記憶喪失と遊園地

第17話 『記憶の遊園地』

荒廃した大地に、地獄のような光景が広がっている。

百万の魔物の軍隊が整然と隊列をなして行進しているのだ。

魔物達は個性豊かな姿をしており、中には、

思わず目を逸らしてしまうようなグロテスクな怪物もいた。

数多の魔の軍勢を打ち砕いて来た、信じられないほどの強大な暴力。


これを率いるのが一人の人間の少女である。

少女は勇者と呼ばれ、この世界の国家の王であり、同時に軍隊の最高責任者でもある。


百万の魔物は大きな城を目指している。

世界で二番目に大きなこの城は、魔王が住んでいる。

今は少女の最後の戦いの時である。


しかし、そこには何の物語もない。

最初に少女が作り出した小さな国家はこれ以上なく繁栄し、

周辺地域を飲み込み巨大な国家となった。

それは敵である魔王の支配地域とは比べ物にならないほど豊かになり、科学技術が発展しているのである。

すなわち、戦略的に完全勝利している状態で決戦に挑んでいる。

勝利は戦う前から決まっており、

少女にとっては不確実性を排除し、あるべき勝利を収めるというだけの話なのだ。

そこに語るべき物語はない。


「元帥閣下ッ!!」


大きな羽を持ったドラゴンがメノンの前に着陸した。


「どうしました?」

「魔王をひっ捕まえました」

「そうですか!よくやりました。

思えば長かった……いえ、早かったですね」


メノンが旅立ってから僅か二年の事だった。



時刻は夕方。

メノン達はこの世界で一番大きな都市国家に出向いた。

あらかじめ使者を送っており、『今回の目的』を伝えていたものの、

過去最大規模の魔物の軍勢を引き連れていたので、

国民は皆怯えていた。



「皆様。初めまして。私はメノンと申します」


大広場全体を見渡せる石造りの巨大な台場があり、

メノンはそこで立って国民を見下ろしていた。

数はおよそ30万人だろうか。

メノンは一目見ればおおよその人数がわかる。戦いの中で培った技術。

都市国家のほぼ全員と、周辺地域の村々の人々が大広場に集まっていた。


(この一年間。あっという間だった……。

戦いに明け暮れた日々。でも今日はそれが報われる。終わらせるんだ)


メノンは普段の動きやすい格好と違い白いドレスを着ていた。

ドレスは絹製の豪華な装飾のついたもので、

それが褐色の肌とコントラストになっておりよく似合った。

観客達の、不安や焦燥、期待と恐怖が混じりあった視線が、

メノンと言うたった一人の少女に注がれている。


「これから世界を救うため、魔王を打ち倒そうと思います」


コッペとクラウスが厳重に拘束された魔王を連れてくる。

『今回の目的』とは、捕らえた魔王の公開処刑である。





メノンは装飾された剣を掲げている。

その目下には拘束された魔王が不満げな表情で佇んでいる。


メノンは呆れたような声で聞いた。


「何か言い残す事はありますか?」

「酷い仕打ちだ。これじゃ晒し者じゃないか。

戦った相手への敬意はないのか?」

「戦った相手への敬意は十分に示していますよ。

その証拠に、あなたの命を意味あるものにするために頑張っています」

「詭弁だね」

「それに戦った相手とは誰の事ですか?

