントだというのに、東雲は嬉しそう、とはまた少し違う表情だった。はにかみつつもどこか寂しそうに、自分の髪紐をそっと触った。


 ちなみに最上は紺色のカーディガンにジーンズである。

 本人曰く、東雲がふわっとした可愛いのを着てくると思ったからかぶらないようにしたとか。女子も大変そうだ。

 そんなのも着こなしてしまうあたり、ファッションセンスがいいというか、元の素材がいいというか。色にして東雲より全体的に暗めなのに、決して重い感じはしない。

 逆に揃えてきちゃダメなのか?

 仲の良い女子同士はファッションの傾向も似通うことがあるって聞いたことがある気がするんだけど。方向性は変えるものなのか?

 あまり男子にはわからない世界だったので深く突っ込むのはやめにした。

 一度口に出すとしっくりきた。俺にファッションセンスはないかもしれないが、とりあえず似合ってると思う。

 なんていうか、無理はしてなさそうでいい。


「夕ご飯はどうするつもりだ? こっちで食べてから帰る?」

「……靴買うだけだから、そんなに時間かからないと思うなぁ……」

「そこは西下、最後は夜景の見えるレストランでね"今夜はお前ら、帰さねえからな"ってね――」

「最上さん!?」

「なあお前、何口走ってるかわかってるか?」

「冗談よ。そういうのじゃないでしょ?」

「それに明日は学校だ。ちゃんと帰してやれ」

「西下、くん……そんなこと、しない?」

「しないしない」


 最上、そういうこと言ってると貞操観念低そうに見えるからやめとけ。

 最上の下品なネタはスルー推奨だから怖がらなくていいぞ、東雲。


「えー、そういうの私的わたしてきにポイント低い」

「なんのポイントだよ千葉の妹」


 俺は目が腐ってなんかいないし、黒歴史量産工場でも、シスコンでもぼっちキャラでもない。ましてや捻デレなんかじゃない。


「そんなことだから貴方はモテないのよ、西下やくん」

「あの、言ってる内容的にはむしろそれあざとい後輩とか見た目ギャルの方に近いんじゃないか?」

「ごめん、二人とも……何の話?」

「悪い悪い。残念系ラブコメの話」


 あとさ、『モテる』と『意中の人に好かれる』ってのは別の話だろう。

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