間章 閑話
第7話 可愛い≒あざとい
学年の最初には健康診断がある。
身長や体重、視力を測ったりするアレだ。
座高なんて何に使うかわからないし、足の長さとやらでコンプレックスを増やすだけではないのかと心配になる。
実際、文部科学省も「これ、活用するかなあ」と身長や体重の方を重視している模様。
女の子なんかは体重増加に過敏になっているのかもしれないが、男子なんかはあっけらかんとしたものである。
俺も別に身長や体重にコンプレックスがあるわけでもない。しいていうなら面倒臭い、か授業が潰れて喋ってられるからラッキー程度にしか思わない。
後は視力や聴力が落ちていなければいいかなというのはあるか。リアル難聴系主人公なんかゴメンだ。
プリントの指示にしたがってあっちへこっちへと学校内を回らされ、終わった頃には昼前であった。
終わった奴から休憩に入り、昼を挟んで午後から掃除をして解散である。昨日の今日で大掃除をしたのだから、と心の中でナマケモノが小さく主張する。
しかしこのあと、ある光景を見てからはその全てが吹き飛ぶことになる。
俺の担当はゴミ捨てであった。
ゴミ捨てとは、教室内のゴミ箱から袋ごとゴミを取り出し、ゴミを集めている場所へと運んで戻ってくるだけの係である。
つまりは時間制ではなく完遂するタイプの仕事であるため、他より早く終わるし一人で完結する楽なものだ。もちろん冬場であればゴミを集めている場所が外であるために寒いといった苦難はあるかもしれないけれど。
まだ春先。暑くも寒くもなくそれこそこの時期のゴミ捨ては一番仕事量の少ないだけの係だと少し気分も良くなり捨てて戻ってきた時のことであった。
俺は隣の隣の教室に近い廊下までやってきた。
そこには角に掃除用具入れのロッカーがある。廊下掃除の担当はそこからホウキやちりとり、バケツを取り出して掃除をする。
その掃除用具入れの前でぴょんぴょんと跳ねている女子生徒がいた。
「……っ!」
状況は一目見ればわかった。
掃除用具入れの上にちりとりが置いてあったのだ。
決してそれは誰かのいたずらや悪意によるものではない。このちりとりは持ち手が高くてかさばるので度々そこに置かれるのだ。
彼女は身長が高くはない。女子の中で高くはないとなると、男子から見れば小さめとさえ言える。
一方ロッカーは俺よりも頭一つか二つ大きく、2メートルほどか、とにかくその身長ではその上にあるものにギリギリ届かない。
このギリギリ、というのが重要だ。本人はジャンプすれば届くかも、と思ってしまう。迷惑をかけるまいとして自分で取ろうとしていたのだ。
そのことに気がついた時、俺はニヤける顔を片手で押さえた。そして声にならない声をあげかけ、息を軽く吐いて落ち着こうとする。
何故かって?
そりゃあ可愛かったからだ。
ここで俺の脳内にはギャルゲーよろしく選択肢が浮かぶ。
1・このままニヤけて背後で立ち尽くす。
2・声をかけて助ける。
3・立ち去る。
そして普通に考えれば1と3が脱落する。1は不審者だし、どちらにせよコミュニケーション能力が不足している選択だ。
亜種に助けを呼ぶなんてヘタレなのもあるけど結果はあまり変わらない。行動を起こしただけマシだけど。
そりゃあまあ、俺が助けても「うわっこいつかよ」みたいな顔をして引きつったお礼を述べる輩もいるだろう。そんな奴のご機嫌を窺って、助けない選択肢を取るのはゴメンだ。何故不愉快な女子に気を遣わねばならない。どうせなら助けて喜んでくれる相手を喜ばせる選択肢を取ろう。
フラグ作りとまでは言わんがこういう積み重ねって大事だと思うんだ。
「取ってやろうか」
そう言って隣から前に出てロッカーの上に手を伸ばす。
なんとか俺なら届く高さだった。これは届かないだろう。
金属製の持ち手を握り、ゆっくり下ろした。
「えっ……あっ、ありがと!」
顔は見たことがある。
確か隣のクラスだったか。
「えーっと、西下くん、だっけ?」
「よく覚えてんな。俺はお前の名前を覚えてないんだけど」
「ひっどいなー。確かに違うクラスだったけどさ。覚えた理由? んー、目立つ……浮いてる?」
無自覚な言葉のナイフが飛んできた。
これって交友関係の狭い人間の心を的確にえぐっていくセリフだよな。良くも悪くも正直すぎる。
大丈夫、俺は大丈夫。だって俺には友達が、いるし、うん。浮いてなんかない。
しっかしなんだろうな。俺って覚えられやすいのかね。特に変なことをしているつもりはないんだけれど。
最上との雑談風景は目立つのかもな。普段あまりクラスで騒がない男子が見た目リア充系の女子の一人と盛り上がってたら。
あ、でも俺の表情や様子が第三者からするとあまり盛り上がっているように見えない可能性がでてきた。
「あははは、ごめんごめん。テレパシーがなかった。私は日野」
「ワザとボケてるよな? 人の心を察するって意味では間違ってないけど」
「デリカシーね。結構普通に喋るんだね。あまりみんなと話してるところ見たことなかったから」
こいつ……無自覚毒舌系か。
遠回しにぼっちって言ってるよな?