前線にて剣を交えた相手ならわかりますが。

あなたは終始城に引きこもり、指揮を取るポーズをしているだけで、

無策ゆえに自分の兵を無為に失った捕虜ではないですか?」

「はは……手厳しいね。わかったわかった。

見逃してくれ。代価はちゃんと払うから。な?」

「ダメです。それにあなたに払えるものはあなたの命だけですよ。

財産などはすでに接収しておりますので」

「こ、こんなのおかしい!」

「はぁーーーーっ!」


メノンは大きなため息をついた。


「何がおかしいのですか?」

「俺は魔王の血族の直径男子なだけ。

正しい血統ゆえに魔王となっただけだ。

だから俺に責任はない。罪はないはずだ!」


「へえ~魔王の地位は世襲なんですか?それは、それは」


メノンは既にその事を知っていたが、

あえて知らない振りをした。


「なるほど。魔王は血のゆえになったと」

「そうだッ!」

「血のゆえに許せと」

「その通りだ。お前に慈悲の心があるなら俺を許してくれ。頼む!」


「ならば自分の無能さに気付き、魔王の地位を譲るべきでしたね」

「ええっ!?」


「王の地位を個人の能力によって選べばよかったのです。

私が戦った相手には、賢い魔物も沢山いましたよ。

権謀術数を用いて、必死に戦っていました。

しかしそれは小さな権限だった……。

どんな良い将校であっても、少しの兵隊では限界があります。

もし彼らが大軍を率いていれば、私とも良い勝負をしたでしょう。

最後の戦いはあなたしか指揮を取れるものがいませんでした。

だからすぐに終わってしまいましたね」

「そ、そんなことできる訳ないじゃないか……」

「逆に考えてください。私の立場で。

あなたを生かせば、どうなるでしょうか?」

「ど、どうにもならんよ。私はひっそりと世界の隅で余生を過ごすさ……」

「あなたがその正しい血統ゆえに魔王になったのであれば、

あなたの血筋は将来の禍根にしかなりません。

なぜならばあなたから魔王の地位を奪っても、

将来。あなたの血を引く魔物が魔王を自称し、

魔物を率いて決起する事ができるじゃないですか」

「ああっ……」

「血は絶やすべきです。そうではないですか?

あなたの血筋のものは……みんな『処刑』しますよ」

「うわああああああああああ!!」


「あははははははははは!

魔王よ!あなたが晒し者などとんでもない!

歴史に残らない王など数え切れないほどいますが、

あなたは違うっ!!

人類の幸福や栄華が語られる時、この時の事を人は語り継ぐはず!!

この世界の歴史の中で、最も重要な歴史として名を残すのですッ!

王たる者ならば光栄に思いなさいッ!!」


メノンは燃え盛る炎のような言葉と違い、

雨上がりの木漏れ日の様に微笑みながら剣を掲げた。

剣に太陽の光が差し、包み込む。

そのタイミング。

メノンは満身の力で剣を振り下ろし、魔王の首を見事に切り落とした。


観衆が割れんばかりの拍手と歓声でメノンを称えた。

その声を聞き、今までの戦いを思い出す。

一年の間戦い続けた日々。魔物の血で手を汚し続けたが、ようやく報われたのだ。

メノンは一種の陶酔状態になり、涎を垂らしながらうっとりと太陽を見上げる。

目に映る夕日は、歪んでいた。

メノンは不思議に思った。自分は何故泣いているのだろう?



放心状態で太陽を見ながら、涙を流し続けるメノン。

魔王の、腹の部分から声がした。


「おめでとう、メノン。今回もよくやったよ」



その時だった。

『メノンの記憶が戻った』



「……!?何これ!?」

メノンは自分の置かれている状況に、驚愕する。


「わ、私はここで……一体何を?」


メノンは焦りながら周囲を見回した。


「あ、そうか。そういうことか!!」


メノンは全てを思い出していく。

私はなぜここにいるのか?

私はなぜこんな事をやっているのか?

そもそも、『これ』は何か?


メノンは自分が現代の、統一国家にいるはずの人間とした上で、

勇者として魔王と戦った日々を思い出す。

見る見るうちにメノンの顔が紅潮していく。


「ううっ……。

私、完全に騙されてたよ!

こんなファンタジー世界、ありえないのに!

つい本気になってしまったよ!!」


勇者として、軍隊の長として、自分が叫んだ言葉を思い出す。


「沢山恥ずかしい台詞を言ってしまった!問題発言もいっぱいした!

