第一章 東雲文香編 後半

第8話 ゲームを仕掛ける 前編

 あれから東雲とは出会えば挨拶を交わし、仕事を任されていれば手伝い、そして本を貸し借りする仲になった。仲良くなってきているのではないか、と思う。

 本日は東雲に貸した本を返してもらう約束をしている。貸したのは男装少女が二輪車に乗って旅をする話である。一話完結形式の読みやすさに加え、国ごとの特徴が風刺になっており、ライトノベルの中でも比較的男女問わず進めやすい一作である。

 荷物を片付けしている間、最上の視線は俺の机にあるものに注がれていた。


「っていうかなにそれ?」

「見りゃわかるだろ。折りたたみ傘だ」

「いや、私が聞きたいのは二本あることについてなんだけど」

「折りたたみ傘はいいぞ。相合傘をするときに距離が近い」

「そんな理由!?」


 男性用の無骨で黒く大きいものを選んでいる。普通の傘よりは小さいかもしれないが、頑張れば二人ギリギリ入ることができる。


「でも二本ない方が相合傘できていいんじゃないの?」

「それはな……相手との距離感によって調整するためだ」

「調整?」

「雨が降ってたとするじゃん? 傘を忘れた男子がいたとするだろ? なら俺は二本あるからって貸すわけだ」

「怪しまれるでしょ」

「そこは、あれだ。前に置き忘れて新しくカバンに突っ込んであったという言い訳を用意しておく」


 うちの学校には昇降口に靴以外にも荷物を少し入れられるロッカーがついている。そこになら折りたたみ傘ぐらいは入る。


「持ち運びやすいからこその傘なのに置き忘れてたら世話ないね」

「ドジっ子アピールだな」

「萌えないからやめようねー」

「まあ男子じゃなくてもそんなに仲良くない、もしくは好かれてない女子なら傘貸すだけで済ませられるしな」

「うわーさーべつー」

「黙れ、区別だ」


 人との距離感によって対応を変えるのは人として自然なことだ。そういうことができない奴を距離感狂ってるって言うんだよ。


「もちろん相合傘が無理な人でも仲良いなら傘二つで帰るけど、傘二つあるけど相合傘しようぜ? ってだな」

「それでどうすんの?」

「傘二つあるってのを冗談だと思ってる相手に傘を渡して『俺は傘二本目があるから先にいけよ』っていうのもありかなって」

「考えがゲスすぎる!?」


 自分でもあまりよろしくないなって自覚はある。

 二本傘がある。だがその傘を見せない。

 まるで俺が、「気遣って嘘をつき、一本しかない傘を押し付けようとしている」なんて勘違いさせる方法はその子の真心や察しの良さを利用しているようで。

 この方法は察しがよくてかつ思いやりのある子ほど引っかかりやすい。優しいだけでも、敏いだけでもいけない。


「でも今日、晴れだよ」


 そう、今日は快晴であった。

 雲は二割以下。そのわずかに残った雲も純白も純白。


「とここまでが導入、ここからが本番だ」

「今までのは茶番だったなんて……!」


 最上は大げさにわざとらしくショックを受けたフリをしている。

 俺は二本のうち一本を最上に渡した。


「最上……お前にはこれを隠してもらおう」

「えっ、なんで?」

「ゲームだよ、ゲーム」

「隠した奴を探すっていう?」

「そうそう」


 宝探しゲームだな。


「ただし、条件をつける」

「何それ?」

「始業式が始まってから今日までに俺が荷物を持って行った、もしくは行った可能性が高い場所、の付近。それと普通に生活していてそこに置きかねない場所、だな」

「難易度高すぎるでしょ」

「まあだから、昇降口とか教室とかそれぐらいだな。放課後に図書室寄ったこともあるからそこもだ」


 ここまで言ってようやく最上は気がついたらしい。このゲームの意味とそのプレイヤーに。

 不敵な笑みを浮かべている。


「へー、そういうこと」

「そういうこと」

「じゃ、隠してきますかね」

「察しの良すぎる女の子っていいよね」

「お褒めにあずかり光栄です、ってね」


 右手で折りたたみ傘を左右に振りながら鼻歌交じりに最上が出ていった。



 ◇


 人のいなくなった教室へと東雲が入ってきた。

 俺と最上は腰に手をやり不敵な笑みを浮かべている。某有名RPGならば状態異常攻撃を防いだ時のリアクションだったか。

 そんなアホの子二人に当然東雲はたじろぐ。


「どうしたの? ……はい、本。面白かったよ、ありがとう……」

「東雲!」

「ひゃいっ!」


 少し強めに名前を呼ばれ、東雲は変な声を出してしまう。

 そんな様子も可愛いと最上の真剣だった顔が崩れている。

 おい最上、と目で注意すると西下もニヤけてるよ、と口パクで返してきた。

 俺はまじかよ、と口元をおさえる。

 最上がそれを見て「だーまされたー」と指をさした。


「この後何かある?」

「ないよ……図書委員もないし、塾には通ってないし……」

「よし。お前にはゲームを受けてもらおう」

「ゲーム……?」

「そうよ、ゲーム」


 ゲーム、と聞くと現代っ子としてはテレビゲームやコンピューターゲーム、もしくは携帯ゲームを思い浮かべがちではある。

 まあ、今回は受けてもらうというニュアンスからはまた違った内容であることがわかってもらえるだろう。


「賞品は最上の熱いベーゼ!」

「ええっ!?」

「東雲さんに私のはじめて……あ・げ・る」

「い、いやっ! それは、悪いよ……私たち……女の子同士、だし……」

「それは冗談だとしてもともかく」

「えー」


 最上……賞品側が残念がってどうする。

 もはやそれだとお前がキスしたくてこのゲームを挑んでることになってしまうぞ。

 東雲は真面目な返しだな。むしろそれは仕掛けた側を燃え上がらせるっていうか萌え上がらせることにしかならないぞ。


「ゲームって……?」

「ゲームは簡単。俺の折りたたみ傘をこの学校の中から見つけ出せば勝ちだ。ただし隠し場所は俺も知らない。わかっているのは俺がこの一学期のうちにカバンを持って行ったことのある場所。俺も参加する」