なんつーか、話していると劣等感をチクチクと刺激されそうな奴だ。俺が真性ぼっちだったらそろそろ涙目でこの場を離脱してるぞ。
日野、か。話した覚えがほとんどない。
「お前、ワザとやってんのか?」
「えっ? 何が?」
本当に悪意はないらしい。
あっけらかんと無邪気に首をかしげる。これ、女子に嫌われそうだな。
俺はマゾってわけじゃないけどなかなか楽しいが。
「なんなら構えててやろうか?」
「いや、いいよ! 西下くん別のクラスだし掃除あるでしょ?」
「それがないんだな。だってゴミ捨てだったし。むしろ帰ったら邪魔になるレベル」
クラスでの掃除という奴は、そんなにみんな積極的に行うものでもない。俺は嫌いじゃないけれど。
小中なんていかにサボって遊ぶかに全力を尽くす男子もいたもんだ。
そこに「ちょっと男子! ちゃんと掃除しなよ!」って言ってくれる女子がいたなら俺も一緒にサボりにいったかもしれないけど。そんで叱られて……フラグが立つのは二次元だけか、はあ。
実際は冷めた目で「男子って本当バカばっか」って野蛮な連中に括られて眼中外に放り出される。
そうか注意してくるのは「注意してくる私、偉いでしょ?」みたいなキャラ付けでいるだけの自分と身内に甘く男子に厳しいだけの自己中である。
高校の雰囲気にもよるのかもしれないが、まあうちのクラスとかは積極的にサボる奴らはあまりいない。高校生になって落ち着いたのか、それとも単に学校風紀の問題か。
と無駄な話が間に挟まったが、結局何が言いたいかというと、日野はここで一人でゴミ処理をせねばならない可能性が高いということだ。
日野がちりとりをとるのに手間取ったことで、他の連中が催促にくるでもなく助けにも来ない。ならば、片付けに出遅れたもしくはじゃんけんか雰囲気に負けた日野が片付けの担当になった、というところだろう。
ちりとりというものは一人でも使えるようにはできているが、それでも使いやすいわけではない。人が構えててくれるだけで随分楽になるものである。
「じゃあ頼んでもいい?」
多分だけど女の子にそんな風に頼まれたら、最初は乗り気じゃなかった奴まで折れると思うぞ、俺は。
同時にあざといなぁとも思うけど、それが計算されてないのがいい。計算して行われるあれは攻撃である。つまり自然なあざといのは可愛いと変換できるということになる。
そして頼む引き際?も心得ている。
東雲だと終始遠慮しっぱなしなのでこちらが申し訳なくなるが、ここであっさりと頼むねと言われると強引に進める必要がなくて楽なものだ。
「優しいね。ありがとう」
「優しくは、ないな」
「あははは、なにそれ」
俺が優しいのではない、世界が厳しいのだ。
というと別の意味になるが、セリフそのものは本心からだ。
仲良くなりたいという下心が含まれているので、この行動は親切ではなくってアプローチと分類するべきなのだから。
お礼を言われることに罪悪感はないけれど、それを優しいと言われると僅かに違和感がある。
俺は教室へと戻ることを告げた。
日野は返事と共に屈託なく笑いかけてきた。俺もつられるように口角だけが上がり、ひらひらと手を振ったのだった。
彼女を見たのは初めてではないが、彼女という人間をきちんと認識したのがこの時が初めてだったので、俺と彼女が出会ったのはこの時なのだと思う。
◇
うちの高校は一学年八クラスある。一年の頃は六と二で分かれている。そして二年になると、理系、文系、その他の三つを三、三、二に分けられる。
最上と俺はその他に分類されるクラスだ。
このクラスは入学当初から卒業まで文理の選択すらなく、ただ勉学の他に少しばかり講演を聴くなどの特殊な科目が入ってくるクラスである。
一応は文理どちらも潰しがきくように、と文系科目は文系と同じ内容を、理系科目は理系と同じ内容をさせられるので実質的な学力は校内三つの中で一番、ということになっている。
そんなクラスではあるが、変な試験で集めたために純粋に学力が高いというよりは色んな奴がきていて、真面目一辺倒というわけではない。
理系は男子が、文系は女子が多く、そしてうちの学科? はやや男子が多いといったところか。
俺たちはその他の一つ目、つまり7組にあたるため、隣のクラスというと6組と8組があるわけだ。
とはいえ、卒業まで2クラスでシャッフルしつづける8組とはどちらかというと教室が違うだけの同じクラスのような連帯感があり、隣のクラスというと文系6組を示すことが多い。
日野は俺らと同じ学科のその他組に在籍しており、東雲は文系6組に在籍している。とまあ、俺たちのクラス関係を見直してみると、やっぱり近いんだなといった感じだ。
「で、あんたは東雲さんというものがありながら何ヒロイン同時攻略しようとしちゃってんの?」
「誤解だ。俺はあくまで布石を打っただけでまだ乗り出していない。あとヒロインっていうな」
「それが言い訳になると思ってんなら、ちょっと頭のネジを締め直した方がいいんじゃない?」
というか、東雲に続いて日野とも仲良くなろうとするのだろうか俺は。
明るくて誰にでも分け隔てなく優しく、心根の素直な女の子。
おおよそまるで正統派ヒロインみたいな属性のあいつだけれど、それだけにあまりに真っ当すぎて近寄りがたい。楽しく話して、その場限りでさらっと浅い付き合いで満足してしまいそうだ。
決して口説く気にならぬほど彼女に魅力がないわけではないのだ。
「まー、ターゲット変えるなら言ってよ?」
「バカ言え。東雲はまだ有力候補だ」
俺は何を基準にこの作戦の対象を決めているのだろうか。
この自問自答に答えは出ない。
いつか出るのかもしれない。
まだ出さなくてもいいのだろうか。
いつか出さなくてはならないのだろうか。
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