しかもこれ、全部『記録』されてるんだっ!!!」



「そうだよねー。うんうん。わかるよ。メノンの気持ち」


「もう一生の黒歴史だよ……」


「でも恥ずかしがる事はないよ。当然のこと。

記憶を失った状態であれば、そこがどんな世界でも信じるだろうね。

なぜなら疑うべき常識がないのだから。

そもそも、君が信じなければ、わざわざ作ったこの世界も、

何の意味もなくなってしまうよ」


「コッペさん……いえ、コッペ役さん。

申し訳ございません。私、色々と酷い事をしてしまって。

……痛かったでしょう?」


「気にしてないよ!」


コッペは頬に指を当て、不穏に微笑みながら言った。


「なにせ、『国民の義務』だからねぇ」


メノンは頭を上げ、観衆の方に体を向ける。

視線をいっぱいに受けて、メノンはうやうやしく頭を下げた。


「すみません、皆様。私のためにこんな……集まっていただいて」


30万人による、静かな拍手がメノンを包んだ。





労働の自動化が達成された統一国家において、

娯楽は最も重要な仕事の一つだった。

なぜなら、彼らに義務としての仕事はない。

効率化された世界では労働は義務にはならない。

世界の無駄が労働を生み出す。

その労働から解き放たれた世界で、国民のやる事は高度な自己実現ぐらい。

あるいは遊ぶ事だ。

そして多くの人が後者を選んだ。

統一国家では365日、毎日が休日なんだ。




統一国家で最初に研究開発されたのは労働力だった。

労働のための労働は自己言及的に行われた結果、

ついに機械による『労働の自動化』が達成された。

これにより統一国家は大きく発展した。



人々が単純労働から解き放たれた結果、

研究者達は自由に研究をした。

もはや権威に気を遣う事もないし、

かかる費用も国から勝手に出てくる。

様々な役立つ発明。あるいはまったくクソの役にも立たない研究もあったが、

その中の一つに『記憶の操作』があった。


記録の操作の確立は危険なものでもあったが、

統一国家では重要な役目を果たした。

それは娯楽だ。娯楽はいくらあっても足りない。

一部の科学者と芸術家以外は遊んでばかりなんだ。

統一国家には過剰な生産力があるため、かかる費用など問題にならない。

新しい遊びが必要だった。



『記憶の遊園地』は、

夢とファンタジーに包まれた遊園地だ。

そこでは本当の幻想が現実に見ることができる。

なぜなら記憶を操作する事ができるから。


遊園地の演者達の多くは、記憶の遊園地で働きたいだけの統一国家の国民だが、

中には孤立した国家郡からの出稼ぎもいる。


『記憶の幼稚園』はもちろん国営である。

『記憶操作』は医療的には高度なものであり、危険なものでもある。

当然、国家的な承認が必要になる。

もし、民間で記憶操作など行われたら問題だろう。




『008番の状態になった』


私は全ての記憶を取り戻した。

そう、私は『記憶の遊園地』で遊んでいたんだ。

今までのは単なるお遊び。謎解きゲーム。

『この記憶喪失の状態とは何か?』と言う謎。

それは、遊園地の中で、キャラクターである演者さんから、

もったいぶって何度も問いかけられた問いだった。

でも、なんてことはない。

その謎とは、すなわちゲームであるという事。

自分で選択したお遊び。遊園地のアトラクションだったのだ。


確かにヒントは沢山あった。

娯楽やゲームという単語は何度も出てきたし、

統一国家にとって娯楽は重要だと何度も役者さんが言ってた。

何より記憶を失う事によって真剣に遊ぶことができる。

この気づきが一番重要なんだ。


記憶喪失。

その一点だけで、下らない設定や現実感の無い台詞で構成された演劇が一転。

本当のアドベンチャーゲームになり、真剣なロールプレイングゲームになるのだ。


「は、恥ずかしい!あんなに真剣になった自分が恥ずかしいよ!!」


自分で望んだことだから、笑いながら自分へ殺人の指示もできる。

不自然な点は全て『遊園地だから』で説明がつくんだ。


さて、現実に戻ろう。


統一国家はとても裕福。

かと言ってリソースは無限じゃない。

統一国家の国民ではない私は、遊んだ分だけ働く事が義務付けられている。

私は一年間以上遊んでいたようだ。


「大変だ!働かなきゃ!」


私は遊園地の演者として、統一国家の街中を再現した場所に向かった。

そこでは記憶を、自らの意思で、一時的に失わせた人がプレイヤーとなる。

彼らはそこで様々なイベントをこなす。

例えば殺人の指示だとかテロの指示だとかの台詞を読み上げ、

動画として残して記憶喪失した自分に見せる。

その衝撃的な内容に対してどうするのか?