「……ああ、うん。事情は、わかったよ……西下くん、折りたたみ傘、なくしたんだ……」

「ち、違うからな。これはゲームだから。そう、隠したんだよ」

「でも西下くん……どこにあるか、わからないんだよね……?」

「なら東雲さんがリタイアしたらどうすんのよ」

「問題はそこじゃない……と思う。最上さんも、大変……じゃなさそう」

「私が好きで付き合ってることだからねー」


 東雲は俺が折りたたみ傘をなくしてそれを探すのにゲームという言葉を使って頼んでいると思っている。

 だからその茶番劇に最上が口裏を合わせてくれていると思っている。

 それを振り回されて大変だと、言おうとしたのだが本人が楽しそうなためにその言葉を否定する。

 最上は俺が本当に隠させたこと、そしてそれを東雲に探させるこの流れそのものに対して「好きでやっていること」だと答えた。東雲の勘違いを理解したその上で。


「いいよ、一緒に探そ……?」


 東雲が頷いてくれた。

 この子マジ天使えんじぇー

 東雲はこれをあくまでなくした折りたたみ傘を探して欲しいと頼まれていると思っている。頼み方こそ婉曲的ではあるけれど、それでも悪意のない頼みごとだと断らなかった。ごめん東雲、本当にゲームなんだ。


「じゃ、行こうか」


 まずは職員室にはないと伝えることで先生に話がいくことを防ぐ。

 職員室には落し物を管理する場所があるからそれについて東雲が言い出してしまうと言い訳がきかなくなる。

 本当は行ってなどいないが、最上が今日隠したのだからあるはずがない。

 ないことは事実だ。


 これまで行ってきた場所、つまり探す範囲について確認する。

 そして当然ながら教室は最重要候補であり、外せない場所だ。教卓の裏とか、掃除用具ロッカーの隣など入り込みそうな場所を確認していく。

 もしも最上がこの教室のどこかに隠していたとしても、自分の隠したものを自分で見つけないように振舞ってくれるだろう。

 机の中に置き勉することはやめるようにと先生に言われており、生徒の大半がそれを律儀に守っているためほとんどの机は空っぽである。たまに忘れられたプリントやノートがぽつんと見つかる。


「どの机もすっからかんだな」

「置き勉、禁止……だもんね」

「いやー真面目だね。私たまに忘れて机の上に出されるよ。小テストとか」

「普通はそれ、恥ずかしいからな」

「要領の良い私はだいたい小テストは満点でーす」

「つまりドジっ子を装った自慢、と」

「やめてよーすごく腹黒いぶりっ子みたいじゃない」

「わかってるよ。でもな、満点でも恥ずかしいもんは恥ずかしい。むしろ、恥ずかしがれ。大和撫子の一歩は慎みと羞恥心からだ」

「スタイルのいい女の子でもおっぱい出すのは恥ずかしい、みたいな?」

「ああ、うん、もうそれでいいと思うぞ」


 みんながみんな先生の言うことだからと真面目に聞いているわけではなく、どちらかというと防衛行動としての結果ではないだろうか。

 机の中にはおいてはいけない、と学校がはっきり言えば、机の中に置いである私物には正当性が消える。

 つまり置いて帰ったものにイタズラをされても声高に犯人を糾弾できなくなるのである。だから無用のトラブルを避けるために持って帰っているのではないかと考えられる。

 もちろん、昇降口にある個人用の小さなロッカーにちょっとした教科書類なら置いておけることや、そもそも高校生なんだから勉強のために持って帰れよとかそういった要素もあるだろうけど。

 でも俺は信じないぞ。

 全員が真面目に勉強するために毎日毎日教科書ノート資料集すべてをカバンに詰めて持って帰ってるなんて。

 あと最上、スタイルのいい女の子はそれを自覚した上で恥ずかしがってるわけじゃないだろ。スタイルがいいと自覚してないから恥ずかしがってんだよ。

 太ってもないのに「私太っちゃったー痩せなきゃ」とか言ってやたら少食アピールしてる女子とかは太ってると思ってるかどうかはわからない。本当に太ってたら笑いながら言えないだろうし、そんなこと思ってたらそもそも甘いもんには手を出さないし。

 いや、デブキャラで捨て身のギャグしてるなら話は別だけど。

 傍目に本当に太ってるっていう女子が周りにいないからわからないしどうでもいいか。


「教室にはなかったな」

「そう、教室には隠してないということよ……」

「まだその設定で通すんだ……」


 最上がふっと息を吐き、かっこをつける。

 俺と最上の二人は東雲から珍しくもジト目を受ける。


「設定っていうなよ」

「西下くんも、こういうこと……言う人なんだね」

「あははははー西下に失望した?」

「ううん。そういうのじゃなくって……新しい一面を、見れたのかな? ……って」


 はにかむ姿が妙に可愛らしくて、落ち着かなくなりそうになるのを抑え込む。


「誰にでもこういうこと仕掛けるわけじゃねえよ」

「次は図書館に行こうか」


 指差す先は、向かい側の校舎。

 窓を通して本が立ち並んでいるのがわかる。

 ゲームはまだ終わらない。

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