そういったゲームなんだ。

『記憶の遊園地』では全てが記憶されていて、見直すこともできる。

自分が本当は何者かを知る事ができるいいきっかけになるんだよ。


「私はそこで敵として登場して、プレイヤーと戦うんだ。

今日は罪なき親子殺害の指示だから、

もしプレイヤーさんがターゲットを殺す事を選べば私は正義の味方。

逆にプレイヤーさんがターゲットを助けることを選べば親子の命を悪者なんだ!」


今回の私はは正義の味方として武器を持って登場し、

わざとプレイヤー相手に負けるのだ。

痛みは消す薬があるし、仮に重大な怪我をしても優秀な医療スタッフがなんとかしてくれる。

こうして一日が終わり、私は満足げに睡眠をとる。


次の日の朝。


「さーて今日も一日がんばるよ!」


今日は地下室でお仕事。

まるでサスペンス映画のような迫真の地下室が用意してある。

撮影室につくと、私は黒タイツを着込んだ。

カメラ越しに見えるのは記憶を失ったプレイヤー。怯えた男女一組。

私はそこで彼らに対しとんでもない意地悪をする。


「この地下室は人生の縮図。そう!

殺すか、殺されるかですよぉ?」


二人が互いに殺しあう様に煽りの演説。

それと二人が今置かれている状況の謎解きの手伝いをする。

やんわりとヒントをあげつつ、でも簡単に解かれないようにするのが難しい。


次の日は、諜報機関の上官として、

プレイヤーをスパイとして指導する。

遊園地の端っこの方には孤立国家が再現されている。

何せ記憶の遊園地は広い。かつての大国に匹敵するほどの面積があるから、

プレイヤーはまず気が付かない。



魔王と勇者みたいなファンタジーの世界も人気だ。

怪物と戦ったり、戦争したりできるからね。

現実では絶対に味わえないはずの経験ができるんだ。

いい思い出になるんだよ。プレイ時間は年単位になっちゃうけど、その分一生の思い出になる。

思い出すと少し恥ずかしいけど、本当に貴重な体験ができるんだ。


全て私が経験した事だ。全部。

楽しかったなぁ。


私はある日、ファンタジー世界の脇役を演じるため、

一時的に記憶を消してもらった。

そこで私はその世界を信じ込み、登場人物の一人として素晴らしい演技をする。

そして仕事が終わると記憶を戻してもらい、

自分の仕事っぷりに感嘆するのだ。


『もし記憶を戻してもらえなかったら』と思うと、少し怖いけどね!


季節はめぐり、何時もの朝が来て、

今日も楽しい仕事が待っている。


しかし私は……ふと疑問に思う。

なぜだろう?

ただの娯楽のために、これだけ多くの人間が関わっている。

統一国家がいくら裕福とは言え、リソースは無限にあるわけじゃない。

それに対し、この記憶の遊園地はかかる費用があまりにも巨大きすぎる。

いくら効率化・最適化したって、あまりに無駄がありすぎる。

そもそも国営だからって、『記憶の操作』なんて遊び半分でするようなものではないと思う。

脳を弄るのはリスクがある。ナノマシンが誤作動を起こしたら?演者だって危険だ。

どんな医療スタッフがいたとしても、

プレイヤーがやり過ぎれば、敵役が死んでしまう事だって考えられる。

――――この国家の、一体どこが合理的なのだろうか?



『メノンの記憶が091番の状態になった』



当たり前だ。そんな訳がない。

『記憶の遊園地』は娯楽施設だが、

それだけじゃない。

極めて重要な事が行われていたんだ。そう、国家的に。



「記憶が少し戻ってきた。深いところの記憶が……」


私は意味があってあそこで戦ったんだ。一年も。

閉じ込められた事も、住民を守った事も遊びじゃない。

確かに用意されたものだったけど、私はあれで試されていたんだ。


何を?


人間性を。


何のために?


……。


恐らくこれが最後なのだろう。

これ以降私が記憶を失うことはない。

操作もされない。

そういった散発的な確信だけが孤立して存在している。

混乱しているようで、そうではない。

収束している。


「私はこの記憶喪失を解決しようともしたけど、

それは私の目的ではないようだ」

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